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「今日の言葉」カテゴリーアーカイブ
「好き」と「愛してる」の違い
「好き」という言葉と
「愛してる」の違いはわかります?
感覚的には、わかるような気がするけど
首をかしげてしまう人も多いことでしょう。
僕がもし聞かれたら次のように答えます。
「好き」は今の気持ち。
「愛してる」はこれからもずっと好きであることの誓い。
つまり
「好き」は今の鮮烈な気持ちを表すストレートな言葉
「愛してる」は、
さまざまな気持ちが積み重なって完成された
これからも続くゆるぎない気持ち
だといえるのではないでしょうか?
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安心・安全の世界とは
今回は
「安心・安全」について。
安心・安全は
言葉上はよく似てる気がしますが
実は意味の上では全くちがう言葉何です。
安全とは
危険を取り下げること
または、危険のリスクを下げることです。
安全を達成するためには
誰もが納得できる基準
特に科学に裏打ちされた基準が
求められます。
例えば
シートベルトは車の死亡事故を減らす
とか
感染については
感染源を特定し、感染経路を断てば
感染を抑えることができるなどのような
誰もが納得する科学的根拠が
存在しています。
ですから
データーを示すことで
人々は納得できるのです。
それに対して
”安心”という言葉には
科学的根拠は存在しません。
人々の頭の中に浮かんだイメージ
すなわち
人が作り出した幻なんです。
安心という言葉には
科学根拠というものは存在しません。
そこにあるものは
安心という言葉を発した人が
”安心”したいという願望を表した
言葉なのです。
その言葉は、
こうありあたいという願いを表した
言葉なのです。
どんな行動をすると
どんな効果が起こり
感染リスクが下がるから
安全なんだと考えたらいいのです。
僕も診療中や日常生活でも
よく使ってる言葉ですが
言葉の意味をおかみしめながら
使っていきたいです。
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愛の正体
愛については
科学者も、文学者も、哲学者も、宗教学者も
それぞれの立場で考えている。
学者でなくても
誰もが愛の正体について考え
自分なりの答えを持っている人も多いだろう。
でも、その答えも
愛についての永遠の答えとは言えず
胸を張ってこれが愛とはいえない。
僕自身も愛の正体はまだmだわからない、
言えるのは
男女間の彫れあうのは愛とは言えない。
この愛の形は相手を独占したいという
種の保存のなせる技のような気がする。
だから恋する期間が終わると
愛は覚めてしまう。
だから、愛とは
考えることができる人間だからできる行為のような気がする。
何を考えるか?
それは相手の苦しみ、こころの痛みを
相手と同じように感じ
その痛みを癒やすようにすることが
愛の行動ではないだろうか?
だから
痛みを知っている人
苦い体験をたくさんしている人は
愛にあふれる人になれるのだと思う。
愛あふれるこどもになってもらいたいなら
痛みの経験も必要なんです。
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人は捜しているものを見つける
この言葉は
12世紀の中世ドイツのキリスト教の神秘家
マイスター・エックハルトのもの。
この言葉のあとに
同時に無を捜すものは、無を見出す
と続く。
これを聞くと
なるほどと思うのです。
人は、捜そうとするもの
見つけようとするものしか見つけられない
というか目に入らないように
できています。
と同時に、若い時には
見つけようとしているものには
意味があるものだと必死に捜すのです。
だから
本当に必要なものが目の前にあっても
見ようともしないし
気づかないものなのです。
今、自分の人生を振り返ると
人生に本当に必要だったのに
気づかずにいたもの
取りこぼしてしまったものがあることに
気づくのです。
目に見えるものだけでなく
目に見えないものを見つける目を養っていく必要がある。
そこに人生の意味、目的そしてどうして死があるかの存在の
答えがあるのかもしれない。
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目標よりも大切なもの
人生において大切なものは数々あります。
幼い頃から学校では目標を立てなさいと言われたし
学校だけでなく職場においても
目標を掲げて働くことを強いられることも
多くあります。
そして、その目標を達成するために
何を、どう過ごしていくか決めなさい。
つまり、目標の道程を
可視化しようという場面も
多々あります。
人生において
目標に向かって前進することが
大事なんだと植え付けられてきましたが
可視化できる目標なら、わかりやすいが
目標には可視化できない
こころの中に秘めたものだってあるはず。
それに対しては
目標達成を実感するというより
予感するという感覚でかんじるもの。
このように考えると
人生において重要なのは
目標をもって前進するよりも
原点を見失わないことのような気がする。
原点のことを
初心だという人もいるし
ある人は目的だという人もあるでしょう。
目標、目的を描いたその瞬間が
原点だということにならないでしょうか?
その原点を描いた出発点の気持ちを忘れずに
前に進むことが
最後は原点の思いを満足させる人生のような気がするのです。
今の気持ち、原点を忘れずに
日々生きていきたいものです。
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魂の誕生
輪廻転生がある
魂の存在があると信じている人は
増えてきているが
実際その存在を証明した人はいない。
でも、魂の存在を思わせるような
体験談を報告されるかたがいる。
脳科学者で
AIによる人工脳の開発に携わっている
科学者であられる黒川伊保子さんが
自分の出産直前に経験した
不思議な感覚を書き残されているので
紹介します。
「出産前夜。
眠りについた私は、深い眠りに落ちる寸前に
ふと目が覚めた。
何か尋常じゃない気配を感じて。
霊ではなく、時空の亀裂といったほうが当たっているかも。
私の枕の元のすぐ上で
トンネルのような穴が開いた感覚があったのだ。
深い深いトンネルだった。
私の後頭部のわずか10センチほどのところに
その空間はぽっかりと口を開けた。
ごうっという音を聞いた気がした。
私の脳裏に浮かんだのは、「死が近くにある」という感覚だった。
しかし、なぜか、私はちっとも怖くなかった。
そこは懐かしい場所につながっているきがしたからだ。
翌朝、お産がはじまった」
この文書を目にした僕は驚愕した。
お産前に感じた
この世とは別の世界がある
そこに生と死があると感じた体験。
同様なことは
時折生まれたこどもが語る記録はあるが
母親の出産前に感じた体験をきいたことは
僕はない。
科学者である彼女が非体験なことを書き残すはずはない。
この文を読んで
僕は魂のふるさとがあると
また確信するに至った。
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TATAMI
という映画を観た。
この映画は主人公はイラン人の柔道選手。
金メダルが狙える世界大会に出場したが
その対戦相手にイスラエル選手がいた。
イスラエルとの友好な関係を保ちたい
イラン政府は、この一選手に棄権するように
様々な圧力をかけてくる。
本人にだけでなく
家族を拉致しようとする。
その中での戦い
多の選手にはないプレッシャーとの戦い。
どうすべきかの苦悩の中
戦い続けて
最終判断は・・・
と大きな組織と戦うサスペンス映画の体しているが
リアルにあふれる試合の状況が
困難な状況を伝えてくる。
日本は人権をよく考えてくれる
いい国だと思うと同時に
世界にはコマとして生かされている国があることを
忘れてはいけないと強いメッセージにこころ震えた
秀作の映画だった。
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チャレンジを止めないための禁句
人生にはチャレンジしないといけないことも多く
チャレンジをやめてしまうと
進歩も止まってしまう。
チャレンジは
若者の特権のように思われるかもしれないけど
そんなことはなくて
70代でも、80代でも、そして90歳になっても
新しいことにチャレンジされているかたは
多くいらっしゃいます。
年をとっても
新たなことにチャレンジしていきたいと思っています。
歩みを止めているのは
年齢ではなく
できないと思っている自分自身の考えかもしれません。
ですから
チャレンジの機会が訪れた時に
その機会を逃さないようにする
3つの禁句をこころに留めて起きたいと思います。
一つ目の禁句は
「やったことがないからやらない」
やったことがないから
やってみないと何もはじまらないです。
二つめの禁句は
「ごめん、興味がない」
折角のお誘いを、こう断ってしまうと
人間関係は失わなくても
自分自身の経験は失われます。
もったいない。
三つめの禁句は
「今のままでいい」
本当に今のままでいいと思っているのですか?
もっと違う自分自身になろうと
おもわないですか?
何歳になっても
成長したいと思うし
いくつになっても
チャレンジすることを怖れずに
生きていたいと思うのです。
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受けた恩は絶対に忘れない
人間は一人で生きていくことはできません。
日々多くの人に支えられ、助けられ過ごしていきます。
今していること、
今の仕事に関すること
自分の利益につながりそうな人に対しては
誰もが礼を尽くすことを忘れないでしょう。
でも
自分の目の前を通り過ぎた人
過去にお世話になった人
に対しては
恩を忘れていないですか?
人から恩を受けた時の気持ちは
時間が経っても
決して忘れてはいけないものです。
人から受けた恩を忘れず
受けた恩に対して報いる努力をする
自分もまた、他の人に対して
受けた恩を送るような
人生が過ごせたら
しあわせな人生だと思いませんか?
誰にでも
お世話になった人は必ずいます。
両親、師、友人、知人・・・・
誰もがあなたのために
手を差し伸べてくれたのではないでしょうか?
その一人一人に
感謝の気持ちを伝えることができれば
気持ちも人生も豊かに
なるような気がします。
毎日一人づつ感謝したら
一年で365人
3年で1000人近い方に感謝することができます。
現代は、
手紙、電話、メール、ライン
様々な伝達方法があります。
自分に合った方法で伝える
また
決して、形にしなくても
その人に感謝して、しあわせを祈るだけでも
恩を尽くすことのような気がします。
受けた恩を絶対忘れることなく
あなたらしく
感謝をもって日々生きることが
できたら、きっと
あなたの心を豊かにし、
しあわせな人生へと
つながっていくのだと思います。
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あの世に持っていけるもの
人は
裸一環でこの世に生まれてきて
死ぬときも
この世で手に入れたもの
からだ一つ
持って行けない。
からだも
無くなるので
確かに今生で手に入れたものは
なに一つ持っていけない
全てのものを置いて
魂のふるさとへ
帰って行くと思っていた。
しかし
持って行けるものがあることに
気づいた。
それは”徳”
そういえば
松下幸之助さんが
「徳を積むことはこの世で
最も尊い行為である」と
語られていたし
稲盛和夫さんも
「利他の心、徳を積むこと」の
大切さを
度々語られていたことを思い出す。
これは、松下さんや稲盛さんのような
偉大な経営者が語った言葉ではなく
おじいちゃん、おばあちゃんなど
身近な方にも
徳を積む生き方をしなさい
徳を天に貯金しておきなさい。
あなたは、ご先祖さんの徳の貯金を使って
生きていることができるんだよ・・・・など
”徳を積む”ことの大切は
からだに染みついているのです。
徳を積むということは
魂のレベルを上げることに
つながっているのではないかと
僕は思っています。
また
魂をある意識対と考えるなら
魂という意識体は
この世では肉体を伴うことで
活動している。
しかし
この世で死を迎え
肉体が滅んでしまった後には
意識体である魂だけが
あの世に戻っていく。
あの世で何をするか?
次回生きるための
人生を設計、大枠を作っていると
思います。
今回得た経験を分析し
魂を成長させるために
何が必要で、必要でないかを
今回の徳を分析して
判断するのだと思います。
ですから
あの世には
この世で積んだ徳は持って行けるのです。
徳とは
あなたの全ての行動ではないでしょうか?
あなたは
今の行動は、あなたが望んだ行為?経験?
あなたの魂の成長に必要なことなんだと思います。
何を学ぶためにいきているか?なんて
意識することはできません。
ただ、できることは
今、自分の身に起きた経験を、人生を
一生懸命生きることなんだと思います。
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