月別アーカイブ: 7月 2026
検索しても熟知にはならない
何か新しいことをはじめようとする時に
物事を「熟知」してはじめて
スタートラインに立てる。
何かを創り出す時に
ゼロから生み出すのは困難です。
創造性は情報量に比例するので
この世の中の事実や情報を
どれだけあつめられかが
クリエイティブになれるかどうかの
鍵になるんだと思います。
集められるだけの情報を集められたら
新たなアイデアは生まれやすくなります。
そして情報を集めるのに
インターネットは便利。
そして、最近では
AIを使って
簡単にわからなかったこと
知らなかったことの情報を集まってきます。
だから、知らないことがあれば
スマホで調べればいい・・・と
安易に考えてしまいます。
検索したことで詳しくなったとしても
それは熟知したとはいえません。
確かに、その道で成功している人は
人一倍に詳しいし、知識も豊富というだけでなく
そのことについて
問題意識がとてつもなく深いものです。
決して現状に満足せず
「こうすればもっとよくなる」と
アイデアが湧いてくるでしょう。
AIは確かに便利だけど
AIに頼ってばかりいると
我々人間の成長は止まってしまうかも知れません。
情報を集めた先に
僕たちは集めた情報を元に
考え「熟知」することを
忘れてはいけないと思うのです。
過去をひきずらない、未来を負わない
無常について
お釈迦様がおっしゃった言葉が
残っています。
「過ぎざるをおうことなかれ
いまだ来たらざるを念う(おもう)ことなかれ
過去、そは既に捨てられたり
未来、祖はいまだ到らざるなり
ただ今日まさに作す(なす)べきことを
熱心になせ
誰か明日死のあることを知らんや」
中部経典131番
人は
過去のことにこだわり
止まってしまい
起こっていない未来のことに
こころ悩まし
前に進むことができなくなる。
だから
自分でなんとかできるのは
今という時間のみ。
だから
今という時間を悔いなく生きることが
大事なのです。
寄り添う
誰の心の中にも
大切な人に何かしてあげたい
という気持ちはあるもの
その気持ちは
親心であったり
友情であったり
そして
愛情
と言うのかもしれない。
だから
大切な人に何かしたいと思うから
やさしい言葉をかけたり
親切にしてあげたり
思いやりある行動
をしようとする。
でも
相手が悲しんでいる時だったら
やさしい言葉が届かないかも。
傷ついている時は
あなたの親切が
重荷になってしまうかも
あるかもしれない。
だから、そんな時は
何もせず
距離を置くことも
あなたを大切にしているの
サイン。
楽しい時も
悲しい時も
どんな時も
大切な人に寄り添うことができる。
ただ寄り添う
ずっと寄り添う。
たとえ、今会えない人でも
心は寄り添うことができる。
寄り添う気持ちは
どんな時でも
大切に思う人への
何よりも美しい贈り物
夢をもつな
七色の声を持つと言われた
昨年亡くなったアナウンサー小倉智昭さんは
著書の中でこんな言葉が紹介されていたので
紹介します。
小倉智昭さんは、お父さんに
「智昭、夢を持つな」と言われていたそうです。
夢をもつなって、
こどもに言うのは酷な気がするのですが
次のような理由があったのです。
「夢を持つな。
夢は夢で終わるんだ。
夢は叶うというのは、
夢がかなった人しか言わないことで、
夢が叶わなかった人はそんなこと言わないんだ。
夢なんかもたなくていい。
目標を持ちなさい。
目標だったら自分にあった目標をもてるだろ。
その目標を達成したら
次の目標を考えればいいじゃないか」
と述べられています。
この言葉を聞いて納得。
夢は究極の目的。
その目標に向けて
身近な目標を持って進み
目標を達成したら
次のステップに進むことが大事なことを
この言葉は教えてくれているのです。
夢を持つな。
目標を持て
続・日本史上一番平和な時代
1万年以上も争いのない
平和な時代が続くためには
その国のリーダーの考え方に左右されます。
縄文時代のリーダーが
どんな考え方をしていたかを
知るよしもありませんが
現在に生きる現代文明の垢にまみれてない
少数民族のリーダーの
考え方が参考になるのではないかと思います。
パプアニューギニアに住む
民族の酋長のインタビューを読み
ハッとしたので
ご紹介したいと思います。
その酋長さんに
リーダーとして大事にしているかを
質問したら
「人々が、いかなる畏れも不安も抱かぬままに
きれいな空気を吸い
おいしい水を飲み
畑を耕し、狩りをし
家族と共に絵がでくらせるようにする。ことだ」と。
リーダーとして
当たり前すぎることだけど
この言葉が口先からだけでなく
腹の底から出てくるのが
リーダーの資質だと思う。
そしてもうひとつ質問をしたそうです。
「人間として大切なことは?」と質問すると
酋長はぽかんとそんな当たり前のこと聞くのか?
あきれたかのような表情して
答えたそうです。
「人間として一番大切なことは、
子孫を残すことだ」と
現代は
様々な考え方、生き方があります。
酋長のこの答えに賛否両論もあります。
でも
昔の人がこう考えてくれたから
今の自分がいるのはまちがいないことです。
酋長の言葉を聞いていると
今生きていること
ご先祖様に感謝の気持ちでいっぱいになり
大切な人、お隣の人が
しあわせになれるように生きていこうと
思うのでした。
日本史上一番平和な時代
今までで
日本が一番平和だったのはいつだっただろう?
元禄文化が花開いた
江戸時代でしょうか?
確かに
戦国時代から徳川家康が統一してから
江戸時代は
戦争はなく、身分制度はあるものの
争いごとは少なく
文化が花開き
平和な時代だったと思います。
その平和な時代は
明治維新まで続きました。
250年は平和続いた平和な時代。
徳川家康の国作りは
大成功だったのだと思います。
でも
もっと長く平和な時代が日本にあったことが
最近わかってきました。
その平和時代は縄文時代という説を
耳にすることが多くなりました。
確かに
縄文時代の遺跡からは
戦争の形跡がないという
事実が裏付けています。
でも
なぜ戦争がなかったのか?
人々の間に争いごとはなかったのだろう?
小さいいざこざはあったかもしれませんが
根本的な人々のこころの中に
争いごとになる火種となる考え方が
生まれなかったのだと思います。
その考え方とは
僕はこう考えていたのではないかと思います。
それは
縄文式の遺跡には
祈るような土偶を見たことがあります。
縄文人は
きっと自分の願いが叶うように
よく祈っていたのではないでしょうか?
現代人と同じしあわせを願って
祈ってたことでしょう。
でも、その祈りが
自分ではなく
大切な人をしあわせにできますようにって
祈ってたと思うのです。
自分がしあわせであるためには
大切なあなたがしあわせでいることだと思うから。
それを
こころからそう思い、実践したのが
縄文人だったと思うのです。
だから縄文時代といわれる1万年以上も
平和が続いたと思うのです。
そして
縄文人をまとめたリーダーの
思いも知る必要がある気がします。
誰からも学べる
人から学ぼうとするなら
いわゆる成功している人や
人気のある人
みんなが「すごい」と言う人だけを
観察してもつまらない。
気が合う人からだけでなく
好奇心をもてる人だけではなく、
どんな人から出に興味をもつことが大事。
たとえ全く理解しがたい相手でも
「同じ人間なのに、
なんでこんなに違うんだろう」という風に
関心を持つと言うことが
あなたの成長につながるのです。
生まれたての赤ちゃんがそうであるように
まっさらな気持ちで
どんな人とも付き合うことが
あなたにとって有意義になるのです。
3歳児の生き方を教えられて
毎日こども達と接していると
こども達の生き方を
うらやましく思うことも多い。
注射がいやだから大泣き
お医者さんが嫌いだから診察に協力しない
もっと遊びたかったのに
呼ばれたから悔しくてすねてみる。
でも
一緒に過ごして
何のために今ここにいるのか
お母さん達がどうして
連れてきたのか・・・ってこと
お話していくと
だんだんわかってくれて
診察にも協力してくれる。
こども達の
表情ってカメレオンのように
瞬間瞬間で大きく変わってきませんか。
これは病院だけの話ではなく
お子さんがいらっしゃるご家庭でも
そうではないですか?
転んで口を切って
大泣きしていたはずなのに
次の瞬間面白いものをもつけると
涙も乾かないうちに
ケラケラ笑い出したり
美味しいものを見つけると
口から血を流していても
美味しそうに食べたり・・・
こどもって本当に自由奔放に生きているなぁ
自分の本能のままに生きていて
うらやましいなぁと
思いませんか。
本能のままに生きていたはずなのに
いつのまにか
人の目を気にしたり
人に合わせて生きていこうとしたり
自分の気持ちを隠すように
生きてしまったり・・・
成長すると
本能のまま生きることを忘れてしまう。
確かに
社会生活をする上で
社会のルールを守らないと
社会生活において
集団生活は送れず、ひとりぼっちで
いきていかないと行けなくなる。
でも、これって
本当は人間の作ったもの
自分の生き方とは異なるもの。
時には
社会ルールに縛られずに
本能のままに生きることを
魂は望んでいるのだと思う。
社会的ルールを生きながら
3歳児のように
魂のまま生きることも大事だと思う。
ですから
いつも診察室で
自由に振る舞うこどもたちを見て
時折
魂が生きたい生き方を思い出すのです。
親御さんも
自由奔放なこどもたちの姿をみて
自由に生きる生き方を忘れないで欲しいと
思います。
3歳児の生き方を教えられて
毎日こども達と接していると
こども達の生き方を
うらやましく思うことも多い。
注射がいやだから大泣き
お医者さんが嫌いだから診察に協力しない
もっと遊びたかったのに
呼ばれたから悔しくてすねてみる。
でも
一緒に過ごして
何のために今ここにいるのか
お母さん達がどうして
連れてきたのか・・・ってこと
お話していくと
だんだんわかってくれて
診察にも協力してくれる。
こども達の
表情ってカメレオンのように
瞬間瞬間で大きく変わってきませんか。
これは病院だけの話ではなく
お子さんがいらっしゃるご家庭でも
そうではないですか?
転んで口を切って
大泣きしていたはずなのに
次の瞬間面白いものをもつけると
涙も乾かないうちに
ケラケラ笑い出したり
美味しいものを見つけると
口から血を流していても
美味しそうに食べたり・・・
こどもって本当に自由奔放に生きているなぁ
自分の本能のままに生きていて
うらやましいなぁと
思いませんか。
本能のままに生きていたはずなのに
いつのまにか
人の目を気にしたり
人に合わせて生きていこうとしたり
自分の気持ちを隠すように
生きてしまったり・・・
成長すると
本能のまま生きることを忘れてしまう。
確かに
社会生活をする上で
社会のルールを守らないと
社会生活において
集団生活は送れず、ひとりぼっちで
いきていかないと行けなくなる。
でも、これって
本当は人間の作ったもの
自分の生き方とは異なるもの。
時には
社会ルールに縛られずに
本能のままに生きることを
魂は望んでいるのだと思う。
社会的ルールを生きながら
3歳児のように
魂のまま生きることも大事だと思う。
ですから
いつも診察室で
自由に振る舞うこどもたちを見て
時折
魂が生きたい生き方を思い出すのです。
親御さんも
自由奔放なこどもたちの姿をみて
自由に生きる生き方を忘れないで欲しいと
思います。
全てのことを丸ごといただく
癌という字は
(食)品を
山ほど食べる病と書きます。
ここでいう食品とは
自然にあふれている食べ物のことではなく
白い砂糖、食塩など、化学式で表せる食品のこと。
化学式であらわされた食べ物は
食品でなく薬品なんです。
薬品を食べ続けると、
癌になるということです。
もちろん、癌になるのは
それだけが原因ではありませんが、
人間の知恵は、自然界にあるものに比べれば
ずっと浅はかです。
だからリスクも高いのです。
ですから健康でいようと思えば
人間が作ったものではなく、
自然の恵みをいただくことこそが、
健康で過ごせる第一条件だと思います。
そして、自然の恵みを
好き嫌いなく、少しも無題にせず
丸ごといただくことも、本当に大切なこと。
例えば、みかんを食べているということは、
みかんそのものだけを結果として僕たちは食べているけれど、
みかんを食べるまでには
多くの時間と人の手がかけられています。
目の前に現れたみかんには
みかんそのものに
晴れの日も雨の日も台風の日も、
心地いい日も心地悪い日も経験して
生き残った「たくましいパワー」にあふれ
そのエネルギーをいただいて
僕たちは元気でいられるのです。
生きていた魚、お肉でも一緒。
魚の切り身だけを食べていたとしたら、
都合のいい部分だけを集める人生になるし、
加工食品ばかりを食べていたとしたら、
要領いいことばかり求める人生になる。
これは食べ物だけのことでなく
あなたの生き方全体に関わってきます。
あなたの目の前に現れた全ての物や人に対して
丸ごとをそのまま受け入れることが
人生にとってもっと大切なことだと思っています。
