年別アーカイブ: 2026
日本史上一番平和な時代
今までで
日本が一番平和だったのはいつだっただろう?
元禄文化が花開いた
江戸時代でしょうか?
確かに
戦国時代から徳川家康が統一してから
江戸時代は
戦争はなく、身分制度はあるものの
争いごとは少なく
文化が花開き
平和な時代だったと思います。
その平和な時代は
明治維新まで続きました。
250年は平和続いた平和な時代。
徳川家康の国作りは
大成功だったのだと思います。
でも
もっと長く平和な時代が日本にあったことが
最近わかってきました。
その平和時代は縄文時代という説を
耳にすることが多くなりました。
確かに
縄文時代の遺跡からは
戦争の形跡がないという
事実が裏付けています。
でも
なぜ戦争がなかったのか?
人々の間に争いごとはなかったのだろう?
小さいいざこざはあったかもしれませんが
根本的な人々のこころの中に
争いごとになる火種となる考え方が
生まれなかったのだと思います。
その考え方とは
僕はこう考えていたのではないかと思います。
それは
縄文式の遺跡には
祈るような土偶を見たことがあります。
縄文人は
きっと自分の願いが叶うように
よく祈っていたのではないでしょうか?
現代人と同じしあわせを願って
祈ってたことでしょう。
でも、その祈りが
自分ではなく
大切な人をしあわせにできますようにって
祈ってたと思うのです。
自分がしあわせであるためには
大切なあなたがしあわせでいることだと思うから。
それを
こころからそう思い、実践したのが
縄文人だったと思うのです。
だから縄文時代といわれる1万年以上も
平和が続いたと思うのです。
そして
縄文人をまとめたリーダーの
思いも知る必要がある気がします。
誰からも学べる
人から学ぼうとするなら
いわゆる成功している人や
人気のある人
みんなが「すごい」と言う人だけを
観察してもつまらない。
気が合う人からだけでなく
好奇心をもてる人だけではなく、
どんな人から出に興味をもつことが大事。
たとえ全く理解しがたい相手でも
「同じ人間なのに、
なんでこんなに違うんだろう」という風に
関心を持つと言うことが
あなたの成長につながるのです。
生まれたての赤ちゃんがそうであるように
まっさらな気持ちで
どんな人とも付き合うことが
あなたにとって有意義になるのです。
3歳児の生き方を教えられて
毎日こども達と接していると
こども達の生き方を
うらやましく思うことも多い。
注射がいやだから大泣き
お医者さんが嫌いだから診察に協力しない
もっと遊びたかったのに
呼ばれたから悔しくてすねてみる。
でも
一緒に過ごして
何のために今ここにいるのか
お母さん達がどうして
連れてきたのか・・・ってこと
お話していくと
だんだんわかってくれて
診察にも協力してくれる。
こども達の
表情ってカメレオンのように
瞬間瞬間で大きく変わってきませんか。
これは病院だけの話ではなく
お子さんがいらっしゃるご家庭でも
そうではないですか?
転んで口を切って
大泣きしていたはずなのに
次の瞬間面白いものをもつけると
涙も乾かないうちに
ケラケラ笑い出したり
美味しいものを見つけると
口から血を流していても
美味しそうに食べたり・・・
こどもって本当に自由奔放に生きているなぁ
自分の本能のままに生きていて
うらやましいなぁと
思いませんか。
本能のままに生きていたはずなのに
いつのまにか
人の目を気にしたり
人に合わせて生きていこうとしたり
自分の気持ちを隠すように
生きてしまったり・・・
成長すると
本能のまま生きることを忘れてしまう。
確かに
社会生活をする上で
社会のルールを守らないと
社会生活において
集団生活は送れず、ひとりぼっちで
いきていかないと行けなくなる。
でも、これって
本当は人間の作ったもの
自分の生き方とは異なるもの。
時には
社会ルールに縛られずに
本能のままに生きることを
魂は望んでいるのだと思う。
社会的ルールを生きながら
3歳児のように
魂のまま生きることも大事だと思う。
ですから
いつも診察室で
自由に振る舞うこどもたちを見て
時折
魂が生きたい生き方を思い出すのです。
親御さんも
自由奔放なこどもたちの姿をみて
自由に生きる生き方を忘れないで欲しいと
思います。
3歳児の生き方を教えられて
毎日こども達と接していると
こども達の生き方を
うらやましく思うことも多い。
注射がいやだから大泣き
お医者さんが嫌いだから診察に協力しない
もっと遊びたかったのに
呼ばれたから悔しくてすねてみる。
でも
一緒に過ごして
何のために今ここにいるのか
お母さん達がどうして
連れてきたのか・・・ってこと
お話していくと
だんだんわかってくれて
診察にも協力してくれる。
こども達の
表情ってカメレオンのように
瞬間瞬間で大きく変わってきませんか。
これは病院だけの話ではなく
お子さんがいらっしゃるご家庭でも
そうではないですか?
転んで口を切って
大泣きしていたはずなのに
次の瞬間面白いものをもつけると
涙も乾かないうちに
ケラケラ笑い出したり
美味しいものを見つけると
口から血を流していても
美味しそうに食べたり・・・
こどもって本当に自由奔放に生きているなぁ
自分の本能のままに生きていて
うらやましいなぁと
思いませんか。
本能のままに生きていたはずなのに
いつのまにか
人の目を気にしたり
人に合わせて生きていこうとしたり
自分の気持ちを隠すように
生きてしまったり・・・
成長すると
本能のまま生きることを忘れてしまう。
確かに
社会生活をする上で
社会のルールを守らないと
社会生活において
集団生活は送れず、ひとりぼっちで
いきていかないと行けなくなる。
でも、これって
本当は人間の作ったもの
自分の生き方とは異なるもの。
時には
社会ルールに縛られずに
本能のままに生きることを
魂は望んでいるのだと思う。
社会的ルールを生きながら
3歳児のように
魂のまま生きることも大事だと思う。
ですから
いつも診察室で
自由に振る舞うこどもたちを見て
時折
魂が生きたい生き方を思い出すのです。
親御さんも
自由奔放なこどもたちの姿をみて
自由に生きる生き方を忘れないで欲しいと
思います。
全てのことを丸ごといただく
癌という字は
(食)品を
山ほど食べる病と書きます。
ここでいう食品とは
自然にあふれている食べ物のことではなく
白い砂糖、食塩など、化学式で表せる食品のこと。
化学式であらわされた食べ物は
食品でなく薬品なんです。
薬品を食べ続けると、
癌になるということです。
もちろん、癌になるのは
それだけが原因ではありませんが、
人間の知恵は、自然界にあるものに比べれば
ずっと浅はかです。
だからリスクも高いのです。
ですから健康でいようと思えば
人間が作ったものではなく、
自然の恵みをいただくことこそが、
健康で過ごせる第一条件だと思います。
そして、自然の恵みを
好き嫌いなく、少しも無題にせず
丸ごといただくことも、本当に大切なこと。
例えば、みかんを食べているということは、
みかんそのものだけを結果として僕たちは食べているけれど、
みかんを食べるまでには
多くの時間と人の手がかけられています。
目の前に現れたみかんには
みかんそのものに
晴れの日も雨の日も台風の日も、
心地いい日も心地悪い日も経験して
生き残った「たくましいパワー」にあふれ
そのエネルギーをいただいて
僕たちは元気でいられるのです。
生きていた魚、お肉でも一緒。
魚の切り身だけを食べていたとしたら、
都合のいい部分だけを集める人生になるし、
加工食品ばかりを食べていたとしたら、
要領いいことばかり求める人生になる。
これは食べ物だけのことでなく
あなたの生き方全体に関わってきます。
あなたの目の前に現れた全ての物や人に対して
丸ごとをそのまま受け入れることが
人生にとってもっと大切なことだと思っています。
からだから変わる
気持ちが落ちている時
鏡を見てみると・・・
背中が丸まっていないだろうか
肩が落ちていないだろうか
目は下ばかり向いていないだろうか
口角が下がっていないだろうか
顎が下がりすぎたり、
上がりすぎたり
していないだろうか
背筋を伸ばし、顎をひき
からだの軸をしっかり維持し
口元には微笑を浮かべ
目に力を入れて見開き
呼吸を整える
その姿を自分の心に焼付けよう
いつもその姿でいよう
その姿で者をみて、考えよう
からだと心はつながっている
たまには病気するのもいい
誰もが病気にはなりたくない。
できることなら
病院にはかかりたくない
薬なんか飲みたくない
という気持ちもわかります。
ただ、自分も病気を経験し
病気をしたことで
得られたこと、学んだことも
沢山ありました。
とある先輩クリニック院長が
こんな話を
してくれました。
「人間は時々風邪を
ひかないといけない。
それを乗り越えるたびに
少しだが、強くなる。
風邪ひとつ引かない
自分は健康だと豪語している人は
あぶない。
その人は
高速道路をぶっ飛ばしている
車のようなもの。
一般道路に下りると
事故を起こしやすい。
反対に
いつも信号で止められているドライバーは
あんまりおお事故を
起こさないものだよ」と
話されていたのを思い出す。
日頃から
自分に過信することなく
歩んでる方がいいのかも知れない。
また、病気をして
病気を乗り越えた経験は
病気になる前よりも
少し自然治癒力が増しているもの。
人間のしあわせも同じ。
不幸を乗り越えた時
その経験が知恵となり
しあわせに一歩近づける
ようなもの。
病気になることは
怖れることばかりではないのです。
手紙を書く
手紙を最近は書く機会が
少なくなりました。
電話やメールやラインなど
色んな伝達手段が増えました。
これらは
あっという間に
自分が伝えたい時に
相手に伝えることができます。
だから
書くのにも、相手に届くのにも
時間がかかってしまう手書きの手紙は
スピード感ある
現代社会では、億劫がられるのも
わかる気がします。
でも
こんな時代だから
手紙を書くことが大事だと思います。
丸山敏雄先生は
とても筆まめで
心血を注いで手紙を書いた
言われています。
手紙は
お互いの会話だから
気がついたら
すぐに書きなさい。
受け取ったなら
すぐ返事を書かないと
会話としての
手紙の意味をなさなくなると
おっしゃって
とても手紙というものを
大事にされました。
そして
手紙の書き方として
①わかりやすく
読みやすい文字で、簡単に、明確に
②礼儀正しく
心を込めて、相手の立場になって
③早く、美しく書く
事が良いと言われています。
最近では
手紙を受け取ることが少なくなりましたが
その手紙を受け取ると
その方の字をみると
その人の
姿が目に浮かんできませんか?
そして
その文面に
その人の生の言葉として
思いが胸に飛び込んできませんか?
手書きの字をみると
その人の思いが
ひしひしと伝わってきませんか?
そして
温かい気持ちに溢れてきませんか?
それは
メールやラインなど
デジタルの文字では
感じられないものではないでしょうか。
手紙は
直接話すよりも
心に響くことがあります。
会話は
言葉としての音は消え
後には残りません。
でも
心のこもった手紙の文章は
形として
いつまでも手元に残り
必要な時にくりかえし
人を励まし、力を与えてくれます。
心を込めた手紙
手紙を書く気持ちを持って
生きていくと
きっと
いい人間関係が生まれるのでは
ないでしょうか?
愛情不足
愛するこどもや家族、恋人
大切な人にに対しては
愛情不足にならないように
心がけているということ。
でも、どのように
愛情を表現したらいいか
わからない方も
いらっしゃることでしょう。
愛情をかけるとは
特別なことをことと考えてしまうと
何をしたらいいのか
わからなくなると思います。
愛情をかけるとは
実は特別なことではないのです。
部屋にゴミが落ちてたら拾うとか
のどが渇いてるかな?と思ったら
お茶をだすとか・・・・
別に特別なことではないのです。
お手本にするのは
お母さんの行動です。
親の愛情をいつも感じてることは
多いでしょう。
生まれた時から
ずっと、あなたが困らないように
あなたが気がつく前に
先回りして
行動してくれてたでしょう。
あなたのことを考えて
行動してくれることが
愛情行動の現れです。
ですから
その人の行動をみたら
愛情があるのかなのかわかるのです。
運の玉
人は生まれてくるときに
平等に運の玉をもって
生まれて来ているらしいです。
そして
生きている間
こころの中の錦の袋の中に
大切に入れているのです。
そして
その運の玉を
生きている内に大切に
まるでこどもを育てるように
育てていくのです。
その運の玉を育てると
大きくなります。
大きい運の玉をもつと
その人は幸運が訪れるようになります。
みんな生まれてきた時に
もらってきた運の玉に気づかず
もっていることに気づかないと
育てることもできません。
この運の玉をもっていると
いいことが起こるのです。
いいことって、試験に合格するとか
大事故、病気などの災難から免れるとか
そんな大きなことばかりではありません。
今日食事が美味しかった
朝スッキリ目が覚めた。
天気も良く遊びに行けた
など、自分に起こった
ちょっとしたいいことを
気づくことで
運の玉をもっていることを自覚し
運の玉に感謝することができるのです。
運の玉に感謝すれば
運の玉を一回り大きく育ち
更に大きな幸運が訪れるようになります。
織田信長も
豊臣秀吉も
この運の玉に気づき大切にしていたそうです。
あなたも
ご自身の運の玉を育てる生き方を
していきましょう。
