人と付き合うこと

以前から

以前から座禅をしています。
座禅は、自分と向き合う時間です。
そして、
機会があれば
禅問答を通して
老師と向き合うことで
今の自分を評価してもらっていました。

だから老師は僕にとってメンターです。

そして僕の周りには、
今までであった人の中には
僕を成長させてくれる人
気づきを与えてくれた人がいます。

実際にお会いしたことがない人でも
いつまでも医師として
素晴らしい活動をしている日野原先生。
心のあり方を
教えていただいている渡辺和子さん。
そして
なぜか心惹かれる良寛さん、空海さん。
みんな自分を成長させてくれる
メンターなんだと思います。

そして、メンターとは逆に
ライバルという人もいます。
ライバルって
僕にとって気になる人
今の自分に刺激を頂いている人
じゃないかと思います。

つまり
自分のするべき、なすべきことを
ちゃんと持って進んでる人。
そう考えると
今出会っている頑張ってる人は、
みないい意味でのライバルです。

本当にいい刺激をもらって、
彼らにいい刺激を与えようと
切磋琢磨している気がします。
それが自分にとっての
ライバルなんだと思います。

そして最後に
応援したくなる人もいます。
その人は
頑張ってる人。
患者さんもそう、
友達でも、
知り合いでも、
たとえ実際にあったことがなくても
ニュースで知ったような頑張ってる人。
頑張ってる人を応援したくなります。

そして家族も。
その人達に
応援できるやり方は、
みんな同じじゃないし、様々。
だから、
あなたにいつも応援している、
大事に思ってますという気持ちを持つこと。
そのサインは、身近にいてもいなくても
必ず通じるものだと思ってます。

誰と付き合うにしても
お互い成長することで
自分もまわりの人も
もっと輝き、、喜びを
持っていただけたら
こんなにうれしいことはないです。

気持ちがある限り
お互いの関係は
更に発展するものだと
信じています。

自分の付き合いのポイントは、
ズバリ信頼です。
この根本が、
お互いの絆を深めて行くのだと思います。

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やりたいけどできないのは?

1975年
女性としてエベレストに初登頂した
登山家・田部井淳子さん。

僕も一時期
登山に心奪われた時期に
その当時、田部井さんのことを知り
当時は
高齢で、病気もあったのかもしれませんが
テレビなどで
楽しく山登りを楽しみ方を
伝える活動をされていたようで
僕も
講演会に行ったり
テレビも拝聴し、山登りの極意を
勉強していました。

世界70カ国以上の最高峰に
登頂した登山家だけど
山を愛し、人にもやさしい人柄に
惹かれていました。

そんな田部井さんが
次のような言葉を残しています。

「自分がやろうと思うことは
やろうとすれば何でもできる。
『やりたいけどできない』と
言い訳している人は
本当にそのことをやりたいわけじゃのよ」と。

この言葉は
還暦を過ぎた自分にも届く言葉です。

やりたいことがあっても
もう年だから
体力が続かないから・・・と
やらない理由をつけてるだけ。
本当にやりたいことは
やらない理由があっても
やろうとする物だと
この言葉を知って身に沁みました。

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人の素晴らしさ

生まれたばかりの赤ちゃんは
最初は母乳を飲むしか飲まないのに
血液や骨、髪の毛が生えたり
首が座り、立ち、歩き、しゃべるようになり
どんどん成長していきます
でも
母乳を試験管に入れても
血液も骨も組織も臓器も
全く何も生まれません
でも
赤ちゃんは
母乳だけで
どんどん成長していくというのは
とても不思議なことだと思いませんか?
人間には
それだけ、大きな力が備わっている
ということではないでしょうか?
もしかしたら
その力を
宇宙から、大いなる存在から
生きるためにいただいてるかもしれません。
生きているのではなく
生かされているのかもしれません。
だから
生きていることに価値があり
いのちはとっても尊いものだと思います。
生きているってことは素晴らしい
病んでいるときでも
健康なときでも
つらい時でも
苦しい時でも
生きている自分はそれだけで素晴らしい存在だ
と感じることができれば
元気に過ごせるのだと思います。
そんな生きる力を引き出す医療
それが真の医療だと思うのです。

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永遠の平和をめざす

ウクライナとロシアの戦争が始まって
3年も経ちます。
どんな風に終息するのか
わからない状況が続いています。

トランプ大統領が
この戦争にどんな風にかかわってくるのか
気になるところですが
ロシア、ウクライナだけでなく
世界全体が今よりも平和が訪れるように
解決することを願うばかりです。

そんなことを考えていた時に
哲学者カントの
「永遠の平和をめざす」を言葉を思い出しました。

カントは
人間は放っておいたら
戦うような存在だと考えていました。
だから
平和であることを意識していないと
戦う状況に陥ってしまうというのです。
きっと平和だと
平和ボケっていう言葉があるように
平和が続くと、刺激が欲しくなるものです。
誰もが今現在の平和を望んでいても
今の平和だけ望んでいただけでは
平和は続かないのです。

だから本当に平和な世の中を望むなら
カントのいうように
「永遠の平和をめざす」ことが必要なのです。

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流麻溝十五号

この映画は日本統治時代が終わった
1950年代の台湾で
監獄などが置かれた緑島に
思想犯として収監された女性達の
証言を映像化した映画。

戦後の時代
中国から独立し
現在も自由を守ろうとしている国・台湾で
白色テロと言って
人々の思想教育している時代があったという
ことに驚かされた映画。
国の統治者による
思想教育が行われて、国が作り上げられるのか
ひとりの独裁者によって
国はつくられていくことを
まざまざとみせられた映画だった。

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褒めて育てるために覚えておくこと

昭和の時代に育った自分から
今のこどもたちの教育方針は
かなり変わってきたと思う。

自分たちは
しごきなどと言われるような
歯を食いしばって
愛のある指導をうけて成長してきた。
しかし、現代の多くの教育方針は
褒めて育てるという。
親も先生も指導者も叱ってはいけない。
自分たちの時代は愛ある鉄拳も日常茶判事だったけど
今は、どんな理由があろうとも
全て暴力と捉えられてしまうらしい。

そして
指導を受ける側も
「僕はは褒めて伸びるタイプなので
叱らないで下さい」という
こどももいるようです。
その言葉を聞くと
さすがに違和感を感じるのです。

褒められることだけを
相手に望んでいると
褒めると伸びるどころが
いつも自分の殻から抜け出せない
こじんまりとした人生になりそうで
ちょっと心配になります。

褒めるにしても
何から何まで褒めるというのは
ちょっと違うと思うのです。
ですから、褒め方にに注意なのです。

例えば
何から何でも褒めていると
褒められることが当たり前になり
ほめられないと
不満や不安を感じるようになってしまいます。

注意しないといけないのは
何かをさせるために、褒め言葉をくり返すだけだと
自信過剰に陥って
予想外の失敗を経験した時
失望がとても大きくなってしまいます・
だから、必要以上の褒め言葉が
おだてになってはいけないのです。

また
何か褒めることを探した時に
外見のことばかり褒めていると
自分の内面がわかってもらえない
と自身喪失に繋がってしまいます。

褒めればいいというわけではなく
褒めるリスクもあるのです。

それでは、どう褒めればいいのでしょうか?
それは、「すごいね」「えらいね」という
相手を評価する言葉ではなく
自分が感じた素直な気持ちを
伝えるのがいいのです。

勉強頑張ってくれるし
いい子でいてくれるから
いつも笑顔で過ごせるからありがとう。
とか
ごはんも残さず食べてくれるから
料理作りがいがあるわ・・・など
気持ちを素直に自分の言葉で伝えることが
いいと思うのです。

そのあなたの素直な気持ちが
一番の褒め言葉なんです。

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人生には試練が必要(苦難は幸福の門)

波風の立たない人生なんて
ありません。

人生に波風が立たないことを願いがちだけど
好んで不幸の渦中に飛び込んでいく人も
少ないでしょう。

でも、どなたの人生でも
厳しい時、試練が訪れた時はあるでしょう。

しかし
人生に試練があったからこそ
いのちは磨かれ
自分以外の人にやさしくなれるのかも
しれません。

試練があるからこそ
こころは成熟し、輝きを増していくのです。
試練があるから
成長できる。
だから
苦難は幸福の門と言われるのです。

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人生そのものが芸術

下関美術館で開催中の
「グライズデール・アーツと下関
ライフパーク/人生という芸術の肖像」
を観に行った。

全く前調べもなく訪れたので
どんな体験ができるかが
楽しみだった。

会場に入ると
スープ皿に、スプーン
結婚祝いのコップなど
身の回りのものが
作品として展示されていた。
その作品から
生活自体を愛おしく、大切にしている
気持ちが伝わってきた。

次の部屋に入ると
色とりどりの布を組み合わせた
鮮やかなキルト細工が眼に飛び込んできた。

解説を読んでみると
最初にこんな作品を作ろうと
つくり始めたわけではなく
作っているうちに
まるで天からインスピレーションが降りてくるように
作品ができあがったのだと。
そして
作品は認知症の方と一緒に作った作品のようで
認知症の方の喜びも感じられた作品だった。

そして全ての作品を見終わって
人生は色々であって
ひとりひとりの生きている人生そのものが
芸術なんだと言うことを
教えてくれた展覧会だった。

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こどもは宝だけど

今も昔もこどもは宝だというのは
変わらない事実です。
そして
こどもにはしあわせになってもらいたいのも
親の願いだけでなく
社会の願いだけでなく
社会の役割なのも現代も過去もかわりません。

でも
そのやり方や考え方は
今と昔は異なってきていると思います。
今はこどもが成長に必要な
食料や教育を不自由なく提供できる
社会になるように
こども手当という
お金を給付している政策。

お金のばらまきだと
非難されることもある。
確かに子どものいる家庭
特にこどもの多い家庭には助かるし
実際にそういう声も聞かれるけど・・・
これが少子化対策になるかというと
疑問に思う。

小児科医として
30年以上働き
こどもの病気は減らないものの
こどもが亡くなるという
最悪の事態を招くことは
激減しているのを感じ
これは医療の進歩だと
喜んでいいことだと思います。

現代は
こどもはおとなになるのが
当たり前のことになっている時代に
なっているから
こどもの将来に対して
思いや願いを込めるご家族が
ほとんどだと思う。

しかし
昔はこどもは
元気におとなになることは
当たり前のことではなかったので
今よりもこどもの今が続くことを
祈り、願って
子育てしていたことだと思います。

その意識の現れが
コロナ流行期のマスク着用の意識に
現れていたと思います。

もちろん、コロナにかからないために
こどもたちにもマスク着用をすることが
求められましたが
実際、今でもそうですが
老人の方が
コロナの直接の影響を受けて
いのちを落とすことがわかっていました。

そして
老人はこどもよりも
これから先生きている時間は短く
いのちを落とす可能性が高くなるので
老人のいのちを守ろうという考えが
無意識下で働いていたような気がします。
こどもはマスクして不自由しても
感染はいつか終わるし、その後の人生は長い
でも、老人はコロナを乗り越えても
いのちは短い。
老人を守ろうという考えに
シフトしていた気がします。

いのちは平等で、尊いものなのは
今も昔も
どんなに医学が発展しても、社会が変わっても
変わらない事実です。
どんな世の中になっても
おとなもこどももいのちが輝いている
世であって欲しいと言う思いが年々強くなってきたのです。

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いつまでも成長続ける

人は生まれてから
まずは呼吸ができるようになり
母親から母乳をもらい
この地球で生きていく力を得る。
そして
空腹や寒さ熱さ、不快感を訴えることを
覚え幼少期を迎える。
その後徐々に社会の中で生きていくための
知識や社会性を学び、身につけ
青年期、中年期、壮年期と
自分の人生を歩むようになっていくのが
人の一生、ライフサイクルです。

しかし、壮年期を過ぎると
それまで順調に成長してきた人生だったはずが
体力が落ちていくの感じ
それまで築いてきた地位を譲ったりする
場面がでてきます。
でも、どんな時にも
健康だから乗り越えられると思っていたのに
病気をしたり、病気がちになり
人生の下り坂を感じることも
多くなってくることも増え
これから生きていくのさえ
つらくなることが増えそうで
先のことを考えると
気持ちが萎えそうになります。

もう、若い時のように
成長できないと
老年を悲観的に思ってしまいそうです。

でも
肉体的に衰えを感じても
例え病気をしている時でも
成長し続けることがあるのです。

それは、こころの成長です。

僕も5年前に脳出血を経験し
当時より明らかに肉体的な衰えを
感じています。
でも、病気をしたことで気づくことも
たくさんありました。

医者としても肉体に対しても
この肉体のは
自分を守ろうとしてくれていることに気づき
病気にならないために
いや、病気になった時も
医療そのものより大切なことがあると
教えられ、気づいた時
それまでの自分と違う生き方を歩み始めました。

この歩みが成長で有り
体力がなくなる、病気があっても
成長できることを知りました。

だから今の僕は
安心して、年をとることができるのです。

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