どうしてこどもが減ってしまったのか?

少子化問題は
ずっと前からどのように乗りきろうかと
国も色々対策をたてているが
効果は全くといいほどみられない。

育児のための支援が不足しているとか
若者の恋愛力が低下しているとか
色々いわれてはいるが
育児支援のなく
自由恋愛も厳しい時代には
今よりもっずっと出生率が高い。
ですから、現代に少子化対策の効果が現れないのは
そんな問題ではないような気がする。

現代社会自体が
こどもが必要でないと考えるように
なったのかもしれない。

社会が貧し買った時代には
こどもは働き手だった。
こどもをたくさん作って
こどもの力を借りて
家庭を支えてもらおうと思っていたはず。

まずは生きていかなければならないから
個人の楽しみは二の次で
とにかく生きていくために
家庭を作り、こどもを作った時代だったのかもしれない。

現代社会は
恋愛よりも楽しみがたくさんある。
老後のことが心配だといっても
今は、こどもに頼らなくても
年金や介護のなどのサービスが受けられる。

こどもがいなくても
生き続けられる社会になった。

一方、こどもを作ることは
自分たちの人生に不安材料が増えてしまうし
こどもたちの人生にも
責任をとらなくてはという
精神的負担が増えてくる。

だから
こどもがいても一人か二人でいいと
考えてしまう。

少子化の問題がおきたのは
人々のライフスタイルの大きな変化が原因なのだ。
こどもを持つ理由は
負担ではないはず。
打算的な目的だけではない
もっともっと大きな目的があることを
一人一人が考えていかなければ
少子化は続くだろう。

最近聞かれることが少なくなった
「子は宝、授かり物」という言葉が
懐かしい。

☆今日は二十四節季の啓蟄です
長い間土の中で冬ごもりしていた虫たちが
地上に這い出して来る日と言われています。
そして、今日は一粒万倍日そして天赦日という
いいことをすれば大きな喜びが得られる日です。

今日は心清く、穏やかに
喜んで働きましょう。

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初心忘れるべからず

おとなになって
仕事をする時大事なことはなんでしょう?

やる気?元気?勇気?
誠実さや努力
これらも大事な気持ちです。

どんな時も
”初心忘れるべからず”と言う言葉を
覚えてもらいたい

これは、能の創始者の世阿弥が残した言葉です。
実は3つあって

「是非初心忘れるべからず」
「時々初心忘れるべからず」
「老後に初心忘れるべからず」

それぞれに深い意味が・・・・

①是非初心忘れるべからず

”是非”というのは、
どんな時でもという意味

仕事が上手くいっても、いかなくても
まわりの人と比べることなく
どんな時でも
一生懸命仕事と向き合おうということだと思います。

その時に大事な心は
”素直でまっさらな心じゃないでしょうか?”

仕事に対するまっさらな心を持っていると
情熱、熱意など熱い心が沸々を湧いてきて
やる気、元気をもって
仕事に取り組められるような気がします。

②時々初心忘れるべからず

仕事に慣れてくると
初心を忘れてしまって
いい評価が欲しい、出世したいなど
心の中に欲が生まれてきます。
そして
自分を見失うことにもなりかねません。

ですから
”時々”折に触れて
初心に立ち戻らないといけないません。
仕事を始めた時のまっさらな心を思い出してほしいのです。

あなたは今
培ってきた経験の上に
胡坐をかいていませんか?
初心を忘れてはいませんか?

そして最後は

③老後に初心忘れるべからずです。

人は
いつか仕事を辞める時がきます。
でも
仕事を辞めた後も人生は続きます。

人生最大の仕事は
いただいた命を生ききること。
誰もが喜ばれてきた命を
大切に、感謝をもって
人に喜んでもらえるように
また次の世代につないでいくのも
”初心忘れるべからず”
だと言っていると思うのです

生まれた時のご両親の気持ち
そして
いろんなことをやろうと思った時の気持ち

いつでも”素直な心””まっさらな心”をもって
”初心を忘れず”に生きていってください。

 

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お見舞いについて

入院している方の
お見舞いにいく時
悩まれるのがお土産ではないでしょうか?

美味しいお菓子をもっていっても
食べられるかどうかわからないし
お花は
いっぱいあったら返って迷惑になるだろうし。
お金も、何だか打算的だし。
色々考えてしまい悩まれる方も多いでしょう。

僕は入院中
そんな気を使ってもらいたくなかったので
表向きは面会謝絶にしていました。

面会謝絶にしていても
面会に来てくれた方がいます。
恩師、友人がいました。
会いに来てくれただけで
本当にうれしいですし
心配してくれたきもちだけで
来てくれたとと
その時のうれしさは今でも
薄れずにこころに残っています。

入院中
面会に来れなくても
どこどこのお守りを持ってきましたと
お守りを届けてくれた方がいました。

それは、本当にうれしかった。
お守りが有り難いところは
贈って下さった方の
打算のない気持ちが伝わってくる。

もちろん
そのお守りがあったら病気が治るわけではないけど
そのお守りに込められている
「治ってほしい」という純粋な気持ちが
病気の時の弱った気持ちに
力を与えてくれたのです。

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自分の得意を磨く

さて、今日は自分の人に対してできる
得意な事ってなんだろうか?と
考える機会をいただきました。

自分の得意なとこって
点数がつくものでもないし
人と比較するものでもないから
なんだろう???

自分の得意なところって
自分がもっと磨きたい長所
自分がもっと自分らしくなれるところかな?
って考えると
自分らしく磨いていきたいところは
”初めてお会いした方にでも
自分の良さを感じ、伝えること”じゃないかな?
と思いました

毎日診療していると
色々な方にお会いします。
診療が終わった後、うれしいことに
”元気がでました””パワーをもらいました”など
POSITIVEな言葉をいただくことが度々あります。

ただ必要なことをお話しただけなのに
どうして?と思っていたら
患者さんのお母さんが、こんな話をしてくれました。

その方が言うには
「先生はいつもいつもやさしい言葉で話してくれるから
こどももどんどんうれしそうな顔になって
先生もニコニコしているので
二人ともとっても楽しそうになっているのを見て
こちらもうれしくなります」と。

ただただ笑顔で話をしているだけ。
患者さんのことをもっと知ろうと、
目の前のあなたに何かできることないかって
一生懸命に話を聞いていただけ。

そう考えた時、ふと思ったんです。
初めて会った人にでも
自分のことをつたえられるのかな?
それが実は自分の良さ、得意なこと
かもしれないと思いました。

日頃の診療においても
まずは患者さんの訴え、話を
しっかり聞かないといけない。
日頃から少しずつ訓練されてたのかもしれません
それは、僕の目の前の患者さんに対して
もっと知りたい、悩んでること全部話してほしい

そして
僕を通して元気になってという
日頃の診療で培われた行動。
それがいつの日か
自分の得意なところとなった
僕流のサイン、行動。
この仕事で
身につけたことを
もっと、
僕の周りの人にも伝えていきたい。

そして、
今、もっといろんな人と会って
元気にしあわせになってもらいたい。
そして
お互いのことを理解し合えれば
人と人の間にある壁を取り除くことができれば、
思いやりの心が生まれ、
どんどんしあわせのの輪が広がる。
そうすれば、
いつか必ず僕の周りにの人に平和が訪れる。

そしてその平和な世界が
僕の知らない世界にまで広がる
そんな世の中になるきっかけになることが、
ひょっとしたら
僕の小さな思いからでも
始められるかもしれない。
そんな夢を描きながら、
自分磨きをして、自分の得意をのばしていきたいです。
あなたはの得意なことってなんですか?

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「寄り添う」医療とは

医療や介護の現場では
患者さんに「寄り添う」という言葉を
よく聞きます。

寄り添うとは
癒やされる人と癒やす人が
face to faceで見つめ合うばかりでなく
二人で同じ風景を見ることだと思います。

かつて「うまい香具師」は
客と目を合わせないそうです。
客を見ずに「客がみているもの」を見ている
というのです。
一緒に茶碗を見る時に
その茶碗の作者や良さを話しているうちに
その真贋かどうか
ともにこの茶碗を二人で鑑定する関係になるというのです。
その瞬間二人は売り手と買い手という
関係でなく寄り添った関係になっているのです。

このことは
医者と患者さんの関係でも言えることだと思います。
患者さんを診るのでなく
患者さんと一緒に病気を診るのです。

「この病気を治すには
しっかり治療が必要です。
根気と頑張りも必要ですから
ともに手を取り合って頑張って治しましょう」
という言葉が自然に口にでることがあります。
この瞬間
患者さんと僕との間に
温かい空気を感じることがあります。

その後、患者さんもつらい時期を乗り越えて
くれるので
ともに喜びの時間を共有することになります。

僕が医者をして
患者さんに寄り添えたということを
かみしめることができたしあわせな時間です。

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ささやかなしあわせが健康の源

どんな時に健康だと感じますか?
頭痛、腹痛などの痛みがない時
熱、咳、下痢などの症状がない時
何も苦痛に感じない時ですか?
症状がなければ
健康だと思うかもしれません。
でも
症状がないからといって
健康だとは決していえません
ひょっとしたら
その時、からだは
あなたに苦痛を感じさせないよう
病気に向かわないように
がんばっているのです。
病気に向かっているかどうかなんて
中々気づけないもの
今、健康かどうかって判断するのは
実はとても難しいのです
からだに問いかければ
健康かどうかチェックする
簡単な方法があります。
今日目が覚めたとき
「ああ、よく寝た」とすっきり目覚めましたか?
お腹が空きましたか?
そして
ごはんを食べておいしいと思えましたか?
よく寝て、よく食べて
一日を過ごせましたか?
そう感じれていれば
たとえ病気があったとしても
からだは健康に向かっているのです。
逆に
病気がなくても
眠れない、食事がおいしくない・・・・
と思えるときは
病気に向かっているので要注意です。
朝すっきり目覚めて
おいしいものを食べて過ごすって
とてもささやかだけど
しあわせな時間を過ごしていると
感じませんか?
ささやかなしあわせを
感じて生きること。
ささやかなしあわせを積み上げていけば
こころから健康だと思える
日々が過ごせます

☆吉沢亮氏の運命は

この週末吉沢亮主演の映画「僕が生きている二つの世界」を観ました。
吉沢亮と言えば昨年「国宝」で大注目された俳優さんです。
そこで、今回は吉沢亮氏の運勢について。

彼は1994年2月1日生まれの六白金星生まれです。
もともと出世する星に生まれています。
昨年は隠れ持っていた才能が開花するとしでもあり
映画「国宝」での成功をおさめたのでしょう。
今後も俳優としての地位も高まっていくことでしょう。

今年は昨年と同様
新しい仕事も順調に増えてくるでしょう。
ただ人との交流、交際も増えるため、悩みが増え
特に異性問題が表面に出やすいので注意が必要でしょう。

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ナンバーワンになる確率は?

冬季オリンピックが終わり
連日の熱戦に釘付けの方も多く
まだその興奮冷めやらない方も多かったことでしょう。

オリンピックといえば
誰が金メダルをとるかが
皆の最大関心事項になります。
関心なのは
オリンピックにでるのも大変なのに
ただひとりだけが
その頂点に手にできる金メダルを取るか。

金メダルを採れるのは
実力はもちろんだけど
運の力も大きく働く。

金メダルをとる確率って
どのくらいだろう。
オリンピックの金メダルの数は
およそ300といわれている。
団体競技だったり、
ひとりで複数手にする猛者もいるけど
金メダリストと金メダルの数を同じと考え
世界人口80億人だと考えると
金メダルを手にする確率は
およそ3,5億分の1という
すごい確率。
夢の夢だな・・・と思ってしまう
やっぱり金メダリストは
強運の持ち主だと言える。

金メダリストもすごいけど
実は僕も強運の持ち主なのだ。
僕だけでなく、あなたもみんな強運の持ち主。

僕たちが
この世に生まれるためには
精子と卵子の過酷な生存競争に打ち勝ったきた
結果なのです。

1回の射精で放出される精子は
2~3億個ともいわれ
卵子に最初にたどり着けるのは
1回のチャンスしかなく
卵子に無事たどり着けても
受精までいくのはまた確率が下がる、
ですから
受精にまで至るには
3億分の1よりも低い確率になります。

また卵子は180万個あるけど
女性が生涯排卵する卵子は500個
ともいわれ
卵子が異なれば
今のあなたと別人格になってしまう。

あなたの今を形作った精子と卵子が出会い
今の僕やあなたが誕生した確率は
文字通り気の遠くなる
天文学的な確率で
勝ち抜いて存在するのです。

そう考えると
この世に生まれていることが
強運なのだ。
こんな僕でも
神様の祝福があって生まれてきたのだから
このいのちを大事に
そしていのち輝かせて生きていける
はずなんだと思うのです

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薬指に助けられて

以前入院していた時は
手のリハビリもしていました。
手の動きはとっても複雑。
だから
手を以前のように動かそうと思うと
かなりリハビリを
頑張らなくてはならなかった。

特に
リハビリに難渋した指は
薬指。
動きずらそうにしている
薬指をみていると
弱い指だし
この指だけが
思い通りに動かないことも不思議
動くときは
小指と一緒だし
その弱い指に
どこか愛おしさも感じてしまう。

この弱い薬指の役割もあるはず。
文字通り薬を塗るときには
重宝する指。

薬指に薬がついていても
親指と人差し指と中指の3本が
自由に動かせるので
ものもつかめるし
この3本で作業することができる。

歴史的にみても
古人は不器用なこの指にも
愛情をもって接してきた。

西洋では
この控えめな指が
愛情に通じていると考え
この指に結婚指輪をつけるようになった。

薬師如来では
左手に薬の壺をもち
右手の薬指を少し前に出し
傷ついた私たちに
薬を塗ろうとしてくれているように
この指は病気を治す力をもった
神聖な指と考えてました。

僕自身にとっても
薬指は
リハビリ中に
大きな勇気と治る力をもらった
指であることを実感しました。

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脳細胞が入れ替わっても存在しているのは

自分のからだを構成している細胞は
数ヶ月経てば
全く異なる新しい細胞になっている
細胞分裂をくり返すことで
死を迎えるように進化しているのでは?
という話を書きました。

それが事実なら
脳の細胞も入れ替わっている
つまり
「去年の脳」と「今年の脳」は
完全に入れ替わっている。

ここで
脳が入れ替わっていて
こどもの時とは
全く異なる細胞で脳はできているのに
こどもの時の脳とは
影も形も残っていないのに
こどもの時の記憶は
残っている。
これまで学んだこと、経験も
そのままの状態で、今を生きている。

これまで生きてきた
体験、学び、記憶が保たれる限り
肉体は変わっても
自分は自分として存在できている。

そう考えると
僕という存在は
いったい何だろうか?
脳さえも入れ替わっているとしたら
こころってどこにあるのだろうと
自分っていったい誰?
哲学的な問題にぶつかってしまう。

僕が僕であるためには
パソコンように
記憶装置を別の肉体に挿入すれば
また僕として生きていけるのか?
今生きていることは
単純な電気信号なのか?
脳の記憶装置を見つけ
その記憶装置を移植続ければ
人間は不老不死として生きていくのも可能では?
なんて
そんなSFチックなことを
考えてしまった。

でも
記憶自体は曖昧だし
間違って勝手に判断することもあり
決して機械的ではない気がする。
そこに何かが存在しているから
人はロボットではないのだ。
そこに、ひとが生きていく意味があるはず。

その意味を見つける旅は
これからもずっと続くのだ

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朝のセレモニー

7年前病気をしてから
生活のリズムは明らかにかわった。
それまでは
睡眠時間を減らしても
働いたり、勉強したりしていた。
睡眠は、休憩の延長戦でしかなかった。

しかし
病気をしてからは
朝起きると
「ああ、生きている」と思うことが
あったのを思い出します。

そして
目覚めたと同時に
今日も大事に生きていこうという気持ちが
あふれてくるのです。

それは今でも続いていて
朝起きてから
朝食をとるまでの時間は
自分だけの黄金時間とも言えます。
だから、無駄にはしたくない
朝4時には起きて
散歩を兼ねて、近所の氏神様にご挨拶。
そして
その後はブログを書いたり
その時感じた気持ち、考えをアウトプットの時間。
これが僕の朝のセレモニー。

仕事が終わった夜は
リラックスしながらインプットをする時間。
そして今日一日が無事終わったことに
感謝の気持ちがあふれてくると
なぜか8時を過ぎると
自然に眠くなり
9時には寝る毎日。

早起きしても
7時間は寝てるので
朝起きる時には
心身とも生まれ変わったような気分で目覚め
また朝のセレモニーを始めるのです。

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