「今日の言葉」カテゴリーアーカイブ
誰にも使命がある
「誰にも使命があるから生かされている」
とはよく聞く言葉ですが。
「あなたの使命は何ですか?」と聞かれると
答えられる人は少ないでしょう。
人は、みんな使命をもって
生きているのは確かです。
でも、その使命には決して知らないといけない
ものではないのです
でも、自分の使命を感じられる方法があります。
それは
①とにかく精一杯に生きること
②すべてのことに感謝できるようになること
③他人を喜ばすこと、他人を助けること
④太古の時代から連綿と継続する遺伝子を
僕たちまで繋いでくれたご先祖様に
感謝すること
ともかく
今生きていることに感謝を忘れずに
生きていくことが大事なのです。
悪人なのかもしれない
歎異抄を読んだら、
自分は悪人として生まれてきたのだと思った。
親鸞は悪人について次のように語っています。
「人間は誰もがどうあがいても、
欲望からも苦しみからも逃れることはできない。
絶対に。
どんなにすごい修行をしても、生きることの苦しみ
死ねなければならないことへの
怖れを忘れ去ることはできない。
人間である限り死ぬまで苦しみ続けるしかない。
悪人とは
生きていくために、
どうしても悪を選んでしまう人間のことだ。
どうして人は、どんな悪とも無縁で生きていけるだろう。
そもそも他の生き物の命を奪わなければ、
生きてはいけないというのに。
だから人間は生まれついての悪人なんだ。
こんな悪人として生きるしかない人を
阿弥陀様は救ってくださるのだ」
と述べられています。
罪深く生まれてきた我々。
罪深く生まれてきた大きな意味もあるのでは
悪人だから気づけることもある
悪人として生き、もがき苦しむ我々に
きっと優しい眼差しで見守って下さっている存在が
確かにいらっしゃると僕は感じるのです。
歩が金になる生き方を
将棋界で
藤井聡太という若き天才棋士の出現し
多くの人が
藤井聡太の強さに圧倒され
その謙虚な姿勢に学ばされています。
そして
藤井聡太棋士の生き様だけでなく
将棋そのものにも注目されています。
僕は将棋の駒に
改めて注目すると
「歩」に人生の生き方を感じます。
「歩」は一歩、一歩確実に歩み
その努力が実り
最後は「金」になるのです。
チェスでも
弱いポーンが昇格してクィーンになるのです。
まるで人生のようです。
いきなり大きなしあわせを手にする人生ではなく
確実に一歩一歩、確かな歩みを続けることで
大きな成功「金」星の人生になるのです。
「歩」を「金」にする人生を歩みましょう。
誰かがみていてくれるだけで、安心
人間は
生まれてから、ずっと
誰かに支えられながら生きてこれたのに
大きくなると
独りで生きていきたい
誰の力も借りずに生きていかないといけないと
思うようになり
粋がって生きようとしていこうと思います。
僕もそうでした。
いつまでも親や師などから
独立しないといけないと
頑張ってきました。
でも、今自分の人生を振り返ると
全く自分だけで生きることはできない。
ことは、身にしみてわかってきました。
そして
僕も次の世代を育てる役目をいただき
この子らの成長に力を貸そうと
思うのですが
彼らは、やはり僕がしたように
独りで生きようとしています。
その姿をみて
その気持ちを尊重しないといけないと思います。
彼らの姿を見ながら
我のことを振り返ると
ずっと僕を見守っている存在に気がついたのです。
両親から独立した今でも感じる
その方の見守りを感じます。
だから、僕は安心してこうして生きていけるんだと
確信しています。
人は
ある人が距離を保って
そっと温かく心配してくれてくれることを感じると
心が安らぐのです。
この安らぎがあるから
僕たちは、僕たちの人生を歩めるのでしょう。
あなたにとって
ずっと見守っている方は誰ですか?
やると決めたらあとは進むだけ
人生には
選択を迫られる場面が、度々訪れます。
その選択が正しいかは
選択する時点ではわからないので
迷いが生じたり、不安な気持ちも
起こってしまうことでしょう。
そんな時
この言葉を心に留めて
進んでいけばいいのです。
やると決めたらやる。
自分に信念があれば
周りの人が最初は賛同してくれなくても
徐々に気を止めてくれて
あなたのその思いを応援してくれるように
なるから、安心して
進めばいいのです。
揺るぎない信念は
人を惹きつけ
自分の行動を後押しする力にもなってくれます。
自分自身に信念があることが大切なことなのです。
無常
無常ということには、
色々な意味がありますが
「この世は常ならず」という
意味にもとれます。
最近思うことは
全てのことは流れていること。
「生々流転」という言葉が仏教にあるように
すべてのことは刻々と移り変わっていくのです。
ですから今どん底であっても
そのどん底はいつまでも続くわけではありません。
だから安心していいのです。
必ず夜は明けるのです。
でも、逆に
良いこともずっとは続かないことを知って
いい時も、次のステップの準備を
していきましょう。
日にち薬
京都には「日にち薬」という言葉が
あるそうです。
つまり歳月が薬だということ。
時間が経てば
こころ、肉体のも痛みでさえも
よくなるということ。
昨年の今頃のことを
思い起こしてみて下さい。
どんな苦しみや痛みがありましたか?
僕も、気になる状態、症状などの
からだの異変を感じて
専門の医者に相談し、治療を受けました。
その甲斐あって
健康を維持できています。
今思い返すと、当時はこの症状が進行したら
どうなるのか・・・と不安ばかりでしたが
時が経ち
今はその不安は全て解消されたわけではありませんが
かなり軽減されています。
もちろん必要な治療、投薬もしましたが
日にちも薬だったと感じています。
病は気から
この言葉は、
みなさんもよく耳にする言葉でしょう。
実際僕も、診療中に限らず
よく口にする言葉です。
最近は、情報があふれ
病気を診断するのは医者ばかりではなく
ちょっと胃が痛くなれば
AI先生に尋ねる人もいるのではないでしょうか?
AI先生がみつけた中に
自分が安心できることをみつけ
一瞬安心して・・・でも
おなかが痛いのも、咳がでるのも
大丈夫だと考えて
ほっといてしまいがちです。
そして、大変なのは次に同じ症状が起きたとき。
あの時の判断は、正しかったのか?
この症状はがんなのか?
自分の命は大丈夫かと
自分で判断することができなくなって
病院に駆け込む方をよく目にします。
医者の立場だからいうわけではありませんが
からだの不調を感じたら
勝手に思い込まないで
きちんと医療機関を受診して
医者に診てもらって、正しい診断をしてもらって下さい。
病は気からなんです。
みなさんの不安を取り除くことができる
みなさんに寄り添える医者で
いつもありたいと考えています・
どんな時にも楽しいことを考えよう
人生は山あり谷あり
苦しいことも、楽しいこともあります。
そして苦しいことも、楽しいことも
ずっと続かないのも真実です。
でも、苦しい時でも
楽しいときでさえ、もっと楽しいことは
考えられます。
僕も入院している時
苦しさの嵐が訪れない日はありませんでした。
毎日、時間の長さは様々であっても
苦しい時間がやってきました。
でも、その時
ちょっとでもこの苦しみが通り過ぎた時の
ことを思い
この苦しみから抜け出したら
あのお菓子が食べたいなぁ
コーヒーを飲んでリラックスしたいなぁ
今まで読んでなかった
小説を読もうかと
楽しいことを考えると
その時の苦しみやつらさが、
どんどん遠ざかっていくのを感じました。
そして
退院したら、こんな生活がしたいと
はっきりわかったのです。
自分自身が楽しむにする生き方をすることが
自分自身を大事にすることにつながる
そして健康にもなれる。
そのことを実践して、
みんなに伝えようと思ったのです。
どんな時にも
楽しいことを考えると
道が開かれるのです
無色(むしき)
仏教用語、般若心経に出てくる
言葉です。
般若心経では”無”という言葉は
よく出てきます。
“無”には
お金がないなどという”ない”という
ことではないのです。
“ない”ではなく”む”なのです。
つまり
「ある」とか「ない」とかに
こだわらない。
たとえばお金などのものに
執着するなという意味なのです。
それなら「色」とは、なんでしょう。
色んな解釈があるようですが
色の意味には
からだの働き方という意味が
あると思うのです。
つまり
心臓が動いている
血液が流れている
呼吸をしている
これらのことは、自分のからだのことなのに
自分でどうしようもないこと。
何もしなくても
生きているのです。
意識しなくても
成長していき、今の時に合わせて
からだは変化しているのです。
この自分では律せないこと
自分のからだについてでさえ
頭で考え、いいだの、悪いだの
上から目線で考えていませんか?
真実は
僕たちの分別や理屈を超えたところに
あることを知らなければならないことを
この言葉は教えているのです。
生命や理屈に執着せず
現実を「無色」でとらえて生きましょう。
