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死をどう考える?

人間だけでなく
この地球に生まれてきた全てのものに
必ず死が訪れる。

どんなに偉くても
どんなに徳を積んだとしても
いつかは必ず死が訪れる。

死がどのようなものか
誰にもわからないし
臨死体験を経験されて
死の入り口を語られる人も居るが
それが死の全ての世界を現してるとも
思えない。

わからない世界だから
人々は死をいろんな捉え方をする

死に対する受け取り方には
4通りあると思います。

①生きている間
自らの欲望のままに生きてきたため
死によって
自分自身を含めて、
地位も財産も含め全てのものが
死によって奪われることを怖れ
死をある意味敵対視するような
見方をしてしまう人

②死を永遠の眠り
死で全てが終わる。
生きている間のあらゆる苦から
解放されると考える。
そう考えることで
死に対する恐怖というものは和らぎ
死を自分なりに理解し
死を受け入れることができる。

この①②の死の捉え方は
人間以外の動物や植物にはない考えたでしょう

なら、動物は死をどのように捉えているのでしょう。
きっと
③生を充分に全うするタイプ
生きることに全力投球し
生きることに全集中しているので
死を意識すことはないのでしょう。
弱肉強食の世界で
突然捕まって食べられ
予想もしない死を迎えたとしても
悔いを残すことなく
どんなときにも
死を迎えた瞬間に
生きたことに感謝し
悔いのない人生を送っているのだと思います。

そして、最後は
④死は終わりでなく
新たな生へのはじまりであると
考える。
死は次の生に対して準備期間である。

僕も死がなんであるのか
全くわかりません。
しかし、命と日々向き合ううちに
死に対する色んな方の話を聞くうちに
死を語ることは
今という時間をよく生きることに
つながるような気がするのです。

誰も避けて通れない死を
考えることで
今をよく生きれると思います。

そこで
僕の考える死についても
このブログでお伝えできたらと思います。

死に対しては
全く僕の私見ですが
これからもお付き合いいただければと思います。

よろしくお願いします。

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しあわせ癖

“病は気から”と
古来からいい引き継がれている
言葉があります。

日頃診察していても
悩みが多く
ストレスを感じながら生活していて
からだに変調をきたして
受診される方も増え
よく
”病は気から”だからね・・・と
話すこともよくあります。

実際には
気が重くなったら
みなさんも経験したことがあるでしょうが
胃の部分がキリキリ痛みます。
特に十二指腸の原因は
ストレスだと言われています。
悩み事は
胃の活動を妨げてしまうということです。

更に
ストレスがたまると
腸の活動を妨げることになります。
腸には
食べ物を消化しているだけでなく
こころを安定したり
アレルギーなどの免疫力を整えたり
からだ全体に様々な影響を与える臓器であり
からだだけでなくこころも
不安定な状態が進行するようになります。

実際
心配事や悩みごとがあるときの食事って
美味しくないですよね。

ですから
美味しく食べれないことが続くと
腸の力が衰え
免疫力がどんどん落ち
他の臓器を病気から防ぐ力が低下し
いろんな病気を生み出すことになります。

腸管からの
免疫力が活躍できる環境作りができれば
どんな病気であっても
病気は快方に向かわせることができます。

ですから
日々悩んで過ごすのではなく
しあわせを感じながら過ごすことが
基本なんです。

しあわせになるため
お金はいりません。
こころの持ち方一つで
しあわせになれるんです。

何事であっても
どんな状況であっても
しあわせなことを見つける力を身につける
すなわち
しあわせ癖をつけて生きることって
健康に生きるための条件なんですよね。

ちなみに
しあわせ力があがると
腸内の善玉菌が増えることがわかっています。

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潜在意識と無限列車

10月になっても
今年の夏は短かったからなのか
この時期になってもまだ
真夏日の日が続いたりしています。
でも
朝晩の気温差ありますが
朝の空気は秋の訪れを
感じさせてくれます。

通常であれば
秋は勉強もしやすい状態で
あちこち
学会に行く時期だけど
今年もコロナの影響で
参加はままならない状況。
だけど
ZOOMを使って
オンラインで行われることも多く
自由に動きづらい僕にとっては
有り難い状況だと考えていい状況。

自宅にいながら
別々の時間、場所で開催している勉強会に
参加することも可能になった。

先日は
午前中は山口県開催の
「発達障害対応力向上研修会」に参加。
発達障害児の診療に当たっている
専門の先生の話を聞いた。
ひとりひとりの患者さんに
どう向き合うかを求められる診療領域なので
専門の先生の患者さんを診る
姿勢、考え方などを知ることは
大変役に立った。

午後は
僕の恩師でもある
バイオリズムの師匠
溝口式バイオリズム講座の溝口孝司先生と
歯科医師でもあられる
井上裕之先生の講演会を
視聴した。

バイオリズムを読むことで
日々の細胞レベルのエネルギーの使い方を
知ることができる。
メタトロンと組み合わせることで
更に日々の生き方のヒントが得られ
最高の組み合わせだと思う。

溝口先生は
寿命が20年は伸びた。
ということは
これまで定年は60歳のままで社会状況は
平均余命の生活にあわせて伸びていない
ですから、定年後から
そこから20年先をも考えて生きないといけない
時代になってきた。

その時に
何のために今生きてるのか?
今この世にどように生きていくかを考えないといけない
と思うけど
生きる意味を考えると
魂などの問題に触れないといけないのですが
それはまた別の機会に。

溝口先生がおっしゃったことは
伸びた人生をどのように生きていくかを
考えて生きていくことが大事。
その時に目に見える顕在意識ではなく
潜在意識を意識して
生きることが大事になる。

目に見ることができない
潜在意識を知る方法のひとつが
バイオリズムを知ることが役に立つ
潜在意識を知ることで
自分自身が自由になれるとも
仰った。

自由になれる
潜在意識を知ることで
自分が今生きている理由がわかる
つまり
魂の意味にも知ることができるのだと思います。

その日
夕方にセミナーが終わり
リラックスタイム。
年替えもなく
鬼滅の無限列車篇を・・・今頃だけどみた。

無限列車編での血鬼術にびっくり
人を眠らせて
夢を観させて・・・こころを奪う鬼の忍術

つまり
今見ているまたは生きている世界の外側に
無意識領域がある
その無意識領域にある精神部分を
破壊されると
その人は、廃人になると言っていた。

無意識部分すなわち
潜在意識の中に真の自分の本質がある
つまり
今気づいていない意識の中に
真の生きる目的
魂があるとこを描いていたと言うことが
わかった。

朝から勉強することで
たどり着いた
魂のある場所。
よく生きるために
これからもバイオリズム、潜在意識の勉強を
続けようと強く思った一日だった

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からだが伝えたかったこと

先日末期癌の方の
メタトロン治療を行いました。
末期の段階で
余命も伝えられている状態なのですが
いつもご自身で車を運転され
来院されます。

とても危険な状態であることを
いつも
患者さんご自身からお聞きしているので
1か月に1回ですが
いつものように会えて
治療できることが
僕にとって
喜び、いえ、励みになっている患者さんです。

先日のメタトロンを行いました。
原発巣と思える部分の陰のエネルギーを
陽のエネルギーが取り囲み
組織全体、器官全体で
癌組織をガードして
暴れないような状態に
しているかのみえる状態でした。

そして
癌組織があると思える部分の
上位リンパが
活発に働いていることが
わかりました。

患者さんご自身は
将来に対する不安を覚えることがあっても
今よりよくなれば
今後住みたいところを考え
将来設計を考えられています。
気持ちが安定しているから
眠れるし、食欲もあったり
今の日常生活をいつもどおり
過ごすことができているのかもしれません。

でも
メタトロンでは
今末期癌状態でもいつもの生活が行われているのは
様々な組織、免疫状態が働いていることを
教えてくれました。

そうなんです。
患者さんのからだが
今を生きていけるように
文字通りからだを張って守ってくれている
ことがわかりました。

今の波動状態は
慢性疲労の状態であることもわかりました。
でも
患者さんは、仕事もやめゆっくり過ごせているから
疲れはないと。
そう、その病名は
患者さんの思いというより
からだが頑張ってることを
メタトロンが教えてくれたんです。

そのからだが頑張ってることを
お伝えすると、
有り難いです・・・と涙を流されていました。

その涙は
からだの深からあふれた涙だと
思えたのです。

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病気を作らないで

メタトロンをはじめる前に
今の状態、これまでの病歴など
お聞きしますが
その時、よく出てくるのが
頭痛、疲れやすい、食欲がない、睡眠が悪い
という症状を仰る方がいらっしゃいます。
頭痛、食欲がない、睡眠が悪いと聞けば
程度はわからなくても
仰りたい意味はわかります。

でも
医者が未病を観たときにつけやすい病名を
仰るかたもいらっしゃいます。
診断名を言われると
実際どのようなことに困ってるのかと
疑問に思い
具体的にお聞きすることはよくあります。

例えば
先日は虚弱なんです。といの一番に
仰った患者さん。

虚弱って
どんなことで虚弱だと思ったのだろうか?
さりげなく使われた
伽弱という言葉の意味に引っかかってしまうのです。

お聞きすると
疲れやすい
下痢になることがある
頭痛がある・・・・などなど
具体的に説明して下さいました。
なるほど・・・と早速メタトロンを開始しました。

メタトロンは
からだのエネルギー状態を
頭から足の先まで
皮膚、筋肉、骨から胃、腸、脳、生殖器など
全身隅々まで
必要とあれば遺伝子レベルまで
チェックします。
すなわりからだ全体の自然治癒力の有無を
診ていくのです。

虚弱が心配な患者さんは
腸も、脳も、胃もエネルギーは普通レベル以上にあり
とても虚弱な臓器とはいえない状況でした。

虚弱(虚弱体質)は実は医学的病名ではなく
特定的な疾患があるわけでなく
からだに何らかの不調が常にある状態を言うことが多く
未病の代表的な病名なんです。

そして
その実態は生命エネルギーが少ない状態が
原因だとわかってきました。

エネルギーが落ちた状態が虚弱だとすると
この患者さんは
メタトロンでエネルギーの低下はないので
虚弱と言えます。

でも
だるい、頭痛、下痢が起こるのですよね。
これは、生活の中で
オーバーワークすぎること
からだの使い方、休息の取り方が
間違っていることが原因だと思われました。

早速
虚弱体質ではなく
きちんとからだのエネルギーに合わせて
からだを使い、生活することを
助言しました。
そして同様に虚弱ではないので
安心して下さいともお伝えしました。

患者さんは
うなずかれながら
話を聞いてくれ
笑顔で帰って行かれました。

次回は
今日よりもきっと元気な笑顔を
見せてくれると思ってます。

人って
自分で考えて病名をつけて
今の現状を納得しようとする
悪い癖があるんです。
頭で病気を作ってしまいがちなんです。

メタトロンは
あなたの本当のからだの状況を教えてくれます。
不安を吹き飛ばすツールとしても
役立つことでしょう。

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病気になぜなる?

前回のブログで
薬は直接病気を治すためにではなく
自己治癒力をあげる目的で
服用するのがいいと書きました。

薬で病気を治してるんじゃないの?
なぜ?って
思われている方も多いでしょう。

薬の働きを考える前に
なぜ、病気になるのか?ということを
知らないといけないでしょう。

病気の原因は
ウイルス?細菌?毒素?免疫力の低下など
さまざまなものが知られています。
コロナウイルスを含めて
この世にある病気の多くは
みんながかかるわけじゃない。
病気になる人とならない人がいるのは事実。
病気になるか、ならないか?って
運、不運なんでしょうか?

そもそも病気になるということは
実は
こころに思うこと
今、感じてること
言葉で話したこと、食べることや
生きているうちの様々な行為全てにかんよしていて
今まで生きてきた生き方が
自然の摂理に反して過ごした行為が続くと
体内隅々に流れている
生命のエネルギーの流れが停滞し
それによって
体全体の調和が乱れたために起きるのです。

その中で
エネルギーの滞りをしらせるために
様々な症状がでてくるのです。

頭のエネルギーが停滞し頭痛や不眠症がおこり
からだの異物を排出できなくなり湿疹がでたり
下痢も出たりするのです。

先日
試験前になると
のどになにかひっかかるような感じが続くと
学生さんが受診されました。

PMが飛んでる時期でもあり
うがい、のどの乾燥を防ぐ対策を伝えて
様子を見てもらったのですが
その後も治まらないと受診されました。
診察上も検査上も異常は認めません。
耳鼻科で喉の内視鏡も必要かと思いましたが
もういちど、話をよく聞くと
不思議なことに
勉強しているときに起こる現象で
寝てるときや
授業中に起こることはない
もちろん食事も何も違和感なく採れるている。
自宅学習している時に
起こっているようだ。

その時の
状況をよく聞くと
勉強に集中できないときに
起こっているようだ。

話をききながら
集中力が途切れたときに
集中力の途切れたことを知らせる
サインではないか?と
気づいたのです。

だから、その時には
今集中力が途切れてると自覚し
ちょっと気分転換して
集中力が途切れていたのだとと自覚し
一息入れて
勉強をはじめることをすすめた。
でも
痰が絡むこともあるので
去痰剤を飲んで
気分転換して勉強を再開すると
治るよ。と伝えた。

患者さんは少し不思議な顔して
帰っていったが
その後、治ったよ。
先生、この薬すごいねと
明るい笑顔で受診してきた。

その笑顔をみて
試験結果も善かったことを知りました。

薬を服用して
症状を抑えようとしても
根本的な問題解決にはならないことを
改めて教えていただきました

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薬は
病気の治療には欠かせないもの。

現在のコロナパンデミックの状況下で
予防できる
ワクチンの登場
そして
軽症から使える薬の開発が進んでいることが
今の世の中に
明るい希望となっているのは
先日の菅総理大臣が
最後の記者会見で述べた通りだと思います。

ワクチンを含む薬は
我々の健康にとって貢献できる
一つの武器です。

でも
ここで考えなくてはいけないのは
薬に頼りすぎていないか?
ということなのです。

薬を飲めばいいと安易に考えて
自分のからだからの声に
耳を傾けてない傾向にないですが?

確かに
病気を治すのは、薬の力だけでなく
忘れてはいけないのは
自己治癒力がないと
病気は治らないと言うことです。

薬が病気を治しているのではなく
薬も
自己治癒力を高めるために
役立っていると思って下さい。

頭痛やけがをしたとき
鎮痛剤を使うのは
安静を保つため。
痛みを取って、動き回るためではないのです。
熱があるとき
解熱剤を飲むのは
熱を下げて、働くためではないのです。
熱でつらくて、眠れない、水分がとれないなど
からだをリラックスした状況になれないからなんです。
そして
病気の状況であっても
少しでもリラックスできた状況を作り
その間の自己治癒力を高めるためなんです。

薬を飲んで
自己治癒力を高めるために
服用するのです。
薬を飲めば病気が治るわけではない。
という訳ではないということを
忘れないで下さい。

ならどうして
病気は治るのでしょうか?
そのためには
病気にどうしてなうかを考えないといけないですね。

その話は
次回のブログで

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レッドマンが伝える医療人に必要な条件

人類の歴史の中で
常に向き合ってきたことのひとつに
病と死という問題がある。

これを人生最大の困難、苦難ととらえ
人類は
様々な努力をして
いまだ克服できていません。
死を克服できないのには
それなりの理由があることに
病気になり、様々な人々の病と
向き合ううちに
感じるようになりました。

死については
これから追々お話をしていこうと思いますが
現在は
医師として生きているわけですし
健やかに生き
この人生を有意義に過ごせるように
導くことが
僕たち医師としての
役割であると思います。
そのために、我々医師は
医療技術を学ぶと同じぐらい
人として学び続け
豊かな人間性を身につられてはじめて
ひとりの医療人として認められるのだと
思っています。

そうした医療人として
どうあるべきかを考えたのは
なにもここ数世紀の話ではなく
人間がずっと抱えてきた課題だとも言えます。

北米大陸の先住民の
レッドマン(インディアン)の世界でも
病気の治療を行ったひとを
シャーマンと呼び
特別の力があるように崇めていたようです。
そして
シャーマン自身も自ら医療人であるために

第一に謙虚であること
第二に愛にあふれていること
第三に高い霊性をもっていること

以上3点を重視していたそうです。
これはレッドマンの医療人に対してだけ
通じる点だけでなく
このまま現代のどの医療従事者にも
もっていなければならない素質では
ないでしょうか?

つまり
現代医療は、技術の高さや知名度が
最優先されがちですが
そのに加えて
高い人間性、霊格、霊性を備えることも
重要だと言うことです。

イエスキリストは
「人はパンのみで生きてるわけではない」という
言葉を残しています。

シャーマンは最も重要なことは
「霊性と倫理観を高めるために
できるだけの時間を費やして生きるべき」
といってます。

昔の賢者の述べた言葉にも
謙虚に耳を傾けることが
今の医療人にも大事なんだと思います。

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全てが手に入る世界 

死後の世界は
芸術家だけでなく
全ての人が生きているうちに実現したかった
ことが叶う世界だそうです。

肉体はなくなっても
生きていたときの姿で過ごすのです。
しかし、ちがうのは・・・
からだに不自由があったとしても
五体満足で
行きたいところに瞬時にいけます。
会いたい人に思えばすぐ会えます。
行きたかったところにも
考えたとおりのところに行けるのです。

地球自体も
空はどこまでも青く住む渡り
宝石のように花々が美しく彩り
太陽のエネルギーを受け取り
人々はも生命力あふれ輝いています。

人はエネルギー状態なので
食べる必要もなく
お金も必要ない
何でも欲しいものがすぐ手に入る世界。
肉が好きだった人は、好きなだけ食べられ
甘いものが好きな人も
お酒が好きな人も
からだのことは心配せずに
思う存分欲求を満たすことができるのです。

夢が全て叶う
生きているときには考えられなかった
夢の世界が待っているのです。

全てやりたかったことができているのに
だんだん
肉体がないからなのか
思ったほど美味しくなく
やりたかったことをやっても
次第に満足できなくなるのです。

そして
自分がなぜこれを欲していたのか?
それと同時に
生きている時の人生を
振り返り考え、次第に反省するようになるのです。

それから
人々は次のステージに向かっていくと
言われています。

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親ガチャ

今巷では
”親ガチャ”という言葉が
若者の間、特にネット上で
流行っているようです。

”ガチャ”と言えば
最近昭和世代のおとなにも
人気が出てきている
おもちゃのガチャガチャから
きていると思いきや
“ガチャ”は若者にとって
身近なソーシャルゲームの用語のようです・

Yahooによると
一定額の課金によって
ランダムにアイテムなどを手に入れる
ことができるシステムのことを言うみたいです。
実際手にするまでは
なにを手にできるかはわからない
つまり
”ガチャ”とは
運次第という意味らしいのです。

基本は
僕昭和世代の
ガチャガチャと同じ
何が出てくるかは楽しみ
運次第ということ。

それでは
”親ガチャ”とは
どのような親の元に生まれてくるかによって
人生が決まってしまう。
という意味で、その裏には
どんな親の元に生まれるかは決められないし
生まれた家庭環境によって
裕福な家庭なら
欲しいものが充分に得られ
学歴だって、就職だって
小さい頃の経済状態によって
決まってるじゃないか・・・・
どの親の元に生まれたかで
大きく人生が決まってしまう。

親は選べないから
と、あきらめの声が聞こえてきそうな
言葉です。
この言葉には
こども世代と親世代で
異なる意見があるようですが・・・

本当に
親は選べないのでしょうか?

池川クリニックの池川明先生は
生まれたときの記憶が残っている
こどもたちにインタビューをまとめ
生まれた時の記憶のあるこどもの共通点は
みんな
生まれるまで順番待ちしていて
自分の番が来たときには
自分でこのお母さんのところに生まれたいと
白いおひげのおじいさんに伝えて
生まれてきたというのです。

このことを確認、証明することは
難しいですが
これが事実としたら
親を選んで生まれてきたんですよね。

親にとって
成績の優秀さに関係なく
かわいく、愛しいもの。
大切な宝物。
選んでくれた、偶然に生まれてきてくれた
それだけで充分なんですよね。

自分で決めたのであれば
その運命を全うできるように
一生懸命応援したいものです。

たとえ親はこどもに、親ガチャと思われても
しっかり自分の人生を歩んで欲しいと思うのが
正直な親心です。

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