自然の声を感じる時

朝陽が昇る前に
家を出て
氏神様のお参りをして
日の出の時間を迎え
今日も生きていることを
感謝する時間を
毎日過ごせることで
生きていることを実感すると共に
生きていることに感謝し
今日も生きて生きると決意を新たにして
その日をはじめています。

毎日続けられているのは
僕にとって
生きるための儀式になっているのかも
しれません。

そして
同じ時間に家をでても
毎日違った光景を
見せてくれます。
感じさせてくれます。

天気予報では
今日も真夏日だと
夏盛りの日が続くと伝えています。

でも、朝
外に出ると
朝の空気が肌に突き刺さってくるような
感じではなく
優しく感じるのです。
そして、耳を澄ますと
虫の声が聞こえてきたのです。
その虫の声に耳を傾けていると
もう、次の季節に進んでいることを
自然が
母なる地球が伝えてくれている気がします。

自然を感じながら歩き続けると
神社には大きな木があります。
その大きな木に近づくと
木から体全体を包み込むように
柔らかい風を感じるのです。
とっても。とっても
肌に優しい風なんです。

朝は
自然からのそして地球からの
メッセージにあふれています。
地球に生まれ
自然に育まれて
生きていることを実感すると共に
感謝の時間なんです。

だから
僕は1日も休まずに
歩き続けれるのだと思います。

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記憶の中のしあわせ探し

からだは、家などの建造物と違って
からだの中身も構造も
時間が経つと変わっていることが
わかっています。

10年も経てば
細胞ひとつから
10年前の細胞と全く別の
細胞に置き換わっているのです。

そして毎日の生活においても
僕たちは
毎日食べ物を摂取し、排泄し
その繰り返しを日々くり返す内に
日々
からだの内容を変えているのです。
それなのに
肉体的変化を
感じながらも
統一した同じ自分、自己を
維持し
生涯ひとつの肉体、人生を形作って
生きていけるのは
不思議だと思いませんか?

自分が、自分としての生涯を生きていけるのは
そこには
自分のからだをまとめてくれている
主宰舎のような力が
働いているからではないだろうか?って
感じるのです。

この力があるから
60兆もある細胞
それも日々変化している細胞を
統一されて
昨日と同じ自分
1年前と同じ自分
死ぬまで同じ自分として
生きていけるのでは
ないでしょうか?

僕たちが
今ここにいられるのは
この僕たちのからだをまとめてる
監督のような力の
おかげなんでしょうね。

この自分自身をまとめている力は
自分がこうしようと思って
できるような力ではありません。

この力は
自分では意識できない
深いところにあり
今の科学では解明できないような
非常に複雑な力、働きであり
この力は
自分だけでなく
生きている人や動物、植物にも
存在し、それぞれに働いているのです。

それは
この地球上の生物だけでなく
地球そのものにも
太陽にも
宇宙全体にも働いている力が
存在してるから
僕たちは、今ここに存在できるのでしょう。

この宇宙全体を統一している力のことを
我々は昔から神と崇めている
存在なのかもしれません。

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見えない自分の背中

自分のからだなんだから
自分のからだのことが
一番わかっているのは自分。
わかってあげられるのも
自分しかないと思ってしまう。

でも、実際のところ
一番わからないのが
自分という存在では
ないだろうか?

自分のからだなのに
自分の背中を
自分の目で見ることはできない。
人に見せている
自分の顔だって
鏡を見ないと自分の顔すら見ることができない。
うれしい顔も
悲しい顔も
怒った顔も
普通にどんな顔もわからない。
鏡を使ってみても
左右逆の顔しか
知ることができない。

だから
自分については
自分以外の人に尋ねるしかない。

特に
からだが悪い時には
医者などの自分以外の人に
頼らざる負えない
僕自身も
他の人のからだを客観視できるけど
自分のからだは
混乱してしまうことも多い。
だから
相談した相手が
僕の何を見ているのかが
とても大事に思える。

僕のからだを
どんな思いでみてるか?
からだだけでなく
こころも魂も診てくれると
とてもありがたいと思う。

だから僕も
患者さんを診るときには
患者さんが見ている部分だけでなく
患者さんが見えない部分も
診て、伝えて
本当の健康を手にしていただきたいと
思うのです。

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たったひとりを喜ばすために生きる

史上最強のバイクとの
呼び声の高い「スーパーカブ」を作った
HONDAの創業者本田宗一郎は
愛する妻のためにこのバイクを作ったと
言われています。

本田宗一郎は
妻が自転車をこいで
遠くまで買い出しに行くのをみて
自転車にエンジンをつけたら
買い出しがずっと楽になると思いつき
自転車に補助エンジンをつけたのが
バイクの始まりだそうです。

「妻のために」という思いで
生まれたバイクだから
女性でも乗りやすいように
操作も簡単で、燃費もよくし
乗っても油がつかないように改良し
妻のために作ったバイクが
6千万台も売れたバイクになったというのです。

つまり
たったひとりでもいい
人に喜ばれ、しあわせにするものを作ることが
本田宗一郎の商売の原点なのです。

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肉体を監督する存在とは

からだは、家などの建造物と違って
からだの中身も構造も
時間が経つと変わっていることが
わかっています。

10年も経てば
細胞ひとつから
10年前の細胞と全く別の
細胞に置き換わっているのです。

そして毎日の生活においても
僕たちは
毎日食べ物を摂取し、排泄し
その繰り返しを日々くり返す内に
日々
からだの内容を変えているのです。
それなのに
肉体的変化を
感じながらも
統一した同じ自分、自己を
維持し
生涯ひとつの肉体、人生を形作って
生きていけるのは
不思議だと思いませんか?

自分が、自分としての生涯を生きていけるのは
そこには
自分のからだをまとめてくれている
主宰舎のような力が
働いているからではないだろうか?って
感じるのです。

この力があるから
60兆もある細胞
それも日々変化している細胞を
統一されて
昨日と同じ自分
1年前と同じ自分
死ぬまで同じ自分として
生きていけるのでは
ないでしょうか?

僕たちが
今ここにいられるのは
この僕たちのからだをまとめてる
監督のような力の
おかげなんでしょうね。

この自分自身をまとめている力は
自分がこうしようと思って
できるような力ではありません。

この力は
自分では意識できない
深いところにあり
今の科学では解明できないような
非常に複雑な力、働きであり
この力は
自分だけでなく
生きている人や動物、植物にも
存在し、それぞれに働いているのです。

それは
この地球上の生物だけでなく
地球そのものにも
太陽にも
宇宙全体にも働いている力が
存在してるから
僕たちは、今ここに存在できるのでしょう。

この宇宙全体を統一している力のことを
我々は昔から神と崇めている
存在なのかもしれません。

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神道には教えがない

現代はみな平和を訴えるものの
戦争地球のどこかで戦争が行われています。
誰もが争いのない世界を願っているのに
平和な世界は無理なのでしょうか?

戦争のない世界を
実は日本では縄文時代に実現していたと言います。
縄文時代の遺跡からは
争った形跡が見つかっていないのです。

植物採取や狩猟のための
道具はあっても
人を殺すための武器や、刀剣、槍などの
武器が出土していないのです。

この平和な縄文時代が
1万年以上も続き
そんな時代があったのは
日本だけでなく人類史上の奇跡だとも
言える状態です。

それは
世界中に人としての
生きる道を説いた宗教があるのに
守れないのでしょうか?

日本の宗教は「神道」です。
神道には他の宗教と
決定的に異なる違いがあります。
それは、「教えがない」ことです。

教えがないから
相手を裁かないし
教えを守らないからと
地獄に落ちることもありません。
地獄がないから、誰かに救ってもらうべく
救世主も必要ないということです。

神道は宗教じゃなくて生活なのです。
神道は生活の本質を示しているのです。
それは、
その行動が美しいか、美しくないかで
判断すると言うことです。

その行動が美しいかどうかを
行動基準にする感性が
日本人にはあったのです。

ですから
火薬が日本に伝わった時に
日本人は、
鉱物資源の発掘のために使うのではなく
花火として火薬を使ったのです。

それが日本人の美しさを求める
感性だと言えるのです。

今でも
あなたの行為が美しいかどうかを
基準にして生きれば
平和な世界実現に近づくと思うのです。

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病気の休日が欲しい

以前入院していた時は
日曜日も、祝日も土曜日もなく
毎日決まる
リハビリのスケジュールをこなすのが
入院中の僕の生活でした。

もちろん
先生、看護師さん、リハビリのスタッフさんは
休みがしっかりとれる体制で
毎日おこなわれる
リハビリをサポートしてくれてました。

機能回復ために
1日でも無駄にできないので
毎日、休むことなく
そして、当時世間ではコロナ感染中の中
リハビリができることは
とても有り難く環境にあることに
感謝していました。

でも
時には休みが欲しいなぁと
勝手なことを思うもですが
病気になった人にとって
僕よりも長く闘病している方もいる
痛み、きつさなどの苦痛と戦っている人もいる
強い治療に耐えていらっしゃる方もいる。
僕なんかより
ずっとずっと
病気に苦しんでる方もいらっしゃる。
・・・・と思った瞬間
今まで担当させていただいた
患者さんの顔が目に浮かび
その思いがこころの中に
こだましたのです。

長く病気をしてる方にとって
一番の願いは病気が治ってしまうことでしょう。
でも、治癒の道はまだ途上だと思っているときに
ますは
一日でも病気の休みがあればと
願うでしょう。

明治時代の俳人正岡子規が
こんなことを書き残しています。
「願わくば、神まず余に
1日の暇を与えて
24時の間自由に
身を動かし、たらふく食を貪らしめよ」と。

また
こどもが病気になった時、親は
わたしが代わってあげたいというのをききます。

僕たち医師としての願いも
病気を治すことが
一番の目的だけど
1日でも病気の苦悩を忘れられる
病気の休日を作ることも
考えないといけないと思うのです

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「サムライ」の語源は?

武士道の源流になった
「葉隠」の中に
「武士道とは死ぬことと見つけたり」
という言葉がでてきます。

「サムライ」の語源は
「さぶらふ」という動詞です。

「さぶらふ」とは
「大切なものを守る」という意味です。
そして
大切なもののためなら死ねると思える
大切なものが見つかった時に
人は「サムライ」になるのです。

大切な物とは何でしょう。

家族ですか?
恋人ですか?
仕事ですか?
お金ですか?
夢ですか?
希望ですか?

あなたの大切なものを見つけ
生きていくことが
現代の「サムライ」なのです。

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メタトロンが教えてくれること~体に表れる気づきのサイン~

☆お盆も終わり。夏休みも残りわずかですね。
もし自由研究にお困りの方がいらしたら、
高校の友人が作ったサイトを参考にしてみてはいかがですか?

https://kumolog-labo.banyans.co.jp

今、社会はどうにかして経済を回そうと

僕たちが
この世に生まれ生きているのには
きっと意味がある。
この世でやらないといけないこと
学ばないといけないことがあるから
この世に生まれきたのだと
僕は、思っています。

でも、生きているときは
どうして今ここにいるかなど
目的を忘れてしまうし
違う方向に行っていたり
無理をしていて
頑張り過ぎていたりしまう。

そっちに頑張りすぎていても
気づかないのは
どんな状況でも
自分自身を応援している
自分のからだが頑張っているんです。

僕たちが
がんばれるように
支えているくれていることが
メタトロンを通じて
教えてくれます。

メタトロンで
異常を示すところは
え?この部位に異常が?って
ことが多いです。
痛くも、かゆくもない
思っていなかったところだったりします。

それをみて
このメタトロンが間違ったことを
示してるてるわけでなく
この部分に負担がかかってるよ。
症状がでないように
からだが頑張っていることを
教えてくれるんですよね。

からだ自身が
僕たちが頑張れるよう
この世の思いを実行できるように
いつも無言で
支えてくれているんですよね。

でも、からだだけでは
支えることが難しくなったら
からだに色んなサインをだすようになります。

頭痛が表れるのは
頑張りすぎていること
だるいのは
休んでもらいたいこと
眠れないのも、食欲が落ちるのも
からだが支えるのが
限界に近づいてることを
教えてくれているんですよね。

いわゆる
からだからのメッセージなんですね。
ですから
頭痛があるのに
痛み止めを飲んで、痛みをごまかしても
また痛みがでる
それも薬が効かなくなるのは
からだがもっと強く気づいて欲しい
メッセージを伝えているのです。

からだからのメッセージは
僕たちのことを思ってのサイン。
だから気づいて、指示にしたがって欲しいのです。
自覚がなくても
メタトロンで頑張ってうことがわかると
いたわりの気持ちをもてもらいたいのです。

その様に
生きていくと
今、生きている時間が
とても輝きだすことでしょう。

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魂の修業とは過去を変えること

☆お盆も終わり。夏休みも残りわずかですね。
もし自由研究にお困りの方がいらしたら、
高校の友人が作ったサイトを参考にしてみてはいかがですか?

https://kumolog-labo.banyans.co.jp

今、社会はどうにかして経済を回そうと

魂の修行とは
具体的にはどんなことでしょうか?
波動治療をするようになり
波動エネルギーの視点で考えると
魂の修行というのが少し見えてくるようです。

僕の考えを後押しするかのうように
齋藤ひとりさんの
インタビュー記事の中に
「過去は変えられるけど、未来は変えられない」という
一見不思議な言葉が書かれていた。

僕はそれが魂の修行で
魂のステージがあがった瞬間だと
思います。

過去は変えられる。
現在の時間の軸だけで考えると
過去の点という変わらない。
でも
時間、空間に影響されない
波動空間で考えれば
過去は変えることができる。

例えば
今回の僕のように
病気を患ったとします。
すると最初、人は
病気になったことを
後悔し、これからの未来を憂えるでしょう。
しかし
病気をしたことで
その後色々な気づきを発見するでしょう。
そして、気づきを実行段階にはいります。
生活を見直し
食生活や働き方を改善し
家族や友人の温かさを知ったり
嘆き、苦しんだ病気の過去が
前向き、感謝、変化のポイントになって
いることに気づくでしょう。

つまり
病気したことで
今までの生き方を振り返り
新しい人生を歩むきっかけに
なることになったのです。

病気になったという過去は
最初は苦しみ、後悔しかなかったのが
振り返れば
感謝の気持ちに変わり
病気をしたおかげで・・・・と
いつの間にか言えるようになった。
病気に対する思いが変わった。

すなわち、その時が
病気という過去が変わった瞬間です
そして苦しみという波動のステージにいた
自分の波動が上がり
感謝のステージに上がったのです。

このステージが上がったことは
過去が変わり
新しい苦しみではなく、感謝の未来に
続いていくのです。

その経験は
あなたの肉体ではなく
あなたの魂に刻まれることになり
肉体が滅びた後も
魂の成長した証となって
ずっと残るのです。

この積み重ねが
魂の成長となる。
つまり魂の修行なのです。

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