免疫力をつけるとは?

コロナ対策で世の中のみんな頑張ってます。
 行動規制して、自粛して、仕事を休んで
 感染が広がらないように
 感染を広げないように
 ひとりひとりが
 気をつけて過ごしています。

 そんな時
 よく聞かれるのが
 ”免疫力”を上げましょうという言葉。
 免疫力を上げる?とは
 どういうことでしょう
 
 コロナ感染に負けない、これは戦争だ
 国民全員で戦いましょう・・・など
 戦うという姿勢を鼓舞する言葉をよく耳にします
 これは戦いだから
 ウイルスをやっつけなければ
 ワクチンが薬が必要
 そして
 免疫力をつけて戦いましょう・・・・と続きます

 実は免疫力をつけることは
 ウイルスと戦う、相手に勝つことばかりではありません。
 確かに、免疫力には
 ウイルス、アレルギーなどの
 体外からの侵入者を排除する”拒絶”する力を
指すこともありますが
もう一つ
妊娠したお母さんが、非自己である胎児を
 ”拒絶”せず受け入れるように
愛で育むという
 ”寛容”という力もあります。

 今までのように
 病気にならないように
 病を、ウイルスを拒絶、排除するのではなく
 たとえ
今回のコロナウイルスのような未知のウイルスであっても
 相手の見えない病気であっても
 大きな愛で包み込めるような
 受け入れる”寛容力”をつける ことが
必要な時代に
これからは変わってくるのだと思います。

ですから医療も
これまでの闘う医療一辺倒でなく
 病を受け入れられる力をつける医療に
 相手を憎む医療でなく
 愛で包み込む医療
が求められる時代になると思います
それが
 これからの時代に必要なこと免疫力であり
そして
僕の理想とするこれからの医療。
 当院でめざし推進している医療です。

愛に溢れる社会になることを
願って活動していきます。

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いのちは地球より重い

  緊急事態宣言が出た後
 東京都と政府そして各自治体の足並みのちがい
  が報道されました。

 様々な考え方があると思いますが
  今回の報道に触れ
  現代社会の命に対する考えのちがいを
  顕してるような気がしました。

 僕は
 人間が生きていくには2つの面が
 必要であると思います。
 ひとつは
 衣食住という動物的欲望を満たす
 いわゆる生活面を重視する面「生活体系」
 そして、もうひとつは
 真善美を求めて行動する人格を形成する
 いわゆる生命を重視する面「生命体系」
この両面から
いのちは支えられていると思います。

 もう少し具体的に言うと
 生活体系とは、いのちを支えている活動のこと
 つまり
 利益や欲望を充足させるという経済法則を重視したもの
 これに対して生命体系とは
 いのちは尊いものだというような
 親子のつながり、日本で生まれたことによって
 培われた道徳的なつながりとも言えるもの

 この2つの体系、価値観の中で
 僕たちのいのちは支えられ
 生きているのだと
 改めて自覚させられた気がします。

 昭和50年代に
 日本赤軍がダッカで飛行機をハイジャックし
 身代金などを要求したダッカ事件がありました。
 その時の総理は
 「人間のいのちは、地球よりも重い」と
 様々な批判を交わして
 16億もの身代金を決断して
 乗員乗客のいのちを救ったと聞きました。
 
 今回の政府の動きは
 ダッカ事件の時とは異なり
 いのちだけでなく経済重視するあまりに
 迷い行動できなくなってるように
 僕は見えてしかたありませんでした。
 
 ダッカ事件から時は流れ
 時代は昭和から平成、令和と変わり
 その間平和で豊かな時代を過ごしすぎて
 明日の喜びより、今日のパンを求める生き方を
 してきた日本人の体質が
 決断できなくさせているような気がします。

 人はパンがなくては生きていけないけど
 パンを美味しく、そして有り難いと思える気持ちを持って
 僕たちは生きていかなければならないってことに
 気づき、その気持ちを大事にして
 これからは生きていかなければならないのでしょうね。

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おかげさま

 緊急事態宣言が発令されました。
 
しかし
 緊急事態宣言が出た今日も
 一日無事に終わることができました。
 働くことができました。
 美味しくごはんが食べれました。
 温かい布団の中で眠ることができました。

こんな危機的な状況でも
 いつものように過ごせた時
 浮かんできた言葉・・・それは
 「おかげさま」

今日こうして過ごせたのは
 家族のおかげ
 身近な人のおかげ
 役所の人の頑張りのおかげ
 医療前線で命をはって頑張ってる医療者のおかげ
 身をもってコロナ感染の怖さを教えてくれた患者さんのおかげ
 物資の生産者、物流、販売など
 命の源を届けてくれた多くの人々のおかげ。
 また、目に見えるものだけではなく
 ふとした瞬間に心を癒やしてくれる
 満開の桜、心地よい風、芽吹いている春の息吹
目に見えない自然のおかげもあります。

今生きているのは
 当たり前のことではなく
 有形無形の有り難い「おかげ」をいっぱい
 いただいているからだと思います。

今生きられるのは
 自分ひとりだけの力じゃない
 様々のおかげさまの中で生きているんだと思えたら
 全てのものに素直に「ありがとう」と言えませんか?
おかげさまと思えたら
 少々不自由なことがあっても我慢もできませんか?

今回の緊急事態宣言が
 お互いが「おかげさま」と言いあえる社会作り
 のきっかけになり
 感染が終息した先に
 誰もが平和だと思える世界が待ってること
 を願うばかりです。

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コロナウイルスからのメッセージ

 コロナウイルス感染により、
 2020夏の東京オリンピックの延期が発表されました。
  
 オリンピック開催だけでなく
 今世界では、日本、アメリカ、イギリスも、フランスも、
イタリア、 インドも・・・
 世界の国々のトップの方々がが様々な決断を下し、
 コロナウイルスの感染を収束させ、
 社会、経済、教育そして医療も含め
 これまでの活動を維持するために、
 知恵を出し合って頑張っています。

 オリンピックを延期したからといって、
 非常事態宣言を発令したから、
 お金をだしたたからといって、
 このウイルス感染が終息する
 という確証はありません。
      
 僕は今回のコロナウイルスのパンデミックが、
 とても、大きなメッセージを
 人々に伝えようとしているような気がするのです。

 「いろんなことが決められても、
  あなたたちが全てに責任を負うまでは何も変わらない。
  彼らがやったんだ。彼らが決めたことなんだ。  
  彼らがちゃんとやればいいことなんだ・・・
  なんて他人事のように言ってる場合
  じゃないんだよ。

  あなたたちは
    家庭人として
    職業人として
    一国民として
    そして
    未来に対して
    現代を生きる地球人、現代人としての
    責任をひとりひとりが果たしていますか?」と
  ウイルスに、これからの生き方を
  問いかけられている気がするのです。

  つまり
  人類がこの世に生を受けた自分の責任に気づき
  ひとりひとりその責任を果たし始めたときに
  きっとウイルスは終息するような気がするのです。

  この世界危機を救うのは
  政治家でもなく、ワクチン、薬でもない
  ひとりひとりの行動にあるような気がします。

  
   「敵に会ったんだ。それがぼくたちなんだ」という
  アメリカの漫画「Pogo」の作者ウォルト・ケリーの
  有名な言葉があります。

 この言葉がいうように
 敵はコロナウイルスではない。
 ウイルスは僕たちがかわるチャンスをくれている
 メッセージを受け取り行動し始めたときに
 ウイルスは影を潜めるのかもしれない。
 敵は人の心の中にある。

 コロナウイルスは
 実は世界中のひとりひとりの行動を
 みているのかもしれません。

 ☆地球に問題があっても
  みんなを応援してくれているかのように
  いつものように日が昇りました。
  どんな時も
  お天道様はみてます。
  応援してくれています。

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“目覚めよ”

今日は3.11
日本人にとって忘れられない日
東日本大震災から
丸9年経ち、10年目を迎える。

震災当日のことは
震災に直接あったわけではないけど
サンタキッズ&ファミリークリニックを開院して
1ヵ月した時
日々四苦八苦しながら過ごしていた時期の出来事。
当日のことだけは今でも鮮明に記憶に残っている。

そしてあれから
今日でちょうど9年。

9年経った現在の日本、そして世界を
見渡してみると
東日本大震災当時のことが蘇ってくる。
今まさに日本が世界が新型コロナウイルスの災禍に
襲われている。

震災が起きた時のように
テレビは新型コロナウイルスの報道ばかり
プロ野球も相撲などのイベントも自粛、中止。
ディズニーランドなどの施設も休園。
学校も休校となり
経済活動は麻痺し
街からは、人々の笑い声が消えた。

現在の状況は
9年前の震災当日の状況と
全く変わっていない。

人々がこれまで当たり前に行って来た
経済も政治も文化も教育も
ストップされた状態。
それも今回は日本だけでなく
もっと広く全世界に広がっている。

あれから9年経った今
国は「復興創生期間」最後の1年として活動し
一区切りつけようとしている
しかし被災された方々は
被災された方は復興への道はまだ遠いと感じ
風化していくのを恐れている。

東日本大震災に
一区切りしようとしていた時におこった。
新型コロナウイルスの災禍。

現在の
新型コロナウイルスによって惹き起こされた状況は
決して偶然に起こったことではない
気がするのです。

新型コロナウイルスは
東日本大震災の学びが
まだ終わってないことを
伝えようとしている気がするのです。

東日本大震災によって
すべのことがリセットされた。
そこからで学ぶべきことは
元に戻す復興ではなく
全く新しいものを
新しい価値観で一から作り直す
ことだったのかもしれません。

私たちは
今までの価値観に縛られないものに
気づき、変わらなければならない
時に来てるのかもしれません。

コロナウイルスは
東日本大震災の時のように
全てのものをリセットし
そして
我々に“目覚めよ”と言ってる気がする。

これからひとりひとりが今日はこの9年を振り返り
これからの10年後のあるべき世界を地球を
考えて動かないといけない。

政治も
経済も
文化も
教育も
環境も
そして
医療も
問題をそのままにしてしまったら
10年後に
もっと大きな災いが来るような気がするのです。

我々が新型コロナウイルスの真のメッセージに
気づき、行動し始めた時に
きっと
新型コロナウイルスは
普通の風邪のウイルスにまた戻っていく
そんな気がするのです。

問題は大きいけど
自分が気づいたこと
できることから
始める日にしたいと思います。

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伝わる生命力

家族から
防府市の向島小学校にある
満開の寒桜の写真がおくられてきました

今年も青空に向けて
ところ狭しと咲き誇っている姿。
きれいと思っただけでなく
今年は
写真からでも伝わってくる
力強く生きている姿に圧倒されました。

毎年実際に見に行ってる寒桜。
今年は入院中。
そして現在新型コロナウイルスの影響で
実際に見に行くことはできなかったけど、
写真を見ただけでも
その生命力の大きさを感じました。
そして、
その力が写真を通してでも伝わるのだろうか?
体の底から元気が湧いてきたから
不思議です。

大自然に生きている
動植物、全てのものは
たくましく生きている。
そして生命力溢れるものが
生き残っていることを
教えてくれている
そして
その生命力をつなげようと
してくれているような気がします。

ですから
病気の時だけでなく
元気が出ないときは
生命力みなぎるものに
触れること
無理なら写真だけでもいい
生命力を感じ
生命力を引き継ごうと思う事はない
とても大事なことだと思いました。

ちなみににこの寒桜は
樹齢100年、最近蓬萊桜という新種で
山口県の特別天然記念物に指定され
一人で100年以上生きて来ました。
そしてその生命は
接ぎ木された
いわゆるこどもとも言える寒桜につながり
今年は
親に負けないくらいの
立派な姿を見せてくれたようです。

生命力はどんどん伝わっていくんですね。
あなたにも
わたしにも

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病気は愛を知るために

病気になったり
悪いことが起こると
なぜ、どうして
こんなめに合うのだろうかと
考えてしまういます。

僕も病気になって
落ち込み、悩みましたが
日が経つにつれ
病気は
自分に愛とは何かを
教えてくれているような
気がしてきたのです。

人に与えられた最高の感情は
“愛”なんだと僕はずっと思っていました。
今回の病気の経験で
愛を知るためには
悲しみ、苦しみ、怒り、憎しみ、嫉妬など
あらゆる負の感情をも知ることで
本当の愛を理解できる。
つまり
愛とはあらゆる感情の総和
あらゆるものの集合
いいも悪いもない
全ての感情であると思ったのです

そして
あらゆる感情を経験するために
人は様々な経験をするのだ。
様々な経験を通して感じた感情が
人として
心も魂も成長するのだと思います。

だから今回
病気になって感じた
正直な思いを大切にして
生きていくことが大事なんだと
教えてくれていることに
気づきました。

病気になったのも
魂が成長するために必要な事なのかもしれません。
今の思いを大切にして
これから生きていかないといけない。

実はこれまでも
病気になる前にも
愛を学ぶ機会って
沢山準備されてたんですよね。

今日も
どんな一日になるのか
1分1秒先のことさえ
どんなことが起こるのか
誰にもわかりません。

でも
どんなことが起きても
その時の気持ち、思いを
しっかり受け止めて
その思いを大事に生きていかないといけない。
それ が“愛を知る”というなのかもしれない
・・・・・そんな気がするのです

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明けない夜はない〜ついに山口県でも〜

世界で猛威を奮いつつある新型コロナウイルス。
昨日山口県でもついに感染者が確認されました。
今後山口でもコロナウイルスの不安が現実になって
大変な状況になってしまうのでしょうか?

今入院している病院でも、
新型コロナウイルス対策として
先週から外出、外泊とも禁止、
昨日からは家族との面会も禁止
予想もしなかった影響が出てきました。

でもそん大変な状況の中にあっても
僕はいつもと変わらず病院でリハビリをしてるんです。
ニュースを見なければ新型コロナウイルスも知らない状況でも
暮らしていけてるんですね
リハビリをしながら思ったんですね。
今いつもと変わらない時を過ごせるのは
「僕は病院に守られてるからなんだ」って。

世間で大騒ぎになっている
休校になったのも
イベントがなくなったのも
仕事に影響が出てきてしまった状況を
作り出したのは政治家の決断ですが
その決断があったから
今こうして生きていられるんじゃないか?
とも思えてきたんです。

今生きていること
多少不自由はあっても
文句をいいながらでも
こうして暮らしていけてるんです。
こんな状況で生きている、生きられるって
実は当たり前のことじゃないのかもしれません。
そう思うと
自分ではどうしようもない大きな力が
僕たちの暮らしと命を守ってくれている気がするんです。
政治家、病院、学校、社会ではない
もっと大きな力が守ってくれている気がするんです。
それを神というのか?
それはぼくにはわかりません。

だけど、誰かかが命を守ってくれていると思うと
多少不便であっても
不自由な状況でも
今の状況を受け入れないといけない
今の状況をうけいれると
こうして生きていることが
本当に感謝だと思えてくるんです。
守られていることに感謝なんです。

様々な思いはあるけど
今こそ生きていることに感謝して
過ごすべきじゃないかと思うんです。

緊急事態宣言はだされてませんが
現在は国難とも言える状況になりつつあると思います。
いつまでこの状況が続くのかもわかりません。
でも、“明けない夜はない。”のです。
必ず明るく温かな希望溢れる春が訪れます。
がんばりましょう。                       

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患者さん目線に立つとは

脳の病気になると
脳の高次機能の評価を受けます。

様々な検査がありますが
高次脳機能検査特に認知症の検査として
有名な検査に長谷川式認知症検査があります。
この検査は、簡単な質問で手軽に認知症を評価できると
よく使われる検査です。

昨日
この検査を作られた
長谷川医師が、実際に認知症になられて
その日常を追ったドキュメンタリーが
放送されていました。

その内容は
ただ一人の老人が認知症としての
日々を送る姿を追うだけでなく
認知症を熟している医師が
認知症になったその時
発せられる言葉から
認知症の患者さんの心境、心の中をとらえていくというものでした。

そのため
とても医師としてとてもかんがえさせられる
内容でした。

認知症の時は
自分は今不確かな世界にいると
おっしゃっていました。
自分で確信することができないので
同じ行動を繰り返してしまうのだと。

とある講演会の時には
最後にみんなで歌を歌う予定にしていて
講演会の直前まで
歌は最後だよと
釘を刺されていたにもかかわらず
最初に歌い始めて、周りがてんやわんやしてしまった。

でも当の本人は
講演会の後、
最初に歌ったことで会場が和やかになったと喜んでいた。
そう言えば、講演会直前まで
歌の練習をされていて、
きっと最初から歌うことに決めていたのかもしれないと話すご家族。
段取り通りできないのは
突飛な思いつきの行動ではなく
ご本人の頑なな思いのこもった行動
なのかもしれません。

認知症の時
家族の介護の負担を減らすために作ったデイサービスの
システムをつくったのもこの長谷川医師。
でも、自分がいく段になると
面白くないと言って、ご自身が作ったシステムでも
家族の介護の軽減になるからと周りから勧めても
行くことを拒んだ長谷川医師。

初めて
患者さんの目線で
デイサービスのシステムを見れたのかも
しれません。

これらのエピソードの数々
医師が研究して
熟知していると思っていても
結局は
患者さんと同じ目線に立つことは難しい。
と行ってるようだった。

我々医師は
病気にならない限り
真の患者さん目線には立てないのか?

最後に長谷川医師の先輩の言葉が紹介された。
「 君の認知症の研究は
君が認知症になって初めて完結する 」と。

僕も今回の病気は
医師が医師としてあるために
そして医師であるまえに人として
神が与えてくれた必要な教育であるならば
この経験を大切にしっかり勉強しよう
今日もリハビリを頑張ろうと思います。

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英断は歴史が証明する

ニュースでは、連日のコロナウイルスの感染拡大のニュース。
政府も後手とも言われているけど
必死で感染を食い止めようとして
突然のことで混乱もあるけれど
今回の全国休校決断は
勇気ある政治的な決断と思います。

政府より先に進んでいるのは
北海道の鈴木知事の決断。
休校の判断の次は
緊急事態宣言の発令に従っての
週末の外出を控えるように呼びかけられた。

この政策に
感染を引き留めようとする
鈴木知事の強い思い、決意
そしてよく勉強されていると思う。

僕は
1918年代に世界中で起こった
スペイン風邪の時に
同様の外出禁止令を出し
感染拡大を防いだ
セントルイス市の市長の行動を
知りました。
以下その時の状況を伝える記事です。

1918年のスペインかぜの際、米国で外出 制限や大規模施設の閉鎖などを速やかに行った 都市では、死亡率に差がでました。それはセン トルイスとフィラデルフィア2つの都市の比較 で明らかになりました。
セントルイスでは、市内に最初の死亡者が出 るとすぐに緊急事態宣言を行い、学校や劇場、 教会、大型販売店、娯楽施設などを閉鎖し、集 会を禁止しました。市中発症率が2.2%時点の 早期にこれらの英断をおこなったため、一時期 に流行が集中せず、医療サービスや社会機能の 破綻もおきませんでした。

これに対して、市中発症率が10.8%になってからようやく規制 が開始されたフィラデルフィアでは、8週間にわたって大流行が起 こり、一度に多くの市民が発症したために、医療サービスや社会機 能全般が破綻し、少なくとも1万5000人が死亡しました。
死亡率は、セントルイスの0.3%に対し、フィラデルフィアは倍 以上の0.73%でした。
セントルイス市長は、経済活動などに影響するため、周囲から強 いバッシングを受けましたが、「私は市民が死ぬことは望まない」 と宣言し、制限を断行しました。
今でこそ、偉業とされるセントルイス市長の英断も、多くの困難 の中での決断でした。
このセントルイスの事例は、今も米国の新型インフルエンザ対策 の貴重な教訓として生きています。

今回のコロナウイルスの感染を防ぐために
政治家が考えるだけでなく
一人一人が
命を第一に考えて行動することが大事かと思います。
命を第一に考えて起こした愛ある行動は
必ず正しい結果をもたらすことを
歴史が証明しています。

突然のことで
きっとみなさんも戸惑いもあるとは思いますが
みんなでこの世界的危機を乗り越えられるよう
痛み、不自由さに耐え
思いを一つにして行動していきましょうね。

今日という日が
実りある1日になりますように

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