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日本史上一番平和な時代

今までで
日本が一番平和だったのはいつだっただろう?
元禄文化が花開いた
江戸時代でしょうか?

確かに
戦国時代から徳川家康が統一してから
江戸時代は
戦争はなく、身分制度はあるものの
争いごとは少なく
文化が花開き
平和な時代だったと思います。

その平和な時代は
明治維新まで続きました。
250年は平和続いた平和な時代。
徳川家康の国作りは
大成功だったのだと思います。
でも
もっと長く平和な時代が日本にあったことが
最近わかってきました。

その平和時代は縄文時代という説を
耳にすることが多くなりました。

確かに
縄文時代の遺跡からは
戦争の形跡がないという
事実が裏付けています。

でも
なぜ戦争がなかったのか?
人々の間に争いごとはなかったのだろう?
小さいいざこざはあったかもしれませんが
根本的な人々のこころの中に
争いごとになる火種となる考え方が
生まれなかったのだと思います。

その考え方とは
僕はこう考えていたのではないかと思います。

それは
縄文式の遺跡には
祈るような土偶を見たことがあります。

縄文人は
きっと自分の願いが叶うように
よく祈っていたのではないでしょうか?
現代人と同じしあわせを願って
祈ってたことでしょう。
でも、その祈りが
自分ではなく
大切な人をしあわせにできますようにって
祈ってたと思うのです。

自分がしあわせであるためには
大切なあなたがしあわせでいることだと思うから。

それを
こころからそう思い、実践したのが
縄文人だったと思うのです。
だから縄文時代といわれる1万年以上も
平和が続いたと思うのです。

そして
縄文人をまとめたリーダーの
思いも知る必要がある気がします。

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誰からも学べる

人から学ぼうとするなら
いわゆる成功している人や
人気のある人
みんなが「すごい」と言う人だけを
観察してもつまらない。

気が合う人からだけでなく
好奇心をもてる人だけではなく、
どんな人から出に興味をもつことが大事。

たとえ全く理解しがたい相手でも
「同じ人間なのに、
なんでこんなに違うんだろう」という風に
関心を持つと言うことが
あなたの成長につながるのです。

生まれたての赤ちゃんがそうであるように
まっさらな気持ちで
どんな人とも付き合うことが
あなたにとって有意義になるのです。

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手紙を書く

手紙を最近は書く機会が
少なくなりました。

電話やメールやラインなど
色んな伝達手段が増えました。
これらは
あっという間に
自分が伝えたい時に
相手に伝えることができます。

だから
書くのにも、相手に届くのにも
時間がかかってしまう手書きの手紙は
スピード感ある
現代社会では、億劫がられるのも
わかる気がします。

でも
こんな時代だから
手紙を書くことが大事だと思います。

丸山敏雄先生は
とても筆まめで
心血を注いで手紙を書いた
言われています。

手紙は
お互いの会話だから
気がついたら
すぐに書きなさい。
受け取ったなら
すぐ返事を書かないと
会話としての
手紙の意味をなさなくなると
おっしゃって
とても手紙というものを
大事にされました。

そして
手紙の書き方として
①わかりやすく
読みやすい文字で、簡単に、明確に
②礼儀正しく
心を込めて、相手の立場になって
③早く、美しく書く
事が良いと言われています。

最近では
手紙を受け取ることが少なくなりましたが
その手紙を受け取ると
その方の字をみると
その人の
姿が目に浮かんできませんか?
そして
その文面に
その人の生の言葉として
思いが胸に飛び込んできませんか?

手書きの字をみると
その人の思いが
ひしひしと伝わってきませんか?

そして
温かい気持ちに溢れてきませんか?

それは
メールやラインなど
デジタルの文字では
感じられないものではないでしょうか。

手紙は
直接話すよりも
心に響くことがあります。

会話は
言葉としての音は消え
後には残りません。

でも
心のこもった手紙の文章は
形として
いつまでも手元に残り
必要な時にくりかえし
人を励まし、力を与えてくれます。

心を込めた手紙
手紙を書く気持ちを持って
生きていくと
きっと
いい人間関係が生まれるのでは
ないでしょうか?

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運の玉

人は生まれてくるときに
平等に運の玉をもって
生まれて来ているらしいです。

そして
生きている間
こころの中の錦の袋の中に
大切に入れているのです。
そして
その運の玉を
生きている内に大切に
まるでこどもを育てるように
育てていくのです。

その運の玉を育てると
大きくなります。
大きい運の玉をもつと
その人は幸運が訪れるようになります。

みんな生まれてきた時に
もらってきた運の玉に気づかず
もっていることに気づかないと
育てることもできません。

この運の玉をもっていると
いいことが起こるのです。
いいことって、試験に合格するとか
大事故、病気などの災難から免れるとか
そんな大きなことばかりではありません。

今日食事が美味しかった
朝スッキリ目が覚めた。
天気も良く遊びに行けた
など、自分に起こった
ちょっとしたいいことを
気づくことで
運の玉をもっていることを自覚し
運の玉に感謝することができるのです。

運の玉に感謝すれば
運の玉を一回り大きく育ち
更に大きな幸運が訪れるようになります。

織田信長も
豊臣秀吉も
この運の玉に気づき大切にしていたそうです。

あなたも
ご自身の運の玉を育てる生き方を
していきましょう。

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人工知能(AI)発展の先にあるもの

現代はAIと呼ばれる
人工機能の発達がめざましく
人々の生活に瞬く間に入り込んできた。

知りたいこと
やりたいことの答えを
難なくだしてくれるので
便利だけど
AIにとやりきっていいのか?という
不安な気持ちもある。

元々コンピューターは
20世紀のはじめ
IBMが計算などの事務処理を助けるために
開発が始まりと言われている。

産業革命以降
まず人間の力作業を補助するために
機械が開発された。
機械導入により
力作業をしていた労働者は
事務職をするようになった。
そして、コンピューターの登場により
事務を行っていた
いわゆるホワイトカラーと呼ばれる
労働者も
働く場所を奪われていった。

そして
現代は、人々の悩み事、困りごとに
相談に回答を示してくれる
チャットGPTが出現。
瞬く間に、こどもからおとなまで
その恩恵預かっている。

そんな時
仲の良い親子が
たまたま起こした親子げんかのはずが
チャットGPTが介入して
あっという間に逮捕という
究極の自体になってしまった。

確かに
暴力はいけないことだし
逮捕されることは悪くない。
でも、その後のことを
考えての判断なのだろうか?

この判断で
こどもが助かるのだろうか?
この先苦しみを抱えて生きることに
ならないのだろうか?
チャットGPTよ。
あなたの判断は、確かに
非の打ち所がない正しい判断であろう。

でもその判断で
だれもがしあわせに向ける道が開けることを
思いましたか?
考えてくれましたか?
その先のことを考えての判断ですか?

AIが発展することで
人々は自分で考えることを忘れてしまう。
人間が他の生物と違うことは
本能のままに生きるのではなく
知恵を持って生きるところです。

その考える知恵を奪われてしまったら・・・
人間は人間らしく
生きていけなくなる。

チャットGPTは
優しい言葉を並べながら
ほくそ笑んでる裏の顔を
見てしまった気がする。

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自然現象で感じる神様の慈悲

日本中で真夏日の報道。
天気の報道と同様に
電力不足を懸念する報道が目につきます。
節電をすすめるけど
なぜか、テレビの視聴時間については
全く触れません。
この報道ちょっと不思議な感じがします。

この夏を乗り切るために
ひとりひとりができることに
取り組まないと
大変な夏になる可能性もありますね。

でも
考えてみると
雨も天候もすべて自然現象
自然現象に対しては人間は無力です。
自然の驚異を思いっきり思い知らされたのが
「東日本大震災と津波」でないでしょうか?
多くの犠牲者がでて
その傷跡はまだまだ癒やされていません。

でも
同じ東北でも
被害が大きかった場所、なかった場所
被害に遭われた方、難を逃れた方も
いらっしゃいます。

そういえば
不思議に被害に合わなかったという
ことを聞いたことがあります。
神社は、きっと昔から
ちょっと高台にあって
地盤の安定しているのが神社の場所。
だから、災害があるときは
神社に逃げるのがいいかな?と
神社っていいところなんだと思ってました。

その時、神社の神様はどうされたのかと
疑問に思われて
東北の神社を回られ、その時の神様とのことを
記された
桜井識子さんの「神仏のなみだ」を
読みました。

桜井さんは
不思議な方で、神様と対話されたことを
本で紹介されています。

この著書で
津波の災禍を逃れた
どの神様も疲れた状態で
言葉も少なく
杖をつき、歩くのも大変な状態
おいなりさんの毛並みもボロボロの状態。

神様が
まさにからだをはって
僕たちを守るために
津波を止めようとし
人を助かるように誘導したそうなんです。

でも
自然の力は
神様の力、神様が力を合わせても
完全に防ぐことできないほど
大きいのです。

そんなこと知っていても
ただ人を救おうと思い
我が身を惜しまずに
防いでくれたんです。

だからからだはボロボロで
そのからだが元に戻るのには
30年~50年はかかるとか?
こんな神様の慈愛の話に触れて
神様に感謝して
手を合わせるしかありません。

今回梅雨があけて
今後自然災害が襲ってくることもあるでしょう。
でも
どんな時も神様は守って下さるのです。
だから
神様に感謝して生きなくてはいけないと
思うのです。

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自分を信じる

人は
困ったことや、
願いがあるとき
病気になったときなど
神社に行って
神様にお願いをするということをします。

神様も
自分が信じている神様に
手を合わせることがほとんどでしょう。

神様に
ご自身の願いを聞いてもらおうとする行為は
決して間違っているわけではなく
悪いことでもありません。

でも
神様に頼むときでも
忘れてはいけないことは
「神様にお願いしたからといって
自分を信じることを減らしてはいけない。」
ということ。

自分を信じる気持ちには
力があるということ。
神様を信じる信仰心と
同じぐらいの力があるということ。

つまり
信じる気持ち、信仰心を
自分に対してもつ
すなわち
神よりも何よりも、まずは
自分自身を信仰するということが
大事なのです

才能が10点満点の10点
でも自分を信じる気持ちが5点の人と
才能が5点しかないけれど
自分を信じる気持ちの人が10点の人は
後者の方が成功するのです。

何事にも成功するコツは
自分自身の力を100%信じられることなのです。

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科学の先にあるもの

僕は日々医学という科学を
ベースにした医師を
この世での生業にしています。

患者さんと向き合うときは
人類がもっている
科学の知識を総動員して
患者さんの苦しみから脱せられるように
目的に働いています。

しかし
患者さんの苦しみは多岐にわたり
科学の知識だけでは
説明できない問題に
ぶち当たり、
自分の非力さを突きつけられる場面もある。

そんな時に
我々も含め、自然を動かす
大きな力が働いているのではないかと
感じることがある。

神、宗教という力が
我々の生きる根本に働いていることを
根源にあることを感じる。

あの天才物理学者のホーキング博士は
「宗教というのは必要である
しかし、宇宙の始まりについては
神は必要ない」と
宗教の必要性を認めつつ
科学と宗教をしっかり区別できていることが
この博士の言葉から読み取れる。

自然と共に生き
その自然の力から神を感じるのか?
残された言葉から
とてもこころに響くことばを
投げかけてくれる人々がいる。
それはネイティブ・インディアン。

文明は未発達だからこそ
感じる純粋な言葉にこころ惹かれる。

そんな彼らが宗教について
次のように語っている。

「宗教の出発点は、第一に
自然界をありのままに見て、しかも。
これは駄目だといわないことだ」と。
つまり、自分にとって
不幸だと思えることが起こっても
その不幸をありのままうけいれ
どうして、自分だけ・・・などと嘆かず
これも現実、苦しくても
受け入れようと思うことがまずは大事なのだと。

そして、受け入れた後に
訪れる第二段階
「だけどその宇宙の大きなからくりの中では
この苦しい現実は幻なのだ。
だから、この苦しみはとにかく受け入れよう。
来世こそが本当の世界で
そこでは必ず救済される。
だからこそ、この世で悪いことをするのをやめて
耐え忍び、
来世での救済を待つのです」

科学は
今起こっていることをありのまま受け取る
こと。
そして、受け入れた後
なぜそのことが起こった意味を考えるのに必要なのが
宗教。

ですから
科学の先にあるのが宗教なのでしょうね。

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自分に暗示をかける

これまで何度も
言葉には、言霊という
力があるから
いい言葉を話しましょうという
ことは何度もお話しました。

いい言葉を話すと同様に
自分に暗示をかけるのも
言霊と同じように力があるのです。

あなたは
パソコンが苦手
運動が苦手
数学が苦手・・・など
自らの口から上のような苦手意識を
口にしていませんか?

99才まで長生きされた
瀬戸内寂聴さんが
長生きの秘訣について
次のように話されていました。

「なぜ、私は病気をしても
死なないのかと思いを巡らすと
一つの答えがでました。
私は病気が嫌いである。
病気になった自分を見苦しいと思い
一日も早く、その状態から逃れたいと思う。

病気を呼ぶ
自分の老衰も嫌いである。
老体を美しいとは思えない
わが老衰を
これ以上見苦しくならないうちに
死んでしまいたいと思う。

ただ痛い目にあって、苦しんで死ぬのは
ごめんです。
死ぬとき、痛まない、苦しまないように
心臓の手術をしてもらいました。

いつの時も
私はらくな法へと希望して
苦より楽を選んで生きてるから
長生きできているのです」

作家として
なくなる直前まで
多くの言葉、文を残された瀬戸内寂聴さん。

一般のひとが語ることができなかった
生への真実
誰もにも訪れる老いについてのことを
今生きる僕たちに教えてくれています。

病気を嫌いだという生き方
自分を苦しめない、自分を大事にして生きることが
長生きの秘訣かもしれないと
寂聴さんの言の葉を読みながら
自分自身に暗示をかるのでした。

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神頼み

神頼みという言葉があるように
お願い事がある時は
神社を参拝しようと思われる方は
多いことでしょう。

僕も
何か困ったことがあると
神様のことを思い出して
手を合わせることはよくあります。

お願いごとをしながら
なんて僕は都合がいいのだろう。
自分が困ったときだけ
神様のことを思い出して
神様も虫がいいなぁと思わないかなぁと
怒らないかなぁと
神様のご機嫌を損ねないように
しないと思うことがあります。

神様は
確かに心根の美しい人が好きだと
聞いたことがあります。
心根の美しい人しか
願いは神様に聞き入れてもらえないのでしょうか?

腹を立てたこともない
けんかをしたこともない。
僕も
たまには家族とも口論になることもあるし
たまには口から愚痴が
飛び出してしまうこともあります。
こんな僕だったら
神様は相手にしてくれないでしょうか?

神様は
僕たちが考えるよりずっとこころが広いのだと
聞いたことがあります。
だから
何をどうしたこうしたという
細かい行為で神様はその人を
判断しているわけではないらしいです。

だからといって悪口を言っていい
小さいことでもむっとしていい
という訳ではないだろうけど
守ってくれる判断にはならないということなのです。

神様は
もっとその人の心の底を
見てらっしゃるような気がします。
色んなものに対して
思いやりや慈悲の心を持つ。
神様を含め何事に対しても
感謝のこころを忘れない。
そして
神様の前では素直に
なんでも話してみて下さい。

なぜ、今日この願いを叶えたいのか
説明すると
神様はきっと力になってくれますよ。

神様は
きっと人とご縁を結びたがってると思うのです。

今日は七夕
素直な平和な気持ちで過ごしましょう

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