年別アーカイブ: 2026
生きているのではなく生かされている
新しい年を迎えて
思うことがあります。
それは
今ここにいるのは
自分の力でここにいるのではなく
ここでいるように
生かされている
という気がとてもするのです。
思えば
ひょっとして
今ここに存在しなかったかもしれない
出来事が
これまでに2回ありました。
一つは
今から約15年前。
山登りに魅力を感じていた時期で
乗鞍岳の登山に挑戦した時のことです。
乗鞍岳は
3000mを越える山ですが
初心者の僕でも
登頂することができ
山登りの楽しさを教えてももらった
山でした。
山登りは
下山するまでが山登り。
とも言われます。
その時
一緒に同行した方と
下りは自転車で下ろうと提案してくれて
サイクリングの経験はないけど
下るだけなら
ついて行けるだろうと
軽く考えてOKしました。
でも
そこに魔物がいたんです。
長距離の下り
ペダルを漕がなくても
どんどんスピードが乗ります。
それも3000mの下り坂
つづら折りのカーブを曲がりながら
降りていきます。
スピードも乗って、楽で快適です。
でも
ガードレールの下は
絶壁の崖のところばかり
スリルも少しは感じながら
スピード感に酔いしれ
自転車が加速していきます
まさに
風を切り、風に乗ったと思った瞬間
カーブを曲がり切れず
ガードレールを
乗り越えてしまったんです。
目の前が真っ暗に成り
体がふわっと宙に舞う感覚とともに
ドスンと落ちて
右の胸を
ガードレールの柱を固めてあった
セメントの土台にぶつけ
強い衝撃と痛みで
僕の楽しい山登りは終わりました。
肋骨を打って
ひびが入ったのでしょう。
それからしばらくは
笑っても痛い
ベットから起き上がるのも
痛くて動きがとれない状況が
1週間近く続きました。
楽しい旅行の結末は
苦い思い出になってしまいました。
でも
冷静になって振り返ると
そのカーブだけが、すぐ地面だったのです。
つまり
他のカーブを
曲がりそこなってたら
深い深い谷底に落ちてしまい
いわゆる滑落事故として
いのちがなかったと思い
今思うとぞっとしてしまいます。
そして
一年前の脳出血。
脳出血でいのちを落とした方の
ことを聞くことがありました。
今まで元気だった方の
突然のニュース。
そんなニュースを聞く度に
僕もそうなっていても
おかしくなかったんだと思います。
亡くなったかたも
死ぬなんて思わなかったんでしょう。
色んな状況
同じような状況でも
死ぬ人と生きている人がいる。
このちがいってなんでしょうか?
人は寿命、運命だと言うのかもしれませんが
僕には
自分で勝手に生きているのではなく
誰かによって生かされている気がして
ならないのです。
生きる、死ぬも
自分で決められない
だから
毎日いやこの瞬間を
悔いなく過ごさないといけないと思うのです。
チャンスを活かす
病気になったことで
病気についてだけでなく
生き方、考え方など様々なことを
考えるきっかけになった。
この経験を受け
病気の後も
多くの患者さんを診させて
いただいているが
医者としても
ただ病気を治すだけでは
もったいない。
病気をきっかけに
更に自らを高めるきっかけに
して欲しいと思う。
病も自らを高める一つのチャンスなのです。
科学もそして医学も
人間をしあわせにすることを目的にして
その観点を分けに分けて
発展してきたけど
最初の出発点は同じである。
しかし
その出発点から発展するにあたって
人間のための
全体像がわかりにくく
なってきたのかもしれません。
だから
癌という病気は治ったけど
ご臨終を迎えてしまうことが
起こってしまうのでしょう。
病気を克服しても
いのちを助けることができなかった。
これは病気のことだけに囚われすぎて
人間そのものをみていない結果です。
医者も頑張っているけれども
全てのことがつながっていることを
知っておかなかったために
起こった悲劇かもしれません。
そのためには
病気だけを診るのではなく
全てのものをものをみていかなければ
ならないのです。
そして
全体をみることが大事。
人間も肉体だけでいきているのではなく
こころも魂もあることを知り
その肉体だけでなく
こころもそして魂も診るここも必要なのです。
全てのものにはこころがあります。
それは人にも当てはまります。
人の体を診ただけでは
診たことにはならないということです。
病気になったことで
からだを診ることで
こころと魂との関係に気づくきっかけにも
なるのです。
だから
病気になることは
そこに気づくチャンスになるのです。
その機会を有効に
活かしていただきたい
活かしていただけるように治すのも
医者の仕事だと言えるのです。
時計の文字盤が円いわけ
時は、真っ直ぐ進む訳じゃないから。
円環のように、ぐるぐる同じ所を回っているから。
そして、人間は
その円環から、決して逃れることはできない。
円環という牢獄の中に
閉じ込められているのかもしれない。
でも、実は
閉じ込められている円環から
人生のなかで
一瞬その円環から解放される時があるという。
それがいつ起こるのか
いつ起こったかもわからないかもしれない。
しかし、その瞬間に
それまでの人生とは大きく異なる
何かが生まれる瞬間を経験するという。
その時は
一瞬のタイミングであるという。
その一瞬のタイミングを確実につかむために
今この一瞬一瞬を生ききることが
大事なのです。
波動を合わせる
宇宙には
あらゆるエネルギーが充満しており
自然界にあるすべてのものは
宇宙全体とつながっています。
そして人も例外ではなく
全ての人が
宇宙とつながっているのです。
ですから
宇宙全体に波長を合わせることで
大きなエネルギーを受けることが
可能になるのです。
そして
宇宙の波動を合わせることで
自分のもっている波動を
変えることが可能になるのです、
すなわち
医学的に治すことが困難だと
考えられる病気でも
宇宙からのエネルギーを受ければ
治ることも可能だと
考えられます。
これは
病気のことだけでなく
宇宙のエネルギーの波動と
合わせれば
全てのことが
自分の思うままの方向に
動き出すこともできるのです。
でも
そうだと知っていても
現実にはそう動き出すのは
容易なことではありません。
ただ宇宙のエネルギーと
波長を合わせるだけでは足りないのです。
仏教の言葉に
三密加持という言葉があります。
加持の加はというのは
宇宙の力
持というのは
こちら側が受け取る状態であるということ
密は密着しているということ。
すなわち
こころとからだそして魂も合わせて
宇宙からの力を
受け入れる準備ができていることを
表現した言葉なのです。
仏教でも
宇宙からのエネルギーの存在に
合わせて生きていくことの大事さを
教えてくれているのです。
人間は自分ひとりで
生きていない
いえ、生きられるわけではないことを知り
全てのことに感謝して
生きていくことから
全てのことが始まるのです。
円谷英二監督の予言
円谷英二監督といえば
ウルトラマンやゴジラシリーズなどの
怪獣シリーズを特撮技術を開発し
普及した特撮の父ともいわれる方です。
多くのウルトラマンシリーズに
関わってこられましたが
その数多くあるウルトラマンのなかで
唯一自らメガホンをとったのが
「悪魔はふたたびやってきた」の回だけです。
この回は、どこか異種異様なんです。
怪獣アボラスをオリンピックが行われた
国立競技場で戦わせ、
戦いに勝利したウルトラマンはは
完全に破壊された国立競技場を後にして
宇宙に飛び立て終わるんです。
通常なら
戦いが終わった後
ハヤタ隊員が宇宙警備隊のもとに
笑顔でもどってきて終わるエンディングですが
この回はウルトラマンが去って
あっさり終わるんです。
ほかの回とは異種なエンディング。
これは円谷英二監督の未来に対するメッセージが
込められていたのでは思うのです。
実は当時福島原発を福島に建設されることが決まり
実は福島出身の監督が
原発建設の未来に危惧したのではないだろうか?
もしかしたら
題名の悪魔は原子力発電所。
その悪魔による破壊が再びやってくる
そのことを予言し、危惧した
メッセージっだったように思えるのです。
人間の文明発展には
完全ではなく、大きなリスクもある。
そのことを考えて未来を作っていかないといけないと
思うのです。
医師としての生活スタート(思い出)
「無事国家試験も合格し
医師としての
小児科医としての第一歩を
九州大学病院でスタートしました。
医師免許をいただいたとはいえ
まだまだと言うか
実践力は全く0の状態でのスタートでした。
病棟で
小児癌のこどもたちの主治医に
なりましたが
こどもたちは、とても苦しい治療を受けてきて
僕たち研修医が何もできないことを
患者さん自体、親御さんもわかっています。
薬一つ出す
熱冷まし一個出すのも
風邪薬を出すのさえ
指導医に確認し
自分ひとりでは何もできない状態の研修医。
僕にできることは
こどもたちと遊ぶことでしょうか
そんな僕を
先生と呼んでくれていたのは
立派な先生に早くなって
僕を1日でも楽にしてねと
病気をしていても天真爛漫の笑顔の奥にある
ふとみせる悲しい表情が忘れずに
研修医なりに持ってる知識を総動員し
もっと、もっと学ばないとと
患者さん、病気と24時間休みなしで
向き合って過ごしました。
でも
こどもたちが笑顔で元気になって退院しても
なかなか医師としての実感を感じられませんでした。
僕が描いてた医者の像との乖離を感じ
治した実感がありませんでした。
薬が、あの20mlの薬液が、ちっさい、ちっさい丸薬が
治しただけで
僕はこどもたちに何ができただろうか?
もっと医師として
この手で、我が力で
病気を治したいと思うようになりました。
その時の思いが
僕の今の医療スタイルにつながっているのには
間違いありません。
現代医学の礎、考え方をを今に伝えている
医聖ヒポクラテス(BC450-300)が次の言葉を残しています。
「病気を治すのは
医師ではなく自然である。
医者はそれを手伝うだけだ」として
自然治癒力を重視したという
言葉が残されています。
医者が治しているのではなく
治すお手伝いをしているだけ。
僕が研修医の時感じた思い
現在に続く思いは
間違いではない。
患者さんの治癒力を引き出すために
僕ができることをすればいいんだ。
今でも医師としての道は途中。
まだまだ僕の歩む医道は続きます。」
今もその思い、気持ちは変わりません
育ててくれた家に今でも感謝(思い出)
5年前に幼少時過ごした家が
取り壊されました。
取り壊される前に訪れた時の思いでのブログ。
「このたび
1年ぶりに訪れました。
今は誰も住んでなく
僕も病気のこともあり
一年以上そのままにしていた家。
どんなにさみしい思いをさせて
しまったでしょう。
僕だけでなく
父、母をそして姉の
日々の生活、成長を
悲喜こもごも一緒に
どんな時も見守ってくれた
苦楽共にした家なんです。
本当に
本当に
感謝、感謝なんです。
あの家があったから
現在の両親が居る、僕がいる、姉が居るんです。
1年以上ぶりに家に
入りました。
何もないがらんとした室内でしたが
空き家だったとは思えない
次に誰かすむのを
待ってくれててるかのように
さわやかな空気感なんです。
しっかり、しっかり
いつ戻ってきてもいいように
守ってたんだよ・・・・と
言ってるような気がしました。
ここで
育つことができたから
今こうして生きていることができる
新しい家族もでき、生活もあるのは
この家で大きくしてもらったから。
大学生になって巣立っても
僕をずっと見守ってくれていた。
いつも帰ってこれるように
全身全霊を込めて
ここで守ってくれていたことを
感じ
これまで過ごした光景が
走馬灯のように流れていきました。
次
新しい家族がここで
新しい歴史を創られることでしょう。
きっと
神様に優しく迎えられることでしょう。
ここを去ることは
さみしい気持ちはありますが
いつも、どこにいても見守ってるよと
家の神様に言われた気がして
帰るときは
不思議とさみしさは感じませんでした。
家の神様
土地の神様
本当にありがとうございます。
しあわせになります。」
今は形も何もない家の存在は
両親と姉と家族全員とともに
今も僕の心の中にあります。
嫌な体験を未来につなげるために
年が明けると
将来に向けての活動が活発になります。
そのうちのひとつが
受験シーズンでもあり
おとなだけでなく
こともたちにとっても
今までにない
不安な気持ちを抱き
日々嫌な気持ちが湧き上がって
来てしまう中
人々は必死に生活されていることでしょう。
どんな嫌なことを体験したとしても
学ぶべきことはあります。
その嫌な体験を
嫌なことだと思うだけで
学ばないままにしてしまうと
いつまでもその体験は
嫌な思い出として
今後の人生に尾を引いてしまいます。
ですから
嫌な出来事が起こった場合
「決して無駄な経験ではない。
何科学ぶべきことがあるはずだ」と
思い直してみて下さい。
嫌なこと、体験を逃げずに
様々な立場で
その思いを体験を
眺めてみて下さい。
そして
こんな思いを二度としないですむ
生き方をしていこうと
決意しましょう。
その時
こころに留めていただきたいのは
自分にとって大事なのは
過去でなく
今をどう生きるかということです。
過去は今後につながる
土台となるものです。
全ての過去の経験が積み重なっていくことで
強固な石垣となり
その上に自分の城が築けるのです。
拡大新生児スクーリングの現状と課題
学会で
拡大新生児スクーリングのついての
勉強をした。
新生児スクーリング検査といえば
約40年前の研修医の時代でも
行われた検査。
産科で産まれたばかりの赤ちゃんに対して
当時は代謝疾患を早期に見つけるための
スクーリング検査。
生まれつきに特定の酵素が欠損していたり
特定のホルモンが過不足するなどの結果
知的障害や身体の発育に障害を起こす
先天性の疾患などについて
早期発見・早期治療により
発症を未然に防止して心身の障害を
予防しようとしておこなったもの。
当時は
ガラクトース血症、先天性甲状腺機能低下症などの
6疾患しかありませんでしたが
対象疾患は20以上の対象疾患に増えています。
研修医当時
疾患を見つけても
治療法はなく、起こることを未然に防ぐために
ミルクを変えたりしながら対応していました。
診断したことで、対応方法が見つかって
安堵していましたが
その後はその子は不自由な生活を余儀なくされたのは
代わりはありませんでした。
そんな時に
ゴーシェ病という
代謝疾患の患者さんが入院してきて
当時、ゴーシェ病の酵素が海外で作られたと
海外からその酵素を輸入して
治療をおこなったのを覚えています。
その後酵素を補充したり
遺伝子治療も行うようになり
20疾患でも治療を行えるようになってきていた。
診断、治療ができるようになったことは
医学的側面からみるといいことなのだが
診断したことで
家族や今後の産まれてくるはずのこどもにも
影響があることがわかり
今後どうするかの遺伝相談。
一生涯病気が続くので
成人になっても治療が必要で、また
全身的にも影響を及ぼすので
小児科の枠を超えて他科との連繋が必要になる。
また、酵素補充、遺伝子治療について
保険がきかないので、また定期的な通院も必要となり
肉体的、経時的、時間的制約が産まれてくる。
多くの課題が露見されているが
小児科医だけでなく
多くの専門家と連繋しながら
行わなければならないと
小児科医としての大きな責任を感じた
講演会だった。
内在する声に従う
現代は
情報氾濫している。
インターネットを広げれば
コロナに対しても
様々な見解、意見そして感想が
渦巻いている。
誰もが意見を発信しやすくなる分
瞬時に色んな情報が
世界を駆け巡る。
情報が全て
確かなものであればいいが
情報全てが確かなものばかりではない。
いいえ
不確かなものばかりでは
ないだろうか?
その不確かな情報に
振り回されている人が
とても多く
それに従って
不安を抱える人も目立っている。
いったい
何を信じればいいのか?
僕は真実は
我が内にあると思います。
大事なことは
自分の内の潜在意識
つまり
絶対なる存在から引き出すのがいいのです。
誰か
偉い人が発した言葉でも
例え
あなた自身が発した言葉であっても
自分自身に違和感を感じ
自分の理性にそぐわなかったり
したものは信じてはいけないと思うのです。
信じていい声
従っていいのは
自分の中から発する
内在する声なのだと思います。
