日別アーカイブ: 2026年2月27日

脳細胞が入れ替わっても存在しているのは

自分のからだを構成している細胞は
数ヶ月経てば
全く異なる新しい細胞になっている
細胞分裂をくり返すことで
死を迎えるように進化しているのでは?
という話を書きました。

それが事実なら
脳の細胞も入れ替わっている
つまり
「去年の脳」と「今年の脳」は
完全に入れ替わっている。

ここで
脳が入れ替わっていて
こどもの時とは
全く異なる細胞で脳はできているのに
こどもの時の脳とは
影も形も残っていないのに
こどもの時の記憶は
残っている。
これまで学んだこと、経験も
そのままの状態で、今を生きている。

これまで生きてきた
体験、学び、記憶が保たれる限り
肉体は変わっても
自分は自分として存在できている。

そう考えると
僕という存在は
いったい何だろうか?
脳さえも入れ替わっているとしたら
こころってどこにあるのだろうと
自分っていったい誰?
哲学的な問題にぶつかってしまう。

僕が僕であるためには
パソコンように
記憶装置を別の肉体に挿入すれば
また僕として生きていけるのか?
今生きていることは
単純な電気信号なのか?
脳の記憶装置を見つけ
その記憶装置を移植続ければ
人間は不老不死として生きていくのも可能では?
なんて
そんなSFチックなことを
考えてしまった。

でも
記憶自体は曖昧だし
間違って勝手に判断することもあり
決して機械的ではない気がする。
そこに何かが存在しているから
人はロボットではないのだ。
そこに、ひとが生きていく意味があるはず。

その意味を見つける旅は
これからもずっと続くのだ

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朝のセレモニー

7年前病気をしてから
生活のリズムは明らかにかわった。
それまでは
睡眠時間を減らしても
働いたり、勉強したりしていた。
睡眠は、休憩の延長戦でしかなかった。

しかし
病気をしてからは
朝起きると
「ああ、生きている」と思うことが
あったのを思い出します。

そして
目覚めたと同時に
今日も大事に生きていこうという気持ちが
あふれてくるのです。

それは今でも続いていて
朝起きてから
朝食をとるまでの時間は
自分だけの黄金時間とも言えます。
だから、無駄にはしたくない
朝4時には起きて
散歩を兼ねて、近所の氏神様にご挨拶。
そして
その後はブログを書いたり
その時感じた気持ち、考えをアウトプットの時間。
これが僕の朝のセレモニー。

仕事が終わった夜は
リラックスしながらインプットをする時間。
そして今日一日が無事終わったことに
感謝の気持ちがあふれてくると
なぜか8時を過ぎると
自然に眠くなり
9時には寝る毎日。

早起きしても
7時間は寝てるので
朝起きる時には
心身とも生まれ変わったような気分で目覚め
また朝のセレモニーを始めるのです。

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