他人ごとで生きていかない

最近、色々な人と会ってお話すると
自分のことなのに、
どこか他人事のように思って
すっと身を引いてしまっているなぁと
思う方が多い気が気がします。

そう、思う理由はおそらく
「自分のキャパシティはここまで」と
自ら線を引いてしまい
「それを越えるものについてはうけいれない」と
決めてしまい
「あ、もう無理だ」と思ってしまい
逃げているのかも知れません。

だから、冒険したくない
チャレンジしたくない
失敗したくないなどと言って
自分に能力が実はあるのに
ガンバらない理由がここにあると思うのです。

これもある種の
自己防衛なのかも知れません。

新しい事を
はじめないと行けない局面になると
人間は
守りにひってしまい
必死になってやらない理由を探し出します。

この状況を打破しないと
人間成長できません。
この状況を打破するには
自分は、こうありたい
こんなことをしたいと
熱い情熱が必要です。

年を重ねると
情熱の灯火さえ
消してしまおうとしていませんか?

情熱の炎は
死ぬまで燃やすことは可能だと
僕は信じています。

是非、情熱の炎を燃やし続けて
生きていきましょう。

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いのちは地球よりも重い

僕は
人間が生きていくには2つの面が
必要であると思います。
ひとつは
衣食住という動物的欲望を満たす
いわゆる生活面を重視する面「生活体系」
そして、もうひとつは
真善美を求めて行動する人格を形成する
いわゆる生命を重視する面「生命体系」
この両面から
いのちは支えられていると思います。

もう少し具体的に言うと
生活体系とは、いのちを支えている活動のこと
つまり
利益や欲望を充足させるという経済法則を重視したもの
これに対して生命体系とは
いのちは尊いものだというような
親子のつながり、日本で生まれたことによって
培われた道徳的なつながりとも言えるもの

この2つの体系、価値観の中で
僕たちのいのちは支えられ
生きているのだと
改めて自覚させられた気がします。

昭和50年代に
日本赤軍がダッカで飛行機をハイジャックし
身代金などを要求したダッカ事件がありました。
その時の総理は
「人間のいのちは、地球よりも重い」と
様々な批判を交わして
16億もの身代金を決断して
乗員乗客のいのちを救ったと聞きました。

今回の政府の動きは
ダッカ事件の時とは異なり
いのちだけでなく経済重視するあまりに
迷い行動できなくなってるように
僕は見えてしかたありませんでした。

ダッカ事件から時は流れ
時代は昭和から平成、令和と変わり
その間平和で豊かな時代を過ごしすぎて
明日の喜びより、今日のパンを求める生き方を
してきた日本人の体質が
決断できなくさせているような気がします。

人はパンがなくては生きていけないけど
パンを美味しく、そして有り難いと思える気持ちを持って
僕たちは生きていかなければならないってことに
気づき、その気持ちを大事にして
これからは生きていかなければならないのでしょうね。

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感謝の気持ちで運命を切り拓く

稲盛和夫さんが、ご自身の著書の中で
「運命を変えるためには
よいことに出会おうとともに
悪いことに出会おうとともに
どんな運命に出会っても
出会ったことに対して
感謝する心で対応することです。
でも、これは大変難しいことだ」と
書かれていました。

確かに災難に遭っている時や
苦難な場面に直面したとき
その境遇に感謝しなさいと言われても
現実的には
とても難しいことだと思います。

実際
僕も病気になったときに
病気はきっと僕に伝えたいことがあるから
しっかり病気という運命を受け止めて
感謝しないといけないと
頭でそう思っていても
実際には難しいものです。

これから先どうなるのか
不安な気持ちが増すばかりで
感謝するっと思えない時間は
過ぎていきました。

でも
時間が経つに連れて
不安が少しずつ取りのぞかれる内に
病気を通して
自分と向き合う時間が
病気を通してとれて
様々な気づきをいただけたことを
知りました。

ですから
今は、病気をすることも僕の運命
そして
その病気ということに運命に出会ったことで
僕のからだも、考え方も、環境も大きく変わりました。
今では
病気は僕を大きく変わるきっかけをくれたのだ
感謝の気持ちでいっぱいです。

病気をしたことを悔やむのではなく
感謝するものだと思えたことで
僕の運命は
大きく変わったのです。

どんな時にも
それは自分にとって必要なことなのですね。
だから
悪いときにも
感謝の気持ちを忘れないことって
大事なんですね。

逆に、良いことが起こったときには
感謝の気持ちを忘れないかと言えば・・・
そうでもないと思います。
良いことが起こったのは
自分が頑張ったからだとか、
ちょっと自分の力に有頂天になってしまって
感謝の気持ちを忘れそうです。

良いことがあったときには
自分だけに
こんなに良いことがあっていいのだろうか?
もったいないことだぁと言う風に思うことができれば
感謝の気持ちがわいてきて
謙虚に振る舞うことができないでしょうか?

良いときも奢らず、偉ぶらず、謙虚さを失わないで
今、こんなにしあわせなんだと
感謝する心を持つことが
大事なんだと思うのです。

苦しみの時にも
神が気づきいてもらいたいことがあるから
こんな災難が起こったのだ
しあわせな時も
今のしあわせは
おまえだけのものでも
おまえひとりの力で達成できたことではない
と今の現実を
感謝の気持ちを持って受け入れること。
そうすれば
運命は変わってくるのだ。
と稲盛さんは言っているのだと思います。

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メタトロンが教えてくれること~病気の源は人の思いが~

メタトロンには
若い人からお年寄りのまで
年齢、性別
そして様々な職種の方が受けられています。

先日来られた方は
神職を職業にされている方。
その方は若いときから
長年にわたって
骨折、出血など
何度も大手術を受けられ
生死の狭間を彷徨ったこともあると言うことで
ご自身のからだについては
細心の注意を払っていらっしゃていました。
が、2,3か月前から
腰が痛くなり、血尿を認めることもあり
かかりつけのお医者さんの他
整形外科、泌尿器科をはじめ
整体、カイロに通うけど
明らかな原因も異常も見つからず
色々手を尽くしても
痛みも改善しないため
わらをもすがる思いで
当院を受診されました。

早速メタトロンを施行しました。
他のお医者さんの診断の通り
骨、筋肉、腎臓、肺、肝臓とも
異常はありませんでした。
ただ、病気を発症するレベルではないけど
やや胃の波動エネルギーが
落ちていることがわかりました。

でも
波動セラピーでをおこなうと
エネルギーは高い状態になるので
やはり
今苦しめている症状とは
関係ないのです。

からだ的には問題なかった。
メタトロンでも
原因はわからなかったかと
患者さんはため息をつきかけたとき
最後にチェックした
からだの状態に影響を与える
感情を見たときに
僕は、ハッとしました。
原因はこれの可能性があると。

その分析には
”同情”の文字がでていました。

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ヤンヤン 夏の思い出

この映画はニューシネマの名称ヤン監督の
遺作となった長編映画で
2000年第53回カンヌ映画祭で
監督賞を受賞した作品。

コンピュータ会社を経営する父と母
高校生の姉そして祖母と
高級マンションで暮らしていた
主人公・小学生ヤンヤンの家族の物語。

祖母が脳卒中で倒れてから
ヤンヤン一家の家族に起こったことが
描かれていた。

姉の苦い初恋を描くとともに
父親の初恋の人ととの再会が描かれるとともに
これから始まりを予感させる
ヤンヤンの恋の始まりを思わせる行動など。

家族の思い出と現実が
過去と現実と
同じ事を体験する
淡くも苦悩するこころ模様を
ガラス越しに被写体を撮影したり
こころの裏表を描き分けるところに
巨匠らしい巧みの技を随所に感じさせてくれた
名作だった。

サンタブログ202605

#92人はなぜラブレターを書くのか
綾瀬はるか主演の
「人はなぜラブレターを書くのか」を観た。

20年前に起こった
日比谷線の脱線事故で起こった
実話を元にした映画。

20年を越えて
亡くなった人の思いを胸に
残された家族、友人、先輩、恩師など
の心の中に
ずっと生き続けていた主人公。

その当時の思いは
当時のままで心の中にとどまっている。
その思いを持っている限り
亡くなった人は
心の中に生き続けている。
しかし、その思いをどうすればいいのか
わからずに生き続けてしまう。

でも、いつかは
その思いにけりをつける必要がある。
その手段のひとつが手紙、ラブレターで
あることをこの映画は教えてくれた。

その手紙には
死者が死者の人生を生きてきた証
そして、その証が確実に紡がれていることが
嘘偽りではない
その人しか書けない
生の字として感じられる物だと思う。

このことはAIにはできない
温かな血の流れている人間しかできない
ことなのです。

手紙は
どんな時代になっても
なくしてはいけない大切な
ものです。

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いのち第一主義のリスク

僕は医師として働いていますが
医師になる前から
あるべき医師像として
「医師がまず、果たすべき役割は
患者さんのいのちを第一に考え
そのいのちをの灯火を
消さないように努めること」が
医師としての当たり前の使命です
だから、どのような状況であっても
まずは
患者さんのいのちを第一に考え
患者さんのためだと思っても
いのちを危うくするような
医療をおこなわないことが
当然のこととして
教育されそして実践してきました。

でも
いのち一点張りの治療で
いいのか?と
ふと疑問にぶちあたることもあります。

確かにいのちが大切であることに
まちがいはありませんし、
いのちを守るために
いのち中心に考え、全力を尽くすことに
異論はありません。
特に医師としての
職業的土俵にいる限りは
いのち第一のスタンスは
決して忘れてはいけません。

でも、患者さんの
人としての生き方を中心に考えると
いのち第一で
病院で点滴や、呼吸器などや
あれは、だめ、これはだめと
患者さんの自由や夢を描くこと
家族や友人と過ごす
少しでもいい満足な食事をとることも
いのちと同様に
大事にしないといけない価値があることを
忘れてはいけないと思います。

患者さんに対して
いのち第一主義に固執しすぎて
自分自身の医師と使命感だけを
ものさしで考えてはいけないのでは
ないと思います。

患者さんのいのちは
医師のものではなく
患者さんがいのちがあって良かったと思える
命の良さを感じれる生き方ができるように
サポートするのが
いのち第一主義に含まれた
医師の使命だと最近は思うのです。

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思い立ったら吉日

何かはじめようと思ったら
できるだけ早くやった方がいいのです。

じっくり考えて
確実な方法で計画を立ててから
はじめようと思ってると
いつまでもはじめられません。

考えれば考えるほど
頭の中は
失敗したらどうしようなど
あなたのやる気を押さえようと
することばかり浮かんできて
考えれば考えるほど
はじめることが困難になるからです。

思い立ったらすぐはじめること。
これは、今の時代にあった
やり方でもあるのです。

現代は今までになく不安定な時代です。
国と国の争いごとが
次から次に起こって
次の火種がどこからあがるかわかりません。

それに併せて
経済状態もこれからどうなるかも
わかりません。

人間の争いごとばかりではありません。
地震、津波、嵐、山火事などの
自然災害も予測不可能。
そして、自分自身もいつ事故に見舞われるかも
わかりません。

そのほかにも
様々な可能性をはらんでいるのが
今僕たちが生きている世界の状況でしょう。

そして
人の気持ちは
それらの状況に左右されます。

だから
僕は思い至ったら、すぐはじめましょう。

今日いいと思ったことは
明日古びるかも知れません。
今日ならできたことが
明日にはできなくなるかもしれません。

「思い立ったら吉日」なんです。

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メタトロンが教えてくれること~病名に怯えないために~

先日メタトロンえお受けられた方は
別件で入院していて
偶然胃癌と診断され
心配や不安が募り受診された。

思いもかけない診断名に
まさに晴天の霹靂で
主治医の先生に
次々に検査の予定を立てられたが
混乱したままで
次のステップに進むことに
納得もできず
現状での検査での外科の医師に
説明を受けることにした。

精査は必要だけど
胃癌の可能性がある。
手術困難な部位にあるので
治療は内科的なものが
中心になるだろうと
説明をうけたようだ。

体感的には
やや体重は減っていたものの
食欲もあり、痛みなどの苦痛もなく
まさに、晴天の霹靂のできごとで
頭が混乱してる上に
とても几帳面な性格の面もあるようで
今の状態で
これから検査治療をすすめ
からだがどんどん疲れ果ててしまうことを怖れ
別の観点からからだの状態を知りたくて
当院を受診し
メタトロンをうける運びになった。

早速メタトロンを受けてもらった。
確かに
胃には破壊性のエネルギーを認め
確かに病変の可能性がある。
ただ、病名を探ると
現段階で胃癌とは言えず、
まだ胃癌の前段階も含まれる
過形成の胃炎だと思われ
胃癌の前段階
胃の治癒力を上げることで
対応可能かもしれない常態とも
考えられた。

更に
全身検索を続けると
一番変化が大きかったのは
脳の状態である。
かなり破壊のエネルギーが強かったからなのか
今は、その破壊のエネルギーの修復する
段階になっていることがわかった。

メタトロン的には
ある意味
脳の方が胃よりも心配の常態だった。

きっと
胃の病変は確かにあったが
それよりも
胃癌という大変な病名によって
悩み、脳が疲れ切って
病名そのものがからだを支配し
病気を作っている状態が
今改善すべきだということを
示していた。

胃の病変を治すためにも
免疫力を自ら高めることは
どんな治療をするにも
必要なこと。

そのために
楽に楽しく、喜びをもって
生きて欲しい。
からだのことは
僕たちがしっかりサポートしてるから
自分の望む人生を生きて欲しいと
自らのからだが言っている気がして
そう、患者さんに伝えた。

すると
患者さんの表情が明るくなり
からだが温かくなってきた
と笑顔で帰られました。

これから
様々な困難なことがあるでしょう。
でも、頭で病気を作らないように
からだの思いを正直に伝えることが
僕ができることなんだと
患者さんの生きていくという決意にも感じながら
見送りました。

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天上天下、唯我独尊

この言葉は
お釈迦様が
母親の摩耶夫人の右脇から生まれ
生まれた直後に七歩歩いて、
右手で天を指し、左手で地を指し
「天上天下、唯我独尊」と宣言したという
伝説から生まれた言葉です。

この言葉は有名で
様々な方が
ご自身の立場で解釈されていますが
僕はこの言葉を
次のように解釈しています。

天上、天下の世界全てを見回しても
人は尊い存在なのです。
だから、生まれてきたということは
全世界いや全宇宙に「ただひとり」の存在。
大切ないのちなのです。
と教えてくれている言葉だと思うのです。

科学が進んで
両親やご先祖様から
代々遺伝子を受け取って(引き継いで)
これまで自分と全く同じ存在はいない
とても稀な存在なのです。

親とも、兄姉ともちがう
唯一の存在です。

だから
ひとりひとり
生き方もちがう、物の考え方だってちがう
こころのありようだって、価値観も違います。

それなのに、生きている社会は
常識や法律で人をしばり
学校でも、会社でも
全ての人間が同一であるかのように
扱おうとします。

常識も法律も
人が社会生活を送るために
大切なものではあるけれど
その前に
自分の代わりはいない
スペアもいない。
この世の中に、
自分という存在はたったひとりしかいない
だからひとりひとりは尊い存在なのだ。
ということを忘れてはいけないと
この言葉は教えてくれているのです。

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しあわせの方程式

お酒で
人生が大きく変わってしまうこともあると
今までの報道でも
自分のこれまでの人生でも
感じることがありました。
お酒には
魔力があるのだと僕はあるのだと
思うのです。
そのお酒の魔力を知って
対応して生きていかないといけません。

お酒に対抗するものとして
僕が注目しているのは
オキシトシンというホルモンです。

こんな実験があります。
オキシトシンを投与すると
アルコールに対する欲求
そして
アルコールの消費量も減るというのです。
これは
たばこに含まれるニコチンに対しても
同様の結果であったというのです。

つまり、オキシトシンには
「お酒をもっと飲みたい」
「たばこをもっと吸いたい」という
衝動を抑える作用があるのです。
もう少し医学的に解説すると
オキシトシンには
お酒をもっと飲みたいと感じさせる
ドーパミンを抑える効果もあるからなんです。

それでは
オキシトシンの分泌を増やすためには
どうしたらいいでしょうか?

オキシトシンは絆を深まると
多く分泌されることがわかっています。
つまり
絆が深まり、オキシトシンが分泌されるので
「楽しい」「うれしい」「しあわせだ」といった
幸福感が生まれてくるのです。

絆が深まる
環境が整えば、整うほど
オキシトシンが分泌され
しあわせを感じるのです。

ですから
家飲みをするより
居酒屋などや
例え公園であっても
みんなでわいわいして飲んだ方が
オキシトシンも多く分泌されるので
楽しくて
路上のみが増えるのも
当たり前のことなのです。

今はコロナウイルスを防ぐ観点から
仕事さえテレワーク
密を避け
人の接触をさけることを
求められる時代になっています。

感染を防ぐためには
やも負えないことかもしれませんが
しかし
それでは、オキシトシンの分泌も減り
しあわせな生き方ができなくなります。

これからの時代
絆を深める生き方
つまり
家族との絆を深めるなど
リアルでは
本気、本音の付き合いできる
関係を深めるなど
お酒の飲み方だけでなく
人との付き合い方も
考え、大事にしないといけない時代になっくるのでしょうね

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