日別アーカイブ: 2026年7月27日

神も仏もないのか

よく人は
自分の思い通りにならないことや
苦しむ状況になると
「神も仏もありはしない」と言う台詞が
思わず口から出てしまうことがあります。

人は
いいことも、悪いことも
自分に起こっていることは
何らかの自分以外の力が働いて起きていると
考えているから
苦しいときに
こんな台詞が
思わず口から出てしまうのかもしれません。

自分が生きているこの人生は
自分だけの人生だし
人生の主人公は自分です。
だから、今起きていることは
昨日までの自分の行動の積み重ねの
結果なんです。

病気になったり
何か苦しいことに出会ったときでも
決して
神も仏のせいではないんですね。

なら
神様も仏もいないのでしょうか?

実は、僕は 入院中いつも
自分を守って、応援してくれている
存在?力?を感じることがありました。

病気になったのは
自分の昨日までの行いの結果であり
それに気づかそうとして
僕は病気になったのかもしれない。
でも
動かなかった左手も、左足も
「こうなったのは、おまえのせいだから」とは
僕にもっと苦難を与えようとは
決してしません。

なぜなら
服を着替えようとするとき
必死でボタンをかけようとする右手を手伝おうと
無意識に右手の手伝いをしようとする動かない左手。
「今日もリハビリお疲れ様。夜はゆっくりして
また明日は、がんばって左足を動かしてみよう」と
語りかけていると
翌日は、指がそして足も昨日より動くんです。

僕は
からだのメッセージを受け取らずに
結果として病気になったのかもしれない。
だけど
からだは、そんな僕を恨んだりしない。
逆に、元に戻れるように応援してくれました。

僕のからだの中には
僕がどんな時でも
僕の力になってくれる存在を感じました。

この力、存在を人は
奇跡、神の力と言うのかもしれませんが
僕のからだにも、あなたのからだにも
あなたをどんな時にも守ってくれている存在がいるんです。
それを、人は神と呼んでるのかもしれません。

神様は
どんな人にも
どんなに苦しい時でも
あなたの中にいる力、存在なのだと思います。

カテゴリー: 心の調べ | 神も仏もないのか はコメントを受け付けていません

神と髪

みなさんは、神様というと
どんな姿が目に浮かぶだろうか?
男?女?若い?老人?
太ってる?痩せてる?
髪はある?
ひげは生やしてる?
みんなさんそれぞれのイメージが
あることでしょう。

僕は
もちろん見たことはないけど
立派な白いひげを生やして
少しはげてて
杖をついた
老人の姿を思い描いてしまいます。

実際
神様は若い方もお年寄りの方も
いらっしゃるようです。

そして
禿げた姿の神様は
知恵の神様らしいです。
悟りだけでなく
先の先まで見通しているとか
神の計画や人生の方向性、天命をなどを司られる
そういう神様は
禿げているらしいです。

つまり
知恵は知恵でも
宇宙のコンピューターの如く
あらゆるものを悟っている頭脳は
禿げた姿で表されるのです。

髪は情感を表すものだと言われているので
お坊さんは髪を剃るのは
世俗の思いとか感情などの表す髪をたって
神の意志を果たそうとするのです。

なら
髪が白くなるのは
人間的に枯れること
つまり原点に返っていくこと。
人間本来のあり方や原点が
わかってきつつある
ことを示しているのです。

年取って
髪の変化は気になります。
決して老いたからではなく
人生における学びの一つの
通過点にいることを
教えてくれるのでしょう。

僕も
病気をして、白髪が増えました。
その意味を
毎日鏡を見ながら
今の自分の立ち位置を振り返っています。

カテゴリー: 今日の言葉 | 神と髪 はコメントを受け付けていません