「今日の言葉」カテゴリーアーカイブ
願いを叶えるために
春になると
新生活が始まり
多くの方がご自身の
願いを叶えるために
希望を胸に一歩を踏み出したことでしょう。
希望あふれて
一歩踏み出したのに
日が経つと思い描いた世界とは違うと
感じる方も多いことでしょう。
ここで願いが叶うために
どうすればよいかを考えてみましょう。
願いとは実は
望みが叶ってないから願うのです。
つまり叶わない望みなんですね。
願いをかなえるためには
この望みが叶うまで行動することが
求められるのです。
つまり望みを叶えるためには
意志の力が必要。
意志とは望み+エネルギーとも
言えるでしょう
望みを叶えるのは
意志の力が必要だけど
この意志の力を正しく働かせるって
中々難しいものだと感じる方も多いことでしょう。
人々の人生はみんな異なりますが
だれもがしあわせな人生を歩みたい。
幸せな人生という目的は同じでも
健康が欲しい、お金が欲しい、名声が欲しい
いい仕事がして人に喜ばれたい・・・・など
ひとりひとりのしあわせの形は違います。
実は
このあなたの考える具体的なしあわせの姿は
あなたの頭(脳)が描いたあなたの姿。
それは幻想なのかもしれません。
権力者がもっと権力を持ちたい
金持ちがもっとお金を欲しがる
これは真実のしあわせの姿ではなく
頭が考えた幻想の願いなのです。
だから・・・叶わないのですね。
願いを叶えるには
頭で考え、思い描くだけでは叶わないのです。
意志をもって行動することが必要なんですね。
その願いを叶える意志はどこから生まれるか?
決して頭で考えたことではなく
こころの中からでてくる知恵なんですよね。
望みを叶えるために
ふと思いついたこと・・・
思ったことはこころからのメッセージかも
是非実行してみて下さい。
願いを叶える一歩になるはずです。
受食五観文~食の感謝を忘れずに~
人間は食べないと
生きていくことはできない。
生きるために当たり前に食べているけど
自分の口に食べ物が届くまでには
多くの方のお力のおかげがあると
いうことを忘れてはいけない。
そのことを伝えるのが
良寛さんもよく話したという
受食五観文を紹介します。
①食物が作られるまでの数々の苦労があることを
忘れてはいけない。
②食持ちがどのような経路をとって
ここに届いたかを忘れてはいけない
③自分が特をもって
道を得るためよく励んでいるかを計って
全ての動植物に供養のこころを忘れてはいけない
④日々の疲れを癒やすため、回復するために
食があることを忘れてはいけない。
⑤仏道を成就させるために
この食事をいただくのです。
決して忘れてはいけない
大切なことです。
AIにないもの
AIの進歩・発展はめまぐるしい。
人の生活を豊かにする面から
その有能さに
便利と思う反面恐怖を覚える人もいるでしょう。
でも人間にはできてAIにはできない
ことがあるのです。
それは
AIは思考回路を持ちますが
「他者のために祈る」などの
利他の慈悲のこころをもたないところ。
AIには
個々の違いや多様性を認めながら
全体が調和した、争いのない社会を
構築しようとして働こう・・・
なんてことは思わないし
そのために働こうともしない。
このことを突き動かす
原動力となるのは
最終的に人を突き動かすは
愛や感動、あるいは誰かのために
身を投げ出すことのできる
慈悲のこころなのです。
これができるのは
人間だけなのです。
答えは必ず見つかる
人生で悩むことは多いもの。
人生は悩みに悩み
答えを見つけ、成長するために
生きているものなのかもしれない。
でも、答えを見つけることは難しいもの。
実は、答えそのものよりも
答えを求め続けることに
意味があると思うのです。
その答えが本当に必要なものであるならば
必要な答えは
答えの方から突然にやってくるのです。
人生は旅に例えられることも多いですが
誰もが抱えている課題は
人はどこから来て、どこへいくのが
それを問い続けることこそが
生まれてきた理由なのかもしれない。
神話はなぜある?
日本には「古事記」という
日本が形作られたことを示す
いわゆる神話と言われる
史書があります。
大ベストセラー「サピエンス全史」の著者
ユヴァル・ノア・ハラリ氏は
「地球上には。かつて何種類もの「ひと」がいた。
神話を作れた今の人類が繁栄し、生き残った」と
不思議な言葉を残しています。
神話の真偽は横においといて
神話は、
自分たちは何者なのか?
どこから来て、どこに行くのか?
と言うことを想像することで
生まれたものだと思うのです。
例えば
かぐや姫では
月にも人類がいる?と考えて
生まれた話しかもしれない。
浦島太郎は
過去に戻ったり、未来にいったり
時空を超えていどうできればいいなぁと
考えたのかもしれません。
だから、神話は
我々を常識という枠から解き放し
人類に希望の未来をもたらす上で
とても重要なものだと思うのです。
お金の使い方
人の争いの原因は欲。
欲を満たすために人は争ってしまう。
欲には、名誉欲、所有欲などいろいろあるが
戦争が起こっているが
誰にでも争いの火種は持っている。
その火種を助長してしまう身近なものって
お金だと思う。
お金はいい面も悪い面もあり
使い方によっては災いの源にもなりうる。
でも
この世を生きていくためには
お金はなくては生きていけない。
それは
職業や身分にも関係なく
どんな聖人だって
お金なしでは生きていけない。
お金なしではいけないけど
お金がありさせすれば、しあわせ。
有り余るほどのお金をもっていれば
しあわせに過ごせて
人生の成功者といえるのか?
お金をもっていることは
決して悪いことではなく
お金自体をもつことを
畏れることもありません。
大切なのは
お金をどう使うかどうかなのです。
今もっているお金を持って
薬を買うか、毒を買うか
それはあなたの自由だし
お金自体もそのどちらを買うことが
あなたにしあわせをもたらすのかも
教えてくれません。
ただ愚かな使い方をすれば
結果はふしあわせ
正しい使い方をすれば
しあわせが舞い込んでくるはずです。
生きてために
食べ物などの対価を支払うために
お金を稼がないといけません。
それは偉いお坊さん、神主さん、神父さんでも
我々と同じ。
でも、
生きている力の全てを
お金儲けに使ってはもったいない。
実際に金儲けに
生きているエネルギーを費やしている人が
多い気がします。
お金を稼いで
成功しているように見えても
しあわせを手に入れる前に
亡くなってしまう方もいらっしゃいます。
真のしあわせが見つからなければ
人生の目的が無駄になってしまうかもしれません。
財を失っても
またやり直せるけど
からだやしあわせ、安らぎは
一度失うと、中々取り戻せません。
お金を稼ぐことは悪いことではないけど
真の目的を忘れないように
しなくてはいけません。
霊性とは
WHO(世界保健機関)が提唱している健康の定義は
「健康とは、肉体的、精神的および社会的に
完全に良好な状態であり、全てが満たされた状態である」
と定義されています。
そしてこれに、霊性という言葉が追加されました。
この「霊性」の定義がはっきりしないため
現在では削除されていますが
でも、この言葉は
とても大切な意味を含んでると思います。
霊性について色々解釈がありますが
僕は
「悠久の時を超えてくり返される
大自然の営みに畏怖を覚え
樹木や動植物、さらには
山や川や風などにまで
ある種の神性を感じるような感性」と
考えられるのではと思っています。
少しわかりやすくいうと
「お天道様がみている」
「日々、生かされていることに感謝」
「年長者やご先祖様を敬う」
ということではないかと思うのです。
生かされている喜びとは
花の美しさなど
自然を観て感じたり、
そのような自然へのまなざしをそのもの
ではないでしょうか。
これは
日本人がもともと持っている
日本人のDNAにも刻まれている
言葉で説明できないような
感覚ではないでしょうか?
この感覚を
「霊性」であると
僕は理解しているのですが
西洋人にはなかなかつかめない感覚かもしれない。
いやいや
西洋人だけでなく
現代に生きる我々日本人にも
この感覚が薄れてきているのでは
ないでしょうか?
この感覚{霊性」を大事に
生きていかなければならないと思うのです。
霊性も整って我々は健康でいられると思うのです。
人間だけが持つ創造力の使い方
人間には他の動物にない
能力がある。
それは創造力。
人類は、脳を発達させながら
先のことを予想する能力を
発達させて
未知の将来を想像し、それに向かって
行動することで
人類は発展してきた。
他の動物は
過去のこと、経験したことを覚えていて
その体験を今を生きるために
役立たせている。
しかし人間は
過去よりも未来にこだわり
未来にこだわり
未来のことを求めて
今を大事に生きることを
忘れてしまっている気がする。
未来のために
頑張っている人も多いだろう。
でも
僕たちが生きているのは
未来ではなくて
今という時間にしか存在しない。
我々は
どんなに死にたいと思っても
心臓は動いている。
胃腸は働き、お腹もすく。
どんなにつらくて苦しいときでも
眠たくなるし
朝には目が覚める。
どんな未来を予想しても
今を生きるようになっているのが
僕たちの運命。
僕たちのからだは
今をしっかり生きるようにできている。
どんな時であっても
みんな頑張って生きている。
そんな今の自分を
どんな状況であっても
頑張って
支えてくれている
からだの感謝していることを
忘れてはいけない。
その頑張りは目に見えないけど
人間の持つ創造力を働かせて
感じることが大事なんだと思うのです。
道草をしてもいい時
目標が、目的が決まったら
一直線に目標に向かって突っ走れ
とよく言われた。
つまり道草をするなと言うこと。
イソップのウサギとカメの寓話も
この手の戒めとしてよく話しになる。
でも、わかっていても
道草をしたくなる時もある。
それは全て逃げではない気がする。
大事なことは
「今自分は道草をしているという」
自覚があること。
そして後ろめたさがあれば
道草は大きな無駄にはならない。
後ろめたさがあっても
道草をするのは
その道草に何らかの意義があると
自分自身に予感があるからでは
ないでしょうか。
予感とは
新しいことを始める時に
感じることが多い気がする。
その予感を推し進めると
案外、その予感通りになるから
人生っておもしろいと思う。
その予感は
自分自身の心から
自然とこみ上げてくるはずものですが
最近は自分自身のこの感覚が
乏しくなっている気がするのです。
それは
周りの状況の慌ただしさ
特にスマホで他人の情報を
簡単に得られるので
その情報に左右されることが
多いからのような気がします。
心から
必要と思われる道草は
どんどんするべきなのでしょう。
空はどこにある
という山浦未陽監督の短編作品を観た。
この映画は
幼い頃に母が他界したために
母の存在、愛情を知らずに育ち
母親となってしまった美紀。
共稼ぎの夫婦で
夫は仕事が忙しく家庭を振り返らない。
美紀は
仕事と家庭、子育てと
時間に追われ、全くゆとりのない日々を送っている。
そんな母親の姿をみて
母親の力になれれば
母親のこころを癒やそうと
こどもなりに悩む娘のちひろ。
短編作品であるために結論はでないが
この母として苦しむ
娘として力になろうと姿をみて、
あなたは何を感じますか・・・と訴えてくる。
この親子を観て
親が子を思う気持ち
子が親を思う気持ちは
時代が変わっても変わらないもの。
でも
育ってきた環境
今置かれた環境で
大きく変わってしまうし
世代、立場によっても考え方も違ってくる。
どうしても
すれ違いが生まれてしまうのかもしれない。
それを乗り越えていくのは
双方の愛情の存在だということを
この映画は教えてくれた。
☆大谷翔平選手はWBCで活躍できるか?
昨日からWBCが始まりました。
今回も大谷選手が参加し、その活躍が期待され
とても楽しみにしている人も多いでしょう。
日本について
どこか不調のニュースもちらほら。
今月の大谷選手を九星気学で見てみましょう。
大谷選手は六白金星の星生まれで
完璧主義で、大きな成果を上げる星の持ち主です。
ただ、人間関係を大事にするがゆえに
悩むことが多いようです。
ですから、WBCびチーム内でも
文字通り中心選手となり
チームをまとめることに必要以上に苦労しているようです。
その苦労がゆえに
自分の力が発揮できないのが
現在の不調の原因のようです。
しかし、今月は運が上昇する星なので
失敗を恐れずに向かっていけば
次第に本調子となり
いい仕事をしてくれるでしょう。
大谷選手のこころの裏側を想像しながら
応援するのも楽しみですね。
