日別アーカイブ: 2026年8月25日
肉体を監督する存在とは
からだは、家などの建造物と違って
からだの中身も構造も
時間が経つと変わっていることが
わかっています。
10年も経てば
細胞ひとつから
10年前の細胞と全く別の
細胞に置き換わっているのです。
そして毎日の生活においても
僕たちは
毎日食べ物を摂取し、排泄し
その繰り返しを日々くり返す内に
日々
からだの内容を変えているのです。
それなのに
肉体的変化を
感じながらも
統一した同じ自分、自己を
維持し
生涯ひとつの肉体、人生を形作って
生きていけるのは
不思議だと思いませんか?
自分が、自分としての生涯を生きていけるのは
そこには
自分のからだをまとめてくれている
主宰舎のような力が
働いているからではないだろうか?って
感じるのです。
この力があるから
60兆もある細胞
それも日々変化している細胞を
統一されて
昨日と同じ自分
1年前と同じ自分
死ぬまで同じ自分として
生きていけるのでは
ないでしょうか?
僕たちが
今ここにいられるのは
この僕たちのからだをまとめてる
監督のような力の
おかげなんでしょうね。
この自分自身をまとめている力は
自分がこうしようと思って
できるような力ではありません。
この力は
自分では意識できない
深いところにあり
今の科学では解明できないような
非常に複雑な力、働きであり
この力は
自分だけでなく
生きている人や動物、植物にも
存在し、それぞれに働いているのです。
それは
この地球上の生物だけでなく
地球そのものにも
太陽にも
宇宙全体にも働いている力が
存在してるから
僕たちは、今ここに存在できるのでしょう。
この宇宙全体を統一している力のことを
我々は昔から神と崇めている
存在なのかもしれません。
神道には教えがない
現代はみな平和を訴えるものの
戦争地球のどこかで戦争が行われています。
誰もが争いのない世界を願っているのに
平和な世界は無理なのでしょうか?
戦争のない世界を
実は日本では縄文時代に実現していたと言います。
縄文時代の遺跡からは
争った形跡が見つかっていないのです。
植物採取や狩猟のための
道具はあっても
人を殺すための武器や、刀剣、槍などの
武器が出土していないのです。
この平和な縄文時代が
1万年以上も続き
そんな時代があったのは
日本だけでなく人類史上の奇跡だとも
言える状態です。
それは
世界中に人としての
生きる道を説いた宗教があるのに
守れないのでしょうか?
日本の宗教は「神道」です。
神道には他の宗教と
決定的に異なる違いがあります。
それは、「教えがない」ことです。
教えがないから
相手を裁かないし
教えを守らないからと
地獄に落ちることもありません。
地獄がないから、誰かに救ってもらうべく
救世主も必要ないということです。
神道は宗教じゃなくて生活なのです。
神道は生活の本質を示しているのです。
それは、
その行動が美しいか、美しくないかで
判断すると言うことです。
その行動が美しいかどうかを
行動基準にする感性が
日本人にはあったのです。
ですから
火薬が日本に伝わった時に
日本人は、
鉱物資源の発掘のために使うのではなく
花火として火薬を使ったのです。
それが日本人の美しさを求める
感性だと言えるのです。
今でも
あなたの行為が美しいかどうかを
基準にして生きれば
平和な世界実現に近づくと思うのです。
