手紙を最近は書く機会が
少なくなりました。
電話やメールやラインなど
色んな伝達手段が増えました。
これらは
あっという間に
自分が伝えたい時に
相手に伝えることができます。
だから
書くのにも、相手に届くのにも
時間がかかってしまう手書きの手紙は
スピード感ある
現代社会では、億劫がられるのも
わかる気がします。
でも
こんな時代だから
手紙を書くことが大事だと思います。
丸山敏雄先生は
とても筆まめで
心血を注いで手紙を書いた
言われています。
手紙は
お互いの会話だから
気がついたら
すぐに書きなさい。
受け取ったなら
すぐ返事を書かないと
会話としての
手紙の意味をなさなくなると
おっしゃって
とても手紙というものを
大事にされました。
そして
手紙の書き方として
①わかりやすく
読みやすい文字で、簡単に、明確に
②礼儀正しく
心を込めて、相手の立場になって
③早く、美しく書く
事が良いと言われています。
最近では
手紙を受け取ることが少なくなりましたが
その手紙を受け取ると
その方の字をみると
その人の
姿が目に浮かんできませんか?
そして
その文面に
その人の生の言葉として
思いが胸に飛び込んできませんか?
手書きの字をみると
その人の思いが
ひしひしと伝わってきませんか?
そして
温かい気持ちに溢れてきませんか?
それは
メールやラインなど
デジタルの文字では
感じられないものではないでしょうか。
手紙は
直接話すよりも
心に響くことがあります。
会話は
言葉としての音は消え
後には残りません。
でも
心のこもった手紙の文章は
形として
いつまでも手元に残り
必要な時にくりかえし
人を励まし、力を与えてくれます。
心を込めた手紙
手紙を書く気持ちを持って
生きていくと
きっと
いい人間関係が生まれるのでは
ないでしょうか?
生活道⑤ : 手紙を書く】
からだの音
からだの中には音がある。
心音や呼吸音、お腹の動く音
僕たちはその音を聞いて
患者さんの状態を判断します。
でも
実際にはからだが発して音は
もっと、もっとある。
血管に血液が流れる音だって
川の流れのように
血液が太い血管を流れる時や
細い血管を流れる時には
まるで大河や小川を流れる時の
音のように。
そしていつも同じところでも
閑かに流れる時も
荒れ狂ったような時もある。
他にも
細胞同士だって
信号を出し合って連絡している。
からだの中には
聴診器ででは判別できない音に
あふれている。
その耳に聞こえない
音なき音を聞き分けるのも
僕の臨床医としての仕事。
からだの内なる音、声を聞き
そしてその声を患者さんに伝えるのが
僕の医師としての仕事です。
自粛警察に学ぶ
コロナ流行時には
3密に気をつけようと
ひとりひとりが気をつけていましたが
どうしても、羽目をまずしてしまったり
自分本位の行動をとってしまい
感染を広げてしまうということがありました。
その様なことを防ごうと
ひとりひとりが気をつけるだけでなく
自分の周りに
3密を守らない人がいたら
その人を積極的に取り締まりならぬ
注意して回ろうという
行動を起こす方が多くいらっしゃいました。
そのことを”自粛警察”と呼んでいました。
今はコロナ終息と共に
自粛警察という言葉自体も
死語になってしまいましたが
これに似た言葉に
”健康警察”ということがあるのでは?
と思うようになりました。
健康警察
少しでも健康から外れると許せなくなってしまう。
健康であるためにこころを砕き
からだにいいと言われる情報を集めることに
神経を使い
自分の健康を状態を
常にチェックしないと落ち着かない
健康警察。
健康警察は
自分自身に対してなので
自分以外に対しての実害は
少ないかもしれませんが
自分自身をどんどん苦しめていってしまいます。
健康警察を続けていると
五感で満足するよりも
これが健康にいいと信じることに
安心を感じるようになってしまいます。
でも人は最後は
死んでしまうし、その前に
病気になってしまうことがほとんどです。
熱心過ぎるほどの健康警察で
その時に
健康のためだけに生きていなければいいかな?
と思ってしまいます。
健康警察もほどほどで
納得のいく人生を歩んで欲しいと思います。
無償の愛とは、こどもから親に捧げるものだ
この言葉をきいて
多くの人はあれ?本当?と思ってしまうと思います。
普通は、親の愛が
無償の愛なのでは?と思われた方も多いでしょう。
この言葉は
マイケルジャクソンが
2001年3月にオックスフォード大学で
「こどもと親」について
スピーチをした時の列記とした
講演からの言葉です。
そう聞くと
やっぱりマイケルジャクソンって
変わってる人
通常の人とは感覚が異なる人
だったんだ思いますが
この言葉の真意を知ると
納得するので
今日は紹介しようと思います。
マイケルジャクソンは
このスピーチで
「親との間にどんなことがあったとしても
どうか親を赦してほしい。
親を赦して、親に今一度
愛するとはどういうことかを
教えてあげて欲しい。
親にひどい目に合わされたと思っている人も
親に手を差し伸べてほしい。
あなたたちにお願いすると同時に
わたし自身にも願う
私たちの親に、無償の愛をを
届けられるようにと。
こどもに無償の愛をとどけられてこそ
親はどうやって人を愛したらいいのか
学び直せるのだから」と
語られました。
ここまで聞くと
幼児期親から虐待をうけてたらしい
マイケルジャクソンだから
出てくる言葉かもしれませんし、
現代では親がこどもに手を出してしまう
報道も多く
そうしたこどもたちにも届く
メッセージだとも思います。
でも、よく考えてみると
僕たちは
親になっても、ならなくても
最初はだれかのこどもだったのです。
自分がどんな育てられたとしても
自分が満足に生きていなかったとしても
自分の親を赦し、愛することを
しないと
自分のこどもにも愛を届けることができないのです。
最近、親ガチャという言葉が生まれました。
親は選べないから
どんな親、自分が望まない親だとしても
親に無償の愛を届けられて初めて
こどもだけでなく、家族も友人も
周りの人全てを
愛せるようになるのかもしれません。
こどもを愛すると同時に
まずは自分の親を愛しましょう。
果汁とジュース
5ヶ月の赤ちゃんが湿疹で受診。
この赤ちゃん
今回2回目の受診。最初は3ヶ月の時、その時も湿疹。
今日も汗かいて湿疹がひどくなったのかな?
診察して
湿疹もひどいけど、前回よりも体重が減っててビックリ!!
ちょっと色々心配なケースだけど・・・・
お母さんに今の食事のことを尋ねると
完全にミルク栄養。
でも、最近ミルクを飲んでくれなくて
ジュースを飲ませていると返事がありました。
まずは
ジュースを飲ませないように指導しました。
どうしてジュースは飲ませちゃいけないの?
ジュースはいつから飲ませられるの?
ジュースは体に悪いの?いいの?
かつて2、3ヶ月の赤ちゃんに果汁を進める時代がありましたが
現在は母乳、ミルクがしっかり飲めれば、
果汁は必要でないという考え方です。
でも、果汁を飲ませると
ぴちゃぴちゃ美味しそうに飲むんです。
やっぱり果汁は美味しいんです。
赤ちゃんでも味覚は発達してるので
美味しいものはわかるんです。
きっと人生の楽しみを知ってしまったのかもしれませんね。
ですから、
旬の果物を搾って、お風呂上がりに
そのままか薄めて少し与えるのは、全くOKだと思います。
ただ、果物ジュースは
6ヶ月前の赤ちゃんには飲ませないようにしましょう。
それ以降でも飲み過ぎには絶対注意です。
果物ジュースでも野菜ジュースでも、ジュースはジュースだと理解してください。
果物ジュースには
砂糖、ブドウ糖以外に果糖やソルビトールなど多量の糖質が含まれます。
糖分を多く摂取すると、満腹だと判断し、食欲が落ちてしまいます。
慢性の下痢、腹痛や腹鳴(お腹がゴロゴロいう)を引き起こします。
糖分が多いと腸内細菌の環境が乱れてしまい、アレルギー反応が起こりやすくなります。
その他にも、肥満、糖尿病、イライラ、落ち着きがない・・・など
ジュースを飲み過ぎると色んな事が起きる可能性があります。
科学的な研究でも
ジュースを飲みすぎた乳児は
母乳やミルクに置き換わった結果として
栄養不良を起こす可能性が報告されています。
アメリカでは
①果物のジュースは生後6ヶ月前の乳児に与えるべきでない
②乳児は入眠時にジュースを飲ませない。
③1歳から6歳までの幼児においては1日170ml以内にする
④7歳から18歳までの小児では、果物のジュースは1日225~340mlにする。
⑤すべてのこどもは果物の全体を食べるようにする
ということが言われ、
過剰なジュースの消費にならないように勧告しています。
ジュースは美味しい飲み物だけど
飲み過ぎは毒です。
わかってはいても、体が蝕まれてくると
ドンドン飲みたくなってきます。
暑い毎日。
冷たいジュースが飲みたくなる季節だけど
飲み過ぎに注意して
毎日過ごして下さいね。
海水浴は肌にいい?
夏真っ盛り。
夏と言えば海。
こども達は海水浴が大好き。
海に行ってすでに真っ黒になってる
こども達も多いことでしょう。
海水浴でよく聞かれる質問に
海水浴でアトピーが治る?
海水は肌にいい?
があります。
そこで、今回は
海水浴は肌にいいか?
です。
まず
①海水には消毒薬のような殺菌効果があって
アトピー性皮膚炎やとびひなどの
原因になる黄色ブドウ球菌をやっつけてくれます。
ですから
海水浴をすると
アトピー性皮膚炎が治ることがあります。
ただ
海水は弱アルカリ性で刺激があるので
ひりひりしたりするときはしないほうがいいです。
②海水には多くのミネラル成分があります。
ミネラルは肌からの吸収がいいので
海水浴をすると海洋性のミネラル成分が
たっぷり皮膚から吸収されるので
美肌効果が高いと言われています。
特にマグネシウムは
肌のバリア機能を高めてくれるので
バリア機能が弱いアトピー性皮膚炎の方には
いい効果があります。
③海に行くと、
紫外線にいっぱい当たります。
紫外線にステロイドと同等の効果があるので
皮膚の炎症を抑えてくれます。
ただ、紫外線の当たりすぎると
皮膚にダメージも受けますので
日焼け止めを上手に使いましょう
海水浴は
アトピー性皮膚炎などの
皮膚疾患に良い効果があります。
ただ
皮膚の状態って
千差万別。
誰にも、同じようにとはいかないのが
現実です。
決して
過信、無理は禁物。
主治医の先生と相談し
日頃のスキンケアーと
アフターケアーも大切です
一人一人にあった状態で
海水浴を
そして
この夏を楽しみましょうね。
8月1日は運気をあげる日
8月1日は「八朔」と呼ばれて
この日は運気をよい方向に変えることができる
吉日です。
もともと八朔は農家の人たちが
豊作を願う、豊作の前祝いをする日でした。
八朔は低迷している運気を
よい方向に向け
更に上昇させる吉日の事なので
8月1日を
「新規一転、考えを前向きにする日」と
考え、気持ちを切り替えたらいいのです。
仕事がうまくいかなくても
なんだ、これくらいの失敗と
気持ちを切り替えて
前向きな気持ちになること
なることができる日が八朔の日なのです。
8月1日は
運気を上向きに変えるポイントとなる日です。
その効果を自分の成功に役立てるコツは
気分を一新して
明るく爽やかに前向きになることです。
正しく見るとは
人は考える時は
これは正しいのか、
正しくないのかということで
判断しようとします。
でも
正しいかどうかを判断することは
実は大変難しいこと。
例えば
道ばたに咲いている花を見た時に
「きれいな花だな」とか「枯れそうでかわいそう」とか
様々なことを思うでしょう。
でもこれは
あなたの考えたこと
あなたの基準でもって判断した感想。
花にとっては
あなたの感想のために生きているわけでは
ありません。
ですから
じつはありのまま見ること
そのもの自体を見られることが
重要ではないでしょうか。
正しく見るとは
正邪というものさしをすてて
物事を盛ることだと思います。
死を受け入れる心境
誰にも訪れる死の瞬間。
死がどんな風に訪れるのか
死んだ後どうなるか
わからないので
とても不安になると思うのです。
そこで死を目前に迫った時の
心境を綴った
神奈川県の医師の手記があったので
ここに紹介します。
筆者は
神奈川県の三浦市立病院の院長
丸山理一医師です。
筆者は
62才の時胃癌になり
治療をしないという方針を決め
7か月後に亡くなられました。
彼は死の準備をしながら
仕事もしながら余暇を楽しむ
自由な時間を過ごしていました。
死が近づいた時の心境を
次のように語っています。
「死が近づいてくると
からだの動きだけでなく
精神の働きも弱って
死に対する恐怖が鈍ってきます。
死に対する恐怖は忌避感は、
元気だから感じるもので
死を受け入れ、時の流れに身を任せていると
恐怖心も自然と薄れてくる」
と書かれています。
そしてこの心境を
「大袈裟に言うと
こういうことも自然の摂理とでも
いうものでしょうか?
死は近い将来に来るにしても
諦めて受け入れるということも
自然のこと?
抵抗の少ないこともなるようです。」
と書き残しています。
死を受け入れると
こんな風に穏やかな心境に到達できるのだと
この先輩医師の言葉を知り
死を受け入れやすくなった気がします。
ミトコンドリアは平和を生む細胞
人間を含め全ての生物は
多くの細胞があって成り立っています。
そして、その細胞には
核などのいくつもの器官が存在して
機能していることがわかっています。
この細胞の中の器官は
もともと独立した別の細胞だったと考えられています。
それが25億年前に
先祖の細胞に入り込み
同居生活を初めるようになり
細胞も我々と共に進化し続け
現在に至るようになったと考えられます。
その同居生活をするようになって
細胞の呼吸調節やエネルギーを作り出す
働きをするようになった器官に
ミトコンドリアがあります。
このミトコンドリアは
エネルギーを作りだすだけでなく
老化やパーキンソン病などの神経の変性
がんなどにも関与していることが
最近の研究でわかってきました。
ミトコンドリアは細胞にエネルギーを送り
細胞内の全ての細胞が
共存し合い、助け合って生きる源を
作り出している大切な器官だとも考えられます。
そして
ミトコンドリアは
エネルギーを供給するだけでなく
それぞれの器官が助け合い
平和が訪れるように
取り計らってくれている
平和大使のような器官に
僕は思えるのです。
