月別アーカイブ: 4月 2026
健康な人とは
健康な人とは
あなたはどんな人だと思いますか?
五体満足な人?
病院にかかっていない人?
薬を飲んでいない人?
それでは
パラリンピック選手は
健康でないですか?
脳梗塞をおこさなように
お薬を飲んでる人は健康でない人?
生まれつきホルモンを補充している人は
健康でないのでしょうか?
健康というと
肉体的に病気がない状態と
考えてしまいがちですが
僕は病気があるかどうかだけで
健康であるかどうかは決まらないと思ってます。
僕が考える健康な人とは
今の自分を
精一杯生きている人のことを
いうのだと思います。
病気やけががあろうとなかろうと
今の自分の気持ちや状態を
しっかり受け止めて
今を生きている人が
健康だと思うのです。
メタトロンを行うと
臓器の状態の様々な状態がわかります。
全く問題ないから
少しエネルギーが落ちている
病気になっている状態まで
様々です。
でも
症状のない人もいます。
思ったところが悪くなく
別のところが悪い方もいらっしゃいます。
メタトロンしていて思うことは
その部分が悪い、いいと判断しないこと。
悪いから
あせって治療をしなくてもいい。
大事なのは
今の状態をいい、悪いとはんだんするのではなく
今、こんな風にからだは頑張ってくれているんだと
ありのままの自分を受け止めることが
大事なんだと
メタトロンは教えてくれます。
ありのままの自分を
まずは受け止めて生活することが
健康な人の生き方なんだと
メタトロンは教えてくれます。
あなた自身の
あなた自身の状態を
わかってあげるだけで
からだは健康の道へと進み始めるのです。
ヒューメイン・フィーリング
前回のブログで
「恕」について解説しました。
今回の言葉は
「ヒューメイン・フィーリング」という英語。
この言葉の日本語訳は
なかなかおもいあたらなかった。
この言葉を知ったのは
美智子皇太后様が平成天皇と
ご成婚前の美智子様の
ご母堂様のテレビインタビューを見たときでした。
記者が
美智子様のご母堂の正田夫人に
「皇太子殿下はどんなかたですか」と
質問したときの答えが
「とてもヒューメインな方です」と
答えられたのです。
どんな意味だろう?
きっと暖かいという意味なのかな?
とかってにおもってそのままにしていました。
最近になって
この言葉を思い出し辞書を引くと
「ヒューメイン」は「慈悲の心、思いやり」と
書かれていたのです。
なんだかしっくりしないけど
そうなんだと自分を納得させていたのですが
今回、改めて「恕」という言葉と出会い
「ヒューメイン・フィーリングは、恕だ」という
思いが強くなりました。
人間生活で
決して忘れてはいけないと考えがあれば
「ヒューメイン・フィーリング」であり
「恕」であると思ったのです。
「恕」という言葉は
キリスト教の「愛」仏教の「慈悲」
と同列だと思ったのです。
そしてこの言葉は
医者として忘れてはいけない
思いであると思うのです。
死の道程
石原慎太郎氏の絶筆となったエッセイ
「死の道程」を読んだ。
昨年の秋
余命3か月を宣告され
その後の思いを綴った作品。
息子さんから
日記のような物を勧められたようだが
できあがったものは
数ページのエッセイを最後の思いとして
残された。
石原慎太郎氏は
政治家としての顔もあるが
病気にも負けずに
筆を休ませることなく
小説を発表され
法華経の口語訳をされたり
死とも向き合ってこられた方でもある。
そんな氏でも
死の宣告を受けたときには
思考の半ば停止状態になったと。
そして
なぜか青春時代から何度も読んだ
ヘミングウェイ作「陽はまた昇る」の
主人公になった夢をみたと。
戦争によって不能になった主人公が
昔愛した彼女に対して
新しい彼との門出を祝福しに行く主人公の夢。
石原慎太郎氏は
自分の人生となにを重ねたのだろうか?
若き日の
忘れられない思いのたけがそこにあったのだろう
誰にもある
甘酸っぱくもあり、ちょっぴり苦い
今あのときに戻れたら
少し人生が違っていたかも・・・という
淡い思い出はあるはず。
氏はきっとそれを思い出したのだろう。
そして
死と向き合ってきた
最後の死に対する思い
死の先にあるものについてこう書き残している。
「虚無は歴然として存在する。
そして、人間の新年や予感も狂わせかねない。
死、そんなものなどありはしない
ただ、この俺だけが死んでいくのだと」
死の宣告を受けて
思考停止に陥ったと。
そして女々しく死んでいこうと。
きっと頭の中で考えた死ではなく
こころの中で感じた
死があるということなのだろう。
思考停止した先にある
死について
語ることはなかった。
死の道程にあるもの
それをみつけるために
誰もが生き続けているということを
氏は教えてくれているのだ。
医のこころ、恕のこころ
「恕」というのは
自分のことのように相手のことを考える
という意味だけど
この思いを、医療に携わるものは
持たないといけない言葉である。
「恕」はもともと「論語」の言葉です。
少し紹介します
講師の弟子に子貢という男がいました。
彼は常に自分の行動指針を
講師に仰いでいた。
また孔子の教えを
自分のものとすべく、日々精進していた。
しかし孔子から教われる全てのことの
全てを学びとることはできないと思い
ある日、師にこう訊ねた。
「これさえ守っておけば
人の道にはんさないという言葉を
一つ教えてください」
すると師は、
「それは、恕かな」と答えたのである。
人間は誰でも自分を愛している。
けれども、
他人のことも同じように愛しなさい。
というのが孔子の答えだったのです。
そして
医療に携わるものだけでなく
全ての人に通じる
大切な言葉だと思うのです。
久米宏です
今年開けてそうそう
飛びこんできた悲しいニュース。
久米宏さんがお亡くなりになったニュース。
若き時代
「ぴったしカンカン」「ザ・ベストテン」
「ニュースステーション」など
その時代を
それまでの常識にこだわらず
独自の目線でテレビを通じて
目の前に飛び込んできて
テレビの前に釘付けになっていた。
最近久米宏という名前をはテ
レビで見かけることがなく
テレビ番組のパワーががなってきた時の
悲しいお知らせ。
そして
久米さんが書いた本があることを知って
読んでみた。
そこには
久米宏さんならではの苦悩が綴られていた。
誰にも表の顔と裏の顔があるもの。
もちろん久米さんにも
その苦労が綴られて
番組の裏側を垣間見た気がした。
そして
久米さんが一生懸命に
僕たちを楽しませるために
頑張ってくれたことに感謝の気持ちにあふれました。
久米さんありがとうございました。
安らかにお休みください。
最後に久米さんの言葉を書いておきます。
「自分の人生全てが偶然そのものだ。
偶然に乗り合わせた船を漕いでいただけなのです。
のりかかった舟は、漕がねばならない」 久米宏
サプリメントに注意
世の中には
薬を飲むことを怖れる方が
いらっしゃいます。
薬には
確かに副作用もあるし
薬を飲むと
それは自分で病気であると
病気に対して
敗北したという意識が出てくるのかもしれません。
多くのかたは
できたら飲みたくない
食事に気をつけたい
からだにいいと言われる
サプリメントなら飲んでもいいだろうと
安易に高価なサプリメントに
手を出してしまう方も多く見受けられます。
薬には
残念ながら大なり小なり
必ず副作用があります。
ときには
薬石効なく
病気が悪化してしまうこともあります。
薬を飲んでも
悪化して欲しくないけど
悪化してしまうと
自分のからだのせいにして
諦めてしまうこともあるかもしれません。
人が病気になるのは
からだだけの問題ではありません。
こころが病気を作ることがあることを忘れて
からだだけの問題として
盲目的に医薬品に頼ってしまうのは
安易な考え方です。
この安易な考え方の
延長線上にあるのが
昨今のサプリメントブームじゃないでしょうか?
サプリメントが
からだに悪いとはいわないものの
どうしても飲むのであれば
天然のものにした方がいいでしょう。
ただし
天然物だから安心だとはいえません。
薬でもサプリメントにしても
ある臓器にとっては
ありがたい成分であっても
他の臓器にとっては害になることもあります。
安易に薬に頼るのではなく
これはたとえサプリメントであっても
同じですが
頼りすぎて
自分がもっている自己治癒力、潜在能力を
封じこんでしまうことが
ないように
上手に利用しましょう。
朝食はやっぱり大事
健康のために
「朝食」が大切だということは
医学会でたくさん報告されています。
例えば
まったく朝食を撮らない人は
毎日朝食をとる人と比べて
心臓血管病による死亡リスクが増加する
という事実。
朝食を抜くと寿命が縮まるわけではないけど
健康に対して
大きな影響があるということです。
朝食の効果として
「太りにくくなる」といいます。
食事をすると
胃腸が活動して、体温が上昇します。
その状態を維持するために
エネルギーが消費され
基礎代謝がアップするので
太りにくくなるのです。
また
朝食は体内時計のリズムを整える
役割もあります。
人の体内時計は24.5時間周期で
1日は24時間ですから
実際に毎日少しずつリズムがずれていきます。
そのズレを
朝食をとることでリセットされるので
体内時計が整います。
体内時計が整うと
体温、血圧、ほる万分泌などもととのい
睡眠障害、肥満のリスクが下がるのです。
このように朝食をとることで
生活習慣病を防ぐことができる方法なのです。
生活習慣病の予防といえば
食生活を含め、生活を制限する指導が多いですが
朝食を積極的にとるということは
病気に立ち向かう積極的な姿勢の顕れです。
人生を大切にする生き方
上皇陛下の心臓の手術を
執刀された天野篤先生の著書を
拝読した。
天野先生は
医学、医療を
医師としての確かな目で
多岐にわたる情報に左右されなく
患者さんにとって必要なことを
的確にお話されるので
僕も尊敬する医師のひとりです。
その天野先生が
「自分の人生を大切にすることも
心臓病予防になる」と
心臓病専門医としてのひと言を
述べられていた。
つまり、ストレスの少ない生活が
心臓病予防になるというのだ。
ストレスが高いとき
精神的に緊張状態にあり
その時からだは交感神経優位であり
その状態を少しでも
リセットすることが大事だという。
そのためにまずは
疲れたら眠れる、ホッと息をつける時間を
意識しましょう。
アメリカ心臓教会は
ストレスを解消して心臓血管病を防ぐための
10箇条を推奨しているので
ご紹介します。
①ゆっくりすること。計画を建て、ゆっくり行動しましょう。
②7~9時間は寝ましょう
③心配しないこと。
なにが起きても、休憩し深呼吸しましょう
④笑いましょう
⑤家族や友人とつながりましょう
⑥やることリストを作って、ゆとりある生活を
⑦ボランティアなど人を助ける行動が、あなたを助けます。
⑧毎日運動すると、肉体の緊張を和らげます。
⑨アルコール、タバコなどの悪い習慣を立ちましょう
⑩目標をもって努力し、変化を怖れず学びましょう。
これが意識せずに生活できれば
毎日が活き活きして
健康に生きられると思います。
僕も実践しています。
全ての経験は良き人生のために
春は旅立ちの季節。
次のステップに多くの人が
歩き始めていく。
そのステップが
自分が思った通りだと思える人
いや
思いもよらない結果だという人もいるでしょう。
人々は
生きているときに
様々なことを経験して
その経験を通して自らの成長を
感じることも多いでしょう。
人は
成長するために
様々なことを経験するのでしょう。
病気になったり、苦労するのも
ある意味その人が成長するための
気づきを与えてくれます。
しかし
同じ病気、同じ苦労だとしても
それをどうとらえるかは
千差万別、人それぞれです。
様々な経験に対して
人がどのように反応するか
その苦難の時に対する
向き合い方が
その人が今後どのようになりたいかを
示しているのかもしれません。
大きな経験だけでなく
日々大きな経験だけでなく
小さくてもこれまでとは違う
経験の積み重ねで生きています。
この経験は
今生きている今生の人生を
豊かにするべき経験だけでなく
もし来世、転生があるとしたら
その時に
血となり肉となり
新しい自分になれるような気がするのです。
だから
全ての経験に対して
悲しいことでも、苦しいことであっても
しっかり受け止めないといけないのでしょう。
全ての経験が
あなたを成長させてくれると思うのです。
喜べば喜んで喜びがやってくる
ドイツの文豪ゲーテが
「人間の最大の罪は不機嫌」だと言っている。
確かに
どこか不機嫌な気持ちで過ごしていると
なぜか周りの家族もスタッフも
そして患者さんさえも
不機嫌な気持ちを持っている気がして
自分の不機嫌な気持ちに拍車をかけてしまう。
周りの人の態度が不機嫌な感じだと
自分も嫌な気持ちになってしまう。
つまりマイナス感情は
周りに悪影響を及ぼし、伝染し広がってしまうのだ。
ゲーテの言うように
不機嫌は罪なのだと思う。
こんな歌がある
「喜べば 喜びごとが喜んで
喜び集めて 喜びに来る」
喜べば喜ぶほど
幸せの波が押し寄せてくるようだと
喜びの輪が広がっていくことを
歌った歌です。
最大の罪が不機嫌なら
最大の徳は上機嫌だと思う。
上機嫌の人はみな「笑顔」です。
笑顔は
最も身近で、誰にもできる世界平和活動です。
よいことがあると笑顔になるけど
よいことがなくても笑顔でいると
周りに笑顔の輪が広がり
幸せのスパイラルが生まれるのです。
何があっても
笑顔を忘れずに過ごしましょう。
