コロナ感染症とPCR検査

 連日ニュースで
 コロナ感染症の新規患者さんの数が報告され
 毎日過去の感染者が記録更新なんて
 報道されると
 誰もが不安な気持ちになってきます。

 でも
 落ち着いて少し客観的に
 コロナ感染症の一連の報道を振り返ると
 少し不思議な印象をうける点があります。

 ※これから先は
 ウイルス感染症に関する専門家ではなく
 免疫学、ウイルスの第一線から
 離れている一開業医が
 一臨床医個人としての一般的な意見として
 読んでいただければと思います。※

 全国的にPCR検査数の陽性者の報告数が
 連日増えているのに
 今回は重症者が増えないのは、なぜだろう?

 確か3,4月は
 患者数が増えると共に
 重症者も増え、
 医療現場での人工呼吸器、マンパワーの不足が叫ばれ
 医療崩壊になりかねないので
 国全体として自粛制限を強いられたと
 理解しています。

 今回は
 感染者数は増えているけど
 重症患者は増えていないので
 現時点で医療崩壊の危機にはなく
 前回のような強い自粛は行わないと
 国は判断しているようです。

 感染者数の報告は増えている
 感染者は増えていると報道されているのに
 本当に大丈夫かな?と
 だれもがニュースを見ると不安になりますよね。

 ここで、感染者数の報告増加の基礎データにもなっている
 PCR検査について少し考えてみましょう。
 
 
 PCR検査陽性者は・・・・
 厳密にいうと
 全員コロナウイルス感染者というわけではありません。
 PCR陽性者は
 全員コロナウイルス保菌者ということであり
 つまり
 コロナウイルスを発症していない人も含まれている
 ということなんです。

 そもそもPCR検査とは
 ウイルスの遺伝子が存在しているかを判断する
 とても高性能な検査です。
 
 ウイルスの遺伝子の一部分あったり
 少ないウイルスあれであっても
 何万倍にも増幅させて判定します。
 かすかにウイルスの存在すれば
 陽性と証明できる
 素晴らしい検査方法なんです。

 ですが
 ここで今問題なのは
 コロナウイルスが一個でも見つかれば
 その人は
 コロナウイルス感染症を発症している
 感染症者と決めていいのでしょうか?

 ウイルス存在存在=感染者と考えていいのか
 ということなんです。

 ここで
 ウイルスそのものについて考えると
 ウイルスは人に寄生して
 生きていく生物です。
 つまり
 人の細胞に寄生して
 ウイルス自身が増えることができて
 初めて、熱、咳、倦怠感などの
 症状がでて初めて
 我々も病気になった
 つまり感染者を発症したと気がつくのです。

 インフルエンザ、はしかなどのような
 命に関わることの多い強いウイルスであっても
 ウイルス1個だけなら問題ないのです。
 ウイルスが存在することよりも
 ウイルスの量が重要なんです。

 そして
 現在のPCR検査は
 ウイルス量ではなく、
 存在していたいたと言う証明を
 している検査だということです。

 ですから
 PCR陽性でも
 無症状な人がいるのもうなづけます。
 このことは
 コロナウイルスだからではなく
 どのウイルスでも同じです。

 PCR陽性は
 ウイルスがいた証明にはなるけれど
 コロナウイルス感染症とは言えないと言うことです。

 でも
 感染は
 一個のウイルスが体内に侵入して
 そこで増殖して初めて病気を発症します。
 発病する人と、いない人がいるのは
 どうしてでしょうか?

 そこは
 ウイルスVS人間との戦いが
 体の中で起こっている時期があるからです。
 この時期を潜伏期間と言いますが・・・・
 コロナウイルスが1個でも体内に侵入すると
 体内では
 様々な免疫反応が起きて
 ウイルスの増殖を抑えようとしています。

 体の免疫力が強く
 ウイルスを増殖を抑えることができれば
 感染症に打ち勝ち
 病気を発症せずに済むのです。

 すなわち
 発症するかどうかは
 その人の免疫力にかかっているということを
 自覚しないと行けません。

 ウイルス保菌者が
 ウイルス感染症者にならないためには

 マスコミが報道されるような
 いわゆる”夜の街”が悪い訳ではないのです。
 夜の街で
 睡眠時間を削ってまでお酒を飲んでませんか?
 腸が休む暇が無いくらい長時間飲食をしてませんか?
 疲れがたまったまま、次の日を仕事をしてませんか?

 夜の街は決して悪者ではなく
 夜お酒を飲むことが悪いわけではなく
 あなたの免疫、体の負担になる生活を
 慎みましょうっと言うことだと
 理解してください。

 でも、
 コロナ感染症になると
 重症になる?場合によっては死ぬこともある?
 と言われてるからまた不安になりますよね。

 コロナにかかっても
 重症者になる方が多かったのはなぜ?
 本当にみんな重症化してるの?
 これについて
 次回考えてみましょう。

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ゆず湯の洗礼

 入院していた時
 日常生活通りのことができる時に
 とてもしあわせな気持ちになりました。
 僕が楽しみにしていたのは
 お風呂に入った時間でした。

 入院したばかりで
 まだ安静状態にあった入院4日目の夕方
 看護師さんが部屋に来られて
 「からだを洗いましょう」と言われて
 「エ?まだからだも動かせませんよ」と答えると
 「大丈夫ですよ」、微笑みながら
 洗面器にお湯を入れて
 そしてその中にゆずを浮かべ
 香りのいい温かいお湯をたっぷり使って、
 しばらく洗ってなかった体を
 洗ってくれました。

 お湯の温かさと
 ゆずのさっぱりとした香りで
 からだが目覚める感覚になりました。
 そして
 看護師さんの手のぬくもりで
 心までもぬくぬくして
 入院していることを忘れるぐらい
 心からリフレッシュできたのを今でも覚えています。

 病院には
 入院患者にも
 お風呂に入る時間があり
 その後急性病院では
 週2回シャワーの時間がありました。
 そして
 回復期の病院では
 家のお風呂のように
 湯船につかることもできました。

 からだが温まると
 硬くなっていたかもしれない
 心も柔らかくなり
 つらい環境にあっても
 癒やしてくれることを実感しました。

 入院してても
 日常にあった生活を
 させてくれる病院の計らいには
 本当に感謝です。

 今も憶えてます
 ゆずの香りの清拭の瞬間のこと。
 
 倒れた後、最初に実感した
 生きている喜びでした
 そして
 今まで経験したことの無い感覚をあじわったゆず風呂。
 大げさないい方かもしれませんが
 赤ちゃんが最初にお風呂に入るのと同じように
 新しい人生スタートを祝う
 洗礼だった気もしているのです。
 
 ゆず湯は
 からだの垢を落としてくれただけでなく
 僕のこころに貯まっていた垢も
 洗い流してくれたのかもしれません。

 お風呂で救われた入院生活。
 日本人に生まれてよかったです。

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神も仏もいないのか?

よく人は
 自分の思い通りにならないことや
 苦しむ状況になると
 「神も仏もありはしない」と言う台詞が
 思わず口から出てしまうことがあります。

 人は
 いいことも、悪いことも
 自分に起こっていることは
 何らかの自分以外の力が働いて起きていると
 考えているから
 苦しいときに
 こんな台詞が
 思わず口から出てしまうのかもしれません。

 自分が生きているこの人生は
 自分だけの人生だし
 人生の主人公は自分です。
 だから、今起きていることは
 昨日までの自分の行動の積み重ねの
 結果なんです。

 
 病気になったり
 何か苦しいことに出会ったときでも
 決して
 神も仏のせいではないんですね。

 なら
 神様も仏もいないのでしょうか?
 
 実は、僕は 入院中いつも
 自分を守って、応援してくれている
 存在?力?を感じることがありました。

 病気になったのは
 自分の昨日までの行いの結果であり
 それに気づかそうとして
 僕は病気になったのかもしれない。
 でも
 動かなかった左手も、左足も
 「こうなったのは、おまえのせいだから」とは
 僕にもっと苦難を与えようとは
 決してしません。
 
 なぜなら
 服を着替えようとするとき
 必死でボタンをかけようとする右手を手伝おうと
 無意識に右手の手伝いをしようとする動かない左手。
 「今日もリハビリお疲れ様。夜はゆっくりして
 また明日は、がんばって左足を動かしてみよう」と
 語りかけていると
 翌日は、指がそして足も昨日より動くんです。

 僕は
 からだのメッセージを受け取らずに
 結果として病気になったのかもしれない。
 だけど
 からだは、そんな僕を恨んだりしない。
 逆に、元に戻れるように応援してくれました。

 僕のからだの中には
 僕がどんな時でも
 僕の力になってくれる存在を感じました。

 この力、存在を人は
 奇跡、神の力と言うのかもしれませんが
 僕のからだにも、あなたのからだにも
 あなたをどんな時にも守ってくれている存在がいるんです。
 それを、人は神と呼んでるのかもしれません。

 神様は
 どんな人にも
 どんなに苦しい時でも
 あなたの中にいる力、存在なのだと思います。

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妻の誕生日

昨日は、妻の誕生日。

妻が生まれて
僕と出会い、結婚し
娘が生まれ
そして今がある。

妻が今まで歩いてきた道
これから
共に歩く道。
しあわせを感じる道を
3人で歩き続けられるよう
少しでも迷惑をかけないように
頑張らないと
気が引き締まる日になりました。

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僕が今ブログを綴っている理由?

 脳出血による左半身麻痺が
 僕の入院した時の病名

 その回復のため
 まずは脳出血の治療
 その後は
 左手、左足のリハビリを行い
 生き続けている
 自分がここにいる。

 立てなかった自分が
 今はひとりで、ゆっくりだが
 マイペースで動けるまで回復した。
 全く動かなかった左手も
 今、こうしてパソコンを打てることができるまで
 機能回復した。

 これも
 入院した病院での
 医師、看護師、リハビリ師をはじめ
 食事を作ってくれた方、社会復帰がスムーズに進むように
 段取りをして下さったスタッフの方々など
 大勢の方々の計らいのたまものであると
 いつも感謝している。

 でも、実はもうひとり?
 ひとりかどうかはわからないが
 ある存在にも感謝している。

 実は
 全く機能しない左手、左足だったけど
 入院している間
 全く痛みを感じることがなく
 不自由さはあったが、苦痛はほぼなかった。

 救急で運ばれたときですら
 脳出血を起こしているにもかかわらず
 頭痛などの自覚症状も全くありませんでした。

 リハビリ中も
 先生は筋肉痛が必ず来ますから
 痛くてもリハビリができるように
 鎮痛剤を出すので
 遠慮無く言って下さいと言われたけど
 動けないほどの痛みもなく
 幸い
 医師の鎮痛剤のお世話になることもなかった。

 鎮痛剤使う、使わないだけでなく
 3ヶ月に及ぶリハビリ生活でも
 毎日、筋肉痛がないかどうか確認され
 自身の負荷に対する抵抗力も
 知っていた方がいいのでってことで
 運動負荷を意識的にかけられたけど
 全く筋肉痛すら来ずに
 翌日、担当のリハビリ師さんに
 筋肉痛がないことを伝えると
 ちょっと残念そうにも見える表情されながら
 「筋肉痛が、でないことは、まだまだできるってこと
  なのでいいことなんですけど」
 とはなされ
 「もう、年だから、明日とか明後日とか
  しばらくしてでるかも」
 と笑ってこたえてたけど、
 結局筋肉痛はでないまま退院しました。

 このように
 麻痺がある以外
 全く苦痛のないリハビリ生活でした。

 退院して
 元東京大学医学部名誉教授で、著名な免疫学者で
 あられた多田富雄先生の脳梗塞でのリハビリ生活を
 振り返られた著書を読ませていただきました。
 先生は、僕と同様の半身麻痺に加え
 構音障害、呼吸困難などの症状もあったので
 しゃべれない苦痛、食べようとしたときの困難
 そして左手、足の痛みの苦しみを綴られていた。

 痛みがあるかないかだけで
 本当に
 毎日の毎日の生活も
 苦しみもちがってくるんだと
 先生の著書を読んで知りました。

 同じような病気でも
 その経過はさまざまだと
 言うことも知りました。

 その差って、なぜ生まれるのか?
 それは
 麻痺以外に症状のなかった自分にも
 麻痺以外の症状があった多田先生にも
 病気になった後の使命があったのだと思います。

 多田先生、病気になった後
 リハビリの大切さを患者側に立ち
 訴えられる活動をされました。
 それが、使命なんだと思います。

 それなら、僕には
 なぜ、病気になったのか?
 それは、病気の立場で考える
 病気が訴えることを
 逃げることなく、素直に受け止められるように
 病気だったことを恨むことなく
 病気と向き合うためだったのかも
 しれないなぁと思ってます。

 つまり
 学びやすいように
 向き合えるように
 苦痛がなるべく案じないように
 僕の使命を果たせるように
 目に見えないけど
 見守ってくれていた存在を感じるのです。

 だから
 僕には病気の、からだからの
 メッセージを伝える使命がある。
 病気をして感じたことを
 ひとりでも多くのかたに 
 伝えることだと思って
 今日もブログを綴っています。

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からだは地球からのレンタル品

 からだの60兆億個の細胞全ては、
 毎日摂取している
 食べたものからできている。
 
 地球にある全てのものは
 炭素、水素、酸素などの無機物を
 植物が摂取し、植物を動物が摂取し、
 さらに人間が地球上の植物や動物を食べている。
 そして地球の元素全ては、
 宇宙からきている
 
 つまり、元をたどれば、
 僕たちのからだは
 全て地球の元素からできていて
 人間のからだは
 地球のそして宇宙の一部ってことになる。
 
 つまり、僕たちのからだは
 地球から一部借りてできあがった
 レンタル品てことになる。
 レンタル品だから、いつか返す時が来る。
 返却の時期が、つまり「死ぬ」ということ。

 それなら、
 このからだを借りてるのは誰だろう?
 借主は自分自身だけど
 自分自身って、誰だろう

 人のからだは、
 1年間もすれば
 細胞は全ていれかわってしまうし
 からだ自体はレンタル品だし
 借主でないのは明らか。
  
 それでは心だろうか?
 心も
 いつも同じ状態ではなく。
 考え方も感情も
 日によってコロコロ変わり
 心もからだ同様
 一定しないなら
 借主とはいえなさそう。

 私たち自身で
 ずっと変わらないものって
 肉体でもなく、心でもないってこと。
 ずっと変わらない普遍なものと言えば
 魂でしょうか?

 魂が
 あなたの肉体を
 地球から借りて
 この世に存在できているのだとしたら
 
 この世に
 魂が肉体を
 地球からレンタルし
 レンタル期間が終われば
 地球に肉体を返し
 あなたは、魂だけの存在になる。
 そして、また肉体をレンタルできる日を
 待っているとしたら・・・・

 魂の存在
 そして
 輪廻転生って確実に存在するのだと思う。

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雅子皇后様が涙された日

この週末、皇室に関する記事を
偶然2本読みました。

ひとつは
保江邦夫先生と浅川嘉富先生の共著
 「令和弐年天命会談」に記されてた内容。
その内容とは・・・

宮内庁や皇居に務めている役人は
最近東大を卒業したエリートで
ある新興宗教団体の信者の若者が多くなってるとか。
そのも目的は
天皇家と神道を切り離すためだと言うのです。

そして
これまで雅子皇后様が
体調を崩されていたのも
天皇家の弱体化しようとする新興宗教団体の陰謀と
天皇家との間の板挟みにあっていた精神的疲労が原因
そして
今上天皇になられる前に
その新興宗教団体との関係についに決別されたたと
いうことが書かれてありました。

この本のこの部分を読んだ時
天皇陛下がかつて
「雅子の人格を否定するような発言があった」
と珍しく過激な発言されたことを思い出し
この発言の真意がわかった気がしました。

また、この話しを読んだ時
バイキングに最近出演されている
平井丈夫フジテレビ上説解説委員のブログ
「雅子皇后が即位式典で涙した日」を読んだのです。

雅子皇后様は天皇陛下の一連の即位行事で2回涙されたそうです。
1回目は
国民式典で嵐が「大丈夫、君と歩いて行こう」と
歌われた時でした。
その時の涙の訳は、ご本人はお話しされてませんが
確か、
天皇陛下のプロポーズのお言葉は
 「僕が一生お守りします」でした。
天皇陛下は、きっと結婚した時からずっと
お気持ちは今でも変わっていらっしゃらないのでしょう。
ずっと変わらなかったお気持ちに感謝されて
涙されたと僕は思うのです。

2回目は祝賀パレードの時でした。
沿道12万人の国民の声援に
受け入れてもらえたという
涙ではなかったのかと思います。

新興宗教からの束縛から逃れ
天皇家として
国民とともに歩んでいこうと思われた
決意の涙だったのではないでしょうか?

常に
日本国民の為に祈りを捧げ
日夜神事を行っている歴代の天皇陛下と皇后様。

今、日本国中
疫病と自然災害に見舞われている
未曾有の時だけど
今上天皇陛下と皇后様が
心合わせて祈って下さってる限り
日本は大丈夫だと確信したのでした。

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自殺をしてはダメなのは?

先週
某有望若手俳優の自殺のニュースが報道されました。

自殺のニュースがあると
今回に限らず、いつも
本人のご冥福を心からお祈りするとともに
今、本人の望む楽な状態であれと願い
手を合わせずにはおれなくなります。

そして、いつも同じことを思います。
自殺された方は
自殺したことで
本当に楽になったのだろうか?って?

自殺は
倫理的観点から
してはいけないことだと多くの人はわかっています

自殺はするべきではないと
僕も考えます。

自殺の
真偽は自殺された方にしか
わからないのかもいれませんが

魂の観点から
僕はこう考えます

自分で自分の生命を終えるということは
自分自身の魂を、この宇宙から切り離すということになります。
人は
魂が成長するために
この地球に肉体をもらって生まれてきます。
そして
この世で死を迎えると
また魂の故郷に帰って、
再び
生まれ変わる日が来るのを待ちます。
そして、再び生まれ変われる日を迎え
魂の成長のため、この世に生まれてくる・・・
これを繰り返す。
これが輪廻転生の考え方です。

もし、輪廻転生が本当にあるなら
自殺すると
自分自身の魂は
この魂の法則が途絶えさせてしまう。

つまり
自殺は魂を宇宙から切り離す行為だから。
自殺すると
生まれ変わりたくても
生まれ変われなくなってしまう。

自殺という行為によって
あなたもあなたの魂も
ブラックホールに吸い込まれるかごとく
消えてしまうとしたら
・・・・・
どんなに今苦しくても
あなたの命そして魂があれば
新たにチャンスがあるとしたら
自殺は間違った選択だと
僕は思うのです。

自殺しても
決して楽にはならない。

あなたが生きてるのには意味があるのです。
決して死ぬために生きているのではない
もっと、もっと輝くために
今生きているということを
どんな苦しい時
僕たちは
忘れてはいけない。

そんなことを
今回も教えてくれているのだと思います。

貴い命、そして魂が
再び輝ける日が来ることを願って
改めて
ご冥福をお祈りいたします。

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コロナ感染後の働き方改革

 コロナ前と後の世界で大きく変わるのは
 時間ではないかと思います。
 我々は
 時間と言えば
 時計を連想し、時計の針を見て
 時間を知ろうとします。

 でも、本当の時間は文字盤にあるわけではなく
 日が昇れば朝、日が高くなれば昼、日が沈めば夜
 日が昇る位置でで、春、夏、秋、冬の変化を感じ
 咲いてる花でも、鳥の声でもその日を感じる。

 つまり
 本当の時間は、自然の中にある。
 時間は時計にあるのではなく
 時間は生きていること
 そのものではないか?と思うのです。

 コロナの流行で
 人々の時間は変わります。

 コロナ後から
 人があふれかえっていた大都会から
 人が減ってしまいました。
 
 仕事に出かけていた人は
 家で生活をするようになり
 今まで気づかなかった
 小さな花が咲き始めていたこと
 朝は、鳥のさえずりに耳を傾けたり
 夜は
 家族とそろって食事をとるようになりました。

 そして夜となり、一日が終わり
 太陽が昇ると共に
 新しい一日が始まります。
 日々は、その繰り返し

 自然の中にある時間の流れを
 感じる人が増え
 自然とも自分とも
 そして周りの人とも
 ゆったりと愛情をこめて過ごす時間を
 作れるようになりました。

 こんな時計の時間ではなく
 本当の時間を過ごせていること
 に気がつきませんか?
 コロナ後の世界は
 生きる時間を感じられる生き方ができる
 世の中に変わってくると思います。

 生きていることが実感できる
 時間を使う。
 それが
 テレワークなどのテクニックだけに終わらない
 これからの時代に必要な働き方改革なんだと
 思います

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最近再びコロナ感染が増え始めたわけは?

 緊急事態宣言解除後
 特に6月の終わりの都知事選あたりから
 再びコロナ感染が増加しています。

 コロナウイルスなどのウイルスは
 人間のような肉体はなく
 DNAという一種のエネルー体として存在し
 人の細胞などに寄生し
 増殖し、感染を広げていきます。

 ですから
 ウイルスはエネルギー体と考えると
 寄生した先のエネルギーが強ければ
 力を弱め
 寄生もとのエネルギーが低くなれば
 勢いを増し、感染が広がってきます。

 コロナウイルスとの共存を考えたとき
 自らのエネルギーを弱めない生き方をすることが
 キーポイントになってきます。

 今日お伝えしたいことは
 エネルギーを低くしないために
 気をつけたい事です。

 実は、我々の感情にはエネルギーがあります。
 最も低いマイナスエネルギーは
 人に対する妬みのエネルギーだと考えられています。

 恨みまでいかなくても
 悔しがったり、お互いののし合ったりする
 レベルになってくるとと
 その人のエネルギーレベルを下げてしまいます。

 都知事選が終わったぐらいからの
 小池都知事と菅官房長官をはじめ政府と
 やりとりをみていると
 悔しがったり、ののしりあったりしてるようにも
 みえませんか?
 東京都と政府がののしり合い
 お互いのエネルギーを下げてしまっている。
 だから、東京では、コロナの感染が増え
 日本全体にも徐々に広がりをみせているのです。

 罵り合い、いがみ合いをして
 エネルギーが落ちて喜んでるのは
 コロナウイルスではないでしょうか?

 人を妬む感情をもたずに
 日々過ごすことが
 3密などと同様に
 波動エネルギー的面から見ると
 感染拡大を止めることにつながるのです。

 私たちがコロナ感染に対して
 今からできることは
 周りや社会がいがみ合い、野の知り合いがあったとしても
 ひとりひとりがその争いごとに巻き込まれず
 人を責めることなく、恨むことをせず日々を
 過ごすことなんです。

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