日別アーカイブ: 2026年6月2日

あの世にもっていけるもの

人は
裸一環でこの世に生まれてきて
死ぬときも
この世で手に入れたもの
からだ一つ
持って行けない。

からだも
無くなるので
確かに今生で手に入れたものは
なに一つ持っていけない
全てのものを置いて
魂のふるさとへ
帰って行くと思っていた。

しかし
持って行けるものがあることに
気づいた。
それは”徳”

そういえば
松下幸之助さんが
「徳を積むことはこの世で
最も尊い行為である」と
語られていたし
稲盛和夫さんも
「利他の心、徳を積むこと」の
大切さを
度々語られていたことを思い出す。

これは、松下さんや稲盛さんのような
偉大な経営者が語った言葉ではなく
おじいちゃん、おばあちゃんなど
身近な方にも
徳を積む生き方をしなさい
徳を天に貯金しておきなさい。
あなたは、ご先祖さんの徳の貯金を使って
生きていることができるんだよ・・・・など
”徳を積む”ことの大切は
からだに染みついているのです。

徳を積むということは
魂のレベルを上げることに
つながっているのではないかと
僕は思っています。

また
魂をある意識対と考えるなら
魂という意識体は
この世では肉体を伴うことで
活動している。
しかし
この世で死を迎え
肉体が滅んでしまった後には
意識体である魂だけが
あの世に戻っていく。

あの世で何をするか?
次回生きるための
人生を設計、大枠を作っていると
思います。
今回得た経験を分析し
魂を成長させるために
何が必要で、必要でないかを
今回の徳を分析して
判断するのだと思います。

ですから
あの世には
この世で積んだ徳は持って行けるのです。
徳とは
あなたの全ての行動ではないでしょうか?
あなたは
今の行動は、あなたが望んだ行為?経験?
あなたの魂の成長に必要なことなんだと思います。

何を学ぶためにいきているか?なんて
意識することはできません。
ただ、できることは
今、自分の身に起きた経験を、人生を
一生懸命生きることなんだと思います。

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かわうそ

「かわうそ」を漢字で書くと
「獺」という難しい漢字。

日本酒好きで、山口県出身の人であれば
日本酒の「獺祭」が有名で
読めるけど書くのは難しい漢字の一つだと思う。

そんな「かわうそ」を題名にした
向田邦子の短編小説を読んだ。

小説「かわうそ」で
主人公宅次が絵画「獺祭図」を
みながら考える場面が出てきます。

「かなり大きい絵で
画面いっぱいに旧式の牛乳瓶、花、茶碗、
ミルクポット、食べかけの果物、パンの切れっぱなし
首をしめられてぐったりしている鳥が
卓上せましとならんでいた」

という、想像しただけでも
ちょっと暗くて不気味な絵難でしょう。

なぜ、これが獺祭、かわうそのお祭りかというと

「かわうそは、いたずら好きである。
食べるためでなく、
ただ獲物をとる面白さだけで
沢山の魚を殺すのである。
殺した魚を並べて、
楽しむ習性があるというので
数多くのものを並べて見せることを
『獺祭図』という」

と解説しています。

この小説は
主人公の妻は
周りに不幸と思われることが起こっても
かわうそのように
どこか楽しんでいるように見えてしまうことに
きづいた、どこか人間の恐ろしい部分を
描き出した
後々まで心に引きずる
短編小説の名作です。

それではなぜ
日本酒に「獺祭」とつけたのか・・・
きっと
日本酒を飲むときは
楽しい場面ばかりではない
葬式ややけ酒など
悲しい時にも飲むこともあるでしょう。

どんな時であっても
日本酒を飲むことを楽しんで欲しい
という思いがあるのでしょう。

獺祭の意味を深く心にとめ
これからも日本酒「獺祭」を
たしなみたいと思います。

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