健康が目的ではない

新年の決意で
“健康”を第一に掲げた方も多いことでしょう。

でも
あなたは今年健康であればいいですか?
健康であれば、ほかに何も望みませんか?

実は
盲目的に健康を目指す方は
意外に不健康であることの裏返しだと言われています。

健康を目標に掲げた時
健康が目標になっていませんか?
健康が人生の目的になっていませんか?

健康でいたいのは….
“やりたいことをやるため”のはず。
ただ、健康でいるだけが目標でないはず。
たとえ今病気であっても
元気になれば、やりたいことがあるはずです。
どんな人も
健康であるその先に
健康のからだになったら、どうしたいかが
きっとあると思います。

実際
人生に目標があり
日々目標に向かって“芯”“軸”のある
生き方をしている人は
からだも強い人が多いのです。

健康であるということは
人生の目的でなく手段にすぎないはずです。

東洋医学に
“心身一如”という考え方があります。

心とからだは繋がっています。
心が元気なら、からだも元気なのです。
心が健やかなら、からだも健やかになります。

やりたいこと
やらないといけないことがある
そのために生きていることを感じて
日々過ごしている人は
心身とも健康を望み
人生を全うするのではないでしょうか。

使命を感じて生ききる
それが
より良い事実した人生を送ること
になると思います。

みなさんが
健康でご自身の生きていく目的が
成就できること願い
応援していきたいと思ってます。

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「死因」より「死にざま」が大事

堀川惠子さんが書かれた
「透析を止めた日」という本を読んだ。

この本は夫が腎臓病のために
透析、腎移植を行い
愛する人と暮らし
やるべき仕事に取り組んでいた。

透析ができるようになって
多くの人がいつもの通常の生活を
遅れるようになった。
しかし
透析も、腎移植も根本医療ではなく
いつか腎臓の破綻が来る。
高齢になると
認知症がでてくる
さまざまな腎臓以外の疾病もでき
透析自体の
痛みもつらく
生きるために必要だった治療が
その人を苦しめ
目の前が奈落の深い底に放り込まれたように
生きていくことに絶望してしまい
透析の中止を懇願する。

透析を中止するということは
死を意味するのは明らかなこと。
そして
緩和ケアのように
痛みなどの肉体的苦悩を取り除き
やすらかに逝くことを希望する。

しかし
現行の保健では緩和ケアは
がん患者さんに限定されている。

だから
透析をしようが、しまいが
透析患者さんのターミナルケアに
対応していないのです。

透析を拒否されると
医療として手が出せないので
医者も戸惑い、どのように患者さんと向き合うか
戸惑ってしまう。

医者は、患者さんを診る時に
病名にこだわってしまい
病名にそった治療を行ってしまう。

それで上手くいっているときはいいが
誰にも訪れる死を目前にしたら
病名にこだわって治療をすることに
意味がなくなってしまう。
その時には
病名へのこだわりを捨て
死に様を大事にして治療を行うことが
医療者の使命だと
この本を読んで思った。

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八紘為字(一字)

お正月は
今年がいい一年に為るように
いろんなお願いをするかと思います。

個人的な願いごともあるでしょう。
世界の平和を祈ることもあるでしょう。

世界平和を祈る言葉の中で
「八紘為宇」というのがあるのは
ご存じですか?
この言葉は、政治家が時々口にする言葉で
東京裁判の時に議論されたり
最近では、三原じゅんこ参議院議員が
国会の発言で注目された言葉です。

この言葉は、日本古来の言葉で
神武天皇が
東征を決断されたときに
兄の五瀬命に述べたことばとして
現在まで伝えられています。

現在の漢和辞典によると
八紘は「天地の八方の隅」で
転じて全世界を意味し
「宇」は家を指します。
すなわち全世界をひとつの家にするとの意味。

その言葉を
神武天皇はきっと
日本全体が平和に収まった状態を
思い浮かべ
日本列島全体が
私たちの家となり
私たちが
同じ家に住む家族となるとこを願い
この言葉を発されたのではないかと
僕は思うのです。

今は
日本だけの問題だけでなく
世界全体が一つの家、家族と
為らなければいけない時を
迎えているのです。

今こそ
八紘一宇の精神で
「奪えばたりなくなるけど
分け与えれば余る」という
応神天皇が引き継がれた精神をも
日本人として生まれたからには
引き継ぎ、世界に広めないといけない
精神なのだと思います。

この精神は
特に、災害が起こったときなど
国全体がピンチに陥った時に
覚えていたい精神だと思うのです。

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忍耐の意味

「忍耐」とは苦しい時に耐える、乗り越える
という意味にとらえがちだけど
実は
その苦しみを感じた時に
もう一歩前に、でようとするか、しないかが
曲がり角だということを
教えてくれている言葉だと思う。

前にでようと一歩踏み出すことで
それはもう「苦しみ」ではなくなる。
むしろ「喜び」に変わると言うことを
「忍耐」という言葉が
教えてくれてくれているのです。

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生きているのではなく生かされている

新しい年を迎えて
思うことがあります。

それは
今ここにいるのは
自分の力でここにいるのではなく
ここでいるように
生かされている
という気がとてもするのです。

思えば
ひょっとして
今ここに存在しなかったかもしれない
出来事が
これまでに2回ありました。

一つは
今から約15年前。
山登りに魅力を感じていた時期で
乗鞍岳の登山に挑戦した時のことです。
乗鞍岳は
3000mを越える山ですが
初心者の僕でも
登頂することができ
山登りの楽しさを教えてももらった
山でした。

山登りは
下山するまでが山登り。
とも言われます。
その時
一緒に同行した方と
下りは自転車で下ろうと提案してくれて
サイクリングの経験はないけど
下るだけなら
ついて行けるだろうと
軽く考えてOKしました。

でも
そこに魔物がいたんです。

長距離の下り
ペダルを漕がなくても
どんどんスピードが乗ります。
それも3000mの下り坂
つづら折りのカーブを曲がりながら
降りていきます。
スピードも乗って、楽で快適です。
でも
ガードレールの下は
絶壁の崖のところばかり
スリルも少しは感じながら
スピード感に酔いしれ
自転車が加速していきます
まさに
風を切り、風に乗ったと思った瞬間
カーブを曲がり切れず
ガードレールを
乗り越えてしまったんです。

目の前が真っ暗に成り
体がふわっと宙に舞う感覚とともに
ドスンと落ちて
右の胸を
ガードレールの柱を固めてあった
セメントの土台にぶつけ
強い衝撃と痛みで
僕の楽しい山登りは終わりました。
肋骨を打って
ひびが入ったのでしょう。
それからしばらくは
笑っても痛い
ベットから起き上がるのも
痛くて動きがとれない状況が
1週間近く続きました。

楽しい旅行の結末は
苦い思い出になってしまいました。

でも
冷静になって振り返ると
そのカーブだけが、すぐ地面だったのです。
つまり
他のカーブを
曲がりそこなってたら
深い深い谷底に落ちてしまい
いわゆる滑落事故として
いのちがなかったと思い
今思うとぞっとしてしまいます。

そして
一年前の脳出血。
脳出血でいのちを落とした方の
ことを聞くことがありました。
今まで元気だった方の
突然のニュース。
そんなニュースを聞く度に
僕もそうなっていても
おかしくなかったんだと思います。

亡くなったかたも
死ぬなんて思わなかったんでしょう。

色んな状況
同じような状況でも
死ぬ人と生きている人がいる。
このちがいってなんでしょうか?

人は寿命、運命だと言うのかもしれませんが
僕には
自分で勝手に生きているのではなく
誰かによって生かされている気がして
ならないのです。

生きる、死ぬも
自分で決められない
だから
毎日いやこの瞬間を
悔いなく過ごさないといけないと思うのです。

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チャンスを活かす

病気になったことで
病気についてだけでなく
生き方、考え方など様々なことを
考えるきっかけになった。

この経験を受け
病気の後も
多くの患者さんを診させて
いただいているが
医者としても
ただ病気を治すだけでは
もったいない。
病気をきっかけに
更に自らを高めるきっかけに
して欲しいと思う。
病も自らを高める一つのチャンスなのです。

科学もそして医学も
人間をしあわせにすることを目的にして
その観点を分けに分けて
発展してきたけど
最初の出発点は同じである。

しかし
その出発点から発展するにあたって
人間のための
全体像がわかりにくく
なってきたのかもしれません。

だから
癌という病気は治ったけど
ご臨終を迎えてしまうことが
起こってしまうのでしょう。
病気を克服しても
いのちを助けることができなかった。
これは病気のことだけに囚われすぎて
人間そのものをみていない結果です。

医者も頑張っているけれども
全てのことがつながっていることを
知っておかなかったために
起こった悲劇かもしれません。

そのためには
病気だけを診るのではなく
全てのものをものをみていかなければ
ならないのです。

そして
全体をみることが大事。
人間も肉体だけでいきているのではなく
こころも魂もあることを知り
その肉体だけでなく
こころもそして魂も診るここも必要なのです。

全てのものにはこころがあります。
それは人にも当てはまります。
人の体を診ただけでは
診たことにはならないということです。

病気になったことで
からだを診ることで
こころと魂との関係に気づくきっかけにも
なるのです。

だから
病気になることは
そこに気づくチャンスになるのです。
その機会を有効に
活かしていただきたい
活かしていただけるように治すのも
医者の仕事だと言えるのです。

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時計の文字盤が円いわけ

時は、真っ直ぐ進む訳じゃないから。
円環のように、ぐるぐる同じ所を回っているから。

そして、人間は
その円環から、決して逃れることはできない。
円環という牢獄の中に
閉じ込められているのかもしれない。

でも、実は
閉じ込められている円環から
人生のなかで
一瞬その円環から解放される時があるという。

それがいつ起こるのか
いつ起こったかもわからないかもしれない。
しかし、その瞬間に
それまでの人生とは大きく異なる
何かが生まれる瞬間を経験するという。

その時は
一瞬のタイミングであるという。
その一瞬のタイミングを確実につかむために
今この一瞬一瞬を生ききることが
大事なのです。

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波動を合わせる

宇宙には
あらゆるエネルギーが充満しており
自然界にあるすべてのものは
宇宙全体とつながっています。

そして人も例外ではなく
全ての人が
宇宙とつながっているのです。

ですから
宇宙全体に波長を合わせることで
大きなエネルギーを受けることが
可能になるのです。
そして
宇宙の波動を合わせることで
自分のもっている波動を
変えることが可能になるのです、

すなわち
医学的に治すことが困難だと
考えられる病気でも
宇宙からのエネルギーを受ければ
治ることも可能だと
考えられます。

これは
病気のことだけでなく
宇宙のエネルギーの波動と
合わせれば
全てのことが
自分の思うままの方向に
動き出すこともできるのです。

でも
そうだと知っていても
現実にはそう動き出すのは
容易なことではありません。
ただ宇宙のエネルギーと
波長を合わせるだけでは足りないのです。

仏教の言葉に
三密加持という言葉があります。

加持の加はというのは
宇宙の力
持というのは
こちら側が受け取る状態であるということ
密は密着しているということ。
すなわち
こころとからだそして魂も合わせて
宇宙からの力を
受け入れる準備ができていることを
表現した言葉なのです。

仏教でも
宇宙からのエネルギーの存在に
合わせて生きていくことの大事さを
教えてくれているのです。

人間は自分ひとりで
生きていない
いえ、生きられるわけではないことを知り
全てのことに感謝して
生きていくことから
全てのことが始まるのです。

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円谷英二監督の予言

円谷英二監督といえば
ウルトラマンやゴジラシリーズなどの
怪獣シリーズを特撮技術を開発し
普及した特撮の父ともいわれる方です。

多くのウルトラマンシリーズに
関わってこられましたが
その数多くあるウルトラマンのなかで
唯一自らメガホンをとったのが
「悪魔はふたたびやってきた」の回だけです。

この回は、どこか異種異様なんです。
怪獣アボラスをオリンピックが行われた
国立競技場で戦わせ、
戦いに勝利したウルトラマンはは
完全に破壊された国立競技場を後にして
宇宙に飛び立て終わるんです。

通常なら
戦いが終わった後
ハヤタ隊員が宇宙警備隊のもとに
笑顔でもどってきて終わるエンディングですが
この回はウルトラマンが去って
あっさり終わるんです。

ほかの回とは異種なエンディング。
これは円谷英二監督の未来に対するメッセージが
込められていたのでは思うのです。

実は当時福島原発を福島に建設されることが決まり
実は福島出身の監督が
原発建設の未来に危惧したのではないだろうか?

もしかしたら
題名の悪魔は原子力発電所。
その悪魔による破壊が再びやってくる
そのことを予言し、危惧した
メッセージっだったように思えるのです。

人間の文明発展には
完全ではなく、大きなリスクもある。
そのことを考えて未来を作っていかないといけないと
思うのです。

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医師としての生活スタート(思い出)

「無事国家試験も合格し
医師としての
小児科医としての第一歩を
九州大学病院でスタートしました。

医師免許をいただいたとはいえ
まだまだと言うか
実践力は全く0の状態でのスタートでした。
病棟で
小児癌のこどもたちの主治医に
なりましたが
こどもたちは、とても苦しい治療を受けてきて
僕たち研修医が何もできないことを
患者さん自体、親御さんもわかっています。

薬一つ出す
熱冷まし一個出すのも
風邪薬を出すのさえ
指導医に確認し
自分ひとりでは何もできない状態の研修医。

僕にできることは
こどもたちと遊ぶことでしょうか
そんな僕を
先生と呼んでくれていたのは
立派な先生に早くなって
僕を1日でも楽にしてねと
病気をしていても天真爛漫の笑顔の奥にある
ふとみせる悲しい表情が忘れずに
研修医なりに持ってる知識を総動員し
もっと、もっと学ばないとと
患者さん、病気と24時間休みなしで
向き合って過ごしました。

でも
こどもたちが笑顔で元気になって退院しても
なかなか医師としての実感を感じられませんでした。
僕が描いてた医者の像との乖離を感じ
治した実感がありませんでした。
薬が、あの20mlの薬液が、ちっさい、ちっさい丸薬が
治しただけで
僕はこどもたちに何ができただろうか?
もっと医師として
この手で、我が力で
病気を治したいと思うようになりました。

その時の思いが
僕の今の医療スタイルにつながっているのには
間違いありません。

現代医学の礎、考え方をを今に伝えている
医聖ヒポクラテス(BC450-300)が次の言葉を残しています。

「病気を治すのは
医師ではなく自然である。
医者はそれを手伝うだけだ」として
自然治癒力を重視したという
言葉が残されています。

医者が治しているのではなく
治すお手伝いをしているだけ。
僕が研修医の時感じた思い
現在に続く思いは
間違いではない。

患者さんの治癒力を引き出すために
僕ができることをすればいいんだ。

今でも医師としての道は途中。
まだまだ僕の歩む医道は続きます。」

今もその思い、気持ちは変わりません

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