日別アーカイブ: 2024年2月22日

悪人なのかもしれない

歎異抄を読んだら、
自分は悪人として生まれてきたのだと思った。

親鸞は悪人について次のように語っています。

「人間は誰もがどうあがいても、
欲望からも苦しみからも逃れることはできない。
絶対に。
どんなにすごい修行をしても、生きることの苦しみ
死ねなければならないことへの
怖れを忘れ去ることはできない。
人間である限り死ぬまで苦しみ続けるしかない。

悪人とは
生きていくために、
どうしても悪を選んでしまう人間のことだ。
どうして人は、どんな悪とも無縁で生きていけるだろう。
そもそも他の生き物の命を奪わなければ、
生きてはいけないというのに。

だから人間は生まれついての悪人なんだ。
こんな悪人として生きるしかない人を
阿弥陀様は救ってくださるのだ」

と述べられています。

罪深く生まれてきた我々。
罪深く生まれてきた大きな意味もあるのでは
悪人だから気づけることもある
悪人として生き、もがき苦しむ我々に
きっと優しい眼差しで見守って下さっている存在が
確かにいらっしゃると僕は感じるのです。

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不要なものを捨てる

毎日色んなものに囲まれて生活しています。

今こうして、自分の周りを見渡すと
物って不思議だなぁって思います。

昔、
成長してくれたものかもしれないけど
でも、今の自分にとっては
不要になってしまったものって
以外とあるんじゃないかなァって思います。

そんな今は不要になったものでも
感謝の気持ちを持つこと。

その気持ちを持っていれば
たとえ捨ててしまっても
心の中で成長の証として残ってくれると
思います。

そこで、考えてみました。

僕を成長させてくれて
今は不要になったもの。
それは
医学生時代に学んだ教科書です。

医学部卒業して20年以上経ち、
その時使っていた教科書を
開くことはほとんどなくなりました。

でも、最初に
教科書を開き勉強を初めた
その時の気持ちは今でも忘れられません。

今でも、その本の背表紙を見ただけで、
その当時のこと、
必死で勉強した時のことを
思い出してくれます。

教科書は、
医学の知識を得ただけでなく、
医師としての自覚、
人間との生きる道を教え、伝えようとしていたと
今も思わずにはいれません。。

医学的内容は
今は古くなったものもあるかもしれません。

でも、
その時の思い出、感じたことが
ギュッと凝縮してそこにはあります。

今、現実的にそのページを開くことは
なくても
僕が今医師をできることが、
この本で学んだことから
始まったのは確か。

僕の医師としての
生みの親そして
育ての親なのかもしれません。

だから、
決して粗末にはできない。
本棚の上で、
じっといつまでも静かに
見守ってくれている教科書たち。

ありがとうの気持ちを持って、
大切にしたいと思います。

今は自分の成長のために
不要になってしまったけど
僕の出発点の教科書に感謝。

あなたの
今不要になってしまったものってなんですか?

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バランスを保つ世界

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