月別アーカイブ: 8月 2020

真実を見極める~聖書のうそ?~

コロナ渦だと叫ばれる中
 毎日報道される
 コロナウイルス感染者数
 ピークをすぎて
 数字の拡大が止まると
 なぜか
 重症者患者数の報道に変わったり
 ・・・・
 連日の報道を
 少し冷静になってきいていると
 国民の不安をあおってる?
 感情を揺さぶり行動させたい意図がある?
 となぜか
 ニュースに
 洗脳されそうな恐怖感に襲われた。

 そして
 そんなタイミングで
 世界中で一番信じられている
 聖書が真実ではないかもと言われてる
 ことに触れる機会があった。

 今日は
 聖書が、キリストがもしかして
 偽りかもという
 お話を。

 改ざんされた箇所の最たるものは
 イエス・キリストの誕生シーン

 「イエスは 
  ベツレヘムの馬小屋で
  処女懐妊した母マリアから誕生した。
  誕生を知らせる流れ星に導かれ
  当方から3聖人が祝福に訪れた。
  イエスは
  神とマリアとの間に誕生した
  ひとりっこである」と

  新約聖書には記載してあるが
  別の箇所には
  聖母マリアは子だくさんで
  兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダ・・・と
  具体的な名前が書いてあるところがある。

  聖母マリアは子だくさん?
  処女懐妊は虚偽????
  疑問が生まれてくる。

  新約聖書の内容は
  イエス誕生から、
庶民への教導、その死と復活までの物語であり
  大きく4つの福音書
  (マタイ伝、マルコ伝、ルカ伝、ヨハネ伝)
  からなっているが
  その内容は矛盾に満ちている箇所も多く
  多くの改ざんがあるかもしれないと
  ささやかれているのです。

  僕も最近  
  この福音書の他に
  マグダラのマリアの福音書
  というものが存在し
  その古文書の発見によって
  益々疑惑が増していることを
  知りました。

ちなみに
  マグダラのマリアという名前を
  初めて聞かれた方もいらっしゃることでしょう。
  そこで説明を・・・・

  マグダラのマリアとは
  聖母マリアと異なる方で
  聖書では、娼婦であり
  記載はわずかで
  少々卑しい女性だというような
  描き方をされています。

 ところが
 実際には、キリストの妻であり 
  (実はキリストにはこどももいた?)
 キリストに一番愛された人、お弟子さんであるらしい
キリストの復活を最初に発見した人
 と言われてます。

  そんなマグダラのマリアが書かれたという
  福音書の内容にについては
  後日お話する機会もあると思いますが
  その福音書は
  とても興味深いことが書かれていたのですが
  なぜか、今日まで存在さえも伏せられていたようです。

  マリアの福音書の真偽は
  僕には確認するだけの術はないが
  その存在のことは
  是非記憶に留めていて頂きたいと思います。
  僕は、きっと、聖書と言えども
  布教のため、信者を増やすために
  時の権力者の都合のいいように
  事実を歪めて
  人々に伝えることをしたのかもしれません。
  と思えるのです。

  このことは
  昔の話だけではなく
  同じことが現代においても・・・・
  現代のコロナ報道は
  正しい情報を
伝えているでしょうか?
人々の不安をあおり
  何かビジネスにしようとする
  意図が働いていないでしょうか?
  情報を受け取る側も
  真実はどこにあるのか
  見極めながら情報を受け取る時代
  になってきてると思うのです。

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安倍首相の辞任会見で確信した使命

 安倍総理大臣が 
 体調不良のため
 突然の辞任を発表された。
 
 マスコミの前で発言している
 お顔を拝見してて
 ひょっとしたら辞任もあるかな?
 なんて頭をよぎったけど
 きっと病気を乗り切られて
 頑張ってくれるはず・・・と
 思ってたけど
 悲しいかな
 嫌な予感が当たってしまった。

 今は
 コロナ渦の中
 経済の立て直し
 というより
 国民全体の生活を支え
 来年はオリンピックもあるし
 問題山積の中
 ストレスも多かったのだろう。

 ストレスが大敵の
 潰瘍性大腸炎の再発
 リングにタオルが投げ込まれ
 国政という試合は中断させられ
 強制的に退場させられる
 安倍首相の気持ちの無念さは
 いかばかりか・・・・

 志し途中だったかもしれない
 長期政権の末期症状など
 最近は批判されることも多くあったけど
 何かやろうと、変えようと決断した時に
 批判なしでやれることはないだろう。
 ある意味孤独な中
 日本を良くしようと一国の首相として
 頑張られたことに敬意を表したいし
 大変なお仕事7年以上行ってくれたことに
 本当に感謝の言葉しかありません。

 そんなことを思いながら
 予定されてた会見を見ていた。
 弱々しく感じられる少しかすれたような声で
 「志し半ばで断腸の思い・・・」と
 瞳も潤ませながら
 語る姿に胸を捕まれる気がした。

 それはとても
 人ごとでない気がしたから。

 志しを達成できないこと
 どんなに無念なことか
 人ごとではない思いで
 安倍首相の会見をみていた。

 思えば
 今は診療をすることができているけど
 僕も半年前は
 現在の医療を変え、
 真実の医療を実践し広めていくという
 使命、志半ばで
 退場させられていた状況ににあったのだ。

 今
 こうして、退場させられることなく
 志しを進めることができる。
 「まだまだやりなさい
 あなたにはやらないことがある
 やらなければいけないんだよ。
 再発する心配もないよ。
 少し不自由なことがあっても
 できることはたくさんあるし
 思う存分使命を果たすために
 がんばりなさい」

 と医療の神様に
 背中を押された気がした。

 安倍首相も僕も
 生きている誰もが  
 志しをもって生きている。
 志しを達成できたかどうかに関係なく
 ステージから降りる時は必ずくる。

 いつその時がくるかわからないけど
 いつその時が来てもいいように
 今できることを続けていく。
 それが生きているひとりひとりが
 やらないといけないこと。
 自分の使命に気づき生きていく限り
 神様は応援してくれている。

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年齢を忘れる

 先日メタトロンを受けられた方の感想。

 その方はいつも
 メタトロンの示す結果に
 感心し、納得されて帰られる。

 結果を自分なりに 考えられ、
 素直に受け入れ
 日々過ごされているので
 今日3ヶ月ぶりだったけど
 前回悪かったところは
 すっかりよくなっていた。

 でも
 前回にみられなかった箇所
 子宮、乳腺など、
 女性としての器官の悪化が今回目立った。

 患者さんとお話ししてる時
 気になったのは
 口の端々から出る言葉。
 「若返りた・・・」という台詞。

 女性でも、男性でも
 年をとるに連れて
 そう思うことは多くなるだろう。

 でも
 そう思うことは 
 からだに対して
 「今のからだなんて嫌だ。」と
 からだに文句をいってることに
 ならないだろうか?
 人は生きてる時
 色んな段階を経てからだは変化する。

 生まれてから
 地球で生きていけるように
 からだを成長させて
 おとなになれば
 次の種を伝えるために
 こどもを産み、育て
 そして
 目的を果たしたからだは
 自分のために生き
 そして安らかに死を迎えるように
 からだは変化していってるのだと思う。

 そうできるように
 その時、その時を
 当たり前のように
 いつものように
 生きて過ごせるように
 からだは変化していく。
 特に男性ホルモン、女性ホルモンなどの
 ホルモンの働きは大きいと思う。

 その時々の変化は
 人生の時計からみると
 生きていくためには
 とても大切なこと。
 人生のタイムテーブルに合わせて
 からだは変化していることに
 僕たちは気づいていない。
 
 そして自分はまだ若いんだと思い
 無理をし
 こんな年取ったからだが嫌だと
 文句を言うようになってしまう。

 からだが
 年齢共に変化することは
 必要なこと。
 これまでの生き方を
 見直せるように
 からだは変化しているのかもしれない。

 どんな時にも
 年をとっても
 からだはあなたを裏切ることはない
 そして
 あなたの望みを叶えようとしてくれる。

 からだは
 年をとっても
 あなたに良いと思える
 からだにしてくれている。

 それを
 満足せず 
 こんなからだ嫌だ
 もっと若返りたいと思えば
 からだはその願いを叶えようとする。

 それを人はまた
 病気だとというのかもしれない。

 生きていくためには
 とても大切なこと。
 人生のタイムテーブルに合わせて
 からだは変化していることに
 僕たちは気づいていない。
 
 そして自分はまだ若いんだと思い
 無理をし
 こんな年取ったからだが嫌だと
 文句を言うようになってしまう。

 からだが
 年齢共に変化することは
 必要なのかもしれない。
 これまでの生き方を
 見直せるように
 からだは変化しているのかもしれない。

 どんな時にも
 年をとっても
 からだはあなたを裏切ることはない
 そして
 あなたの望みを叶えようとしてくれる。

 それを人はまた
 病気だというのだと思う。

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人類はずっと魂の存在を信じてきた

 人を含め
 この世の生物は
 全て肉体を持って生まれてきた。

 そして死んだ後、どうなるのか?
 肉体が滅んだ後のことなんて
 誰もわからないし
 死んだ先のことを答えられる人は
 誰もいない。

 西洋医学では
 死の後はないと考えているし
 人は肉体で生きているので
 死んだら全て終わりだと考えている。

 しかし
 全世界の人々は
 人類が生まれ、
 文明文化をもってから
 ずっと死んだ後のことを考え
 そして、宗教が生まれた。

 例えば
 古代エジプト人は
 沈んだ太陽がまた昇ってくるように
 万物も再び光り輝く時を迎えると考え
 人類も現世とは別の世界がある。つまり
 死後の世界があると信じ
 肉体が滅んでも、魂(霊魂)は生き続けると
 考えていた。

 そして
 現在世界最大のキリスト教においても
 イエス様は一度死んだけど復活したように
 死んだ後には、誰もがうける
 最後の審判の前には
 どんな人も復活すると信じて
 現世では、キリストの教えの愛を実行している。

 現代医学だけでなく
 現在は科学の時代、物質の時代である。
 だから
 目に見えるもの 
 科学で証明されるものを
 信じる時代に
 今僕たちは生きている。

 科学の時代になっても
 わかっていないことってたくさんある
 目に見えない、証明できない
 死後の世界、魂のことを
 にわかに信じることはできないかもし
れない。

 証明できないものだから
 目に見えないからと言って
 いつの時代でも
 人種に関係なく
 人類共通にたどり着いていた魂の世界のことを
 簡単に否定していいのだろうか?

 たどり着いた結論が同じと言うことは
 真実の可能性があると
 僕は考えます。

 真実は
 全て目の前にあらわれているとは
 限らない
 素の心になったところに
 真実はきっと目の前に現れる

 と僕は思います

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真実の医療③メタトロンは魂の医療

 先日当院でメタトロンをうけている方と
 診察中にこんなお話をしました。

 「いつもと同じように食事をしてるんだけど
  最近味付けが塩気が強い気がして
  妻に言ったんですよ。
  「ちょっと塩っぱいよ」って。
  
  今までなら、おまえも塩分抜けよって
  いってたかもしれないけど
  今回は
  妻にまで
  塩分を控えろと言わなかった。
  妻にこうしろと指示する気もおきなかった。

  今までなら
  思ったことは、すぐ妻に伝え
  ああしろ、こうしろと指示してた。
  
  これってどういうことだろう?
  不思議なんだ」とお話しされた。

 確かにこの患者さんは
 メタトロンで
 いつも高血圧のサインがでてたので
 塩分を控えるように
 アドバイスしていた。

 この患者さんは
 健診も年に1回はうけていて
 これまで
 高血圧の指摘をうけたこともないとのこと。

 実際健診などで高血圧の指摘がなくても
 メタトロンでは
 高血圧に注意という診断が出てくる
 人は意外に多い。

 西洋医学では
 135/90以上を高血圧と考えている。
 ここで考えていただきたいのは
 これは相対的な基準であるということ。
 つまり多くの人に当てはまる基準を設定している
 ということ。
 でも、よく考えると
 血圧と言えでも、
 人と比べるものではなく
 相対的な数字では表せない
 ひとりひとりで判断しないといけない
 ということを
 メタトロンは教えてくれているのです。

 だから
 数字が高くなくても
 あなたは高血圧的な生活を送っている
 高血圧にきをつけなさいってことを
 教えてくれているのです。

 この患者さんも
 西洋医学の基準には
 当てはまらない高血圧症ということになる。
 数字に縛られず
 素直にからだからの声
 魂からの声をきいて
 高血圧に気をつけないと行けない
 そこで
 塩分に対する声が出たのでしょう。

 その後患者さんは
 魂からの声に従い
 以前よりも不安なく過ごされているようです。

 メタトロンって
 本人自身を診ている
 肉体だけでなく
 魂からの医療なんだよ
 と患者さんから教えてもらいました。

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真実の医療②完璧な医療はない

 現代は
 情報化時代やSNSでの発信など
 国民ひとりひとりが
 様々な考えを持ち、
 情報を発信したり批評なども
 手軽にできる時代になりました。

 医療に対しても様々な考え方が生まれ
 様々な情報、ご意見を耳にすることが
 増えてきています。

 薬は危険
 予防接種は意味がない
 健康診断をうけるな
 逆に
 この飲み物がいい
 食べ物がいいなど
 現代医学に対しての
 様々な多くの批判も出てきています。

 僕もいち小児科医で
 学生の時から西洋医学をずっと学んできました。
 しかし
 患者さんと毎日接して
 治療をしていて、正直
 西洋医学の限界を日に日に感じるように
 なったのも事実です。       
 
 
 そこで、最近では
 波動医学を医療にとりいれ
 もっと根本から人を見る
 治癒力を高める医療を取り入れてきました。

 西洋医学をまなんできたのに
 西洋医学なんてはだめだという考えに
 少しずつ洗脳されてきて
 気がつくと
 僕も西洋医学に見切りをつけたような
 うがった考えに支配されていたことに
 病気になって気がつきました。

 僕が 
 今こうしてひとりで歩き
 手を使い仕事ができるようになったのは
 西洋医学による
 解剖学、生理学、脳神経学などの
 知識があったからです。
 今の僕は病気から復活できたのは事実です。

 これを飲んだら治る
 これをしたら治る
 ではなく
 ここをこのように動かして
 人は動いているという
 西洋医学の長年の研究、
 先人の苦労のたまものの
 わかった理論によって
 僕は救われたのです。

 僕は気づきました
 現代の医療には完璧なものはない
 どれも大切な医療。
 それを
 簡単にこの医療がいい、ダメというのは
 人間のおごりが起こす行為だと。

 自分のからだを知るのに
 先人が苦しみ掴んだ
 西洋医学の真実を大切にして
 次のステップを進めよ。
 そのことをきづくために
 君は今回病気をしたのだよと
 西洋医学の神様に
 ちょっぴり叱咤された気がしました

 また、僕は
 サンタキッズ&ファミリークリニックを開院し
 ナチュラルメディカルセンターを作り
 真実の医療を実践したいと思っています。

 真実の医療って何?
 自分で言っときながら
 とても大きな旗を上げさせていただきました。

 病気から立ち直った今
 真実の医療とは何かが
 自分なりにつかむことができました。

 真実の医療とは
 すなわち
 肉体だけを診るだけではなく
 魂を診る医療のことなのです

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真実の医療①からだを動かしているのは脳じゃない

僕は右脳の脳出血で
 左半身の運動障害が起きました

 脳出血を起こして
 30分後には
 歩けなくなりました。
 手が動かなくなりました。

 今まで
 何も考えなくても
 足を動かしていたのに
 その時は
 足は持ち上げることはできたけど
 歩こうと思っても
 足が行きたい方向に
 全く動こうともしないんです。

 立つことも・・・・
 左足の力が入らないので
 膝が折れてしまいます。

 今まで住んでいた世界とは
 異なる異次元の世界で
 生きている感覚です。

 そんな状態から
 リハビリの開始です。
 今まで何をするにも
 からだのスイッチを入れてたのは
 頭、すなわち脳です。
 その司令塔が指示を出せなくなった。
 脳の指示を
 足の骨の神経
 筋肉の動かし方をひとつずつに
 ちがう経路で指示を伝えることが必要になるます。

 つまり
 からだに
 筋肉に骨に使い方を教えて
 今まで無意識にできていたことを
 僕の残りの脳細胞の指示で
 歩くために
 膝を伸ばし
 かかとで着地し、つま先で蹴り
 股関節の遠心力、腰椎の推進力をも使い
 一歩一歩足を出す練習です。
 電気治療も受け
 筋肉が収縮するということ
 筋肉に動かすことを
 筋肉、神経に憶えさせ(思い出させる)ていく
 ことを毎日コツコツ続けてきました。

 これが
 リハビリのやっている大きな方法です。
 そして、リハビリのおかげで
 今まで無意識にやっていたことを
 ひとつずつ理解し、意識して筋肉に骨格に指示して
 やっと立てて、一歩ずつ足が出て
 前に歩けるようになるのです。

 自分の意志で
 自分の力で
 少しずつ歩けるようになりました。
 
 それは
 医師だとはいえ
 整形外科医の専門でもないので
 どうやって歩いているか
 詳しく習った記憶がありませでした。

 それを
 一行為ずつ
 丁寧に、我慢強く教えていただいたのは
 毎日リハビリについていただいた
 リハビリ師さんのご苦労のおかげです。

 毎日
 あたりまえと思ってやっていた行為が
 こんなに多くの行為になって
 成り立っていたことを知りました。
 ある意味
 毎日発見、学びの毎日で
 リハビリを一度も苦しいとは
 思ったこともありませんでした。

 今思っても
 自分のからだ、からだの働きを知る
 いい時間、必要な時間だったのだと思います。
  
 これも
 根気よく指導していただいた
 リハビリ師さんのご苦労のおかげです。

 リハビリがあったから
 僕は救われました。
 その根本にあったのは
 西洋医学だったのです。
 そして
 からだを動かしているのは
 脳ではないってことも気づかされました。

 そこのきづき
 僕は大いに反省させられる思いです。

 続きは・・・・次回に

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心温かいご先祖様

親への感謝するのは心がけていても
 忘れがちなのは
 ご先祖様への感謝の思いを伝えること。

 だから御盆には
 きちんとお参り症と思うのが
 まじめな日本人のいいところ。

 でも、今年のお盆は
 帰省できなかったから
 お墓参りができなかった方も
 多くいらっしゃったのではないでしょうか?

 ご先祖様を敬う気持ちをもつこは
 とても大事なこと
 そして今生きていることを
 ご先祖様に感謝の気持ちを持つことは
 とても大切なことだと思います。

 先祖を敬う気持ちの表れとして
 お墓参りをすることは
 ご先祖様への感謝の気持ちを
 形に、行動にした状態と思います。

 何かうまくいかないことがあったとき
 何かお願いするとき
 いいことがあったときだけお参りしたり
 または
 お盆、お正月、月命日などに決めた時に
 お墓にお参りされている方は多いでしょう。

 ご先祖様に感謝を忘れないようにするために
 ルーチン的にお参りすることは
 とてもいいことだと思いますし
 大切なことだと思います。

 でも、今回のようなコロナ感染のためとか
 ご家庭の事情でいつもしていた
 お墓参りができないこともあるでしょう。

 もし決めたとおり
 お参りができなかったとしても
 ご先祖様は決して怒ったりはされないと
 僕は思います。

 法事などの
 宗教行事も含め
 ご先祖様の前では
 ○○しなければならないことは
 ないと思っていいと思います。

 ちょっと前に
 ♪お墓の前で泣かないで下さい。
  そこにはいません♪
 という歌が流行りましたが
 僕は
 ご先祖様は
 お墓にいつもいるのではなく
 逆に
 いつでも、どこでも僕たちを
 見守って下さっているんだと思います。

 だから
 どこにいても
 何をしてるときでも
 ふとご先祖様のことを思い出した時
 そっとご先祖様のことを思って
 手を合わせたら
 きっと喜んでくれると思います。

 ご先祖様に
 それでいいか確認したわけでは
 ありませんが
 いずれ、僕たちもご先祖様になるときがきます。
 そうなったときに
 決まった時に手を合わせてもらうより
 どこでも、気軽に僕のことを思い出して
 手を合わせてもらった方がうれしいですよね。

 池内家のお墓は
 山口県にないし
 両親は高齢、自分もからだが不自由な面もあり
 簡単にはお参りできませんが
 一日一回はご先祖様に手をあわせ
 ご先祖様のことを思いを馳せています
 すると
 ご先祖様は、いつも温かなやさしい笑みを浮かべて
 側で見守って下さってる気がします。

 僕もいつか 
 こども、孫、ひ孫、玄孫・・・のことを
 いつまでも側で温かく見守っている
 存在になりたいと思います

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魂の修業とは、過去をかえること

魂の修行とは
 具体的にはどんなことでしょうか?
 波動治療をするようになり
 波動エネルギーの視点で考えると
 魂の修行というのが少し見えてくるようです。

 僕の考えを後押しするかのうように
 齋藤ひとりさんの
 インタビュー記事の中に
 「過去は変えられるけど、未来は変えられない」という
 一見不思議な言葉が書かれていた。

 僕はそれが魂の修行で
 魂のステージがあがった瞬間だと
 思います。
 
 過去は変えられる。
 現在の時間の軸だけで考えると
 過去の点という変わらない。
 でも
 時間、空間に影響されない
 波動空間で考えれば
 過去は変えることができる。

 例えば
 今回の僕のように
 病気を患ったとします。
 すると最初、人は
 病気になったことを
 後悔し、これからの未来を憂えるでしょう。
 しかし
 病気をしたことで
 その後色々な気づきを発見するでしょう。
 そして、気づきを実行段階にはいります。
 生活を見直し
 食生活や働き方を改善し
 家族や友人の温かさを知ったり
 嘆き、苦しんだ病気の過去が
 前向き、感謝、変化のポイントになって
 いることに気づくでしょう。

 つまり
 病気したことで
 今までの生き方を振り返り
 新しい人生を歩むきっかけに
 なることになったのです。

 病気になったという過去は
 最初は苦しみ、後悔しかなかったのが
 振り返れば
 感謝の気持ちに変わり
 病気をしたおかげで・・・・と
 いつの間にか言えるようになった。
 病気に対する思いが変わった。

 すなわち、その時が
 病気という過去が変わった瞬間です
 そして苦しみという波動のステージにいた
 自分の波動が上がり
 感謝のステージに上がったのです。

 このステージが上がったことは
 過去が変わり
 新しい苦しみではなく、感謝の未来に
 続いていくのです。

 その経験は
 あなたの肉体ではなく
 あなたの魂に刻まれることになり
 肉体が滅びた後も
 魂の成長した証となって
 ずっと残るのです。

 この積み重ねが
 魂の成長となる。
 つまり魂の修行なのです。

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親への感謝

 病気をして深まった思いのひとつに
 親への感謝があります。

 病気になって
 左半身が以前より不自由になりました。
 親が、五体満足に産んでくれたのに
 そのからだを
 自分は傷つけてしまったことに対して
 親に対して
 申し訳なくて
 親になかなか会わせる顔がありません。

 申し訳ない気持ち以上に
 感謝の気持ちはいっぱいです。

 リハビリが始まって
 退院するまで
 主治医の先生にも
 リハビリ師さんにも
 リハビリをしていると
 必ず筋肉痛が来ますから
 その時には
 痛み止めを出しますので。
 と言われ
 リハビリ師さんには
 毎日
 必ず筋肉痛が来てないかを
 確認されました。

 僕自身も
 筋肉の拘縮による
 筋肉痛が必ず来る
 その時には
 我慢しないで先生に報告しようと思ってました。

 しかし
 退院するまで
 筋肉痛に悩まされることもなく
 リハビリ師さんが
 首をかしげるほど
 筋肉痛は来ませんでした。

 だから
 ある意味
 順調にそして快適に
 リハビリ生活を送ることができました。

 来るはずの筋肉痛に
 苦しむことがなかったのは
 とても幸運なことだと振り返って思います。
 
 思えば、
 小さい頃から
 かけっこが得意種目で
 運動神経はそれほどでも
 脚力には自信がありました。
 筋肉痛がなかったのは
 その生まれ持った
 足の脚力のおかげだと
 自分の足に感謝しています。

 それと同時に
 来るはずの筋肉痛が来ずに
 脚力に恵まれて生まれたのは
 今日この時に
 苦労しないためだったのでしょうか?
 この時のために
 苦労しないための
 神様の恵みだったのでしょうか?
 今日の日のための準備・・・・
 生まれる前から
 こうなることを予想して
 準備して生まれてきたのだろうか?と
 思ってしまうこともあります。
   
 そうなのかどうかは
 自分で推し量ることはできませんが
   
 はっきりしているのは
 誰の意図があってもなくても
 今このからだがあって、
 今ここにこうして過ごしているのは
 産んでくれた両親のおかげなのは
 まちがいないんですよね

 この世に産んでくれた
 両親には
 頭が上がりません。
 感謝しかありません。  

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