現在を知ることの大切さ

メタトロンは
現在、検査を受けた時の
からだの状態を教えてくれます。

病院で血液検査を受けても
結果を知るのは
しばらく時間が経ってから
だから、結果は
もう既に過去のこと。

メタトロンを受けて
メタトロンを受けたその瞬間を
現在の状態をタイムリーに知ることになります。
現在の自分に向き合うことで
今までの暮らし方を
振り返ることになります。

これからの健康を
創り出すのは
今の暮らし方がどうか
今までの暮らし方が今に
どのように影響しているかを
考えないといけません。

今日どんな風に暮らすかが
自分の未来の健康を創り出すのです。

今日元気がないということは
今日までの暮らし方が原因です。

食べるものもおなじ。
今日食べたものが
明日の、一ヶ月後、一年後の
からだを創り出すのです。

これからも健康でいたい
将来や未来をよくしたい
しあわせになりたい
と思うのであれば
今日という今、どうするか
何を大切にして過ごしているかによるのです。

今を
どう過ごすかで
将来が決まるのです。
そのどう過ごせばいいのかを
教えてくれるのが
メタトロンからのメッセージなのです。

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微・助っ人

テレビで
樋口恵子さんがお話されていた。

樋口恵子さんといえば
20年以上前にテレビで
よくコメンテーターとしての
よくお見かけしていた。

その当時の印象は
ふっくらされていて
身体中から全てを
優しく包み込み
思想に偏ることなく
人間として大事なことを
伝えられるような気がして
とても大好きな方だった。

年月は流れ
その樋口さんも卒寿を迎えられ
元気にひとりで活躍され
最近では老いについての著書も多い。

樋口恵子さんは言われていた

人は動けなくなった時の
ことは考えての
それまでの10年間を生きやすくすることは
あまり考えていない。のではないか。
外出中のトイレ一つとっても
使いづらいとご自身の経験を踏まえて
お話しされた。

それは社会が悪いわけではなく
元気に卒寿を迎える人が少なくなったからだと
だから私が発信しなければならないと。

最後に樋口さんは
微・助っ人として生きたいと
仰った。

これは
全ての人が
目の前の困ったこと人のことを思い
わずかでいいから手を貸す世の中になれば
この世界は
もっと、もっと良くなるのでは
ないでしょうか?

みんなで微助っ人をめざしましょう。

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からだは地球からのレンタル品

からだの60兆億個の細胞全ては、
毎日摂取している
食べたものからできている。

地球にある全てのものは
炭素、水素、酸素などの無機物を
植物が摂取し、植物を動物が摂取し、
さらに人間が地球上の植物や動物を食べている。
そして地球の元素全ては、
宇宙からきている

つまり、元をたどれば、
僕たちのからだは
全て地球の元素からできていて
人間のからだは
地球のそして宇宙の一部ってことになる。

つまり、僕たちのからだは
地球から一部借りてできあがった
レンタル品てことになる。
レンタル品だから、いつか返す時が来る。
返却の時期が、つまり「死ぬ」ということ。

それなら、
このからだを借りてるのは誰だろう?
借主は自分自身だけど
自分自身って、誰だろう

人のからだは、
1年間もすれば
細胞は全ていれかわってしまうし
からだ自体はレンタル品だし
借主でないのは明らか。

それでは心だろうか?
心も
いつも同じ状態ではなく。
考え方も感情も
日によってコロコロ変わり
心もからだ同様
一定しないなら
借主とはいえなさそう。

私たち自身で
ずっと変わらないものって
肉体でもなく、心でもないってこと。
ずっと変わらない普遍なものと言えば
魂でしょうか?

魂が
あなたの肉体を
地球から借りて
この世に存在できているのだとしたら

この世に
魂が肉体を
地球からレンタルし
レンタル期間が終われば
地球に肉体を返し
あなたは、魂だけの存在になる。
そして、また肉体をレンタルできる日を
待っているとしたら・・・・

魂の存在
そして
輪廻転生って確実に存在するのだと思う。

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神と髪

みなさんは、神様というと
どんな姿が目に浮かぶだろうか?
男?女?若い?老人?
太ってる?痩せてる?
髪はある?
ひげは生やしてる?
みんなさんそれぞれのイメージが
あることでしょう。

僕は
もちろん見たことはないけど
立派な白いひげを生やして
少しはげてて
杖をついた
老人の姿を思い描いてしまいます。

実際
神様は若い方もお年寄りの方も
いらっしゃるようです。

そして
禿げた姿の神様は
知恵の神様らしいです。
悟りだけでなく
先の先まで見通しているとか
神の計画や人生の方向性、天命をなどを司られる
そういう神様は
禿げているらしいです。

つまり
知恵は知恵でも
宇宙のコンピューターの如く
あらゆるものを悟っている頭脳は
禿げた姿で表されるのです。

髪は情感を表すものだと言われているので
お坊さんは髪を剃るのは
世俗の思いとか感情などの表す髪をたって
神の意志を果たそうとするのです。

なら
髪が白くなるのは
人間的に枯れること
つまり原点に返っていくこと。
人間本来のあり方や原点が
わかってきつつある
ことを示しているのです。

年取って
髪の変化は気になります。
決して老いたからではなく
人生における学びの一つの
通過点にいることを
教えてくれるのでしょう。

僕も
病気をして、白髪が増えました。
その意味を
毎日鏡を見ながら
今の自分の立ち位置を振り返っています。

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今日の空は特別

今日見た空は
昨日見た空とは、全くちがった。
一昨日見た空ともちがった。

思えば空が
同じ姿で
僕の目の前に
現れたことは一度もない。

そんな一瞬の空が
僕に教えてくれた。

「この一瞬、一瞬が
特別なんだよ。
この世の全てのものが
君への素晴らしい贈り物のなんだよ」って。

贈り物?

確かに
今日出会った人は
僕に出会う前に
何世代もの命のつながりを経て
今日僕と出会った。
貴重な出会いだったんだ。

今日水が飲めたのも、
食事ができたのも
仕事ができたのも
実は
今日僕が受け取った
無数の贈り物のうちの
ほんのわずかなものかもしれない

だから
今日起こったことも
今日という日も
僕に与えられた
大事な大事な贈り物によってできた
恵み溢れた特別な日なんだね

だから
今日も、明日も一日として
同じ日はない。
今日は特別な日ってことを
空は教えてくれたんだ。

人生って
特別な一日の積み重ねでできている。
届けられた数々の贈り物にに支えられて
僕は生きている。

今日は特別な一日。
素晴らしい贈り物をもらって過ごせたことに
感謝なんだね。

そして
今日僕に与えられた恵みに対する感謝の気持ちが
今日出会った全ての人に対して
言葉だけでなく
僕の眼差しからでも、
この手からでも
少しでも感謝の気持ちを
伝え、届けることができていたなら
今日は本当に良い一日になるだろう。

今日は実際どれくらいの人に
感謝の気持ちを
伝えられただろう。
振り返れば、反省すべきことだらけ。
くよくよ振り返ってるうちに
また、特別な明日がやってくる。
だから
明日は今日よりももっと多く
感謝の気持ちが届けられることを願い
今日という一日を終わろうと思います。

みなさんにとって明日が
感謝と愛に溢れた一日になりますように。

今日もありがとうございました。

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神も仏もないのか

よく人は
自分の思い通りにならないことや
苦しむ状況になると
「神も仏もありはしない」と言う台詞が
思わず口から出てしまうことがあります。

人は
いいことも、悪いことも
自分に起こっていることは
何らかの自分以外の力が働いて起きていると
考えているから
苦しいときに
こんな台詞が
思わず口から出てしまうのかもしれません。

自分が生きているこの人生は
自分だけの人生だし
人生の主人公は自分です。
だから、今起きていることは
昨日までの自分の行動の積み重ねの
結果なんです。

病気になったり
何か苦しいことに出会ったときでも
決して
神も仏のせいではないんですね。

なら
神様も仏もいないのでしょうか?

実は、僕は 入院中いつも
自分を守って、応援してくれている
存在?力?を感じることがありました。

病気になったのは
自分の昨日までの行いの結果であり
それに気づかそうとして
僕は病気になったのかもしれない。
でも
動かなかった左手も、左足も
「こうなったのは、おまえのせいだから」とは
僕にもっと苦難を与えようとは
決してしません。

なぜなら
服を着替えようとするとき
必死でボタンをかけようとする右手を手伝おうと
無意識に右手の手伝いをしようとする動かない左手。
「今日もリハビリお疲れ様。夜はゆっくりして
また明日は、がんばって左足を動かしてみよう」と
語りかけていると
翌日は、指がそして足も昨日より動くんです。

僕は
からだのメッセージを受け取らずに
結果として病気になったのかもしれない。
だけど
からだは、そんな僕を恨んだりしない。
逆に、元に戻れるように応援してくれました。

僕のからだの中には
僕がどんな時でも
僕の力になってくれる存在を感じました。

この力、存在を人は
奇跡、神の力と言うのかもしれませんが
僕のからだにも、あなたのからだにも
あなたをどんな時にも守ってくれている存在がいるんです。
それを、人は神と呼んでるのかもしれません。

神様は
どんな人にも
どんなに苦しい時でも
あなたの中にいる力、存在なのだと思います。

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静かに美しく生きる

僕自身病気をしてから
これまでの人生を振り返ると共に
今までの生き方を見つめ直し
これからの人生設計を考えることが増えてきた。

未来はわからないけど
同世代の人が
どんなことを考え、どう生きたかを知ることが
これからの
生き方の参考になることがある。

特に気になる同世代の人は
松浦弥太郎さん。
彼は生活を大事に過ごしてることを
多くのエッセイで紹介していて
僕も参考にさせてもらうことも多い。

人生はよく
マラソンにたとえられ
僕はマラソンはしないが
ランニングを趣味にされてる人は
周りに多い。

松浦さんも
10年前から、からだの不調を是正するために
ランニングをはじめたようだ。
最初は全く走れなかったけど
シューズやウエアーを整え
健康になるという目的のために
毎日続けていると
どんどん楽しくなって
もっと、速くなりたいと
頑張るようになったそうです。

でも走りすぎたことで
足を痛め
ランニングを中止せざる負えなくなった
時期があったそうです。

からだを休め
また、走り初めて気づいたことを
書かれています。

「走ろうと思えば速く走れる。けど、
これからは、あえてペースをぐっと落とし
ゆっくり、静かに、
姿勢の良い美しいフォームで走れるように
なりたいと思った。
速さとは、成果や実力ではない。
本当の実力とは
美しさによる継続である」と

人生をランニングに例えると
若いときは(今までの自分)
速さという目の前に示されたものを
目標に走っていた。
でも、50代になったいま
人生を突っ走るのではなく
自分らしく、自分の取り柄を生かして
ゆっくりでも、美しく
その走りが人のこころに何かを訴えるような
生き方を見せることができれば
本望だと僕も松浦さんのように思っています。

人生のゴールは
どこにあるのか、いつまで続くのかは
わからないけど
これからの人生は
静かに美しく、自分らしく
自分しかできない走りを意識して
ゴール目指して、走って行こうと思います。

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寄り添う

誰の心の中にも
大切な人に何かしてあげたい
という気持ちはあるもの
その気持ちは
親心であったり
友情であったり
そして
愛情
と言うのかもしれない。
だから
大切な人に何かしたいと思うから
やさしい言葉をかけたり
親切にしてあげたり
思いやりある行動
をしようとする。
でも
相手が悲しんでいる時だったら
やさしい言葉が届かないかも。
傷ついている時は
あなたの親切が
重荷になってしまうかも
あるかもしれない。
だから、そんな時は
何もせず
距離を置くことも
あなたを大切にしているの
サイン。
楽しい時も
悲しい時も
どんな時も
大切な人に寄り添うことができる。
ただ寄り添う
ずっと寄り添う。
たとえ、今会えない人でも
心は寄り添うことができる。
寄り添う気持ちは
どんな時でも
大切に思う人への
何よりも美しい贈り物

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日本史上一番平和な時代②

1万年以上も争いのない
平和な時代が続くためには
その国のリーダーの考え方に左右されます。

縄文時代のリーダーが
どんな考え方をしていたかを
知るよしもありませんが
現在に生きる現代文明の垢にまみれてない
少数民族のリーダーの
考え方が参考になるのではないかと思います。

パプアニューギニアに住む
民族の酋長のインタビューを読み
ハッとしたので
ご紹介したいと思います。

その酋長さんに
リーダーとして大事にしているかを
質問したら
「人々が、いかなる畏れも不安も抱かぬままに
きれいな空気を吸い
おいしい水を飲み
畑を耕し、狩りをし
家族と共に絵がでくらせるようにする。ことだ」と。

リーダーとして
当たり前すぎることだけど
この言葉が口先からだけでなく
腹の底から出てくるのが
リーダーの資質だと思う。

そしてもうひとつ質問をしたそうです。
「人間として大切なことは?」と質問すると
酋長はぽかんとそんな当たり前のこと聞くのか?
あきれたかのような表情して
答えたそうです。

「人間として一番大切なことは、
子孫を残すことだ」と

現代は
様々な考え方、生き方があります。
酋長のこの答えに賛否両論もあります。
でも
昔の人がこう考えてくれたから
今の自分がいるのはまちがいないことです。
酋長の言葉を聞いていると
今生きていること
ご先祖様に感謝の気持ちでいっぱいになり
大切な人、お隣の人が
しあわせになれるように生きていこうと
思うのでした。

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日本史上一番平和な時代

今までで
日本が一番平和だったのはいつだっただろう?
元禄文化が花開いた
江戸時代でしょうか?

確かに
戦国時代から徳川家康が統一してから
江戸時代は
戦争はなく、身分制度はあるものの
争いごとは少なく
文化が花開き
平和な時代だったと思います。

その平和な時代は
明治維新まで続きました。
250年は平和続いた平和な時代。
徳川家康の国作りは
大成功だったのだと思います。
でも
もっと長く平和な時代が日本にあったことが
最近わかってきました。

その平和時代は縄文時代という説を
耳にすることが多くなりました。

確かに
縄文時代の遺跡からは
戦争の形跡がないという
事実が裏付けています。

でも
なぜ戦争がなかったのか?
人々の間に争いごとはなかったのだろう?
小さいいざこざはあったかもしれませんが
根本的な人々のこころの中に
争いごとになる火種となる考え方が
生まれなかったのだと思います。

その考え方とは
僕はこう考えていたのではないかと思います。

それは
縄文式の遺跡には
祈るような土偶を見たことがあります。

縄文人は
きっと自分の願いが叶うように
よく祈っていたのではないでしょうか?
現代人と同じしあわせを願って
祈ってたことでしょう。
でも、その祈りが
自分ではなく
大切な人をしあわせにできますようにって
祈ってたと思うのです。

自分がしあわせであるためには
大切なあなたがしあわせでいることだと思うから。

それを
こころからそう思い、実践したのが
縄文人だったと思うのです。
だから縄文時代といわれる1万年以上も
平和が続いたと思うのです。

そして
縄文人をまとめたリーダーの
思いも知る必要がある気がします。
それについては次回。

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