真実の医療」カテゴリーアーカイブ

「あなたは死にますよ」という台詞

医者は、患者さんに生きていて欲しい
そのために全身全霊をかけて
働いている。

でも、患者さんにとって
つらいことにもなるので
治療を拒否される時があります。
そんな時
思わず、「このまま放っておくと、死にますよ」
と強く言ってしまうこともあります。

この台詞
だから考え直して欲しい気持ちから
でた言葉だけど
よく考えると
おかしい言葉なんです。
なぜなら人はいつか死ぬのですから。
(ちょっとうがった考えですか)

もと難しいのは「科学的」という考え方。
今ネットで情報があふれているので
その意見左右されますが・・・

もし、この薬を飲んで多くの人が治っていても
一人でも治らなかった人がいたら
その薬は効果があると言っていいのだろうか?
大多数の人に聞いたとしても
本当にあなたに効くかどうかの保証はない。
そこにあるのは
「確からしさ」という確立の問題なんです。

実際には
飲まなかった人全員を調べて
両方比べないと効果ありと言えないのです。

そして
どんな薬であろうと
どんな格率で効果があるかどうかよりも
あなたに効くかどうか大事。

ですから、医者も
完璧ではないかもしれないけど
今の段階で最高の治療となると思って
治療している。
と言うことは知っていただきたいrというか
信じて欲しい。

そしてお互い信じ合う治療ができた時にこそ
最大の治療効果が現れるのだと思います。

信じるものは救われるのです。

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病気とこころのゴミ

毎日患者さんと向き合ってると
みなさん
「早く病気を治したい」
「健康になりたい」と
思われているのですが
時々
病院に来たら安心できるので
来られてるのでは?と
思う方もいらっしゃいます。

症状があるとき
どんなに検査をしても
悪いところが見つからないのです。
想像力を働かせ
患者さんの気持ちになって考え
患者さんが元気になるようにと
薬をだしたり治療するので
患者さんは安心して帰られるのですが
時間が経つと
また同じ症状で来院され
どうにかしてくり返さないように
患者さんと向き合っています。

そんな時
こんな風に感じることがあります。
この患者さんは
病気であることで
バランスをとろうとしているのでは
ないでだろうか。

人間のからだは
肉体だけでできているわけではなく
こころも大きく関与しています。
肉体はこころの結晶体です。
こころの影響が
肉体にも、いわゆる症状として現れるのです。

つまり
こころの中の
マイナスエネルギー
不安、悲しみ、怒り、恨み、不平不満などの
こころの塵がこころのなかに溜まり
その感情を
からだはわかってもらいたいので
症状としてあらわれ
そのこころの苦しさを
わかってもらおう、治そうとして
病院を受診されるのでしょう。

わかってもらえるまで
こころの塵がなくなるまで
同じことをくり返すのでしょう。

ですから
我々医師は
症状だけを診るのではなく
その奥の真の苦しみに手を差し伸べるために
日々努力しなければいけないのです。

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病気は悪なのか?

これまで医学では
病気は悪、死は敗北である。
人の人生は
死と共に終わりその後は
無に帰する
という考えを根本ににして
発展してきた。

現代の死生観のみならず
疾病観、身体観が
人々の生活のみならず
生き方にも影響している。

その考え方が
これまでの文明の発展の
根本であった。

死で全てのものが無になる。
というのは真実である。

無というのは
どういうことだろう?
無の捉え方次第で
人生の歩み方が変わってくると思う。

無というのは
なくなってしまうと
考えると無くしてはいけないと
思ってしまうが
無とはなくなるのではなく
全てだと考えられないだろうか?
無はゼロ、ゼロは全体、源とも
考えられる。

そして終わりとは
新しいはじまり、出発だと考えると
死は
新しい生への通過地点、乗換駅であると
考えられないだろうか?

それを踏まえて
医師としての使命を
改めて考え治してみると
病気をただ治すだけが
目的ではない。
患者さん自身の体の声、心の声をきいて
自分自身の本当に歩みたい人生を
歩めるようにしてあげることが
真実の医師の使命だと思う。

病気などの
人生に起きた苦難や試練を
悪として捉えるわけではなく
ギフトに変えること。
そこに気づき
心身の健全度をあげ
次のステージに迎えられるように
目の前の方をサポートすること。

人間は
自分ひとりでは生きていない
自然とのつながり
自分以外の人々のつながり
そして
何よりも自分自身の魂とのつながりに
気づいていけるように
サポートすることが
医師の、僕の役割だと思うのです。

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食べたいものを食べる

世の中は情報があふれています。
食べるものについても
おいしいものだけでなく
この食材がからだにいい、悪いなど
消費者のこころを揺さぶる
情報が増えます。

でも
不思議なことに
情報にもはやりすたりがあるのか
いつのまにか消えていく
情報も多々あります。

食事についての基本は
「食事はおなかがすいたとき
からだが欲しがるものを食べ
嫌がるものは食べない」です。

からだは
必要なものを敏感に嗅ぎ分ける
力があります。
そして、さしたる理由もないのに
「今、サラダが食べたい」
「甘党じゃないのに、甘いもの食べたい」
「さっぱりしたものが欲しい」など
不思議といつもと違う食を
欲しがることはあると思います。
その感覚を気のせい、たまたまでなく
大事に受け取って欲しいのです。

レストランで出てきた料理を
目の前にして急に食欲がなくなった。
食材に不安を感じた。
一口食べて、一瞬不安を感じた
などのご自身の感覚を
大切にしてもらいたいのです。

あれはダメ、これはダメと言い始めると
食べるものがなくなりそうと
不安におもうかたもいらっしゃるでしょう。

知ると知らないとでは
大違いなのです。
情報はよく知っていて損はありません。
よく知った上で
こだわりすぎないようにすればいいのです。
食べたいものを食べ
楽しいひとときを過ごす。
これは人生の楽しみであり、喜びにつながります。

こだわりは
生命エネルギーの流れを悪くします。
気持ちの持ち方ひとつで
影響を受けたり、受けなくなったりします。

自分のこころのバランスを整えることを
日頃から心がけ
天地の恵み。料理してくれた人に感謝し
おいしくいただくことが
もっとも大事なことなんでしょう。

☆満7,16,25、34、43,52、61、70、79,88,97、105歳の方
今日は周りに気を取られずに
真面目に過ごすのが吉です

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自然な死に時

パプアニューギニアには
呪術医療が盛んで
それを行う医師を「ウィッチドクター」と
呼ばれているらしい。

その医師の治療を実際に見た
医師によると
診断は先祖伝来の木片の上に載せた見ずに
訊ねて診断していたそうです。
実際に肘の痛みで診療を受けた人は
「悪い血を吸い取る」という治療で
症状を改善させたという。

けがや東洋医学では於血と言って
血の滞りを疑うので
診断はあながち違うとは言えないようだけど。

また、呪術医ナンバーワンと呼ばれている医師に
「死ぬ時がわかるか」と訊ねると
自信を持って「わかる」と答えたそうです。
「どうやってわかるのですか?」
その答えは
「歯が抜けて、目が悪くなって、
足が弱くなって歩けなくなった時だ」と
答えたそうです。

その答えを聞いて
日本なら
歯が抜けたら入れ歯を作り
目が見えないなら老眼鏡、白内障の手術
足が弱っでも、乗り物に乗って、車椅子や杖を使って
移動できます。
だから、このような状態になっても
日本人は死を予感することはないのです。

でも、実際は
明らかに生きていく力をなくしていて
死に近づいているのです。

医学の進歩で、老化現象が改善されたのはいいことだけど
それによって
近づいている死までが
遠ざかっているような感覚になることが
現代人の死の恐怖を増すことになっているのだと思う。

人間が元々自然の生き方をしていれば
死さえも自然にうけいれられるように
なっているのかもしれません。

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健康が目的ではない

新年の決意で
“健康”を第一に掲げた方も多いことでしょう。

でも
あなたは今年健康であればいいですか?
健康であれば、ほかに何も望みませんか?

実は
盲目的に健康を目指す方は
意外に不健康であることの裏返しだと言われています。

健康を目標に掲げた時
健康が目標になっていませんか?
健康が人生の目的になっていませんか?

健康でいたいのは….
“やりたいことをやるため”のはず。
ただ、健康でいるだけが目標でないはず。
たとえ今病気であっても
元気になれば、やりたいことがあるはずです。
どんな人も
健康であるその先に
健康のからだになったら、どうしたいかが
きっとあると思います。

実際
人生に目標があり
日々目標に向かって“芯”“軸”のある
生き方をしている人は
からだも強い人が多いのです。

健康であるということは
人生の目的でなく手段にすぎないはずです。

東洋医学に
“心身一如”という考え方があります。

心とからだは繋がっています。
心が元気なら、からだも元気なのです。
心が健やかなら、からだも健やかになります。

やりたいこと
やらないといけないことがある
そのために生きていることを感じて
日々過ごしている人は
心身とも健康を望み
人生を全うするのではないでしょうか。

使命を感じて生ききる
それが
より良い事実した人生を送ること
になると思います。

みなさんが
健康でご自身の生きていく目的が
成就できること願い
応援していきたいと思ってます。

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「死因」より「死にざま」が大事

堀川惠子さんが書かれた
「透析を止めた日」という本を読んだ。

この本は夫が腎臓病のために
透析、腎移植を行い
愛する人と暮らし
やるべき仕事に取り組んでいた。

透析ができるようになって
多くの人がいつもの通常の生活を
遅れるようになった。
しかし
透析も、腎移植も根本医療ではなく
いつか腎臓の破綻が来る。
高齢になると
認知症がでてくる
さまざまな腎臓以外の疾病もでき
透析自体の
痛みもつらく
生きるために必要だった治療が
その人を苦しめ
目の前が奈落の深い底に放り込まれたように
生きていくことに絶望してしまい
透析の中止を懇願する。

透析を中止するということは
死を意味するのは明らかなこと。
そして
緩和ケアのように
痛みなどの肉体的苦悩を取り除き
やすらかに逝くことを希望する。

しかし
現行の保健では緩和ケアは
がん患者さんに限定されている。

だから
透析をしようが、しまいが
透析患者さんのターミナルケアに
対応していないのです。

透析を拒否されると
医療として手が出せないので
医者も戸惑い、どのように患者さんと向き合うか
戸惑ってしまう。

医者は、患者さんを診る時に
病名にこだわってしまい
病名にそった治療を行ってしまう。

それで上手くいっているときはいいが
誰にも訪れる死を目前にしたら
病名にこだわって治療をすることに
意味がなくなってしまう。
その時には
病名へのこだわりを捨て
死に様を大事にして治療を行うことが
医療者の使命だと
この本を読んで思った。

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チャンスを活かす

病気になったことで
病気についてだけでなく
生き方、考え方など様々なことを
考えるきっかけになった。

この経験を受け
病気の後も
多くの患者さんを診させて
いただいているが
医者としても
ただ病気を治すだけでは
もったいない。
病気をきっかけに
更に自らを高めるきっかけに
して欲しいと思う。
病も自らを高める一つのチャンスなのです。

科学もそして医学も
人間をしあわせにすることを目的にして
その観点を分けに分けて
発展してきたけど
最初の出発点は同じである。

しかし
その出発点から発展するにあたって
人間のための
全体像がわかりにくく
なってきたのかもしれません。

だから
癌という病気は治ったけど
ご臨終を迎えてしまうことが
起こってしまうのでしょう。
病気を克服しても
いのちを助けることができなかった。
これは病気のことだけに囚われすぎて
人間そのものをみていない結果です。

医者も頑張っているけれども
全てのことがつながっていることを
知っておかなかったために
起こった悲劇かもしれません。

そのためには
病気だけを診るのではなく
全てのものをものをみていかなければ
ならないのです。

そして
全体をみることが大事。
人間も肉体だけでいきているのではなく
こころも魂もあることを知り
その肉体だけでなく
こころもそして魂も診るここも必要なのです。

全てのものにはこころがあります。
それは人にも当てはまります。
人の体を診ただけでは
診たことにはならないということです。

病気になったことで
からだを診ることで
こころと魂との関係に気づくきっかけにも
なるのです。

だから
病気になることは
そこに気づくチャンスになるのです。
その機会を有効に
活かしていただきたい
活かしていただけるように治すのも
医者の仕事だと言えるのです。

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拡大新生児スクーリングの現状と課題

学会で
拡大新生児スクーリングのついての
勉強をした。

新生児スクーリング検査といえば
約40年前の研修医の時代でも
行われた検査。
産科で産まれたばかりの赤ちゃんに対して
当時は代謝疾患を早期に見つけるための
スクーリング検査。

生まれつきに特定の酵素が欠損していたり
特定のホルモンが過不足するなどの結果
知的障害や身体の発育に障害を起こす
先天性の疾患などについて
早期発見・早期治療により
発症を未然に防止して心身の障害を
予防しようとしておこなったもの。

当時は
ガラクトース血症、先天性甲状腺機能低下症などの
6疾患しかありませんでしたが
対象疾患は20以上の対象疾患に増えています。

研修医当時
疾患を見つけても
治療法はなく、起こることを未然に防ぐために
ミルクを変えたりしながら対応していました。
診断したことで、対応方法が見つかって
安堵していましたが
その後はその子は不自由な生活を余儀なくされたのは
代わりはありませんでした。

そんな時に
ゴーシェ病という
代謝疾患の患者さんが入院してきて
当時、ゴーシェ病の酵素が海外で作られたと
海外からその酵素を輸入して
治療をおこなったのを覚えています。

その後酵素を補充したり
遺伝子治療も行うようになり
20疾患でも治療を行えるようになってきていた。

診断、治療ができるようになったことは
医学的側面からみるといいことなのだが
診断したことで
家族や今後の産まれてくるはずのこどもにも
影響があることがわかり
今後どうするかの遺伝相談。
一生涯病気が続くので
成人になっても治療が必要で、また
全身的にも影響を及ぼすので
小児科の枠を超えて他科との連繋が必要になる。
また、酵素補充、遺伝子治療について
保険がきかないので、また定期的な通院も必要となり
肉体的、経時的、時間的制約が産まれてくる。

多くの課題が露見されているが
小児科医だけでなく
多くの専門家と連繋しながら
行わなければならないと
小児科医としての大きな責任を感じた
講演会だった。

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内在する声に従う

現代は
情報氾濫している。
インターネットを広げれば
コロナに対しても
様々な見解、意見そして感想が
渦巻いている。

誰もが意見を発信しやすくなる分
瞬時に色んな情報が
世界を駆け巡る。

情報が全て
確かなものであればいいが
情報全てが確かなものばかりではない。
いいえ
不確かなものばかりでは
ないだろうか?
その不確かな情報に
振り回されている人が
とても多く
それに従って
不安を抱える人も目立っている。

いったい
何を信じればいいのか?

僕は真実は
我が内にあると思います。

大事なことは
自分の内の潜在意識
つまり
絶対なる存在から引き出すのがいいのです。

誰か
偉い人が発した言葉でも
例え
あなた自身が発した言葉であっても
自分自身に違和感を感じ
自分の理性にそぐわなかったり
したものは信じてはいけないと思うのです。

信じていい声
従っていいのは
自分の中から発する
内在する声なのだと思います。

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