投稿者「santa」のアーカイブ

三毒・貧瞋稚(とんじんち)について

☆9/17(木)~9/19(土)休診となります。
ご迷惑をおかけしますが、ご了承ください。
サンタ夏季休診2026

人間には百八といわれるほど
多くのの煩悩があります。

その代表として
貪りと怒りと愚痴の
「貧瞋痴」があり
これを三毒といいます。

お釈迦様は
この三毒を断ち切れば涅槃
つまり苦しみのないところに
早くいけると説いています。

この三つのなかで
一番重大なのは最後の愚痴です。
この愚痴の意味は
天地の道理に暗いということです。
つまり
僕たちは
天地いっぱいに生かされて
今ここにいる存在だということを
わかっていないという意味です。

天地の道理を理解していないから
ちっぽけな自分の皮の突っ張りの中の
欲望だけを追いかけて生きている。
「ああしたい。こうしたい」
「たい、たい」と。
自分だけがいつも問題なんです。

そういう人は
何歳になろうとも
精神的にはこどもだというわけです。

貧瞋痴の痴は
そういう意味です。

また
生かされているという命の道理に暗く
小さな自分の欲望だけを
限りなく追いかける。
それが「貧」です。
そして、思うようにいかないと
腹を立てる。
これが「瞋」なのです。

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ベラ・コチェフスカの大予言

☆9/17(木)~9/19(土)休診となります。
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サンタ夏季休診2026

宮崎貞行さんが書かれた
「ベラ・コチェフスカの大予言」という
本を読んだ。

ベラ・コチェフスカさんは
僕は初めて聞く名前で
大予言という題が気になって
本屋で手にした本。
パラパラとページをめくると
世界的な危機が到来する
日本についての未来も書かれてるようなので
購入にあっと言うまに読んでしまった。

ベラ・コチェフスカさんてご存じでしたか?
ブルガリア人で、ブルガリア政府も公認する
予言者らしく
1990年代日本のテレビの特番に登場し
その透視能力、行方不明操作
病気の治療など
多くのいわゆる超能力を披露し
センセーショナルを起こした人らしい。

当時は
世紀末でノストラダムスの大予言がブーム
ユリゲラーに代表される
超能力者が多く登場しました。
その真偽はどうかを
判断するのは難しいのが現状です。

ベラさんは
日本のテレビ出演のために来日中、ずっと
同行したプロデューサーの話が
元になっていて
話されたことが記録されており
とても興味深い内容でした。

詳細は
本書を読んでいただきたいのですが
日本についての記載が
とても気になりましたので
ここで少し紹介したいと思います。

まず日本人自身は
霊格がもともと高い人種であり
日本に生まれたことで
これからの世界を平和に導く
役目があり。
原爆を体験したのも
大津波を経験したのも
日本人だから、世界のために
働くために必要なことであったと。
しかし
地球の嘆きは高まるばかり
それを気づき、平和に導くべき日本人の
霊格がどんどん下がってきている。

そのためではないにしても
今の流れを止めることができず
今世紀末には日本の人口は
1/3に減っているとか。
その原因は、天変地異、疫病、食糧不足
戦争などさまざまであろう。

この予言の真偽は
その時にならないとわからないこと。
起こるとは限らない
自分達はもうこの世にいないときのことだから
など言ってはいけない。
もう既にその下地は今作られている。
だから
政治や社会の性で
この世の中が変わるわけではない。
今、あなたのこころのままに
将来は決まってくるんpかもしれない。

だんだん
暗く、悲惨な事件や
人のこころもどんどん荒んできている気がします。
だからこそ
将来のためにも
ひとりひとりがこころを浄化することが
必要になってきているのです。

こころの浄化するのに
できることを考え、行い、お伝えしたいと思います。

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全ての命の重さは平等である

☆9/17(木)~9/19(土)休診となります。
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 サンタ夏季休診2026

仏教では
「すべては命の重さにおいて平等である」と
説いています。

地上にある
すべての命・草木も動物も人間も
命の重さにおいて
全部平等、徹底平等だと説いています。

アメリカで
国立公園の父と言われた
ジョン・ミューアが
次のような言葉をんこしています。

「一輪のスミレのために地球が回り
太陽が照り、雨が降る」

つまり
一輪のスミレを咲かせるために
天地のいっぱいの働きがあるのです。
一匹の犬や猫を生かすために
天地いっぱいの働きがあるのです。

その天地いっぱいの
働きをいただいて
一輪のスミレも一匹の犬や猫も
人間もすべてが
それぞれの命の営みをしているのに。

生き物だけでなく
葉っぱ一枚も米粒一粒も
僕たちと同じ命を持ち
同じ営みをしているのに
人間だけが
自分だけの力で生きていると
勘違いして生きているのではないだろうか?

人間ってなんと愚かなものか。

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勝って騒がれるよりも、負けて騒がれる力士になれ

 

この言葉は
日々数々の勝負の世界に勝って騒がれるよりも、負けて騒がれる力士になれ
これは
二十八代立行司・木村庄之助さんが
仰った言葉です。

身を置いている人物の言葉なので
とても深い感じがします。

つまり
勝って騒がれるのは
勝負に到った技に対する賞賛の声でしょう。
でも、
負けて騒がれるのは
勝ち負けに関係ない
生きるその人の人格に対してでしょう。

騒がれるのは
いいことならいいけど
スキャンダルだってあります。

多くの人は
スキャンダル好きだと言われています。
最近のニュースなどをみても
賞賛される成功者に
スキャンダルが暴かれて
もっと騒がれることも多々あります。

このことを鑑みて
改めて、この言葉に戻ると
勝負に対しての賞賛は一時的。
ですから
その人が永く賞賛されることは
勝ち負けを越えたところで
正々堂々生きて行けということだと思う。

いかなる時も
待ったなしの「今」に
あるべきようにいきていくこと
これが本当の命の生き方では
ないでしょうか?

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魚アレルギー

久しぶりの学会に参加
久しぶりに先生方に会うのも
うれしい。

再会を喜ぶのもつかの間
学会が始まると
診療での経験をみんなで聞き
意見を交わす。
その真剣な態度、熱気が
会場の全員にパワーをあたえてくれる。

だから
発表を聞いてるだけでも
こころが熱くなるのを感じる。

今回の学会はこどものアレルギーが
話の中心だったので
アレルギーの現状を確認。

一番残ったのは
魚アレルギーについて。
魚アレルギーはそんなに多い
アレルギーではないが
疑われても
血液検査では確認できないことが多いので
発表の先生は注意を警告していた。

魚のアレルギーにも注意して
診療をおこなわないと思うと同時に
魚アレルギー×血液検査陰性だと考えていると
魚自体にアレルギーではない気がした。

魚は海や川の自然の中で生き
水の中の生物を食べて大きくなっている
食物連鎖という考えがある。
環境物質がどんどんたまってくる
最後に食べる人間が一番影響を受けるのは
当たり前のような気がする。

魚が問題ではなく
魚が住む地球の環境が問題
地球から人へのメッセージのような気がして
地球全体のことを考えていかないといけない気がした。

地球からの警告を
しっかり受け止め
明日からの診療に役立てないといけないと
学会に参加して思ったのでした

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生きるとは

生まれてきたからには
必ず訪れる死。
生きている間のことは
自分の意志で帰ることはできる。
でも
生まれる前のことも
死んだ後のことは
誰に聞いてもわからない。

全く想像の世界であり
考えれば考えるほど
不安や恐怖に憶えてしまう方も
多いことでしょう。

わからないことを
一人で考えても
結論は出てこない。
どう生きるかを考えるために
死について腰を据えて
じっくり考えて洩ることも
いいのでしょう。

死を考えていると
結局行きつくところは
どう生きるかを考えた方が
いいと思うのです。

そんな時
哲学者の芳村思風先生に次の
言葉を知ってハッとしたので
紹介したいと思います。

「生きるとは」

人間において生きるとは
ただ単に生きながらえる事ではない
人間において生きるとは
何のためにこのいのちを使うか、
このいのちをどう生かすかということである

いのちを生かすとは
何かにいのちをかけるということである。
だから生きるとは
いのちをかけるということだ。
いのちの最高のよろこびは
いのちをかけても惜しくないほどの
対象と出会うことにある。
その時こそ、
いのちは最も充実した
生のよろこびを味わい
激しくも美しく燃え上がるのである。

君は何にいのちをかけるか。
君は何のためになら死ぬることができるか。

この問いに答えることが
生きるということであり
この問いに答えることが
人生である

あなたは
この詩を読まれて
何を感じましたか?

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医者として忘れてはいけないこと

ギリシャ神話に

人間の上半身と馬の下半身を持った
ケンタウロス族の学者ケイロンが、
医術の神でもある太陽神アポロンの息子、
アスクレピオスに
医術の教育した後
次のような言葉で
医術の神として
送り出しています

「病人やけがをした者に薬を与え、
充分な手当をしてやれば
それで良いというものではない。

医者として一番大切なことは、

いつでも優しい心で
苦しむ人やけがの人を
労り、力づけてやることだ。

医者の温かい心遣いで、
病人はどんな苦しみも
乗り越えることができるのだ。

患者の心の支えになってやれる
医者でなければ、
どんなに医術に優れていようとも、
決して良い医者とはいえない。

これを忘れないようにしなさい」

はい!!

僕も
カイロンからアスクピオスに
伝えられた
医心を大切に、大切に
引き継いでいきます

 

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神社めぐりは魂の修業

人はなんのために神社に行くのでしょうか?
年の初めの初詣
こどもが生まれたらお宮参り
受験、就職の前には合格祈願

厄年の時には厄払い
特別な願いがあるときには
願掛けなど
一年の内に何度か
神社に参拝される方はいらっしゃることでしょう。

でも
こう考えると
困ったときだけ、お願いするときだけ
参拝するって
どこか人間の身勝手さな行動に
神様はため息をついていないか
気になったことがあります。

でも
神様は神社に来てもらえるだけで
喜んでらっしゃるのです。
神社に行くこと自体が
”魂の修行”なのです。

小さい頃
神社で遊んでたこどもたちは
その後信心深く、豊かな人生を過ごしてる
ような気がします。

こどもは
神社に行っても
おとなのように
手を合わせて参拝することはありません。
でも、手を合わせなくても
それでいいのです。
神社に行くこと自体が
小さな魂の修行になっているのです。

神様は
こどもが大好き。
こどもたちの楽しそうな声を聞くのが
大好きなのです。
こどもが
神社で遊びたくなるのは
偶然ではなく、魂からの導きなんです。

ですから
神社に行きたくなったら
是非行かれて下さい。

神社巡りは
魂の小さな修行になるのです。

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のどをみる

熱、せき、鼻汁で
受診されることが多い小児科では
必ずのどを診ます。

口の中を開けてもらって
のどをみると
色んな事がわかるんです。

のどが全体的に赤かったら
ウイルス性?
扁桃腺が腫れていて
白い膿がべったりついてたら
細菌性の扁桃炎かも?
口内炎のようなものができたら
ヘルペス、ヘルパンギーナ、手足口病
はたまた水ぼうそう・・・?
頬にざらっとした発赤があったら
もしかして
はしかかもしれない

などなど
のどを見ると
色んな情報を伝えてくれます。

そして
その所見を絵にかいて
ご両親に伝えています。

そのためか
最近、
”のどが赤いです”
”のどに白い物がついています”
診察前に所見を教えてくれることがよくあります
”のどが赤いので受診しました”
と言ってあわてて受診される
お母さんがいらっしゃいます。

でも、実際診察すると
それほど赤くないことも
白い物って、どれだろう?
とはっきりしないこともよくあります。

実際、のどの所見って
人それぞれなんです。
風邪をひいてても
のどが赤くなっていない人もあります。
これから、変化しそうなみずみずしいのどだったり
乾燥して赤くなっている
と
その日の状態も色々教えてくれます。

同じ人でも
診るたびに違っています。
のどの所見は刻々と変化して千差満別です。

だから
のどの所見だけで
全てが決まってるわけではないんです。

そして
最近の特徴は
のどの所見以上に
のどの痛みが強いようです。

ですから
今まで以上に
慎重にそして詳しくのどを診ています
そして、のどの所見だけでなく
症状、全身状態、リンパ節、聴診など
様々な情報をもとに
総合的に診断しています。

また
のどが赤いと
のどが痛いんじゃないかと思ってしまいます。

おとなであれば
風邪をひけば多少はのどは痛くなることは
経験されることがよくあります。
ですから
のどが痛いと
食事がとれない?眠れなくなる?など
心配なことが次々浮かんできます。

そこで
”のどが痛くない?”と
思わず聞いてしまいますよね。
こどもって経験や知識が乏しいので
”痛い”と聞かれれば
”痛い”と単純に答えてしまいます。

”痛い”と思っても
食事もしっかり食べれて、
普通におしゃべりしたり、笑ったりしてたら
大丈夫。
そっと、見守ってあげて下さい。

痛いと聞くと
素直に”痛い”と答えてしまうのが
こどもですから

のどを診せるって
おとなでもこどもでも
結構みんな苦手です。
ですから
お家で診る必要はありません。
のどの情報は色々教えてくれるけど
のどの所見と同じくらい、
いやそれ以上に大切なのは

お家で
どんな症状がある?
ごはんを食べてる?眠れてる?
ご機嫌に過ごしているって
ことですから

そのことを
是非診察室で教えて下さいね。

のどが赤いと言われても
あわてないでください。

それよりも
大事なことがあるってことを
忘れないでくださいね。

 

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僕の読書法

世の中には多くの本があります。
そして
本には面白い本、面白くない本
ためになる本、ためにならない本
があると思っているかも知れないけど
実際は
その本が面白いかどうかなんて
単に自分の個人的感想でしかないわけだし
また
つまらないともっていた本が
違う時期に読むと
とてもためになったと言うことは
多々経験する。

だから、実際には
面白い本、面白くない本
役に立たない本なんて存在しないのだと思う。

僕は、本との出会いは
一期一会だと考えているので
本屋巡りや図書館巡りをする時に
自分なりのルールがある。
表紙を見て
気になって手にした本は
購入または借りて読むことにしている。

そして
気になった内容や言葉に出会えば
ブログに書いたり
言葉をノートに書き残して
アウトプットするようにしている。

本は
大切な祖先からの遺産である
無限といえるほどの本の山にから
自分だけの宝石を見つける
宝探しをしているもの。

みつけた時の悦びは大きい。
だから
僕は読書はやめられない

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