神社めぐりは魂の修業

人はなんのために神社に行くのでしょうか?
年の初めの初詣
こどもが生まれたらお宮参り
受験、就職の前には合格祈願

厄年の時には厄払い
特別な願いがあるときには
願掛けなど
一年の内に何度か
神社に参拝される方はいらっしゃることでしょう。

でも
こう考えると
困ったときだけ、お願いするときだけ
参拝するって
どこか人間の身勝手さな行動に
神様はため息をついていないか
気になったことがあります。

でも
神様は神社に来てもらえるだけで
喜んでらっしゃるのです。
神社に行くこと自体が
”魂の修行”なのです。

小さい頃
神社で遊んでたこどもたちは
その後信心深く、豊かな人生を過ごしてる
ような気がします。

こどもは
神社に行っても
おとなのように
手を合わせて参拝することはありません。
でも、手を合わせなくても
それでいいのです。
神社に行くこと自体が
小さな魂の修行になっているのです。

神様は
こどもが大好き。
こどもたちの楽しそうな声を聞くのが
大好きなのです。
こどもが
神社で遊びたくなるのは
偶然ではなく、魂からの導きなんです。

ですから
神社に行きたくなったら
是非行かれて下さい。

神社巡りは
魂の小さな修行になるのです。

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映画「ONODA」を観て

映画「ONODA」を観たのは8/15
題名になっているONODAさんとは
1974年最後の日本兵として
フィリピンのルバング島に潜伏していた
29年ぶりに帰還された小野田少尉の物語。

小野田さんは
上司から秘密の任務として
絶対死ぬなという秘密指令を受け
戦地に臨んでいった。
歴史的にはルバング島で終戦を迎えるが
小野田さんはそれを知る術もない。
最初は5人の部隊だったが
ひとり、ひとり亡くなり
最後は一人となった。

そんな時
日本人の冒険家と会い
終戦のことを聞いても
自分を戦地に送り出した
上司の言葉が必要だと
頑として帰還を拒んだ。

二週間後
上司を探しだし
その上司と共に
戦地に向かい小野田さんと会い
小野田さんは終戦を受け入れ
日本に帰るのである。

終戦後から帰還を決意するまでの
小野田さんに起こっていたことを
淡々と描いている。
心情を描いたと言うよりも
出来事そのものを描いていた。

そこには制作者の
心情は込めないようにしていたような
気がする。
それは
日本人制作の映画でなく
フランス人の監督の作った映画だからかもしれない。

そんな達観した視線が
今の現代人の日本人にも突き刺さる。
折しも世界は戦争の機運が起こっている。
誰が、何のためにしているのか?
戦争には大義名分がいるともいう。
その大義名分をよく見極めないと
大変なことになる

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のどをみる

熱、せき、鼻汁で
受診されることが多い小児科では
必ずのどを診ます。

口の中を開けてもらって
のどをみると
色んな事がわかるんです。

のどが全体的に赤かったら
ウイルス性?
扁桃腺が腫れていて
白い膿がべったりついてたら
細菌性の扁桃炎かも?
口内炎のようなものができたら
ヘルペス、ヘルパンギーナ、手足口病
はたまた水ぼうそう・・・?
頬にざらっとした発赤があったら
もしかして
はしかかもしれない

などなど
のどを見ると
色んな情報を伝えてくれます。

そして
その所見を絵にかいて
ご両親に伝えています。

そのためか
最近、
”のどが赤いです”
”のどに白い物がついています”
診察前に所見を教えてくれることがよくあります
”のどが赤いので受診しました”
と言ってあわてて受診される
お母さんがいらっしゃいます。

でも、実際診察すると
それほど赤くないことも
白い物って、どれだろう?
とはっきりしないこともよくあります。

実際、のどの所見って
人それぞれなんです。
風邪をひいてても
のどが赤くなっていない人もあります。
これから、変化しそうなみずみずしいのどだったり
乾燥して赤くなっている

その日の状態も色々教えてくれます。

同じ人でも
診るたびに違っています。
のどの所見は刻々と変化して千差満別です。

だから
のどの所見だけで
全てが決まってるわけではないんです。

そして
最近注意しないといけないのは
コロナ感染症です。
のどの所見以上に
のどの痛みが強いようです。

ですから
今まで以上に
慎重にそして詳しくのどを診ています
そして、のどの所見だけでなく
症状、全身状態、リンパ節、聴診など
様々な情報をもとに
総合的に診断しています。

だから
のどが赤くても、痛くても
コロナだけではありません。
あわてないでくださいね。

また
のどが赤いと
のどが痛いんじゃないかと思ってしまいます。

おとなであれば
風邪をひけば多少はのどは痛くなることは
経験されることがよくあります。
ですから
のどが痛いと
食事がとれない?眠れなくなる?など
心配なことが次々浮かんできます。

そこで
”のどが痛くない?”と
思わず聞いてしまいますよね。
こどもって経験や知識が乏しいので
”痛い”と聞かれれば
”痛い”と単純に答えてしまいます。

”痛い”と思っても
食事もしっかり食べれて、
普通におしゃべりしたり、笑ったりしてたら
大丈夫。
そっと、見守ってあげて下さい。

痛いと聞くと
素直に”痛い”と答えてしまうのが
こどもですから

のどを診せるって
おとなでもこどもでも
結構みんな苦手です。
ですから
お家で診る必要はありません。
のどの情報は色々教えてくれるけど
のどの所見と同じくらい、
いやそれ以上に大切なのは

お家で
どんな症状がある?
ごはんを食べてる?眠れてる?
ご機嫌に過ごしているって
ことですから

そのことを
是非診察室で教えて下さいね。

のどが赤いと言われても
あわてないでください。

それよりも
大事なことがあるってことを
忘れないでくださいね。

 

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式日

宇部出身で
エヴァンゲリオンの映画監督である
庵野秀明監督の映画
式日を観にいった。

作品作りに迷った映画監督が
出会った不思議な行動をする少女と出会い
心ひかれるまでの1か月を描いた映画。

少女は
「明日は私の誕生日なのと」いって
奇行をくり返す。
全編がその奇行を見せられると
観てる側も気が狂いそうな雰囲気に
巻き込まれていて
落ち着かなくなてきた。

最後に
母親が現れ
奇行の訳、少女の心の叫びが
吐露された。

その叫びは
こころに抱えていた問題
それを現実とは考えず、妄想、夢として
とらえて生きている。
それって
生きてからの思いではなく
誰もが持って生まれてくる
前世から持ってくる
解決しなければならない問題。
その問題を解決するために
我々は生まれてきたのだ。
だから
明日は私の誕生日なのだという
意味が納得できた。

そして
前世からの課題は
妄想でも夢でもない
現実のこととして向き合おうと
気づいた瞬間に
今生きている人生が輝きだす。

観終わったときには
自分のこころの中の妄想に
逃げずに向き合おうと勇気をもらった映画だった

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甘いおやつには注意

前回(8/19ブログ)離乳食について書きましたが
今回はおやつについて。

おやつを与えないと
行けないと思っていませんか?
おやつの意義は
離乳食だけでは、栄養分が足りないので
補う目的で
一日3食の食事の間に
エネルギー補充の目的で
おやつが勧められました。

それが今では
おやつ本来の意義が薄れ
飽食の時代
甘い、お菓子などを楽しむという
時間になっています。

食事を楽しむ
おいしいお菓子もいっぱいあり
喜んでお菓子を食べている姿をみると
親もしあわせな気持ちになり
罪悪感もなく1日3回の食事よりも
おやつに重きをおいてしまうことも
あるのではないでしょうか?

食事について
思い出して欲しい原則は
今までの人類の歴史を鑑みて
おやつを感情的に流されると
社会毒につながることを
こころに留めておかないといけないのです。

特に気をつけないと行けないのは
「砂糖や甘いもの」を与えることです
人間はもともと砂糖を直接砂糖をとるようには
できていないのです。
ですから
砂糖を摂ると、体内で過酸化を誘導し
さらに進むと
体内で老化を促すAGEが生成され
肌や骨、血管に弊害を生じてしまいます。
それと
こどもではADHD、凶暴化、不登校などにも
影響があるともいわれ
こどもを悩ます社会毒の原因とも考えられます。

おやつは
与え方によっては
人生を狂わせることにもなりかねません。

喜ぶからではなく
必要なものを与えるという風に
意識していかないと行けませんね。

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朝の自分

朝、目覚めた時の
自分って・・・・・
昨日の自分に
今日の自分を
重ねても
どこか微妙にズレている
気がする
一日違いの
二人の自分
昨日はすでに
遠い過去
うれしいような
かなしいような
時間の経過
重ねたときの
そのズレが
美しくあることを
願って生きる
昨日の自分とは違う
今日の自分が
そこにいる

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赤ちゃんの太りすぎ

8ヶ月の赤ちゃんが受診。
保育園で太りすぎを指摘され、太りすぎを心配して受診。
ニコニコご機嫌で診察室に入ってきたけど、見てびっくり。
丸々ジャンボな赤ちゃん。13kgありました。
そこで今日は、太りすぎであわてない です。
生まれてすぐの赤ちゃんは、どちらかというと痩せ型。
でも、5,6ヶ月頃になると、まん丸な体型になって、
1歳の時には、体重は生まれた時の3倍、身長は1.5倍になります。
でも、時々母乳をよく飲み、
5.6ヶ月ですでに体重が10kg近くになり
流石に、太りすぎですか?と相談を受けることがあります。
かつては
乳児期に太ると
ずっと太りやすい体質になってしまうといわれたこともありましたが
現在では、乳児期の肥満と
大人の生活習慣病と関係性を示すデーターはありません。
ちなみに乳児期は生後1ヶ月から1歳未満をさします。
ハイハイをし出し、1歳を過ぎてつかまり立ちを始めると、
太っていた体型から
だんだん脂肪が落ちてくるから、
乳児期に太っていても心配ありません。
乳児期の間は
母乳もミルクもしっかり飲ませてあげてください。
回数も量も制限することはありません。
欲しがるだけ、好きなだけ
おっぱいを飲ませてあげてください。
ただ、どうしても肥満が気になる方は、
ミルクの飲ませ方をチャックしてみてください。
いつもよりゆっくり飲ませてあげてください。
ゆっくり飲むと、それだけで満足感が得られるので
ミルクを欲しがる間隔があくようになります。
ただ、1歳過ぎたら食生活に注意しましょう。
親の食生活に影響をうけ始めます。
規則正しい食事を心がけ、
高カロリー・高タンパク質の食事を控え
早食い、味の濃い食事、レトルトやお菓子などは
最小限にしましょう。
また
乳児期に太っていると
体が重たいので、
寝かされていることが多いように思います。
体が重たいと、どうしても運動不足となり。
その後本当の肥満になってしまうことがあります。
1歳過ぎたら、
積極的に体を動かしてあげてください。
このように
1歳までは、好きなだけおっぱいを飲ませてあげてください。
そして
1歳過ぎたら、正しい食生活を身につけさせてください。
幼児の食習慣から生活習慣病予防が始まってます。
食習慣は
大人になったときあわてないための育児です。

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ドライブ・マイ・カー

カンヌ、アカデミーなど
世界の映画祭りでも高評価の
話題作「ドライブ・マイ・カー」を
観に行った。

話題作だけど
観た後の感想は賛否両論あり
原作が村上春樹の短編小説を
三時間近い映画に仕上がっているのか
観終わった後
どんな感想を持つだろうか・・・と
ちょっと緊張気味にこの映画を観た。

観終わった後の感想は
あっという間の三時間
大切なテーマが盛りだくさん。

人間として
様々な試練があるだろう。
でも、どんな時にも忘れてはいけないのは
愛だと言うこと。
そして
例えどんなつらい思いをして苦しんでいても
死んだあとは
その生きていた道を観ている
死んだ後は一人じゃない。

また
もうひとりの自分が
現れるのも
納得してしまった。

ストーリの中で
色々深読みをしてしまう
深い作品だと思う。
だから評価されたのだと思う。

きっと
観た人の感想は様々だと思います。
ちょっと長い映画だけど
ゆっくり時間を作って観ていただきたい
おすすめの映画でした。

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魂の修業とは、過去を変えること

魂の修行とは
具体的にはどんなことでしょうか?
波動治療をするようになり
波動エネルギーの視点で考えると
魂の修行というのが少し見えてくるようです。

僕の考えを後押しするかのうように
齋藤ひとりさんの
インタビュー記事の中に
「過去は変えられるけど、未来は変えられない」という
一見不思議な言葉が書かれていた。

僕はそれが魂の修行で
魂のステージがあがった瞬間だと
思います。

過去は変えられる。
現在の時間の軸だけで考えると
過去の点という変わらない。
でも
時間、空間に影響されない
波動空間で考えれば
過去は変えることができる。

例えば
今回の僕のように
病気を患ったとします。
すると最初、人は
病気になったことを
後悔し、これからの未来を憂えるでしょう。
しかし
病気をしたことで
その後色々な気づきを発見するでしょう。
そして、気づきを実行段階にはいります。
生活を見直し
食生活や働き方を改善し
家族や友人の温かさを知ったり
嘆き、苦しんだ病気の過去が
前向き、感謝、変化のポイントになって
いることに気づくでしょう。

つまり
病気したことで
今までの生き方を振り返り
新しい人生を歩むきっかけに
なることになったのです。

病気になったという過去は
最初は苦しみ、後悔しかなかったのが
振り返れば
感謝の気持ちに変わり
病気をしたおかげで・・・・と
いつの間にか言えるようになった。
病気に対する思いが変わった。

すなわち、その時が
病気という過去が変わった瞬間です
そして苦しみという波動のステージにいた
自分の波動が上がり
感謝のステージに上がったのです。

このステージが上がったことは
過去が変わり
新しい苦しみではなく、感謝の未来に
続いていくのです。

その経験は
あなたの肉体ではなく
あなたの魂に刻まれることになり
肉体が滅びた後も
魂の成長した証となって
ずっと残るのです。

この積み重ねが
魂の成長となる。
つまり魂の修行なのです。

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年齢を忘れる

先日メタトロンを受けられた方の感想。

その方はいつも
メタトロンの示す結果に
感心し、納得されて帰られる。

結果を自分なりに 考えられ、
素直に受け入れ
日々過ごされているので
今日3ヶ月ぶりだったけど
前回悪かったところは
すっかりよくなっていた。

でも
前回にみられなかった箇所
子宮、乳腺など、
女性としての器官の悪化が今回目立った。

患者さんとお話ししてる時
気になったのは
口の端々から出る言葉。
「若返りた・・・」という台詞。

女性でも、男性でも
年をとるに連れて
そう思うことは多くなるだろう。

でも
そう思うことは
からだに対して
「今のからだなんて嫌だ。」と
からだに文句をいってることに
ならないだろうか?
人は生きてる時
色んな段階を経てからだは変化する。

生まれてから
地球で生きていけるように
からだを成長させて
おとなになれば
次の種を伝えるために
こどもを産み、育て
そして
目的を果たしたからだは
自分のために生き
そして安らかに死を迎えるように
からだは変化していってるのだと思う。

そうできるように
その時、その時を
当たり前のように
いつものように
生きて過ごせるように
からだは変化していく。
特に男性ホルモン、女性ホルモンなどの
ホルモンの働きは大きいと思う。

その時々の変化は
人生の時計からみると
生きていくためには
とても大切なこと。
人生のタイムテーブルに合わせて
からだは変化していることに
僕たちは気づいていない。

そして自分はまだ若いんだと思い
無理をし
こんな年取ったからだが嫌だと
文句を言うようになってしまう。

からだが
年齢共に変化することは
必要なこと。
これまでの生き方を
見直せるように
からだは変化しているのかもしれない。

どんな時にも
年をとっても
からだはあなたを裏切ることはない
そして
あなたの望みを叶えようとしてくれる。

からだは
年をとっても
あなたに良いと思える
からだにしてくれている。

それを
満足せず
こんなからだ嫌だ
もっと若返りたいと思えば
からだはその願いを叶えようとする。

それを人はまた
病気だとというのかもしれない。

生きていくためには
とても大切なこと。
人生のタイムテーブルに合わせて
からだは変化していることに
僕たちは気づいていない。

そして自分はまだ若いんだと思い
無理をし
こんな年取ったからだが嫌だと
文句を言うようになってしまう。

からだが
年齢共に変化することは
必要なのかもしれない。
これまでの生き方を
見直せるように
からだは変化しているのかもしれない。

どんな時にも
年をとっても
からだはあなたを裏切ることはない
そして
あなたの望みを叶えようとしてくれる。

それを人はまた
病気だというのだと思う。

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