年末の診療は12/29(月)で終了します。
12/30(火)から1/4(日)まで休診になります。
来年1/5(月)から通常診療になります。
ご迷惑をおかけしますがご了承ください。
年末の診療は12/29(月)で終了します。
12/30(火)から1/4(日)まで休診になります。
来年1/5(月)から通常診療になります。
ご迷惑をおかけしますがご了承ください。
新年を迎えて
自分は昨年までの自分とは
全く代わりがない気がするけど
実は
今の自分と昨日までの自分
今の自分と昨年までの自分とは
異なっているのです。
人間関係も
素行振る舞いも
価値観もそして容姿さえも
昨日までの自分とは異なっているのです。
だから
昨年までの過去の自分に
こだわらなくていいのです。
過去の経験を生かして
より良い未来が続くと信じて
歩みだしましょう。
人は学び続ける限り
変わっていくし、成長していっているのです。
その変化に
ただ気がついていないだけなのです。
今までと同じ
日々はありません。
同じことでも経験すること、学ぶことは
過去にまなんだこととは異なっているのです。
だから
何事があっても
過去に囚われず
明るい未来に進んでいることを信じ
歩んでいこうと思うのです。
還暦を迎え
どこか新たな人生を歩み出した気がします。
生まれ変わるというか
新たな未知の次元に歩み出した感じがします。
これまでの人生、生きた道は
将来を大きく描き
それに向かってチャンスをつかめるように
貪欲に生きてきました。
ここに来るまで様々な出会いや別れがありました。
今、自分の足元を見ると
竹のように
自分の歩むべき道を真っ直ぐ天に向かって
伸びているような気がします。
一人の人間の歴史にも
あるいは多くの人々で作り上げた社会にも
様々な変化があり、危機があり
それを乗り越えることで
大きく天に向けて伸びてこれた気がします。
それはまさに竹のように節を作る生き方なんだと思います。
竹のように
これまでの生き方が節となって
強く、自分らしく生きてこれたのは
みなさんのおかげだとしみじみ思います。
新しい年を迎え
竹のように新たな節を作りながら
まだまだ成長して生きたいと思います。
今年もみなさんのお役に立てるような
人間としても、医師としても
成長していきたいと思います。
今年もよろしくお願いします。
今年は還暦の年でした。
還暦のイメージは
ずっと先のことだと
老人への入り口だ、まだまだと思っていました。
実際に還暦を迎えると
還暦を迎えると色々な行事がありました。
家族とお祝いの旅行したり
45年ぶりの中学校の伊勢旅行に行きました。
45年ぶりに友人に会うこと
会わなくても
連絡が来たり
こどもの時のよき時代を
思い出すことが増えた年でした。
これまで
仕事一本で走り抜けてきましたが
その中で忘れてしまっていた大切なものを
思い出したり、実感することができました。
両親の愛情、友との友情
そして
幼い時に持っていた
純粋な心
忘れかけていたものを
思い出させてくれる時間でした。
これまでいただいた大切なものに
再会し、改めて認識できたことに
感謝して
その宝物を大切に育ててながら
生きていこうと思います。
今年還暦を迎えた時間は
これからずっと忘れないでしょう。
そして、今年出会った全ての人に
感謝し
来年これまで出会った方に
恩返しできることをお約束して
新しい年を迎えたいと思います。
一年間お世話になりました。
来年もよろしくお願いします。
どうぞ佳き年をお迎え下さい。
今年も、残り2日になりました。
仕事を納め
来年の準備をされていらっしゃる方も
多いことでしょう。
大掃除、新年の準備など
日頃とは異なるお忙しい時間を
お過ごしの方も多いことでしょう。
そんな忙しい中
ふと一息入れた時に
今年一年を振り返る方も多いことでしょう。
僕は、今年一年を振り返った時
思い出すセリフがあるので
ご紹介します。
「今年いい一年だったと思えた人だけ
来年いい年を迎えられます。
今年はいいことがなかったと思った人は
来年も大変な一年がやってきます。」
生きていれば
いいことばかりでなく
悪いことも訪れます。
そのどちらにこころに重きをおいて
過ごすかで
その人の人生の意味が変わってくるのです。
だから
生きていれば色んなことがあるのが当たり前。
嫌なこともひっくるめて
今年もいい年だったと感謝しましょう。
来年もきっといい年が
訪れますよ。
今日は仕事納めでした。
仕事納めとはいっても
いつもと変わらない朝で、いつものように
決められたルーチンを行った。
いつものように歯を磨き、顔を洗うと同時に
ひげそりをする。
なるだけ肌を痛めたくないので
仕事のない日は
髭剃りだけはしないことが多かった。
だから休日明けの仕事前は
無精ひげになったのを
きちんと剃らないと
休日ボケと思われないように
念入りに髭そりをするし
特に今日は、仕事納めなので
いつもよりも気持ち時間をかけて行った。
髭剃りは
歯磨き、洗顔以上に
僕にとって気合いを入れてくれる面がある。
そんな髭剃りなのだけど・・・
最近、シェーバーの具合が悪い。
以前はジョリジョリと
髭がされる音が心地よかったけど
髭が剃れている音が小さかんじて
そり跡の手触りも
ザラザラした感触。
刃を替えてみても
以前のようなすっきり感のそり心地がしない。
長年使ったシェーバーだけど
替え時かと
思い切って髭剃りを替えてみた。
早速新しいシェーバーで
剃ってみた。
ジョリジョリと威勢のよい、ちょっと懐かしい
髭がそれ音。
そして
そり終わった後の
顔を触ってみてびっくり。
つるつるしてるのだ。
髭剃りの後
鏡に映った自分の顔を見ると
新しくどこか生き返った気がして
元気がいっぱいでてきた。
今インフルエンザの流行など
小児科医として忙しい時期だけど
忙しくても、どんな病気が流行っていても
患者さんにいい医療を届けられるという
自身がみなぎっている顔になっていた。
僕が最近見つけたささやかなしあわせです。
みなさんには、どんなしあわせがありましたか?
みなさんは今年どんなしあわせなことが
ありましたか?
僕は、みなさんからいっぱいしあわせを頂き
至らないことも多々あったと思いますが
みなさんの広い心に支えられ
無事仕事を納めることができたことに感謝です。
一年間ありがとうございました。
境雅人、井川遥主演の
「平場の月」という映画を観た。
中学時代の初恋の相手同士が
時を経て再会し
これまでの人生をまた振り出しに戻して
生きようとするが
それまでの生き方や
その時の健康状態、経済状態などが
トラウマになって・・・
中々先に進めないのが
おとなの恋愛状況。
そんなおとなの男女のこころの機微を描いた
映画。
小説を読んでいるかのように
言葉を選んで語られるセリフ。
その時カメラが映し出す月、花、
些細な生活現場が
多くのことを語ってくる映画。
堺雅人の最後に見せた涙。
堺雅人の熱演がグッとこころに残る映画だった。
幼い時の経験が
その後の人生に確実に影響を及ぼすことをも
教えてくれる映画だった。
人を気持ちよくほめることで
その場の雰囲気はぐっと和らぎます。
ほめ上手の人は
やわらかな空気感を生み出すのです。
そしてコミュニケーションが
よくとれるようになります。
ですから
ちょっといいなと思ったことは
こころの中で済ませず
ちゃんと口に出すようにされるといいです。
褒め言葉を
ちゃんと口にすることを
日常的にできれば
人間関係もスムーズになっていくはずです。
佐々木蔵之介の一人芝居を観た。
この劇は旧約聖書で語られる予言者「ヨナ」を
モデルにした劇。
ヨナと言えば
神を疑い背き、クジラに飲まれた逸話が有名で
そのエピソードがモチーフになっている。
漁師の主人公が
クジラに飲み込まれ
暗闇のなかで、感じる思い
母を慕い、どうしたらでられるのか
どうしてここにいるのか
葛藤を佐々木蔵之介の独白で語られ
このまま年をとっていくのか
しかし、その時現れたのは
生きる希望の光・・・
主人公はヨナがモデル
そしてこの主人公は僕のこころの中。
どんな八方塞がりの状況であっても
希望が救ってくれると
教えてくれた。
人はいつ死ぬかわからないから
今という時間を
楽しむことができるのだと思う。
でも、今という時間に
悔いを残してしまうことも
あるかもしれない。
そんな危険が
今の時間をどのように過ごすかに
潜んでいる。
どのように
今を過ごせばいいのか?
その方法は
やはり
誰にも最後には訪れる死を
普段から意識して生きていくしかないのだろう。
桐島聡といえば
昭和の過激派のメンバーで
昭和の時代から指名手配されていたが
ずっと捕まらずにいた。
駅などに指名手配写真などで
黒縁メガネをかけ
どこか不適な笑みを浮かべた姿が
どの指名手配犯よりも印象に残っていた。
それなのに捕まらない。
どこか海外にでも逃亡しているのかと
時々想像力を働かしていた。
そんな桐島聡が捕まった。
彼は末期の胃癌で入院中。
その間際に自分は
桐島聡だと告白し
数日後に亡くなったのです。
どんな逃亡生活をしていたのか
どんな心境で暮らしていたのか
とても興味がある人物でした。
そんな彼をモデルにした映画
「桐島です」が公開され観に行った。
桐島聡は
内田洋という偽名を使い
住み込みも工務店でひっそりと
文字通り息を潜めて暮らしていたのです。
その生き様は、映画によると
真の平和主義者だった。
純粋に真の平和な世界を望んでいた。
だから、
表面的な言葉を並べる二枚舌の政治家に激怒し
一生懸命生きようとしている外国人を擁護し
人のためになるなら、気づいたら
自分でできる限りの手を尽くす。
そこに利害を考えない。
そんな姿が描き出され
本当に日本のそして世界の平和を願って
いたのだろう。
同志が捕まったり、死亡したニュースに触れると
思いを同じして戦った戦友に
盃を捧げていた。
そんな彼の楽しみは
酒場でのいっぱいのビールと歌だった。
偽名で生きてきたが
ずっと変わらない桐島聡としての
こころ、魂を潜めて生きてきたのだろう。
だから最後は桐島聡として
死んで生きたかったのだろう。
劇中歌「時代遅れ」が痺れた
「目立たぬように はしゃがぬように
似合わぬことは無理をせず
人の心を見つめ続ける
時代遅れのおとこになりたい」