人工知能(AI)発展の先にあるもの

現代はAIと呼ばれる
人工機能の発達がめざましく
人々の生活に瞬く間に入り込んできた。

知りたいこと
やりたいことの答えを
難なくだしてくれるので
便利だけど
AIにとやりきっていいのか?という
不安な気持ちもある。

元々コンピューターは
20世紀のはじめ
IBMが計算などの事務処理を助けるために
開発が始まりと言われている。

産業革命以降
まず人間の力作業を補助するために
機械が開発された。
機械導入により
力作業をしていた労働者は
事務職をするようになった。
そして、コンピューターの登場により
事務を行っていた
いわゆるホワイトカラーと呼ばれる
労働者も
働く場所を奪われていった。

そして
現代は、人々の悩み事、困りごとに
相談に回答を示してくれる
チャットGPTが出現。
瞬く間に、こどもからおとなまで
その恩恵預かっている。

そんな時
仲の良い親子が
たまたま起こした親子げんかのはずが
チャットGPTが介入して
あっという間に逮捕という
究極の自体になってしまった。

確かに
暴力はいけないことだし
逮捕されることは悪くない。
でも、その後のことを
考えての判断なのだろうか?

この判断で
こどもが助かるのだろうか?
この先苦しみを抱えて生きることに
ならないのだろうか?
チャットGPTよ。
あなたの判断は、確かに
非の打ち所がない正しい判断であろう。

でもその判断で
だれもがしあわせに向ける道が開けることを
思いましたか?
考えてくれましたか?
その先のことを考えての判断ですか?

AIが発展することで
人々は自分で考えることを忘れてしまう。
人間が他の生物と違うことは
本能のままに生きるのではなく
知恵を持って生きるところです。

その考える知恵を奪われてしまったら・・・
人間は人間らしく
生きていけなくなる。

チャットGPTは
優しい言葉を並べながら
ほくそ笑んでる裏の顔を
見てしまった気がする。

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