今日の言葉」カテゴリーアーカイブ

頑張ってよりも

入院しているときは
基本面会は断っていました。
なんか、弱ってる自分の姿を見せたくない
というのもありますが
どんな言葉をかけたらいいのか
きっと戸惑うだろうから
それなら、会わないと決めた方が
いいにだろうと思い
面会禁止ということで入院生活を続けました。

実際
病気になったときに
僕以外の方は
どんな言葉をかけてもらいだろうか?
人それぞれだとは思うけど
知りたいなぁと思っていました。

そんな時にヒントをくれた
何度も癌の手術をくり返された
ひげの殿下で国民に親しまれた
寬仁親王の日記にこんな風に書かれていました。

手術の後、呼吸困難が二日間続きましたが
この時は他のことを考えるゆとりは
ありません。
ただひたすら、どうすれば呼吸が楽になるか
この痛みから抜け出すか
精神力の強弱など入り込む余地は皆無です。

そうなのです。
とにかく、この苦しみから
逃れようと必死なのです。
頑張ろうとか、そんな自分の今の精神状態を
考えることもできません。

ただこの苦しみから逃れているのです。
必死で頑張っているのです。
だから否が応でも頑張っている
いえ、頑張らされているのです。
全身全霊、100%の力を出し切って
頑張ってるのです。
だから、その時に頑張ってと言われると
まだもっと頑張れと言われている気がするのです。

ですから
殿下も{頑張って」よりも
「お大事」がお見舞いに行ったときの
お別れの時の言葉だと述べられています。

その時の気持ちが
身にしみてわかります。殿下

☆お盆期間も通常通り診療します
サンタ夏季休診2026

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杜人~環境再生医 矢野智徳の挑戦~

最近夏だけでなく
一年を通して雨が降らないので
山口県でも
水不足が危惧されることが増えています。

雨が降らないと
生活が困るけど
雨が降ると大雨になり
川の氾濫、床上浸水そして
人の命を奪うこともあり
自然の力を見せつけられる。

どうして
こんなに自然は変わってしまったのか?
自然に対してはなすすべがないと
何もできない
自然がおかしくなってしまったら
人間はなすすべがないと
どこかあきらめムードになっている人間。

そんな時観た映画「杜人」
この映画は
環境再生医 矢野智徳さんを追った
ドキュメンタリー映画。

矢野さんは
今回の災害は自然が勝手に起こしたことではない
人間が自然の声を聞かず
川をせき止めダム、砂防ダムを作り
川の周りに堤防を作り
川の流れを変え
街中コンクリートでかためた
その結果
大地は
酸素が不足し、水が流れる道が閉ざされ
息ができず苦しんでいる。

だから
大地が深呼吸せざる負えなくなり
深呼吸したときが災害なのだと。

矢野さんは
「虫たちは葉っぱを食べて空気の通りをよくしている」
「草は根こそぎかるから反発していっそう暴れる」
「大地も人間と同じように呼吸している」

だから
風の流れをよみ
枝を払い、草を刈り
川の声、大地の状態を観ながら
川の流れを作り
大地が呼吸できるように空気穴を作っていく
すると
弱っていた木が蘇り
春にはこの世を喜ぶように花を咲かせる。

決して
自然は人を苦しめようとはしていない。
自然を苦しめているのは人間の方だ。
自然は人間と共に仲良く暮らしたいのに
人のエゴに苦しめられているのが
今の自然の姿かもしれない。

コロナも異常気象も電力不足も
今の人の営みの姿を考え直す時期に来てるかも
しれないということを教えてくれた
映画だった。

この映画のキーワードは杜
「杜」とは
この場所を、痛めず、穢さず、大事に使わせて下さい
と人が森の髪に誓って紐の張った場のこと。

今は地球全体が杜の場として
大切に共にいきていけない時代に
なってきているのです

☆お盆期間も通常通り診療します
サンタ夏季休診2026

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人生万歳

人生100年時代と言われるようになって
人生を健康に生きる方法だけでなく
実際90才代を迎えたときに
どんな心構えで生きていくかを
考えていかないといけない時代にもなってきた。

その時を迎えたときに
あわてて考える時間はないかも
だから、今いきられている
長寿の方の考え方は
その時の参考になると思う。

最近人間万歳という詩を知ったので
ここで紹介しようと思う。
僕は還暦もまだで
どこまでも生きるかはわからないけど
どんな心境でその時を生きてるのか
この詩のように生きてるか
楽しみにして生きていこうと思う

「人間万歳」
人の世は山坂多い旅の道
年令の六十に迎えが来たら

還暦 60才
とんでもないよと追い返せ
古希 70才
まだまだ速いよつっぱなせ
喜寿 77才
せくな老楽これからよ
傘寿 80才
まだまだまだ役に立つ
米寿 88才
もう少しお米を食べてから
卒寿 90才
年令に卒業はない筈よ
白寿 99才
百才のお祝いがすむまでは
茶寿 108才
まだまだお茶が飲み足らん
皇寿 111才
そろそろゆずろうか日本一
念ずれば花ひらく

何才になっても
今という生きている時間に
感謝して、楽しめて生きていけたらと思う

☆お盆期間も通常通り診療します
サンタ夏季休診2026

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本音で話してもらえる方法

毎日患者さんと話しているが
こちらはこころを開いていても
患者さんと初対面では
なかなかこころを開いてもらえずに
本音で反してもらえず
自分の力不足を感じることが
度々あります。

いいコミニュケーションをとる
方法はないかと思っていた時
刑事さんから
犯人に真実を話してもらうための
コミュニケーション術を
お聞きしたので紹介します。

本音を引き出すコミュニケーション術
一つ目は
「相手を人として尊重した上で
話をすること」
つまり、相手を人として尊重し
敬意を払い、頑張っている部分を
褒めるのです。

二つ目は
「相手の行動の理由を聞くこと」です。
人の行動には必ず
理由があります。
理由を聞かずに行動を否定すると
相手は自分の生き方を否定されたように
感じ、こころを閉ざすというのです。

なるほど
医学的に正しいと思うことを話す時に
今の患者さんの生活を尊重し
その生活に耳を傾けることが
大事なんです。

三つ目は
「責任を逃がしてあげること」
こんな風になったのは、
君だけのせいじゃない
と患者さんの今を認めてあげると
お互いの信頼関係が
生まれるそうです。

この三つが
本音を引き出し
信頼関係を築ける
コミュニケーション術です。

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目覚めると

「目がさめてみたら
生きていた
死なずにいきていた
生きるための
一切の努力をなげすてて眠りこけていた
わたしであったのに
めがさめてみたら
生きていた
劫初以来一度もなかった
まっさらな朝のど真ん中に生きていた
いや
生かされていた」

この詩は
教育者の東井義雄先生の作品です。

朝目覚めた瞬間は
今まで、前日の眠りにつくまでのことは
忘れていて、新たな時間がスタートするのです。

劫とは非常に長い時間の単位のこと
ですから
劫初というのは
この世の始まりの時間です。

時というのは
「この時は昔からあった時だ」と
いうものではありません。

時は一度過ぎ去ったら戻ってきません。
だから僕たちは
時々刻々と
この世が始まって以来一度も同じでない
まっさらな時と出会い生きているのです。

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微・助っ人で生きる

テレビで
樋口恵子さんがお話されていた。

樋口恵子さんといえば
20年以上前にテレビで
よくコメンテーターとしての
よくお見かけしていた。

その当時の印象は
ふっくらされていて
身体中から全てを
優しく包み込み
思想に偏ることなく
人間として大事なことを
伝えられるような気がして
とても大好きな方だった。

年月は流れ
その樋口さんも卒寿を迎えられ
元気にひとりで活躍され
最近では老いについての著書も多い。

樋口恵子さんは言われていた

人は動けなくなった時の
ことは考えての
それまでの10年間を生きやすくすることは
あまり考えていない。のではないか。
外出中のトイレ一つとっても
使いづらいとご自身の経験を踏まえて
お話しされた。

それは社会が悪いわけではなく
元気に卒寿を迎える人が少なくなったからだと
だから私が発信しなければならないと。

最後に樋口さんは
微・助っ人として生きたいと
仰った。

これは
全ての人が
目の前の困ったこと人のことを思い
わずかでいいから手を貸す世の中になれば
この世界は
もっと、もっと良くなるのでは
ないでしょうか?

みんなで微助っ人をめざしましょう。

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過去は変えられる

過去にどんな苦しいことが
あったとしても
大事なのは「今」です。
「今」の連続が未来につながっています。

今、うれしい、楽しい、しあわせだと
思っていたら未来もそうなります。
過去の連続も「今」につながっている訳です。

もちろん過去に起きた出来事は
かえられません。
その出来事にまつわる感情は
変えられます。

過去の連続が「今」
「今」の連続が未来です。

大事なのは
「未来」に向かう「バス」に
誰と乗るかです。

遊ぶ人とバスにのったら
遊ぶ方向に行きます。
勉強する人とバスに乗ったら
勉強する方向にいくのです。
だから
誰とバスに乗る科は
ものすごく大事です。
これがその人の人生を決めるといっても
おかしくないでしょう。

人間関係の質が高まれば
行動の質が高まり
行動の質がたかまれば
結果の質が高まります。
そして、結果の質がよりよくなると
思考の質まで変わってくるのです。

これは循環します。
思考の質がかたまると
いい人間関係が生まれます。

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神と髪

みなさんは、神様というと
どんな姿が目に浮かぶだろうか?
男?女?若い?老人?
太ってる?痩せてる?
髪はある?
ひげは生やしてる?
みんなさんそれぞれのイメージが
あることでしょう。

僕は
もちろん見たことはないけど
立派な白いひげを生やして
少しはげてて
杖をついた
老人の姿を思い描いてしまいます。

実際
神様は若い方もお年寄りの方も
いらっしゃるようです。

そして
禿げた姿の神様は
知恵の神様らしいです。
悟りだけでなく
先の先まで見通しているとか
神の計画や人生の方向性、天命をなどを司られる
そういう神様は
禿げているらしいです。

つまり
知恵は知恵でも
宇宙のコンピューターの如く
あらゆるものを悟っている頭脳は
禿げた姿で表されるのです。

髪は情感を表すものだと言われているので
お坊さんは髪を剃るのは
世俗の思いとか感情などの表す髪をたって
神の意志を果たそうとするのです。

なら
髪が白くなるのは
人間的に枯れること
つまり原点に返っていくこと。
人間本来のあり方や原点が
わかってきつつある
ことを示しているのです。

年取って
髪の変化は気になります。
決して老いたからではなく
人生における学びの一つの
通過点にいることを
教えてくれるのでしょう。

僕も
病気をして、白髪が増えました。
その意味を
毎日鏡を見ながら
今の自分の立ち位置を振り返っています。

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静かに美しく生きる

僕自身病気をしてから
これまでの人生を振り返ると共に
今までの生き方を見つめ直し
これからの人生設計を考えることが増えてきた。

未来はわからないけど
同世代の人が
どんなことを考え、どう生きたかを知ることが
これからの
生き方の参考になることがある。

特に気になる同世代の人は
松浦弥太郎さん。
彼は生活を大事に過ごしてることを
多くのエッセイで紹介していて
僕も参考にさせてもらうことも多い。

人生はよく
マラソンにたとえられ
僕はマラソンはしないが
ランニングを趣味にされてる人は
周りに多い。

松浦さんも
10年前から、からだの不調を是正するために
ランニングをはじめたようだ。
最初は全く走れなかったけど
シューズやウエアーを整え
健康になるという目的のために
毎日続けていると
どんどん楽しくなって
もっと、速くなりたいと
頑張るようになったそうです。

でも走りすぎたことで
足を痛め
ランニングを中止せざる負えなくなった
時期があったそうです。

からだを休め
また、走り初めて気づいたことを
書かれています。

「走ろうと思えば速く走れる。けど、
これからは、あえてペースをぐっと落とし
ゆっくり、静かに、
姿勢の良い美しいフォームで走れるように
なりたいと思った。
速さとは、成果や実力ではない。
本当の実力とは
美しさによる継続である」と

人生をランニングに例えると
若いときは(今までの自分)
速さという目の前に示されたものを
目標に走っていた。
でも、50代になったいま
人生を突っ走るのではなく
自分らしく、自分の取り柄を生かして
ゆっくりでも、美しく
その走りが人のこころに何かを訴えるような
生き方を見せることができれば
本望だと僕も松浦さんのように思っています。

人生のゴールは
どこにあるのか、いつまで続くのかは
わからないけど
これからの人生は
静かに美しく、自分らしく
自分しかできない走りを意識して
ゴール目指して、走って行こうと思います。

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検索しても熟知にはならない

何か新しいことをはじめようとする時に
物事を「熟知」してはじめて
スタートラインに立てる。

何かを創り出す時に
ゼロから生み出すのは困難です。
創造性は情報量に比例するので
この世の中の事実や情報を
どれだけあつめられかが
クリエイティブになれるかどうかの
鍵になるんだと思います。

集められるだけの情報を集められたら
新たなアイデアは生まれやすくなります。

そして情報を集めるのに
インターネットは便利。
そして、最近では
AIを使って
簡単にわからなかったこと
知らなかったことの情報を集まってきます。

だから、知らないことがあれば
スマホで調べればいい・・・と
安易に考えてしまいます。

検索したことで詳しくなったとしても
それは熟知したとはいえません。

確かに、その道で成功している人は
人一倍に詳しいし、知識も豊富というだけでなく
そのことについて
問題意識がとてつもなく深いものです。

決して現状に満足せず
「こうすればもっとよくなる」と
アイデアが湧いてくるでしょう。

AIは確かに便利だけど
AIに頼ってばかりいると
我々人間の成長は止まってしまうかも知れません。

情報を集めた先に
僕たちは集めた情報を元に
考え「熟知」することを
忘れてはいけないと思うのです。

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