「心の調べ」カテゴリーアーカイブ
あたりまえ
いつもあたりまえと思ってること
食べられる
眠れる
歩ける
朝を迎えられる
みんな あたりまえのことだと思ってた
でも
あたりまえのことは
あたりまえじゃないんだと
あたりまえの中に
しあわせがあると気づいた
あたりまえの しあわせ
あたりまえが しあわせ
あたりまえと思ってる
毎日の生活
あたりまえのしあわせを
かみしめながら
今日も生きていくことがしあわせへと続く
ドゴール「果物採集」
自然には
人を癒す力がある。
そのことを伝えた詩を紹介します。15
ドゴールの詩「果物採集」
「危険から守り給えと祈るのではなく
危険と勇敢に立ち向かえますように
痛みが鎮まることを乞うのではなく
痛みに打ち克つ心を乞えますように
人生という戦場で味方を探すのではなく
自分自身の力を見いだせますように
不安と恐れの下で救済を切望するのではなく
自由を勝ち取るために耐える心を願えますように
成功のなかにのみ
あなたの恵みを感じるような卑怯者ではなく、
失意のときにこそ
あなたの御手に握られていることに
気づけますように。」
この詩の中に
だれにもどんな時でも
生きていく力が自分自身の中にあること
そして
しあわせに生きていくヒントがあるような
気がしたのでご紹介します。
同窓会に参加する理由
還暦を迎えた今年
旧友との再会する機会が増えてきました。
先日も高校の同窓会に参加しました。
そこには
恩師にお会いして
さすがに学生時代よりは見かけは
だいぶん年月を感じますが
その話しぶり、やさしい眼差しは以前と変わらず
恩師と話していると
僕の時計が逆回りして
あっという間に学生時代の自分に戻るから不思議です。
そして
旧友はかなり変わりました。
会っていない期間が長いからなのか
顔を見てもすぐには思い出せないのです。
それは自分だけでなく
旧友も自分を観てもよそよそしいのです。
そして、初めましてのように名刺交換して
名前をみると・・・
「あ、○○ちゃん、元気にしとった?」
「今、何してる?」と
それまでとは打って変わって話しが始まりだし、
どんどん時計の針は逆回りしだし
僕たちを懐かしい時代に戻してくれるのです。
そして、最後は同窓会は
とても楽しかった・・・となるのですが
同窓会の意義をちょっと考えてみると
昔の知人、恩師に会いたいという気持ちは
昔の自分に戻りたいという願望の現れかもしれない。
また自分の顔かたちは直接自分では観られないから
自分と同じ年代相手に対面し
相手に違和感がなければ、
老けたことを自覚しなくて済みます。
そうすると少しは気持ちから若返って刳るのかもしれません。
同窓会っていいことがたくさんある。
あの世があると思って生きてみよう
死んだらどうなるのか?
あの世があるかどうかの
答えがでることは
生きている限り得られることはないでしょう。
ですから
死んだあとのことに
永遠にこの世ではわからないでしょう。
でも
生き方として
あの世があると信じて生きるか
あの世がないと思って生きるかを
選ぶことはできます。
もし
あの世なんてない。
死んだら全て終わると考えたら
自分の好きなように生きる
自由気ままに生きてもいいんです。
そして死んだ時
本当にあの世がなかったら
楽しいことも全て無となってしまいます。
あのときの楽しさは一瞬で消えてしまいます。
なんか虚しいですよね。
逆にあの世があったら
楽しかったけど
もっと周りの人も考えて生きればよかったかな
自分勝手な生き方を後悔することでしょう。
もし
あの世があると思って生きると
楽しい時も苦しい時も
全てのことに意味があると考えられ
感謝の気持ちをもって生きることでしょう。
そして死後の世界がなかったとしても
その時に全てがなくなっても
苦しいことも報われ、無になっても
満足、納得して消えることができる。
もし、あの世があれば
なつかし人に再会を喜び
生きてきた人生を労ってくれることでしょう。
あの世があると信じて生きた方が
充実した人生を送れるように思えませんか?
星はいつも耀いている
しあわせになりたいと誰もが思っている
でも、どんな時も、どこにいても
実はしあわせに囲まれて
生きているような気がしています。
空が暗くなると
星が見えてくるように
人生が暗くなると
当たり前の中にある
しあわせが見えてくる
星もしあわせも
見える時も
見えない時も
いつもそこにあることを
忘れないでいたい
先日、還暦を迎えました。
しあわせをしあわせだと気づいたから
しあわせの日々を生きている
だから
生きていることに感謝
今まで出会った全ての人に感謝
これから出会う全ての人に感謝
この世に生をくれた親にご先祖様に感謝
そして家族に感謝
どんな時も
ありがとうの心をを胸に
日々のしあわせをかみしめて
これからも生きていこうとおもいます。
“僕の人生”
悲しいことも
楽しいことも
寂しいことも
胸躍ることも
苦しいことも
すべてぼくの人生
すべて受けとって
めぐりあったことを 喜びに変えて
今日も、
僕の人生を歩いていく
くりかえし
人を笑わせると 人に笑わされて
人を怒らせると 人に怒られて
人を助けると 人に助けられて
人に優しくすると 人に優しくされて
人を愛すると 人に愛されて
人に甘えると 人に甘えられる
人生はそれのくりかえし
どんなにがんばっても
ひとりでは生きていけない
だから、あなたに感謝
出会えるのは
生きている間に出会う人の数は
およそ3万人
その中で仲良くなるのは
300人くらい
もし生まれ変わったとしても
世界中の全ての人に会うのは
23万回
生まれ変わらないといけない
1秒に1人あったとしても
200年以上かかる
人の出会いって
奇跡
出会いを大切に
魂の音楽
とある雪舞い散る真冬の休日。
こんな日は
家でのんびり撮りためていたビデオなど
観て過ごします。
その日は
2018年の谷村新司のコンサート。
谷村新司は昨年残念ながらなくなったが
当時は健康そのもの。
説得力ある歌声で
テレビから魂が震えてくる。
魂が震えたのは
その歌声だけでなく
その歌に込められた
神の啓示のような言葉の力のためだと
気づいたのは
昴を歌った時だった。
次に観たのは
世界的指揮者小澤征爾のドキュメント。
小澤征爾は長い間闘病を続けていたが
体調が許す限り
指揮をした。
最後に演奏したチャイコフスキーのセレナーデ
ドクターから許された7分間に
全身全霊を込められた演奏。
小澤征爾の渾身の力
これが最後だという気持ちの入った
鬼気迫った指揮だった。
そして、最後は
坂本龍一の最後の演奏を撮った映画。
坂本龍一の
万全ではないにもかかわらず
その指先からあふれ出る
ピアノのエネルギーは
坂本龍一の最も求めていた音楽が
画面から届いてきた。
三人の音楽家の生き様は
それぞれ違っていても
最後に自分の音楽を奏でてたことは
きっと幸せだったにちがいない。
最後の瞬間に
思い残すことなく追われることは
幸せなこあとだと
三人の姿を見て思った。
生きているから
今朝も4時、目覚めることができました。
でも
朝目覚めることって
当然の事じゃないと思います。
目が覚めて、また一日が送れるって
奇跡なんだと思います。
奇しくも今日は東日本大震災の起こった日。
今生きていることだけでも奇跡
そして
しあわせなことだと思いました。
そんなことを考えて作った詩です。
”生きているから”
生きているから
わかるしあわせがある
出会えたしあわせ
笑い合えるしあわせ
ありがとうと言えるしあわせ
ごめんと言えるしあわせ
一緒にいられるしあわせ
けんができるしあわせ
仲直りできるしあわせ
おかえりと言えるしあわせ
ただいまと言えるしあわせ
泣けるしあわせ
しあわせをしあわせだと気づけるしあわせ
生きてることの
すべてがしあわせ
生きるってすばらしい
今日も生きてることの
すばらしさをかみしめながら
生きていきたい。
