「私信」カテゴリーアーカイブ
シロヤは思い出のパン屋
まだこどもの頃
黒崎に買い物に行った時には
必ず立ち寄ったシロヤのパン屋。
ここの食パンは
フワフワで少しあまさもあって
パン屋で厚切りに切ってもらって
そのまま食べてもいいけど
母が作ってくれた
キュウリがたっぷり入った卵サンドは
今まで食べたサンドイッチのなかでも
一番美味しい思い出の味。
食パンの他にも
練乳がったぷりはいった
サニーパンが一番人気。
その他にもレーズンパン、ミルクパンも
よく買ってもらって食べたな。
お店はいつもショーケースの周りに
二重三重の人垣ができたので
小さい頃は身長が低いので
中々注文できなかったのも小さい時の思い出。
父親の会社の近くにあったので
よく買って帰ってきた。お土産の味。
父がシロヤのパンを買ってかえると
母親の機嫌が何となくよくなるのを
今でも覚えているので
父は母のご機嫌取りのお土産だったのかも。
そんな思い出のシロヤのパン
サニーパンを何十年ぶりに食べた。
練乳たっぷりの甘さは
昔の懐かしい味で大満足。
ただ、思っていたほど外側が硬くなかった。
これも時代の流れに合わせた変化だろうか?
令和時代にいきる自分からしたら
今昭和の味を楽しめられるのは
うれしいこと。
いつまでも
作り続けて欲しいシロヤのパンです。
グランブルー(完全版)
この映画は
フリーダイビングの世界記録に挑む
2人のダイバーの友情と軋轢
そして海に生きる男を愛してしまった
女性のこころの葛藤を描いた映画。
10代からダイビングに親しんだベッソン監督が
長年の夢だったイルカに魅せられた潜水夫の物語を
実在の天才ダイバー、ジャック・マイヨールの
協力を得て映画化されたらしい。
初めて観る映画だったが
潜水記録に挑む男の真剣さ
その男に惚れてしまい
自分に対する愛と、海を愛する男の
気持ちに翻弄される女性。
男性性と女性性との違いを
刻銘に表現されていた。
女性は愛の下で
男性は愛よりも浪漫をもって生きる
生物なのだとつくづく思った。
自分が育った昭和の世代からは
どこか納得してしまう生き方だろうが
現代を生きるZ世代はどう感じるのだろうか?
一緒に観た妻が見終わったあと
感想をひとこと
「逆アリエルだねと」
確かに・・・
男達は海に帰っていった。
栄光のバックホーム
この映画は
脳腫瘍のため引退を余儀なくされた
横田慎太郎 元阪神タイガースのプロ野球選手の
軌跡を描いた映画をみた。
阪神にドラフト2位鹿児島実業から入団した
将来有望な選手であったが
プロの道は厳しく
中々芽が出なかったが
生まれ持った根性で一軍を目指して
努力していた時に
脳腫瘍の診断を受け過酷な治療をうけた。
過酷な治療にめげそうになった時に
支えてくれた家族、チームメイトらなど
多くの人に支えられた乗りきろうとしたが・・
病魔は容赦なく襲ってきた。
そして野球選手の夢は諦め
第2の人生を力強く歩み出すのです。
そして
病魔に力強く立ち向かう姿が
実はだけに
胸に訴えてきた。
慎太郎選手を病気に通じて得たことは
「希望と夢は病に勝つ」
確かに病があったとしても
希望と夢があれば、それを実現するために
生きることができる。
その言葉は
ホスピスに入って、意識が混濁するなかでも
挫折に悩む先輩に対して
「先輩は、身体が動くからいいじゃないですか」と
叱咤激励するのです。
確かに
どんな困難なことがあっても
身体が動ける限り
打開することができるのです。
そして
慎太郎選手は
度々、「野球の神さまはいる」と語っていた。
僕もそう思うのです。
誰かが(神さま?)がいつも見守って下さっていると。
とてもいい映画を観た後
今年最大の寒波襲来の中でも
どこかこころが温かくなっているのを感じた
いい映画だった。
盤上の向日葵
この映画は
柚月裕子の同名小説を、坂口健太郎と渡辺謙で
映画化されたヒューマンミステリー。
将棋の世界と言えば
最近では藤井聡太棋士の活躍で
将棋界は注目されています。
この映画では
将棋界の明るい面の世界ではなく
賭け将棋の世界で生きる真剣士という
裏世界があることを知った。
その裏世界で生きる天才棋士にその才能を認められ
徒弟となり
その技を磨いていく若き天才棋士。
棋士としては尊敬していても
その裏世界で生きていく師匠に
別れ、真っ当なしあわせを手にいれようとするが
その時に、過去の彼を苦しめた人々が
そのしあわせを壊したいのかように
彼の前に現れる。
彼は今のしあわせ
彼が描くしあわせな未来を手にしようと
彼らと戦うが・・・
どんどんはまっていってしまう。
その訳は、彼のこの世に生まれた時決められたような
運命のわなに巻き込まれていくのです。
うーん、最初から最後まで
二人の名優の共演
そして、将棋を指す時に語る
表情だけの演技に
圧倒された迫力ある映画でした。
裸坊の明けた朝は
昨日は
防府天満宮の御神幸祭でした。
このお祀りは
太宰府より防府に還り留まられた
菅原道真公の御霊に
毎年毎年「無実の知らせ」をお伝えし
お慰めするため、
縁深い勝間の裏まで渡御する壮大なお祭。
白装束に身をかためた
5000人あまりの裸坊が
この行事にご奉仕する
西日本一の荒祭として有名なお祭です。
いつも静かな防府の町が
町全体が
「兄弟わっしょい。兄弟わっしょい・・・」の
声があふれるのです。
僕はこのお祭には
荒々しく危険が及ぶことも希にあるので
傍から手を合わせている派ですが・・・
お祭が終わった翌朝
いつものように神社参りをしていると
いつもと違う空気感を感じる。
キリッとして空気。
町はひっそり寝静まっているけど
耳を澄ませば
「兄弟わっしょい」の木霊が聞こえてきそう。
いつもと
異なるキリッとした空気は
きっと昨日の裸棒達の
お清めいただいたおかげなんでしょう。
これも
菅原道真公の福なんだと
有り難さと
ささやかなしあわせを感じた朝でした。
みなさんはどんなしあわせを感じましたか?
思い出のクマは何処に
僕は小さい頃からぬいぐるみが
好きな男の子でした。
それも、クマのぬいぐるみが大好きで
おもちゃやで
お気に入りのぬいぐるみの熊ちゃんを見つけた時は
母におねだりをしていました。
最後に
熊のぬいぐるみを買ってもらったのは
小学校の4年生時に
当時大流行した
パンダのぬいぐるみです。
小学校4年だったので
さすがに両親とも
パンダのぬいぐるみを買うのに
反対したのですが
これが最後だと・・・説き伏せて
パンダのぬいぐるみをゲットしたのです。
そして
約束通り
それが最後の熊のぬいぐるみとなり
実家を離れるまで
ずっと一緒の状態でした。
こんなに熊のぬいぐるみが好きでも
実際に熊を見たこともなく
日本の山の中にいるだろうけど
それは架空の動物に近いかわいい存在でした。
そして
住んでいた九州には
月の輪熊がいたけど
ほぼ絶滅したという話しを耳にしていたのですが
最近
熊の出没のニュース
熊に襲われたという被害のニュースが
毎日のように報道され
熊が怖ろしい野獣としての目で
見られるようになったのです。
山は
植物を底辺に
植物を食べる草食動物
草食動物を食べる肉食動物を頂点とする
三層のピラミッド構造になっていると
昔から考えられてきました。
そして熊はこのピラミッドの
どこに位置づけっれたいるというと
日本人は昔から
この三層の山のピラミッド全体を
「神聖な山」と考え
日本人は熊を山の神と考え
他の動物と次元の違う存在ど認識してきたのだ。
だから
人里に現れて、人を襲って来た熊に対して
駆除する行為に賛否両論が出てきたのである。
熊が人里に下りてきたのは
気候変動による餌不足
人間による環境破壊も影響しているのかもしれない。
今この状況を打破し
かつてのような
平和なピラミッドに戻すことが
人間の使命となるだろう。
この危機を乗り切って初めて
新たなピラミッドが形成されるのです。
進路指導②
医者になる道を
選択したものの
本当に心に描いたような医者になれるか
自信がなかったのでしょう
今とちがう形で
夢を描いていました。
医者には
患者さんを診る医者と
研究する医学者という道があります。
当時
僕には姉が生化学の研究者である方と
結婚することが決まっており
将来有望な医学者として
期待され、近々アメリカへ留学される
予定の彼であり
時々、医者についての話を聞くことがありました。
義理の兄となる人の
後ろ姿を診ながら
そうか、研究者という道がある
そうすれば、世界を股にかけた仕事で
人を助けられるんだ。
そうだ
留学して、癌についての研究をしよう。
そんな医者になろうと決意し
受験勉強に取り組んでいました。
でも、理科的発想ができないのに僕が
世界を渡り歩きたい
そんな医者になる道を選び
それが科学者というのも
今考えている理想とした医師像から
少しピントが外れた選択だったんです。
そういえば
理科系でも難関と言われる医学部に
文科系人間の僕が挑むと決めたのは
医者は理科系頭は必要ない。
人の心も考えないといけない
生き方も、倫理観、そして哲学、宗教感も必要
受験に理科系科目が必要なだけで
医者は理科系頭じゃなくても
できるからと思ったから理科系を選んだんです。
理系に言っても
僕の進む道は、医者になっても
世界を渡り歩きたいと思っていた夢は
その時点で持ち続けていたんですね。
医学者として
世界で活躍する医者になろうと決心したのですが
僕はなぜか
臨床医になるのは
夢の夢と思ってたのでしょう。
ひと言でいうなら
サラリーマン家庭でもなれる
医者の道を歩くことを決めたんですね。
まだまだ迷いの多い決断でしたが
魂もこの決心にちょっとほっとしていたのでは?
先輩医師の死
知らせは突然だった。
メールが届いた時には
忘れられない名前なのに
本当に先輩の名前なのか
わからなくなるぐらい
混乱していた自分がいた。
最後にあったのは
昨年春の小児科学会。
お昼のセッションで偶々出会い
一緒に昼食を摂ったのが最後だった。
研修医時代に
新生児医療に対して
文字通り一から教えていただいた
先輩医師。
その指導は
厳しくも、やさしさもあり
いつも僕を信じて指導してくれた。
最後にお会いした時も
そのお人柄は
当時とは全く変わらなかった。
その先輩が、もういない。
その先輩の死が信じられず
生きている証を捜そうと
HPを訪問した。
すると、そこには最後のお知らせが。
そこには病気療養のため
今週末でしばらく休診すると。
そして
休診予告の日が
亡くなった日だった。
亡くなる直前まで
病と戦いながら
こどもたちの診療に当たっていたのだ。
文字通り
いのちの削りながら
過ごされていたのだ。
その生き様を知って
僕にこのように最後まで
小児科医として生きていくことを
教えて下さった先輩医師。
本当に大きなことを
教えて下さった先輩。
ありがとうございます。
ご冥福をお祈り申し上げます
合掌
進路指導
医者に憧れながらも
医者の道を決められない少年時代。
でも
自分のすすむべき道を
決断しないといけない時期が
迫っていました。
それは
高校1年から2年に上がるときの
進路指導でした。
文系か理系を選択しないといけません。
自分は
英語、国語、社会などの
いわゆる文系科目が得意でした。
理系科目は
教えてもらった範囲を理解して
点数をとると言うことはできたのですが
理科的発想、理科的応用力がない
つまり
科学的発想ができないことを痛感したんです。
ですから
理系の分野に進むのは無理。
文系学部を選択して
将来自分は
語学力をつけて
世界中の人と関わり合って
世界をまたにかける仕事
なんとなく
外交官になろうと思い
文系を選択して
学校に進路指導を提出しました。
でも
文系を選択したら
もう数学Ⅲ、物理、化学など
習うことがないので
理系にすすむ道は閉ざされる。
本当にそれでいいのか悩んました。
何回か進路希望の提出があり
いよいよ
最終決定と言うときに
僕は
今まで学校に提出した希望と選択した
真逆の
理系、選択科目物理、化学という
理系直球ど真ん中の選択をして
提出したのです。
その時は
医学部にいくために・・・と
心に決めての選択でした。
みんな
僕は文系でのコースを歩むと思ってたので
先生も友達もそして親も
その真逆の選択でいのか
僕に何度も何度も確認にしていました。
僕は
文系頭だから
理学部、工学部にはいけない
でも
人のために働く
医学部にいくために理系を選択するんだと
強い決心をしての選択でした。
その時
決めたのは
人のために働きたい
ずっとずっと自分の手に職を持ち
定年などなく
死ぬ日その時まで人のために働き続ける仕事をしよう。
そのための技術を勉強しようと思ったのです。
僕のこの職業理念に合う仕事が
僕には医者だという選択に結びついた瞬間でした。
神秘体験
僕は病気をしてから
目には見えないけど
心で感じられる真実と思えることが
日々感じるようになり
それが大切に思えたので
日々、通常の医師は語らないことがないようなことを
ブログに書いています。
僕の書いていることを
不思議なことをいうなぁとか
そんなことはないと否定される方も
いらっしゃるでしょう。
でも
そうだと受け入れてくれる方もいらっしゃる方も
いらっしゃると思ってもいます。
最近は
スピリチュアルブームであり
目に見えないこと
魂のことを語る方も珍しいことでもなく
本屋に行けば
多くのスピリチュアル系の本が並んで
次々に新刊が出ています。
それだけ
魂の世界にひかれる方が
多いからではないでしょうか?
そんな方がいらっしゃるので
僕のブログも日に100人以上の方に
読んでいただけいるのだと思います。
魂の世界
スピリチュアルの世界を信じても
僕には
見えない物が見えるとか
触れただけで病を治せるとか
未来を予想することができるとか
不思議な力は
何一つ持ち合わせていません。
ごくごく当たり前に過ごしている
普通の人間です。
特別な
奇跡的な神秘体験をしたこともなく、
ただ、言えることは
大病を患ったと言うことだけ。
著名な精神科医であった神谷恵美子医師が
著書のなかで、こんなことを書かれていました。
「神秘体験は、多くの場合
人が人生の意味や生きがいについて
深い苦悩の中に落ち込み
血みどろな探求を続け、それが
どうにもならないどん詰まりまでいったときに
始めて起こる」と仰ってます。
つまり
これまで経験したことのないような苦難を
乗り越えたときに
神秘体験が起こる。
小さい自分という自己を越えられたという
出来事を
神秘体験だと人は感じるのだというのです。
僕も
大病というこれまでに経験したことのないような
出来事に直面し
心の中に
肉体をいう物質的な価値観から
魂という精神的な価値観の存在を体験し
価値体験の変換が起こったから
今、感じることを
みなさんに伝えているのだと思う。
重い苦しみを経験した人は
他人の評価や
自分の所有する物に重きを置けなくなり
新しい価値観で生きていこうとする。
これが
人々の言う神秘体験であり
誰にも経験する可能性のあることでもある
そして
僕もこの経験をみなさんに伝えるために
ブログで発信しています。
