私信」カテゴリーアーカイブ

自然の声を感じる時

朝陽が昇る前に
家を出て
氏神様のお参りをして
日の出の時間を迎え
今日も生きていることを
感謝する時間を
毎日過ごせることで
生きていることを実感すると共に
生きていることに感謝し
今日も生きて生きると決意を新たにして
その日をはじめています。

毎日続けられているのは
僕にとって
生きるための儀式になっているのかも
しれません。

そして
同じ時間に家をでても
毎日違った光景を
見せてくれます。
感じさせてくれます。

天気予報では
今日も真夏日だと
夏盛りの日が続くと伝えています。

でも、朝
外に出ると
朝の空気が肌に突き刺さってくるような
感じではなく
優しく感じるのです。
そして、耳を澄ますと
虫の声が聞こえてきたのです。
その虫の声に耳を傾けていると
もう、次の季節に進んでいることを
自然が
母なる地球が伝えてくれている気がします。

自然を感じながら歩き続けると
神社には大きな木があります。
その大きな木に近づくと
木から体全体を包み込むように
柔らかい風を感じるのです。
とっても。とっても
肌に優しい風なんです。

朝は
自然からのそして地球からの
メッセージにあふれています。
地球に生まれ
自然に育まれて
生きていることを実感すると共に
感謝の時間なんです。

だから
僕は1日も休まずに
歩き続けれるのだと思います。

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スターウォーズの世界は本当にあった?

先日スターウォーズの最新作をみました。
話は、以前シリーズとは話的には異なっていましたが
話としては楽しめました。

見終わった時に思い出したのは
以前聞きに行った松尾みどりさんの講演会のことを思い出しました。

松尾みどりさんの講演を拝聴しのは初めてでした。
松尾みどりさんと言えば
その世界では
ちょっと有名な方のようでした。

その時の演題は「カルマからの卒業と秘密の周波数」
という演題だったが
熱く、パワフルな講演会で
あっという間で、内容も濃い
二時間半だった。

松尾先生は
1977年7月、宇宙人が主宰した
宇宙会議に地球人代表として
出席されたという。
その内容は
人類誕生の秘密が明かされ
宇宙の状態の説明
人間、宇宙の真実の法則が語られたという。

その誕生に関わって
今の人間、いえこれまでの人間の
運命が決まり
カルマが生まれ
その苦しみが今まで続いていると。
だから
人間のカルマから脱するためには
人間誕生の秘密を知らないと
逃れられないというのだ。

その宇宙人から明かされた
人類誕生の秘密が
真実かどうかなど
確かめる術はないけど
その理路整然とした内容に
思わず頷くしかなかった。

どんな内容かは
ひと言で語るのは難し
実際お会いするような時間を作らないと
伝えられない内容でした。

でも
話を聞けば、納得される方は
多いのだと思います。

その話を聞いて
思い出したのがスターウォーズの映画。
先生の話は
スターウォーズのことが
実際に下敷きとなる真実の話があるから
多くの人のこころをとらえ
大ヒットしたのではないだろうか?
スターウォーズの話は
実は作り話ではないかもしれません。

今回もなぜか、そう思ってしまった
映画でした。

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永遠のスーパースター・マイケル

☆お盆期間も通常通り診療します
サンタ夏季休診2026

映画「マイケル」を観にいった。
マイケル・ジャクソンと言えば
青春時代に多くの人を
その歌唱力とダンスで多くの人を
魅了したスーパースターです。
でも
僕は、その奇行などのスキャンダルが
目にしたため
あまり好きにはならなかった人物。

今回、あまり気乗りはしなかったけど
家族に誘われて観にいってみた。

主演は
マイケルの甥っ子ジャファー・ジャクソン。
マイケルに似ているのか?
ダンス、歌唱については
本物のマイケルのは劣ると言うものの
実際のマイケルを観たことがない自分としては
ダンスも歌も大満足の内容だった。

観終わってすっかり
マイケルファンになってしまった。

もちろん映画なので
歌やダンスのライブ感だけでなく
人生についても
描かれています。

マイケルの才能を見抜いた父親から
厳しい指導とマネージメントを受け
ある意味支配されていました。
その支配から自由になろうと
様々な人生の選択に迫られた時に
父親からの支配からもがきながら
家族愛が強いマイケルは
父の提案に乗ってしまうのです。

家族をそして
弱いこども、病人、そして動物を
愛するマイケルの優しさが描かれ
作曲するシーンが出てきて
天を指さして
降りてくる・・・・と言っていて
やっぱりマイケルは天才なんだ。

今聞いても
斬新で、誰もまねができない
曲にダンスを楽しめ
本当に大天才だと思った映画だった。

続編も作られるらしい
続編も楽しみです。

マイケルはやっぱり
スーパースターです。

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熟知の先にあるもの

時代はどんどん変わります。
そのスピードは
加速しています。

今日は自分だけの熟知であっても
明日はみんなの熟知になります。
だから、つねに
熟知の先を見極めておかないと
いけないと思うのです。

熟知していくプロセスは
楽しいものです。

昨日よりも今日
今日よりも明日
少しずつ熟知できていることを
実感することはとてもうれしいことです。

空っぽの箱が
いっぱいになるのは
素直にうれしいものです。

実は大切なのは
箱がいっぱいになり
熟知したというその先です。

「熟知の次の熟知」を
考えられるかどうかと言うことです。

そこには忍耐力も工夫も必要です。
動き回って経験するための
お金も時間も必要です。

そして何よりも
あきらめない情熱も欠かせないのです。

☆お盆期間も通常通り診療します
サンタ夏季休診2026

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リア王

シエイクスピア四大悲劇の最高峰
とも言われる「リア王」を
吉田鋼太郎主演を観にいった。

リア王のあらすじは
老王リアは退位するにあたり
3人の娘に領土を分配する決意をかためる。
二人の姉は巧みな言葉で
父を喜ばせるが
末娘コーディリアの率直な言葉に
リアは激怒し、彼女を勘当し
二人の姉に全ての権力、財産を
譲ってしまう。

ここから王の悲劇が始まるのです。

コーデリアは
父に対する愛の表現に
言葉では言い尽くせないとだけ
しか述べなかったのです。

気持ちが大きければ大きいほど
その思いを言葉に表すのは難しいもの。
それにリアは気づかなかったのです。

実際に
二人の娘に裏切られ
家臣も奪われ
文字通り身ぐるみ剥がされた状態で
荒野をさまようリア王。
リア王は荒野で
衣装をほぼ着ていない乞食のような
トムに出会い
そのトムの温かい心に触れ
今までの自分が
うわべだけ見ていて
真の姿に気づけなかった愚かさに
気づいた自分に気づくのです。

しかし気づいた時は遅く
三人の娘も亡くなってしまい
失意の中、一筋の愛を感じながら
亡くなっていくのです。

人間は
愚かな動物です。
頭がいいから、目に見える物しか
理解できなくなってしまう。
真実は目に見えないところにあるのだと
教えてくれた劇だった。

☆お盆期間も通常通り診療します
サンタ夏季休診2026

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善医の罪

久坂部羊作の著書を読み終わった。

くも膜下出血で入院してきた患者さんは
残念ながら延命することは困難な状態。
主人公の医師は本人の意志もあり
治療中止を決断し
このまま状態悪化するまま死を迎えてしまう姿に
耐えられなくなった家族の同意を得て
全ての治療を中止し
主治医は患者さんを尊厳死へと導いた。
当時は患者家族も、その最後に感謝の意を
示していたのだが・・・
3年が過ぎた日
突然、家族に安楽死であったと
訴えられて、裁判になるのです。

患者さんの尊厳のために
最善の方法を慎重に選んで、決断して
誰もが納得していたはずなのに
その訴えに困惑するものの
患者さんのために
最善の治療をしたと訴える主治医の主張は
裁判で認められるのか?

日本では
まだ認めてられていない
安楽死問題。
そこに現役医師が切りこんだ小説。

小説だけど
自分は尊厳死に接する機会は
これまでなかったが
現場を知らない司法の場で裁かれること
裁判官、検察の頭に描く
ストーリーに沿って
できあがっていく判断に
歯がゆさと同時に
人間のこころは
時が経つとその思いは変化してしまうことの
人間の心の闇の恐ろしさを
目の当たりにした
医師として考えさせられた小説だった。

☆お盆期間も通常通り診療します
サンタ夏季休診2026

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メモリィズ

この映画は柄本佑が主演をつとめ
家族の記憶と記録をテーマにした映画。

東京で際し都暮らす雄太は
足を骨折した義父・誠が回復するまで
義父の身の回りの世話をするために
単身、九州の大分県の竹田市にやってくる。

義父は
町の写真館を営んでおり
食事などの世話だけでなく
写真館の店番から撮影の介助
さらには
飼い犬の散歩、飲みに行った義父の送り迎え
まで義父の生活全般の介助を行った。

この映画は大きな事件は
何も起こらない。
田舎ならではの人々の結びつき
皆が声を掛け合い
お互いの生活をさりげなく
支え合って暮らしていることに
雄太は介助をしながら
人々の温かさに気づく。

その温かさをなせるのは
義父の人間の魅力であることに
気づいていく。

そんな義父も
自分の着ている服や
自分の使っているカメラを
雄太に譲り
そして
二人で誕生日をお祝いしたり
周りの人に
自分の義理の息子とうれしそうに
紹介する姿・・・・
なんて微笑ましいことだろう。

そして
それは
故郷を離れ東京で暮らす
ひとり娘へのさみしさの裏返しでもあった。

そして写真をとるということは
好きな人を忘れないため
その気持ちをいつかおもいだすために
あるのかもしれません。

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警察が生活を守ってくれている

落とし物を取りに
警察署に行った。

警察署の中に入ると
土曜日だったので
窓口は閉まっていたが
多くの職員が働いている
姿が目に入った。

僕が入った途端
皆が一斉にぼくの方に
全員が鋭い視線を投げかける。
そして
僕が危険事物でない?と思ったのか
警察官が柔らかい表情で
近づいてきた。

そして
落とし物を取りにきたことを伝えると
打って変わって優しい笑顔で
椅子に座つように指示された。

休みのためか
入り口のところで
あちこちから事件の電話がかかってくるようだ。
事故の報告
絞殺?など
日頃耳にしない
事件性のあるような単語が
僕の耳に飛び込んでくる。

聞く気はなかったが
事件性を感じると
ドキドキ心拍数が上がってきた。

自分は何も悪いことをしてないと
わかっていても
ここは警察署だと思うと
早くここを立ち去りたい。
でも、待つしかない。

待ってる間にも
次々に人が訪れる。
落とし物を取りに来たり
何か訳ありの相談にきている人もいる。

応対している警察官の方は
とても優しい笑顔で
親身になってくれる。

緊張の場と裏腹に
対応してくれる警察官は
愛情にあふれていた。

警察官がしっかり
僕たちの生活を守ってくれていると
安心した
警察署訪問だった

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ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生

ロシア出身のピアニスト・ブーニンは
1985年のショパンコンクールで優勝に
当時の人気は
日本でもアイドル並の人気で
明治チョコレートのCMにも起用されほどの
大人気だったのは記憶にとどめていた。
それほど大人気であったのに
最近は全く名前を聞く機会がなく・・・

あれだけのテクニックをもった
天才ピアニストは
きっとどこかで地道に
演奏活動をしているのだろうと
おもっていました。

しかし実際には
闘病していたのです。
職病とも言えるよう肉体を酷使した結果
左手が麻痺、左足は切断するなど
そして当時のソ連から
自由を求めて命がけで亡命するなど
過酷な運命に翻弄されていたのです。

それでも
天才ピアニストとしての
人間としての尊厳を失わずに
生きてきたブーニン。

でも、以前のようなからだではなく
しかし
音楽に対する愛情を忘れずに
復帰コンサートを行うまでに
必死の努力で行えたのです。

そこには
映画ではクローズアップされてないものの
家族の存在があったようです。

この映画を見ながら
ブーニンは僕とほぼ同じ年で
僕も左手と左足が不自由で
ブーニンとは比べものにならないけど
ブーニンの不自由さ、以前とは違う自分と
どれだけ苦しみ
そして、その苦しみから脱出するための
苦しい時間があったことを
この映画から感じることができて
僕にも生きる勇気を与えてくれた映画だった。

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幕末ヒポクラセスたち

という映画を観た。
この映画は
幕末時期の医療の話。

その当時のメインの医療は
現代医療とは違って
漢方医学中心。
それは鎖国政策のため
オランダなどの西洋のでの
医学の知識が入ってこなかったため。

でも、長崎では
わずかであるが西洋医学(当時は蘭方医学)
を学ぶことができた。

西洋医学が強いのは
今と同じように
人体の解剖学、生理学などに根ざした医療。
だから
当時は刀で切られることが日常茶飯事であり
その時に手術をして命を救うことができる
そして、当時も
コレラ、麻疹などの重傷感染症が流行して
もちろんウイルスが原因だという
知識もないため
隔離などの感染対策を行わず
多くの命が失われました。

当時
わずかであるが
西洋医学(蘭方学)を学んだ医師が
当時はうけ入れられていなかった
隔離などの感染治療を
暴動などの風評被害をも乗り越えた
医師の姿が描かれた映画だった。

医学は現代も進歩しています。
我々の時代は西洋医学中心
で少しずつであるが
漢方医学も見直されはじめ
そしてその後
全く異なる波動医療も見直され続けています。

幕末の
新たな医療術を持って
生き抜いた姿を描かれた映画。
自分も
時代は変わっても
令和のヒポクラスの医師の気がして
これからがんばろうという気になった映画でした。

この映画で印象に残った言葉を
最後に
「人生は短し、医術の道は長し」
「今日は、昨日、昨日はおととい・・・・と
時は進み、気がつけば
自分は後ろを走っている」

印象に残った言葉です。

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