日別アーカイブ: 2026年2月2日
自然な死に時
パプアニューギニアには
呪術医療が盛んで
それを行う医師を「ウィッチドクター」と
呼ばれているらしい。
その医師の治療を実際に見た
医師によると
診断は先祖伝来の木片の上に載せた見ずに
訊ねて診断していたそうです。
実際に肘の痛みで診療を受けた人は
「悪い血を吸い取る」という治療で
症状を改善させたという。
けがや東洋医学では於血と言って
血の滞りを疑うので
診断はあながち違うとは言えないようだけど。
また、呪術医ナンバーワンと呼ばれている医師に
「死ぬ時がわかるか」と訊ねると
自信を持って「わかる」と答えたそうです。
「どうやってわかるのですか?」
その答えは
「歯が抜けて、目が悪くなって、
足が弱くなって歩けなくなった時だ」と
答えたそうです。
その答えを聞いて
日本なら
歯が抜けたら入れ歯を作り
目が見えないなら老眼鏡、白内障の手術
足が弱っでも、乗り物に乗って、車椅子や杖を使って
移動できます。
だから、このような状態になっても
日本人は死を予感することはないのです。
でも、実際は
明らかに生きていく力をなくしていて
死に近づいているのです。
医学の進歩で、老化現象が改善されたのはいいことだけど
それによって
近づいている死までが
遠ざかっているような感覚になることが
現代人の死の恐怖を増すことになっているのだと思う。
人間が元々自然の生き方をしていれば
死さえも自然にうけいれられるように
なっているのかもしれません。
善と悪がある理由
人々の行いは
大きく善と悪に分けられると思うけど。
単純に善と悪という
二つには分けることは難しい。
全てが「善悪善」だったり、「善悪悪」だったり
「善善悪悪」、「善善善悪」だったり
無数の立場があります。
そしてその度合いも
常に変化します。
今日と明日でも変わるし
朝と晩でも変わってしまうことも
日常茶飯事なのは
日々体験していること。
それは、自分自身だけでなく全ての人間が
無限に変化しているという
宇宙の仕組みによるものだと思うのです。
そして、
どうして、この世には善と悪という
両極端な真野がものがあるのでしょうか。
それは
善も悪も必要なものだからです。
善も悪も両方ないと
方向性を決めることができないのです。
人間は誰しも
対比するものがなければ
自分の方向性を決められないものなのです。
ニュースで凶悪犯罪を起こした人が報道されると
そのことは悪いことだと判断されます。
戦争ばかりしている国の話しを聞くと
平和な国で暮らしていることが
ありがたいものに思えるのです。
善なるものだけに囲まれていたら
我々はきっと善悪の判断ができなくなるでしょう。
だから
天使がいるのも悪魔のおかげなのです。
善も悪も生きていくために必要なものなのです。
