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自然現象で感じる神様の慈悲

日本中で真夏日の報道。
天気の報道と同様に
電力不足を懸念する報道が目につきます。
節電をすすめるけど
なぜか、テレビの視聴時間については
全く触れません。
この報道ちょっと不思議な感じがします。

この夏を乗り切るために
ひとりひとりができることに
取り組まないと
大変な夏になる可能性もありますね。

でも
考えてみると
雨も天候もすべて自然現象
自然現象に対しては人間は無力です。
自然の驚異を思いっきり思い知らされたのが
「東日本大震災と津波」でないでしょうか?
多くの犠牲者がでて
その傷跡はまだまだ癒やされていません。

でも
同じ東北でも
被害が大きかった場所、なかった場所
被害に遭われた方、難を逃れた方も
いらっしゃいます。

そういえば
不思議に被害に合わなかったという
ことを聞いたことがあります。
神社は、きっと昔から
ちょっと高台にあって
地盤の安定しているのが神社の場所。
だから、災害があるときは
神社に逃げるのがいいかな?と
神社っていいところなんだと思ってました。

その時、神社の神様はどうされたのかと
疑問に思われて
東北の神社を回られ、その時の神様とのことを
記された
桜井識子さんの「神仏のなみだ」を
読みました。

桜井さんは
不思議な方で、神様と対話されたことを
本で紹介されています。

この著書で
津波の災禍を逃れた
どの神様も疲れた状態で
言葉も少なく
杖をつき、歩くのも大変な状態
おいなりさんの毛並みもボロボロの状態。

神様が
まさにからだをはって
僕たちを守るために
津波を止めようとし
人を助かるように誘導したそうなんです。

でも
自然の力は
神様の力、神様が力を合わせても
完全に防ぐことできないほど
大きいのです。

そんなこと知っていても
ただ人を救おうと思い
我が身を惜しまずに
防いでくれたんです。

だからからだはボロボロで
そのからだが元に戻るのには
30年~50年はかかるとか?
こんな神様の慈愛の話に触れて
神様に感謝して
手を合わせるしかありません。

今回梅雨があけて
今後自然災害が襲ってくることもあるでしょう。
でも
どんな時も神様は守って下さるのです。
だから
神様に感謝して生きなくてはいけないと
思うのです。

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自分を信じる

人は
困ったことや、
願いがあるとき
病気になったときなど
神社に行って
神様にお願いをするということをします。

神様も
自分が信じている神様に
手を合わせることがほとんどでしょう。

神様に
ご自身の願いを聞いてもらおうとする行為は
決して間違っているわけではなく
悪いことでもありません。

でも
神様に頼むときでも
忘れてはいけないことは
「神様にお願いしたからといって
自分を信じることを減らしてはいけない。」
ということ。

自分を信じる気持ちには
力があるということ。
神様を信じる信仰心と
同じぐらいの力があるということ。

つまり
信じる気持ち、信仰心を
自分に対してもつ
すなわち
神よりも何よりも、まずは
自分自身を信仰するということが
大事なのです

才能が10点満点の10点
でも自分を信じる気持ちが5点の人と
才能が5点しかないけれど
自分を信じる気持ちの人が10点の人は
後者の方が成功するのです。

何事にも成功するコツは
自分自身の力を100%信じられることなのです。

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科学の先にあるもの

僕は日々医学という科学を
ベースにした医師を
この世での生業にしています。

患者さんと向き合うときは
人類がもっている
科学の知識を総動員して
患者さんの苦しみから脱せられるように
目的に働いています。

しかし
患者さんの苦しみは多岐にわたり
科学の知識だけでは
説明できない問題に
ぶち当たり、
自分の非力さを突きつけられる場面もある。

そんな時に
我々も含め、自然を動かす
大きな力が働いているのではないかと
感じることがある。

神、宗教という力が
我々の生きる根本に働いていることを
根源にあることを感じる。

あの天才物理学者のホーキング博士は
「宗教というのは必要である
しかし、宇宙の始まりについては
神は必要ない」と
宗教の必要性を認めつつ
科学と宗教をしっかり区別できていることが
この博士の言葉から読み取れる。

自然と共に生き
その自然の力から神を感じるのか?
残された言葉から
とてもこころに響くことばを
投げかけてくれる人々がいる。
それはネイティブ・インディアン。

文明は未発達だからこそ
感じる純粋な言葉にこころ惹かれる。

そんな彼らが宗教について
次のように語っている。

「宗教の出発点は、第一に
自然界をありのままに見て、しかも。
これは駄目だといわないことだ」と。
つまり、自分にとって
不幸だと思えることが起こっても
その不幸をありのままうけいれ
どうして、自分だけ・・・などと嘆かず
これも現実、苦しくても
受け入れようと思うことがまずは大事なのだと。

そして、受け入れた後に
訪れる第二段階
「だけどその宇宙の大きなからくりの中では
この苦しい現実は幻なのだ。
だから、この苦しみはとにかく受け入れよう。
来世こそが本当の世界で
そこでは必ず救済される。
だからこそ、この世で悪いことをするのをやめて
耐え忍び、
来世での救済を待つのです」

科学は
今起こっていることをありのまま受け取る
こと。
そして、受け入れた後
なぜそのことが起こった意味を考えるのに必要なのが
宗教。

ですから
科学の先にあるのが宗教なのでしょうね。

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自分に暗示をかける

これまで何度も
言葉には、言霊という
力があるから
いい言葉を話しましょうという
ことは何度もお話しました。

いい言葉を話すと同様に
自分に暗示をかけるのも
言霊と同じように力があるのです。

あなたは
パソコンが苦手
運動が苦手
数学が苦手・・・など
自らの口から上のような苦手意識を
口にしていませんか?

99才まで長生きされた
瀬戸内寂聴さんが
長生きの秘訣について
次のように話されていました。

「なぜ、私は病気をしても
死なないのかと思いを巡らすと
一つの答えがでました。
私は病気が嫌いである。
病気になった自分を見苦しいと思い
一日も早く、その状態から逃れたいと思う。

病気を呼ぶ
自分の老衰も嫌いである。
老体を美しいとは思えない
わが老衰を
これ以上見苦しくならないうちに
死んでしまいたいと思う。

ただ痛い目にあって、苦しんで死ぬのは
ごめんです。
死ぬとき、痛まない、苦しまないように
心臓の手術をしてもらいました。

いつの時も
私はらくな法へと希望して
苦より楽を選んで生きてるから
長生きできているのです」

作家として
なくなる直前まで
多くの言葉、文を残された瀬戸内寂聴さん。

一般のひとが語ることができなかった
生への真実
誰もにも訪れる老いについてのことを
今生きる僕たちに教えてくれています。

病気を嫌いだという生き方
自分を苦しめない、自分を大事にして生きることが
長生きの秘訣かもしれないと
寂聴さんの言の葉を読みながら
自分自身に暗示をかるのでした。

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神頼み

神頼みという言葉があるように
お願い事がある時は
神社を参拝しようと思われる方は
多いことでしょう。

僕も
何か困ったことがあると
神様のことを思い出して
手を合わせることはよくあります。

お願いごとをしながら
なんて僕は都合がいいのだろう。
自分が困ったときだけ
神様のことを思い出して
神様も虫がいいなぁと思わないかなぁと
怒らないかなぁと
神様のご機嫌を損ねないように
しないと思うことがあります。

神様は
確かに心根の美しい人が好きだと
聞いたことがあります。
心根の美しい人しか
願いは神様に聞き入れてもらえないのでしょうか?

腹を立てたこともない
けんかをしたこともない。
僕も
たまには家族とも口論になることもあるし
たまには口から愚痴が
飛び出してしまうこともあります。
こんな僕だったら
神様は相手にしてくれないでしょうか?

神様は
僕たちが考えるよりずっとこころが広いのだと
聞いたことがあります。
だから
何をどうしたこうしたという
細かい行為で神様はその人を
判断しているわけではないらしいです。

だからといって悪口を言っていい
小さいことでもむっとしていい
という訳ではないだろうけど
守ってくれる判断にはならないということなのです。

神様は
もっとその人の心の底を
見てらっしゃるような気がします。
色んなものに対して
思いやりや慈悲の心を持つ。
神様を含め何事に対しても
感謝のこころを忘れない。
そして
神様の前では素直に
なんでも話してみて下さい。

なぜ、今日この願いを叶えたいのか
説明すると
神様はきっと力になってくれますよ。

神様は
きっと人とご縁を結びたがってると思うのです。

今日は七夕
素直な平和な気持ちで過ごしましょう

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神様を感じて欲しい

世界には
数多くの宗教がありますが
宗教と認められるために
どの宗教も
絶対真理を学び、信じて
日々実践していき、いい人生を過ごそうと
しているのです。

だいたいどの宗教でも
根源的に神様というか
絶対真理は
目に見えないものように作られているようです。

なぜか?目に見えないものを
信じられるのか?
以前、このブログにも書きましたが
目で見て感じるのではなく
惑わされずに感じるもので
あって欲しいからなのでしょう。

実際目に映ってしまうと
各人各様であって
自分勝手に見てしまうからなのだと思うのです。
見てしまうと
自分の都合に合わせて
自分だけの神像を作ってしまう。

ですから
神は人々に
姿を見せないようにしているのでは
ないでしょうか?

神様を感じるのは
音を通して、声で
つまり視覚よりも聴覚を優先に
コンタクトして来られるのでしょう。

見えてしまうと
その見えた神しか信じられなくなる
それだけならいいけど
その姿が頭の中にどっかり腰を据えてしまい
大きな存在の神様が
あなただけに「都合のいい神様」に
作り替えられてしまうかもしれません。

だから
姿をお見せになりません。
でも、神様は確かにあなたのそばにいらっしゃるのです。
あるときは
風となり、蝶となり、
光となり
またあるときは
龍となり、
あなたに語りかけてくるでしょう。

その神様を感じられるように
目で見るのではなく
こころで感じるのが本当の神様なのでしょう。

今も
あなたの側にいらっしゃいますよ。
感じますか?
是非感じて下さい。

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生活道を生きる

誰もが
今より成長したい
自分を変えたい
人によっては
生まれ変わりたい
と思っている人もいる。

だから
学ぼうとして
本を読み
セミナーに参加し
武道などの入門の門を叩き
坐禅などの鍛錬を取り入れ

自分とは?
生きている意味?
自分の本質を知りたくて
日々学び続けている。

でも
自分のことは
学ぼうと思わないと学べないのだろうか?
常に学ぼうと思って
日々学び続けることは
度々挫折を経験して
困難さを伴うことが多い。

高度な書物を読んだり
自分を鍛錬したり
一人で世界中を旅をしないと
自分探しはできないのだろうか?

倫理法人会創始者の丸山敏雄先生は

”自分の本質は、どこか遠くにあるわけではない。
どこかで学ばないと分からないものではない。
自分の生活の全て
生きている瞬間の一コマ一コマが
自分の全てである。
自分を変えたいなら
その一コマ一コマを変えれば
自分は自ずと変わる”

と述べられている。

つまり
生きている今この瞬間
日々生活している中に
多くの気づきがあるということ。

自分の本質に気づき
自分を変える多くのチャンスが
日々の生活の中にこそがある
のかもしれない。

生活の中で気づいた気づきを
素直に受け入れ
正すべきことは正していく。

そうすることで
一歩一歩
自分の本質に近づいていける
気がする。

何も
特別なことをする必要はない。

今ここを真剣に生きてこそ
多くの学び
生きている意味がある気がする。

生活の中にこそ
自分の生きる道がある。
自分の生きないといけない
自分自身の道がある。

それこそ
我が鍛錬の道
我が生きる道

”生活道”を生きる

☆今週は、昼、夜と診療の前、後と時間が空く限り
色々走り続けました。忙しかったけど
多くの人と出会い、多くの学びをいただきました。
本当に感謝感謝の時を過ごしました。

今日は雨の休日です。
こどもは明日の試験に備えて勉強しないといけないので
今日はゆっくり家で、本を読んだり、書き物をしたり
まさに晴耕雨読な一日を過ごします。

みなさんはどのような一日を過ごされてますか?
どうぞ、いい一日をお過ごし下さい。

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ワクワクして生きると人生は好転する

今世の中は
どこか閉鎖的な、息苦しさを感じる人は
多いのではないのでしょうか?
その閉鎖的なことは
社会だけのことではなく
自分のこころにも
忍び込んでいるのではないでしょうか?

だから
ご自身の周りの環境に
不平不満をいう人も多く
職場の人間関係に悩み
家庭不和に悩み
こどもたちでさえ
友人や先生、親との関係に
悩む人は後を絶ちません。

みんなこのマイナスの人間関係を
打破するために
コミュニケーション法を学んだり
相手のこころを知ろうと
心理学を学ばれている人も
多いことでしょう。

その勉強で
問題が解決すればいいけど
勉強したことを実践することって
それも相手との関係を修復することって
一筋縄ではいかないと思われていることは
多いことでしょう。

僕は
人間関係に悩んだときには
人を変ることはできない
人を変えると思うな
自分が変わろうと思います。

その人の関係のエネルギー
つまり自分にとって
マイナナスエネルギーを
減らすことに視点を置くよりも
自分が楽しいことをする
プラスエネルギーを増やすことに
重点を置けばいいと思います。

お仕事で悩むのであれば
お仕事が終わったアフター5や
休みの日に
自分が楽しめる時間を作る方が
自分が楽しむ方が
相手に費やすよりも
ずっと楽になりませんか?

いわゆる
自分のワクワクできる時間を瞬間を
どんどん増やしていくことが
あなたの人間関係を変え
あなたの人生を好転することになるのです。

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20年後の人生をイメージしてください。

こう質問されたら
あなたは、何をイメージされますか?

還暦を超えた今の自分は
この質問を受けたとき
自分の健康と寿命を考えてしまいました。

無限に続くかのように
未来の時間を意識していたのは
もう若いときとは違う
若いときは遠い昔のことに思えたのです。

次の質問は
「もし生まれ変わったなら
何を改善しますか?」

僕もこの質問をあるとき受けてから
度々自分に問いかけています。
そして
気がついたのです。

もし生まれ変われるのなら
今持っている記憶を持ったままでなければ
意味がないだろうと思ったのです。

僕たちの全て記憶でつながっています。
家族も友人も、経験も思い出も
知識も技術も、
全て記憶のなかにあるのです。
自分と相手の記憶が交差することで
お互いに共有の時間が生まれるはずです。

ということは
その記憶が途切れていたら
生まれ変わったとしても
真新しい人生がはじまるだけだ
と言うことです。

うまれかわるとは
いつかやりたいと思っていることや
やりたいのにできないと思ってることに
覚悟をもって挑戦することかも知れない。

死ぬまでやりたいリストを
たとえ作っていたとしても
リストを作るだけでは
意味がないのです。

生まれ変わるとは
死ななくてもできること。
いつかやりたいとおもっていることや
やりたいのにできないと思っていることに
覚悟を持って挑戦することかも知れません。

今のままでは
できない理由、やらない理由を
一生並べられます。

だからこそ
生きている今、
生まれ変わった気になって
全てやるべきなのです

長渕剛{時勢はら・ら・ら」という詞に
「もしも人生がやり直せるのなら
誰も人生を悔やみはしない
だけど人生は一度きりだから
生まれ変われる物なら
生きているうちに」

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こころの声と魂の声

自分の思いには
「心の声」と「魂の声」の2種類があります。

「心の声」はロウアーセルフとも呼ばれ
自身のこれまでの経験によって作られる
感情的な反応でもあり
自我やエゴだとも呼ばれます。

それに対して
「魂の声」とは
もともと我々がもっているメッセージ。
我々の生き方の源になっている
自分自身でも気づいていないことが多い
自分自身の本質とも言え
ハイヤーセルフとも呼ばれています。

何か決定しないといけないときに
どんな過程で決定に至りますか?
直観的に決めることもあるでしょうし
感情的に決めることがあるでしょう。

直観的に決めたときは
「魂の声」に従っている
揺れ動く感情が決定の根本にあるときは
「心の声」に耳を傾けているのでしょう。

心の声と魂の声は
一致することもありますが
一致しないことのこともあります。
どちらの声に従うかは・・・・
やはり、自身の本質からのメッセージである
「魂の声」に従うべきでしょう。

魂の声に従い
失敗すると思うこともあるでしょう。
でも、その失敗は
あなたの成長、魂の成長のために
必要なことなのです。

だから
あなたの決定は正しいから
その後も魂の声に従って
進んでいけばいいのです。

僕たちの本当の意味でのしあわせは
こころではなく魂が知っているのです。

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