いのち第一主義のリスク

僕は医師として働いていますが
医師になる前から
あるべき医師像として
「医師がまず、果たすべき役割は
患者さんのいのちを第一に考え
そのいのちをの灯火を
消さないように努めること」が
医師としての当たり前の使命です
だから、どのような状況であっても
まずは
患者さんのいのちを第一に考え
患者さんのためだと思っても
いのちを危うくするような
医療をおこなわないことが
当然のこととして
教育されそして実践してきました。

でも
いのち一点張りの治療で
いいのか?と
ふと疑問にぶちあたることもあります。

確かにいのちが大切であることに
まちがいはありませんし、
いのちを守るために
いのち中心に考え、全力を尽くすことに
異論はありません。
特に医師としての
職業的土俵にいる限りは
いのち第一のスタンスは
決して忘れてはいけません。

でも、患者さんの
人としての生き方を中心に考えると
いのち第一で
病院で点滴や、呼吸器などや
あれは、だめ、これはだめと
患者さんの自由や夢を描くこと
家族や友人と過ごす
少しでもいい満足な食事をとることも
いのちと同様に
大事にしないといけない価値があることを
忘れてはいけないと思います。

患者さんに対して
いのち第一主義に固執しすぎて
自分自身の医師と使命感だけを
ものさしで考えてはいけないのでは
ないと思います。

患者さんのいのちは
医師のものではなく
患者さんがいのちがあって良かったと思える
命の良さを感じれる生き方ができるように
サポートするのが
いのち第一主義に含まれた
医師の使命だと最近は思うのです。

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思い立ったら吉日

何かはじめようと思ったら
できるだけ早くやった方がいいのです。

じっくり考えて
確実な方法で計画を立ててから
はじめようと思ってると
いつまでもはじめられません。

考えれば考えるほど
頭の中は
失敗したらどうしようなど
あなたのやる気を押さえようと
することばかり浮かんできて
考えれば考えるほど
はじめることが困難になるからです。

思い立ったらすぐはじめること。
これは、今の時代にあった
やり方でもあるのです。

現代は今までになく不安定な時代です。
国と国の争いごとが
次から次に起こって
次の火種がどこからあがるかわかりません。

それに併せて
経済状態もこれからどうなるかも
わかりません。

人間の争いごとばかりではありません。
地震、津波、嵐、山火事などの
自然災害も予測不可能。
そして、自分自身もいつ事故に見舞われるかも
わかりません。

そのほかにも
様々な可能性をはらんでいるのが
今僕たちが生きている世界の状況でしょう。

そして
人の気持ちは
それらの状況に左右されます。

だから
僕は思い至ったら、すぐはじめましょう。

今日いいと思ったことは
明日古びるかも知れません。
今日ならできたことが
明日にはできなくなるかもしれません。

「思い立ったら吉日」なんです。

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メタトロンが教えてくれること~病名に怯えないために~

先日メタトロンえお受けられた方は
別件で入院していて
偶然胃癌と診断され
心配や不安が募り受診された。

思いもかけない診断名に
まさに晴天の霹靂で
主治医の先生に
次々に検査の予定を立てられたが
混乱したままで
次のステップに進むことに
納得もできず
現状での検査での外科の医師に
説明を受けることにした。

精査は必要だけど
胃癌の可能性がある。
手術困難な部位にあるので
治療は内科的なものが
中心になるだろうと
説明をうけたようだ。

体感的には
やや体重は減っていたものの
食欲もあり、痛みなどの苦痛もなく
まさに、晴天の霹靂のできごとで
頭が混乱してる上に
とても几帳面な性格の面もあるようで
今の状態で
これから検査治療をすすめ
からだがどんどん疲れ果ててしまうことを怖れ
別の観点からからだの状態を知りたくて
当院を受診し
メタトロンをうける運びになった。

早速メタトロンを受けてもらった。
確かに
胃には破壊性のエネルギーを認め
確かに病変の可能性がある。
ただ、病名を探ると
現段階で胃癌とは言えず、
まだ胃癌の前段階も含まれる
過形成の胃炎だと思われ
胃癌の前段階
胃の治癒力を上げることで
対応可能かもしれない常態とも
考えられた。

更に
全身検索を続けると
一番変化が大きかったのは
脳の状態である。
かなり破壊のエネルギーが強かったからなのか
今は、その破壊のエネルギーの修復する
段階になっていることがわかった。

メタトロン的には
ある意味
脳の方が胃よりも心配の常態だった。

きっと
胃の病変は確かにあったが
それよりも
胃癌という大変な病名によって
悩み、脳が疲れ切って
病名そのものがからだを支配し
病気を作っている状態が
今改善すべきだということを
示していた。

胃の病変を治すためにも
免疫力を自ら高めることは
どんな治療をするにも
必要なこと。

そのために
楽に楽しく、喜びをもって
生きて欲しい。
からだのことは
僕たちがしっかりサポートしてるから
自分の望む人生を生きて欲しいと
自らのからだが言っている気がして
そう、患者さんに伝えた。

すると
患者さんの表情が明るくなり
からだが温かくなってきた
と笑顔で帰られました。

これから
様々な困難なことがあるでしょう。
でも、頭で病気を作らないように
からだの思いを正直に伝えることが
僕ができることなんだと
患者さんの生きていくという決意にも感じながら
見送りました。

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天上天下、唯我独尊

この言葉は
お釈迦様が
母親の摩耶夫人の右脇から生まれ
生まれた直後に七歩歩いて、
右手で天を指し、左手で地を指し
「天上天下、唯我独尊」と宣言したという
伝説から生まれた言葉です。

この言葉は有名で
様々な方が
ご自身の立場で解釈されていますが
僕はこの言葉を
次のように解釈しています。

天上、天下の世界全てを見回しても
人は尊い存在なのです。
だから、生まれてきたということは
全世界いや全宇宙に「ただひとり」の存在。
大切ないのちなのです。
と教えてくれている言葉だと思うのです。

科学が進んで
両親やご先祖様から
代々遺伝子を受け取って(引き継いで)
これまで自分と全く同じ存在はいない
とても稀な存在なのです。

親とも、兄姉ともちがう
唯一の存在です。

だから
ひとりひとり
生き方もちがう、物の考え方だってちがう
こころのありようだって、価値観も違います。

それなのに、生きている社会は
常識や法律で人をしばり
学校でも、会社でも
全ての人間が同一であるかのように
扱おうとします。

常識も法律も
人が社会生活を送るために
大切なものではあるけれど
その前に
自分の代わりはいない
スペアもいない。
この世の中に、
自分という存在はたったひとりしかいない
だからひとりひとりは尊い存在なのだ。
ということを忘れてはいけないと
この言葉は教えてくれているのです。

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しあわせの方程式

お酒で
人生が大きく変わってしまうこともあると
今までの報道でも
自分のこれまでの人生でも
感じることがありました。
お酒には
魔力があるのだと僕はあるのだと
思うのです。
そのお酒の魔力を知って
対応して生きていかないといけません。

お酒に対抗するものとして
僕が注目しているのは
オキシトシンというホルモンです。

こんな実験があります。
オキシトシンを投与すると
アルコールに対する欲求
そして
アルコールの消費量も減るというのです。
これは
たばこに含まれるニコチンに対しても
同様の結果であったというのです。

つまり、オキシトシンには
「お酒をもっと飲みたい」
「たばこをもっと吸いたい」という
衝動を抑える作用があるのです。
もう少し医学的に解説すると
オキシトシンには
お酒をもっと飲みたいと感じさせる
ドーパミンを抑える効果もあるからなんです。

それでは
オキシトシンの分泌を増やすためには
どうしたらいいでしょうか?

オキシトシンは絆を深まると
多く分泌されることがわかっています。
つまり
絆が深まり、オキシトシンが分泌されるので
「楽しい」「うれしい」「しあわせだ」といった
幸福感が生まれてくるのです。

絆が深まる
環境が整えば、整うほど
オキシトシンが分泌され
しあわせを感じるのです。

ですから
家飲みをするより
居酒屋などや
例え公園であっても
みんなでわいわいして飲んだ方が
オキシトシンも多く分泌されるので
楽しくて
路上のみが増えるのも
当たり前のことなのです。

今はコロナウイルスを防ぐ観点から
仕事さえテレワーク
密を避け
人の接触をさけることを
求められる時代になっています。

感染を防ぐためには
やも負えないことかもしれませんが
しかし
それでは、オキシトシンの分泌も減り
しあわせな生き方ができなくなります。

これからの時代
絆を深める生き方
つまり
家族との絆を深めるなど
リアルでは
本気、本音の付き合いできる
関係を深めるなど
お酒の飲み方だけでなく
人との付き合い方も
考え、大事にしないといけない時代になっくるのでしょうね

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牛に引かれて善光寺参り

僕は神社参りが好きで
毎朝起きたら氏神様参りをして
一日をはじめます。
旅行した時には
近くの神社をチェックして
時間があれば参拝しています。

なぜ、神社に行くかといえば
神様にご挨拶して
御利益をいただければと
ちょっとよこしまな気持ちが
ないわけではありませんが
参拝すると
単純に清々しい気持ちになって
元気をもらえるからです。

こんな神社巡りが好きな
僕が最近出会った言葉。

「牛に引かれて善光寺参り」
という言葉。

この言葉を聞いたとき
自分のお参りを見透かされた気がして
ドキッとしました。

この言葉の由来は・・・
「昔、信濃のある国に
不信心な老女が軒先で
布をさらしていると
突然大きな牛が現れて
その布を角に引っかけて
駈けだしたのです。
老女はあわてて牛を追いかけました。
牛は善光寺の本堂まで来ると
消えていなくなったのです。

実は、この牛は
観音様の化身だったのです。
それ以来
老女は善光寺を信仰するようになり
極楽往生した」
というお話です。

お伊勢参りにしても
神社を参拝する目的は
神様にご挨拶するだけでなく
参道の
おまんじゅう屋さんやおみやげもの屋さん巡りが
楽しいものです。
いわゆる
物見遊山の参拝なんて
いかがなものと避難するものではなく
目的は何であれ
参拝して、神様に手を合わせることが大切だ
この言葉は教えてくれるです。

僕が神社巡りをするのは
単純に元気をもらえること
そして
参道でおいしいものに出会えることが
多いからです。

こんな僕でも
神様はニコニコして
僕を迎えてくれる大きな方です。

みなさんも
時間があったら
神社巡りおすすめです。

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人はなぜお酒を飲むのか?

お酒で
人生が大きく変わってしまうこともあると
今までの報道でも
自分のこれまでの人生でも
感じることがありました。
お酒には
魔力があるのだと僕はあるのだと
思うのです。
そのお酒の魔力を知って
対応して生きていかないといけません。

お酒に対抗するものとして
僕が注目しているのは
オキシトシンというホルモンです。

こんな実験があります。
オキシトシンを投与すると
アルコールに対する欲求
そして
アルコールの消費量も減るというのです。
これは
たばこに含まれるニコチンに対しても
同様の結果であったというのです。

つまり、オキシトシンには
「お酒をもっと飲みたい」
「たばこをもっと吸いたい」という
衝動を抑える作用があるのです。
もう少し医学的に解説すると
オキシトシンには
お酒をもっと飲みたいと感じさせる
ドーパミンを抑える効果もあるからなんです。

それでは
オキシトシンの分泌を増やすためには
どうしたらいいでしょうか?

オキシトシンは絆を深まると
多く分泌されることがわかっています。
つまり
絆が深まり、オキシトシンが分泌されるので
「楽しい」「うれしい」「しあわせだ」といった
幸福感が生まれてくるのです。

絆が深まる
環境が整えば、整うほど
オキシトシンが分泌され
しあわせを感じるのです。

ですから
家飲みをするより
居酒屋などや
例え公園であっても
みんなでわいわいして飲んだ方が
オキシトシンも多く分泌されるので
楽しくて
路上のみが増えるのも
当たり前のことなのです。

これからの時代は
絆を深める生き方
つまり
家族との絆を深めるなど
リアルでは
本気、本音の付き合いできる
関係を深めるなど
お酒の飲み方だけでなく
人との付き合い方も
考えていく時代になってきたのでしょうね

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不便益

世の中はどんどん便利に
なっていっています。

不便な事をなくそうと
人類はずっと努力して
生活が楽になるように
知恵を出してきました。

今では
飛行機や車を使って
あっという間にどこにでも
行けるようになり
今では自動運転の車も出てきています。

家の家事も
自動洗濯機ができ
自動掃除機が生まれ
材料を入れれば、料理ができる
自動調理器なるものも生まれ
どんどん生活は楽になっています。

昭和の時代と比べても
随分便利な世の中になってきています。

不便な事を乗り換えるための技術が進み
文明は発達してきました。

今まで
何でもかんでも
便利なものを追求しているけれど
便利であるが故に不利益な事もあるのでは?
不便であることが益になるのではないか?
という考えが生まれてきました。
この考え方を「不便益」というそうです。

この考え方、すぐには
ピンとこないかもしれませんが
東京都立川市にある「ふじようちえん」では
幼稚園のあちこちにあえて
不便と思える仕掛けを作っているというのです。

こども達に
ちょっとした不便さを体験することで
不便さを乗り越えようと
工夫をしようと考え
工夫することでこどもは
想像力が育まれ、成長するのです。

ボタンひとつで
何でもできる世界で生まれると
創意工夫する能力が育たなく成長すると
将来困難に直面したときに
乗り越える力が育まれない気がします。

確かに
「便利であるが故に不益なこと」って
あるのです。

今までは便利を追求してきて
文明は発達してきたけれど
もともと持っている
文明に頼らなくても
生きていく力を失わないように
しないといけません。

キャンプなどの
あえて文明と隔絶した自然の中で
こども達や孫に生きることを
伝えていくことが大事なんだと思います。

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モーニングセミナー

僕は
病気をして退院してから
毎朝近所の神社のお参りをするのが日課。

雨や風が強いときは
歩いて行くことは危険なので
お参りできないこともありますが
少々雨が降っても風が吹いても
傘を指しても歩けるようなったので
2020年12月から今日まで
連続毎朝お参りができています。

朝も4時に自然に目が覚めて
空が白みはじめる4時半過ぎには出発
歩いてる内に
日の出の時間を迎えるのが日課なんです。

朝は
地球全体がエネルギーにあふれ
動物も植物も
そのエネルギーをいっぱい浴びてるから
元気でいられるんだと
僕もエネルギーをいっぱいいただいてるから
日々元気に過ごせているんだと思ってます。

今は
目覚ましもいらず
自然に目が覚め
朝起きが苦にもならず
当たり前に起きていますが
はじめから朝起きの習慣が
できた訳ではありません。

自分は
地元の大学出身ですが
卒業後は九州に戻ったので
今のクリニックで開業しようと決断した時
僕の思いをわかって
力を貸してくれたのは妻しかいない
たったひとりでの出発でした。

医療コンサルにもお願いしたりもしましたが
裏切られたり
笑顔の奥の裏の真意がわかったり
人の冷酷な面を接し
打ちひしがれてた時期でした。

その時出会ったのが
経営者の勉強会の集まりでした。
その会は
週1回朝6時から集まって
経営者のどん底から這い上がった経験から
得た思い、やり方など
まさに、その時の自分の境遇にもマッチして
毎週朝6時からのセミナーに
頑張って!早起きして起きて
参加しました。

早起きはつらかったけど
セミナーから帰って仕事はじめるときには
元気いっぱいで
やっぱり早起きは三文の徳だと
実感して、その会にはまりました。
その後
その会の会長までさせていただきました。

会長になると
理由なく休むことなんてできません。
寝坊するわけにはいかず
それまで以上に
目覚ましを念入りにして
寝るようになりました。
おかげで
寝坊することもなく
務めを全うさせていただきました。
そして
会長の間、目覚ましはかけていたけど
いつも目覚ましがなる前に目が覚めて
起きていました。

病気になって
会は退会せざる負えなくなりましたが
今でも朝起きて、神社に行って
一対一のモーニングセミナーに参加しています。

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正しい栄養の取り方

我々人間のからだを構成する物質は
リンとか鉄とか亜鉛とか水とか
地球の自然界普通に存在する元素から
できています。
生体独特のものというものは
何一つありません。

従って
僕たちのからだは
構成物質がなんであるかより
これらの物質の結びつき方
体内での相互の影響しあってることが
重要だということでは
ないだろうか?

体内の構成物質、元素が
凝集して、外界からの力に
かき乱されないように
その物質が持っているエネルギーの力を
遺憾なく発揮して、利用できることが
重要ではないかと思います。

この成分が不足しがちだから
この栄養、食品をとらないといけないと言うことは
気を使ってる方は
多くいらっしゃいますが
その成分が道のように使われているかを
考えながら
摂取している人は少ないことでしょう。

外見は同じ
水晶、ダイヤモンドにしても
粉々にしてしまうと
水晶は六角に、ダイヤモンドは八角に割れると
言われます。
水晶もダイヤモンドも
構成成分は同じでも
外から受けたエネルギーで状態が
変わるということでしょう。

ですから
同じ食品であっても
例え
からだに悪いというものであっても
あなたの持ってるエネルギーによって
よくも働くこともあり
悪くも働くことにもなると言うことです。

ですから
あなたのからだの細胞
からだを形作っている成分一つ一つが
健康状態で働くためには
健康を意識するだけではなく
趣味、強要、知識、感情や
その人を取り巻く
家庭環境、社会の経済状態を含め
個人生活から社会事情に至るまで
幅広く影響していることを
知っていないといけないし
そして、そこも整えなければ
健康になれないと言うことも
知っていないといけないのです。

ニュートンが
リンゴが落ちたのは引力があるから
と万有引力を発見しました。

僕は思うのです。
確かに万有引力は確かにある。
リンゴが落ちたのは万有引力のせいだけではなく
リンゴからしたら
風の力や、熟した時期など
落ちる時期を感じたから
また、ニュートンに食べて欲しいと思ったなど
落ちるための様々なエネルギーを感じたから
木から落ちたのかもしれませんね。

生きていくためには
様々な力が働いていることを
知らないといけないのだと思います。

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