私信」カテゴリーアーカイブ

熟知の先にあるもの

時代はどんどん変わります。
そのスピードは
加速しています。

今日は自分だけの熟知であっても
明日はみんなの熟知になります。
だから、つねに
熟知の先を見極めておかないと
いけないと思うのです。

熟知していくプロセスは
楽しいものです。

昨日よりも今日
今日よりも明日
少しずつ熟知できていることを
実感することはとてもうれしいことです。

空っぽの箱が
いっぱいになるのは
素直にうれしいものです。

実は大切なのは
箱がいっぱいになり
熟知したというその先です。

「熟知の次の熟知」を
考えられるかどうかと言うことです。

そこには忍耐力も工夫も必要です。
動き回って経験するための
お金も時間も必要です。

そして何よりも
あきらめない情熱も欠かせないのです。

☆お盆期間も通常通り診療します
サンタ夏季休診2026

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リア王

シエイクスピア四大悲劇の最高峰
とも言われる「リア王」を
吉田鋼太郎主演を観にいった。

リア王のあらすじは
老王リアは退位するにあたり
3人の娘に領土を分配する決意をかためる。
二人の姉は巧みな言葉で
父を喜ばせるが
末娘コーディリアの率直な言葉に
リアは激怒し、彼女を勘当し
二人の姉に全ての権力、財産を
譲ってしまう。

ここから王の悲劇が始まるのです。

コーデリアは
父に対する愛の表現に
言葉では言い尽くせないとだけ
しか述べなかったのです。

気持ちが大きければ大きいほど
その思いを言葉に表すのは難しいもの。
それにリアは気づかなかったのです。

実際に
二人の娘に裏切られ
家臣も奪われ
文字通り身ぐるみ剥がされた状態で
荒野をさまようリア王。
リア王は荒野で
衣装をほぼ着ていない乞食のような
トムに出会い
そのトムの温かい心に触れ
今までの自分が
うわべだけ見ていて
真の姿に気づけなかった愚かさに
気づいた自分に気づくのです。

しかし気づいた時は遅く
三人の娘も亡くなってしまい
失意の中、一筋の愛を感じながら
亡くなっていくのです。

人間は
愚かな動物です。
頭がいいから、目に見える物しか
理解できなくなってしまう。
真実は目に見えないところにあるのだと
教えてくれた劇だった。

☆お盆期間も通常通り診療します
サンタ夏季休診2026

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善医の罪

久坂部羊作の著書を読み終わった。

くも膜下出血で入院してきた患者さんは
残念ながら延命することは困難な状態。
主人公の医師は本人の意志もあり
治療中止を決断し
このまま状態悪化するまま死を迎えてしまう姿に
耐えられなくなった家族の同意を得て
全ての治療を中止し
主治医は患者さんを尊厳死へと導いた。
当時は患者家族も、その最後に感謝の意を
示していたのだが・・・
3年が過ぎた日
突然、家族に安楽死であったと
訴えられて、裁判になるのです。

患者さんの尊厳のために
最善の方法を慎重に選んで、決断して
誰もが納得していたはずなのに
その訴えに困惑するものの
患者さんのために
最善の治療をしたと訴える主治医の主張は
裁判で認められるのか?

日本では
まだ認めてられていない
安楽死問題。
そこに現役医師が切りこんだ小説。

小説だけど
自分は尊厳死に接する機会は
これまでなかったが
現場を知らない司法の場で裁かれること
裁判官、検察の頭に描く
ストーリーに沿って
できあがっていく判断に
歯がゆさと同時に
人間のこころは
時が経つとその思いは変化してしまうことの
人間の心の闇の恐ろしさを
目の当たりにした
医師として考えさせられた小説だった。

☆お盆期間も通常通り診療します
サンタ夏季休診2026

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メモリィズ

この映画は柄本佑が主演をつとめ
家族の記憶と記録をテーマにした映画。

東京で際し都暮らす雄太は
足を骨折した義父・誠が回復するまで
義父の身の回りの世話をするために
単身、九州の大分県の竹田市にやってくる。

義父は
町の写真館を営んでおり
食事などの世話だけでなく
写真館の店番から撮影の介助
さらには
飼い犬の散歩、飲みに行った義父の送り迎え
まで義父の生活全般の介助を行った。

この映画は大きな事件は
何も起こらない。
田舎ならではの人々の結びつき
皆が声を掛け合い
お互いの生活をさりげなく
支え合って暮らしていることに
雄太は介助をしながら
人々の温かさに気づく。

その温かさをなせるのは
義父の人間の魅力であることに
気づいていく。

そんな義父も
自分の着ている服や
自分の使っているカメラを
雄太に譲り
そして
二人で誕生日をお祝いしたり
周りの人に
自分の義理の息子とうれしそうに
紹介する姿・・・・
なんて微笑ましいことだろう。

そして
それは
故郷を離れ東京で暮らす
ひとり娘へのさみしさの裏返しでもあった。

そして写真をとるということは
好きな人を忘れないため
その気持ちをいつかおもいだすために
あるのかもしれません。

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警察が生活を守ってくれている

落とし物を取りに
警察署に行った。

警察署の中に入ると
土曜日だったので
窓口は閉まっていたが
多くの職員が働いている
姿が目に入った。

僕が入った途端
皆が一斉にぼくの方に
全員が鋭い視線を投げかける。
そして
僕が危険事物でない?と思ったのか
警察官が柔らかい表情で
近づいてきた。

そして
落とし物を取りにきたことを伝えると
打って変わって優しい笑顔で
椅子に座つように指示された。

休みのためか
入り口のところで
あちこちから事件の電話がかかってくるようだ。
事故の報告
絞殺?など
日頃耳にしない
事件性のあるような単語が
僕の耳に飛び込んでくる。

聞く気はなかったが
事件性を感じると
ドキドキ心拍数が上がってきた。

自分は何も悪いことをしてないと
わかっていても
ここは警察署だと思うと
早くここを立ち去りたい。
でも、待つしかない。

待ってる間にも
次々に人が訪れる。
落とし物を取りに来たり
何か訳ありの相談にきている人もいる。

応対している警察官の方は
とても優しい笑顔で
親身になってくれる。

緊張の場と裏腹に
対応してくれる警察官は
愛情にあふれていた。

警察官がしっかり
僕たちの生活を守ってくれていると
安心した
警察署訪問だった

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ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生

ロシア出身のピアニスト・ブーニンは
1985年のショパンコンクールで優勝に
当時の人気は
日本でもアイドル並の人気で
明治チョコレートのCMにも起用されほどの
大人気だったのは記憶にとどめていた。
それほど大人気であったのに
最近は全く名前を聞く機会がなく・・・

あれだけのテクニックをもった
天才ピアニストは
きっとどこかで地道に
演奏活動をしているのだろうと
おもっていました。

しかし実際には
闘病していたのです。
職病とも言えるよう肉体を酷使した結果
左手が麻痺、左足は切断するなど
そして当時のソ連から
自由を求めて命がけで亡命するなど
過酷な運命に翻弄されていたのです。

それでも
天才ピアニストとしての
人間としての尊厳を失わずに
生きてきたブーニン。

でも、以前のようなからだではなく
しかし
音楽に対する愛情を忘れずに
復帰コンサートを行うまでに
必死の努力で行えたのです。

そこには
映画ではクローズアップされてないものの
家族の存在があったようです。

この映画を見ながら
ブーニンは僕とほぼ同じ年で
僕も左手と左足が不自由で
ブーニンとは比べものにならないけど
ブーニンの不自由さ、以前とは違う自分と
どれだけ苦しみ
そして、その苦しみから脱出するための
苦しい時間があったことを
この映画から感じることができて
僕にも生きる勇気を与えてくれた映画だった。

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幕末ヒポクラセスたち

という映画を観た。
この映画は
幕末時期の医療の話。

その当時のメインの医療は
現代医療とは違って
漢方医学中心。
それは鎖国政策のため
オランダなどの西洋のでの
医学の知識が入ってこなかったため。

でも、長崎では
わずかであるが西洋医学(当時は蘭方医学)
を学ぶことができた。

西洋医学が強いのは
今と同じように
人体の解剖学、生理学などに根ざした医療。
だから
当時は刀で切られることが日常茶飯事であり
その時に手術をして命を救うことができる
そして、当時も
コレラ、麻疹などの重傷感染症が流行して
もちろんウイルスが原因だという
知識もないため
隔離などの感染対策を行わず
多くの命が失われました。

当時
わずかであるが
西洋医学(蘭方学)を学んだ医師が
当時はうけ入れられていなかった
隔離などの感染治療を
暴動などの風評被害をも乗り越えた
医師の姿が描かれた映画だった。

医学は現代も進歩しています。
我々の時代は西洋医学中心
で少しずつであるが
漢方医学も見直されはじめ
そしてその後
全く異なる波動医療も見直され続けています。

幕末の
新たな医療術を持って
生き抜いた姿を描かれた映画。
自分も
時代は変わっても
令和のヒポクラスの医師の気がして
これからがんばろうという気になった映画でした。

この映画で印象に残った言葉を
最後に
「人生は短し、医術の道は長し」
「今日は、昨日、昨日はおととい・・・・と
時は進み、気がつけば
自分は後ろを走っている」

印象に残った言葉です。

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人はなぜラブレターを書くのか

綾瀬はるか主演の
「人はなぜラブレターを書くのか」を観た。

20年前に起こった
日比谷線の脱線事故で起こった
実話を元にした映画。

20年を越えて
亡くなった人の思いを胸に
残された家族、友人、先輩、恩師など
の心の中に
ずっと生き続けていた主人公。

その当時の思いは
当時のままで心の中にとどまっている。
その思いを持っている限り
亡くなった人は
心の中に生き続けている。
しかし、その思いをどうすればいいのか
わからずに生き続けてしまう。

でも、いつかは
その思いにけりをつける必要がある。
その手段のひとつが手紙、ラブレターで
あることをこの映画は教えてくれた。

その手紙には
死者が死者の人生を生きてきた証
そして、その証が確実に紡がれていることが
嘘偽りではない
その人しか書けない
生の字として感じられる物だと思う。

このことはAIにはできない
温かな血の流れている人間しかできない
ことなのです。

手紙は
どんな時代になっても
なくしてはいけない大切な
ものです。

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世界一不運なお針子の人生最悪な一日

スイス美しい町でお針子をしている
主人公バーバラ。
バーバラは親も恋人も友人もなく
ただ頼りなのは
亡き母から譲り受けた洋装店だけど
そのお店も破産寸前。
人生絶対絶命の状態。

そんな時
麻薬取引現場に遭遇し
その現場には血まみれになった人が
争った後のようで
周囲にはやぶれた白い粉入りの紙袋
、拳銃、大金の入ったトランクケースが
転がっていた。

その時、絶体絶命のバーバラの脳裏に
浮かんだのは
「完全犯罪(横取り)」「通報」「見て見ぬふり」の
3つの選択。

この人生の曲がり角の選択で
主人公バーバラが選んだ、その結末は・・・

糸と針を操りながら
危険な場面を切り抜けていくけど
どの選択にも
リスクが伴う。
最後の結末には、どこかほっとしたが
人生の中で選択をしなければならない場面は
必ず訪れる。

その時、考え、考え、考え抜いた結論は
満足するものであるはずだと
教えてくれた映画だった。

NOTE#9病気はからだからのメッセージ
NOTE#8天上天下、唯我独尊|Dr.サンタ
NOTE#7今日の成功は明日の失敗
NOTE#6いのちは地球よりも重い(誕生日に思うこと)
NOTE#5共に働いてる仲間との別れ
NOTE#4下り坂には下り坂の風光がある
NOTE#3日本酒「獺祭」の名前の謎
NOTE#2 友人小児科医との再会
NOTE#1 NOTE始めました

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春の図書館の風景

僕は時間があると
町の図書館に行くのが日課です。

図書館に行くと
ただ本を読むだけでなく
知的好奇心が刺激され
思いもかけない本に出会う楽しみが
あるからです。

それと同時に
図書館には老若男女様々な人がいます。
特に制服姿の学生さんの
一心不乱に勉強している姿
友達と雑談でもしながら
息抜きしてる?微笑ましい姿をみると
自分の学生時代も思い出すとともに
自分の未来実現しようと
がんばりを心から応援してしまうのです。

3月の終わりになると
いつも行っている図書館の雰囲気が
違ってるのです。
人はいるのに
なぜかのんびりしている雰囲気
がしたのです。

どうしてだろう・・・・?

本を選ぼうと
図書館を一周してみて
その理由がわかりました。

いつもいるはずの
勉強している学生さんの姿が
見えないのです。

あ、そうか。
この時期は
次のステップに行く準備をしているのだ。
これまでの成果が実ろうが、実るまいが
とにかく
みんな次のステップに入っているから
学生さんは
図書館の外で行動している。
だから、学生さんがいないのだ。

いつもいたはずの
空席の学習席に
「おめでとう。
これからも、がんばれよ」と
声をかけくるのでした。

 

 

NOTE#7今日の成功は明日の失敗

NOTE#6いのちは地球よりも重い(誕生日に思うこと)
NOTE#5共に働いてる仲間との別れ
NOTE#4下り坂には下り坂の風光がある
NOTE#3日本酒「獺祭」の名前の謎
NOTE#2 友人小児科医との再会
NOTE#1 NOTE始めました

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