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月別アーカイブ: 9月 2026
勝って騒がれるよりも、負けて騒がれる力士になれ
この言葉は
日々数々の勝負の世界に勝って騒がれるよりも、負けて騒がれる力士になれ
これは
二十八代立行司・木村庄之助さんが
仰った言葉です。
身を置いている人物の言葉なので
とても深い感じがします。
つまり
勝って騒がれるのは
勝負に到った技に対する賞賛の声でしょう。
でも、
負けて騒がれるのは
勝ち負けに関係ない
生きるその人の人格に対してでしょう。
騒がれるのは
いいことならいいけど
スキャンダルだってあります。
多くの人は
スキャンダル好きだと言われています。
最近のニュースなどをみても
賞賛される成功者に
スキャンダルが暴かれて
もっと騒がれることも多々あります。
このことを鑑みて
改めて、この言葉に戻ると
勝負に対しての賞賛は一時的。
ですから
その人が永く賞賛されることは
勝ち負けを越えたところで
正々堂々生きて行けということだと思う。
いかなる時も
待ったなしの「今」に
あるべきようにいきていくこと
これが本当の命の生き方では
ないでしょうか?
カテゴリー: 今日の言葉
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魚アレルギー
久しぶりの学会に参加
久しぶりに先生方に会うのも
うれしい。
再会を喜ぶのもつかの間
学会が始まると
診療での経験をみんなで聞き
意見を交わす。
その真剣な態度、熱気が
会場の全員にパワーをあたえてくれる。
だから
発表を聞いてるだけでも
こころが熱くなるのを感じる。
今回の学会はこどものアレルギーが
話の中心だったので
アレルギーの現状を確認。
一番残ったのは
魚アレルギーについて。
魚アレルギーはそんなに多い
アレルギーではないが
疑われても
血液検査では確認できないことが多いので
発表の先生は注意を警告していた。
魚のアレルギーにも注意して
診療をおこなわないと思うと同時に
魚アレルギー×血液検査陰性だと考えていると
魚自体にアレルギーではない気がした。
魚は海や川の自然の中で生き
水の中の生物を食べて大きくなっている
食物連鎖という考えがある。
環境物質がどんどんたまってくる
最後に食べる人間が一番影響を受けるのは
当たり前のような気がする。
魚が問題ではなく
魚が住む地球の環境が問題
地球から人へのメッセージのような気がして
地球全体のことを考えていかないといけない気がした。
地球からの警告を
しっかり受け止め
明日からの診療に役立てないといけないと
学会に参加して思ったのでした
カテゴリー: 真実の医療
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生きるとは
生まれてきたからには
必ず訪れる死。
生きている間のことは
自分の意志で帰ることはできる。
でも
生まれる前のことも
死んだ後のことは
誰に聞いてもわからない。
全く想像の世界であり
考えれば考えるほど
不安や恐怖に憶えてしまう方も
多いことでしょう。
わからないことを
一人で考えても
結論は出てこない。
どう生きるかを考えるために
死について腰を据えて
じっくり考えて洩ることも
いいのでしょう。
死を考えていると
結局行きつくところは
どう生きるかを考えた方が
いいと思うのです。
そんな時
哲学者の芳村思風先生に次の
言葉を知ってハッとしたので
紹介したいと思います。
「生きるとは」
人間において生きるとは
ただ単に生きながらえる事ではない
人間において生きるとは
何のためにこのいのちを使うか、
このいのちをどう生かすかということである
いのちを生かすとは
何かにいのちをかけるということである。
だから生きるとは
いのちをかけるということだ。
いのちの最高のよろこびは
いのちをかけても惜しくないほどの
対象と出会うことにある。
その時こそ、
いのちは最も充実した
生のよろこびを味わい
激しくも美しく燃え上がるのである。
君は何にいのちをかけるか。
君は何のためになら死ぬることができるか。
この問いに答えることが
生きるということであり
この問いに答えることが
人生である
あなたは
この詩を読まれて
何を感じましたか?
カテゴリー: 心の調べ
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医者として忘れてはいけないこと
ギリシャ神話に
人間の上半身と馬の下半身を持った
ケンタウロス族の学者ケイロンが、
医術の神でもある太陽神アポロンの息子、
アスクレピオスに
医術の教育した後
次のような言葉で
医術の神として
送り出しています
「病人やけがをした者に薬を与え、
充分な手当をしてやれば
それで良いというものではない。
医者として一番大切なことは、
いつでも優しい心で
苦しむ人やけがの人を
労り、力づけてやることだ。
医者の温かい心遣いで、
病人はどんな苦しみも
乗り越えることができるのだ。
患者の心の支えになってやれる
医者でなければ、
どんなに医術に優れていようとも、
決して良い医者とはいえない。
これを忘れないようにしなさい」
はい!!
僕も
カイロンからアスクピオスに
伝えられた
医心を大切に、大切に
引き継いでいきます
カテゴリー: 真実の医療
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神社めぐりは魂の修業
人はなんのために神社に行くのでしょうか?
年の初めの初詣
こどもが生まれたらお宮参り
受験、就職の前には合格祈願
厄年の時には厄払い
特別な願いがあるときには
願掛けなど
一年の内に何度か
神社に参拝される方はいらっしゃることでしょう。
でも
こう考えると
困ったときだけ、お願いするときだけ
参拝するって
どこか人間の身勝手さな行動に
神様はため息をついていないか
気になったことがあります。
でも
神様は神社に来てもらえるだけで
喜んでらっしゃるのです。
神社に行くこと自体が
”魂の修行”なのです。
小さい頃
神社で遊んでたこどもたちは
その後信心深く、豊かな人生を過ごしてる
ような気がします。
こどもは
神社に行っても
おとなのように
手を合わせて参拝することはありません。
でも、手を合わせなくても
それでいいのです。
神社に行くこと自体が
小さな魂の修行になっているのです。
神様は
こどもが大好き。
こどもたちの楽しそうな声を聞くのが
大好きなのです。
こどもが
神社で遊びたくなるのは
偶然ではなく、魂からの導きなんです。
ですから
神社に行きたくなったら
是非行かれて下さい。
神社巡りは
魂の小さな修行になるのです。
カテゴリー: 今日の言葉
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のどをみる
熱、せき、鼻汁で
受診されることが多い小児科では
必ずのどを診ます。
口の中を開けてもらって
のどをみると
色んな事がわかるんです。
のどが全体的に赤かったら
ウイルス性?
扁桃腺が腫れていて
白い膿がべったりついてたら
細菌性の扁桃炎かも?
口内炎のようなものができたら
ヘルペス、ヘルパンギーナ、手足口病
はたまた水ぼうそう・・・?
頬にざらっとした発赤があったら
もしかして
はしかかもしれない
などなど
のどを見ると
色んな情報を伝えてくれます。
そして
その所見を絵にかいて
ご両親に伝えています。
そのためか
最近、
”のどが赤いです”
”のどに白い物がついています”
診察前に所見を教えてくれることがよくあります
”のどが赤いので受診しました”
と言ってあわてて受診される
お母さんがいらっしゃいます。
でも、実際診察すると
それほど赤くないことも
白い物って、どれだろう?
とはっきりしないこともよくあります。
実際、のどの所見って
人それぞれなんです。
風邪をひいてても
のどが赤くなっていない人もあります。
これから、変化しそうなみずみずしいのどだったり
乾燥して赤くなっている
と
その日の状態も色々教えてくれます。
同じ人でも
診るたびに違っています。
のどの所見は刻々と変化して千差満別です。
だから
のどの所見だけで
全てが決まってるわけではないんです。
そして
最近の特徴は
のどの所見以上に
のどの痛みが強いようです。
ですから
今まで以上に
慎重にそして詳しくのどを診ています
そして、のどの所見だけでなく
症状、全身状態、リンパ節、聴診など
様々な情報をもとに
総合的に診断しています。
また
のどが赤いと
のどが痛いんじゃないかと思ってしまいます。
おとなであれば
風邪をひけば多少はのどは痛くなることは
経験されることがよくあります。
ですから
のどが痛いと
食事がとれない?眠れなくなる?など
心配なことが次々浮かんできます。
そこで
”のどが痛くない?”と
思わず聞いてしまいますよね。
こどもって経験や知識が乏しいので
”痛い”と聞かれれば
”痛い”と単純に答えてしまいます。
”痛い”と思っても
食事もしっかり食べれて、
普通におしゃべりしたり、笑ったりしてたら
大丈夫。
そっと、見守ってあげて下さい。
痛いと聞くと
素直に”痛い”と答えてしまうのが
こどもですから
のどを診せるって
おとなでもこどもでも
結構みんな苦手です。
ですから
お家で診る必要はありません。
のどの情報は色々教えてくれるけど
のどの所見と同じくらい、
いやそれ以上に大切なのは
お家で
どんな症状がある?
ごはんを食べてる?眠れてる?
ご機嫌に過ごしているって
ことですから
そのことを
是非診察室で教えて下さいね。
のどが赤いと言われても
あわてないでください。
それよりも
大事なことがあるってことを
忘れないでくださいね。
カテゴリー: 真実の医療
のどをみる はコメントを受け付けていません
僕の読書法
世の中には多くの本があります。
そして
本には面白い本、面白くない本
ためになる本、ためにならない本
があると思っているかも知れないけど
実際は
その本が面白いかどうかなんて
単に自分の個人的感想でしかないわけだし
また
つまらないともっていた本が
違う時期に読むと
とてもためになったと言うことは
多々経験する。
だから、実際には
面白い本、面白くない本
役に立たない本なんて存在しないのだと思う。
僕は、本との出会いは
一期一会だと考えているので
本屋巡りや図書館巡りをする時に
自分なりのルールがある。
表紙を見て
気になって手にした本は
購入または借りて読むことにしている。
そして
気になった内容や言葉に出会えば
ブログに書いたり
言葉をノートに書き残して
アウトプットするようにしている。
本は
大切な祖先からの遺産である
無限といえるほどの本の山にから
自分だけの宝石を見つける
宝探しをしているもの。
みつけた時の悦びは大きい。
だから
僕は読書はやめられない
カテゴリー: 私信
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甘いおやつには注意
今日はおやつについて。
おやつを与えないと
行けないと思っていませんか?
おやつの意義は
離乳食だけでは、栄養分が足りないので
補う目的で
一日3食の食事の間に
エネルギー補充の目的で
おやつが勧められました。
それが今では
おやつ本来の意義が薄れ
飽食の時代
甘い、お菓子などを楽しむという
時間になっています。
食事を楽しむ
おいしいお菓子もいっぱいあり
喜んでお菓子を食べている姿をみると
親もしあわせな気持ちになり
罪悪感もなく1日3回の食事よりも
おやつに重きをおいてしまうことも
あるのではないでしょうか?
食事について
思い出して欲しい原則は
今までの人類の歴史を鑑みて
おやつを感情的に流されると
社会毒につながることを
こころに留めておかないといけないのです。
特に気をつけないと行けないのは
「砂糖や甘いもの」を与えることです
人間はもともと砂糖を直接砂糖をとるようには
できていないのです。
ですから
砂糖を摂ると、体内で過酸化を誘導し
さらに進むと
体内で老化を促すAGEが生成され
肌や骨、血管に弊害を生じてしまいます。
それと
こどもではADHD、凶暴化、不登校などにも
影響があるともいわれ
こどもを悩ます社会毒の原因とも考えられます。
おやつは
与え方によっては
人生を狂わせることにもなりかねません。
喜ぶからではなく
必要なものを与えるという風に
意識していかないと行けませんね。
カテゴリー: 子育て
甘いおやつには注意 はコメントを受け付けていません
美しい言葉を使うわけ
からだは、食べたものからできています。
では、耳から入ってきた言葉は
何を作るかと言えば
こころを作っていると思うのです。
聞いた言葉によって
こころが作られるとしたら
「ダメ」とか「どうせ」という言葉を
自分やこども達に使っていると
そういうこころになってしまうのです。
だから、自分に対しても
相手に対しても
喜ぶ言葉やうれしい言葉を
使うのがいいのです。
そして食べ物がからだを作り
聞いた言葉がこころを作るなら
自分が口にした言葉は
未来を作っていくのです。
自分が発した言葉が
言霊になって自分に返ってくるのです。
だから
「でも」「だって」「どうせ」という言葉を
口癖にしていると
「でも」「だって」「どうせ」という
未来が作られているのです。
ですからおとなもこどもでも
絶えず美しい言葉を聞き、話すことが
その人の未来を美しいものにするのです。
カテゴリー: 今日の言葉
美しい言葉を使うわけ はコメントを受け付けていません
