ハラスメントの難しさ

時代が変わったと言えば
人付き合いの難しさ。

最近では
何気ない一言が
○○ハラスメントだと言われて
非難される。

セクハラ、パワハラから始まり
カスハラ、モラハラ、アカハラ・・・
など雨後の竹の子のように
○○ハラスメントが増えている。

最近では
先生が生徒を指導することや
親がこどもを叱ることさえも
ハラスメントだと
言われてしまう。

親や先生に叱られても
愛を感じての指導だったので
納得して怒られていた。
そして反省して学んだはずだ。

それが
最近の行動をみていると
叱られている行動のみを切り取られて
○○ハラスメントだと
非難される。

親でさえ
こどもに対して(厳しく)指導することを
躊躇してしまう。

教えることが難しい時代になった。

今のこども達は
ハラスメントの世界で
生まれ育ってきたので
抵抗感があるのは
我々せだいなのかもしれない。

ハラスメントの問題は
「何をされたか」よりも
「誰にされたか」が重要であることです。

このぐらいは大丈夫だと思って
生きてきた我々の考え方を変えて行く時です。

相手がどう思うか
これが自分の家族や大切な人に
向けられるとどう感じるかを
想像して、行動することが
必要とされる時代になったのです。

サンタブログ202608
本 唯川恵「60代、日々好日時々ため息」P76
新・徒然草②72
しあわせな子育て(こどもの問題)11

#73ウソを見抜く方法
人は相手のことを信頼していないと
決してこころを開いてくれず
本当のことを言ってくれません。

特に言葉では
相手の気持ちを察することは難しいと
経験的にも思います。

行動学者の
デズモンド・モリスは
人間の動作で信用できる
順番について研究しています。

その結果
一番信用できるのは
汗をかいたり顔色がかわる
自律神経による信号だそうです。

二番目に信用できるのは
下肢信号、つまり足の動きです。
足は脳から一番遠いので
脳がうまくコントロールできず
本音が出やすくなるというのです。

三番目が体幹、姿勢、動作
四番目が微妙な手の動き
五番目が見分けられる手振り
六番目が顔の表情
七番目が言語です。

つまり
言葉が一番信用できないのです。
人間は言葉でウソを言うし
顔の表情も作れます。

だから言葉だけでなく
非言語も含めて
総合的に理解することが大事なんです。

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病気の本質とは?

今苦痛の状態にはない
苦しんでる症状がない
苦しみを感じないからといって
健康だと言えるだろうか?

苦痛がなくても
健康でないことは多々あります。
なぜなら
苦痛を感じるのは感覚です。
もし感覚が麻痺していたとしたら
病の状態にあったとしても
苦痛を全く認識することはないのです。

このように
症状のあるなしで
病気であるかどうかを判断するのは
リスクがあると言うことです。

症状とは感覚が感じる
異常状態だと言うことになります。
つまり
からだの中に発生した
病気の源(病毒)に抵抗するために
存在を知らしめるサインです。

もしこのサインを感じる感覚が
麻痺していたとしたら
病気であっても、感じなく過ごすことで
どんどん病気状態が進行することになります。

健康な人は
病気のサインを受け取れる力が
ある人とも言えます。
逆に
健康でない人は
病気に対して正しく抵抗する感覚が
まず最初に麻痺していくのだと言うことを
知らなくてはいけません。

実は
病気だと思っている症状は
病気の本体そのものではなく
病気から発生した毒に対する
からだの反応であり
病気本体に抵抗するからだの反応だ
言えるでしょう。

例えば
熱が出るのも
体内に侵入した病毒に対して
免疫力を上げたり
抵抗しているからなのです。
この時に
解熱剤を使って
強引に熱を下げようとしたならば
病気に対する抵抗力が落ちるのは
自明なことではないでしょうか?

症状も含めて
からだに感じた感覚は
全て我々に何かを知らせようとする
サインなのです。

症状が起こったときに
一体からだに起こってることを
考えることが大切です。
医者のように医学的知識がないから
無理と言われるかもしれません。
からだの仕組みは知らなくても
あなたのからだは
あなたにしかわかりません。
どんな名医でも
あなた自身の全てを知ることは無理です。

あなたが
自分のからだと対話しようとすることで
必ず
からだ自身がその問いに答えてくれるはずです。

僕も医者として
あなたのからだの声を聞くお手伝いを
させていただくのが
僕の使命だとも思っています。

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病気になって知った魂の役割

日本は平成から令和になり
元号が代わっただけでなく
日本全体だけでなく世界全体
もしかしたら
地球の空気が代わった気がします。

令和の令は
零=ゼロとつながっており
いろいろなことが
変化する時代に来たということを
知らせてるのでしょうか?

そんな令和の時代になって
自分は病気になりました。
病気になったことで
自分と向き合うことができ
今の自分の気持ちだけでなく
これまでの自分の生き方
気持ちを整理する機会をもらいました。

これまでの頑張りの原動力になっていたのは
好き嫌いがベースにあった気がします。
好きなものは
今の自分に必要なもの。
嫌いなものは
今の自分に必要のないもの
と言う風に考えていたかもしれません。

でも
よく考えると
好きになる理由
好きであり続ける理由はいらないし
ましてや
嫌いな理由もいらないのです。
ちょっとわかりにくいかもしれませんが
いい悪い、好き嫌いに
こだわることもないし
善悪とわける必要もないんですよね。

それは全て魂からのメッセージ
なんですね。
その行動の起点になるのは
好き嫌いという理由ではなく
魂、内なる自分が
乗り気であるか
こころを込められているかという
ことなんです

その魂からのメッセージを
頭の中で
これまでの経験で判断しようとすると
好きだから、嫌いだからという
理由付けをしてるんですね。

僕は
魂からのメッセージに従って
様々なものを
取捨選択しました。

これまで大切にしたものも捨て
これまで嫌いだったものが大切に思えたたり
一つ一つ
魂のメッセージに従って
行動しています。

捨てるときに
つらい気持ちをしたこともありましたが
今は
スッキリしています。

これまで
頑張ってきたことって
何だったんでしょう。
病気になって
魂のメッセージに従える機会を得
つまり今の自分は
病気によってリセットされたんですね。

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漢方薬でしあわせ探し

診療において
漢方薬を処方する機会も
多くあり
漢方薬を希望されて
受診される患者さんもいます。

漢方薬は
同じ薬だといっても
西洋薬と異なる面が多々あり
漢方薬を
西洋薬と同じ感覚では
使えない薬であることを
知らないといけない面があります。

漢方薬を希望する患者さんは
漢方薬は
西洋薬と違って
自然の物質からできているので安心
じわっと効くので安心
でも、苦いのがあるけど
そこは我慢して飲まないと
いうイメージがあるようです。

確かに
西洋薬と漢方薬は
作用の面だけでなく
本質的に全く異なる薬だと
考えないといけません。

西洋薬は
基本的に
症状を抑えるために使う薬。
漢方薬は
病気の種類、症状には関係なく
病気になったことで
崩れている気・値・水の
からだのバランスを
整えるのを目的にしてます。

漢方薬は西洋薬のように
症状をとるだけが目的ではなく
からだ全体を健康な状態に整えることで
症状を、病気を治していくのです。

根本的に
全く向いてる方向が異なる薬
と言えるのです。

そして
漢方薬が効いてるかどうかは
からだ自身が判断します。
もし
漢方薬を飲んで美味しく感じたり
からだが調子よくなったなぁ
朝スッキリ目覚めたなぁなど
漢方薬を飲んでよかったことが
起こっているはずなんです。

逆に
からだに必要でない薬になると
苦い、まずく感じたり
ひどいときには
吐き出したりします。
その時飲んだ漢方薬は
からだには必要でなくなった薬なんです。
ですから
飲み続ける必要はないんです。

漢方薬が苦いと思われるのは
すでに合わないお薬を
頑張って飲んでいる証拠。
飲む必要はない薬なんですね。

このように
からだに合った漢方薬を飲み始めると
ささやかかもしれないけど
しあわせになったことを
教えてくれているんだと思います。
実は
ささやかでもいい
毎日しあわせなことを感じながら
生きていくことって大事なこと。
を漢方薬は教えてくれているのだと思います。

漢方薬は
しあわせなことを教えてくれる薬
なんです。

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愛があったから手術用手袋が生まれた

医者が
手術の時に必ず使うゴム手袋ですが
かつて、全て素手で直接消毒液で消毒して
行われていました。

だから当時の手術に立ち会った
看護師はみんな手が荒れてたそうです。

外科医ウイリアム・ハルステッドは
同じ病院の看護師
キャロライン・ハンプトンに恋していました。

彼女の手は
強い消毒のせいで大変荒れていたそうです。
そんな痛々しい彼女の手を
消毒液から守ってあげたいと
メーカーに頼み込んで
薄いゴム製の手袋を作り
彼女にプレゼントしたそうです。

しかし、残念ながら
その特製の手袋は
使われることはありませんでした。

製品がわるかったわけではなく
彼女は、その手袋を渡されてから
すぐ、彼と結婚することになったからです。

今当たり前に使っている
医療用ゴム手袋に
こんな美しい話があったとは・・・
感動ですね。

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自然の声を感じる時

朝陽が昇る前に
家を出て
氏神様のお参りをして
日の出の時間を迎え
今日も生きていることを
感謝する時間を
毎日過ごせることで
生きていることを実感すると共に
生きていることに感謝し
今日も生きて生きると決意を新たにして
その日をはじめています。

毎日続けられているのは
僕にとって
生きるための儀式になっているのかも
しれません。

そして
同じ時間に家をでても
毎日違った光景を
見せてくれます。
感じさせてくれます。

天気予報では
今日も真夏日だと
夏盛りの日が続くと伝えています。

でも、朝
外に出ると
朝の空気が肌に突き刺さってくるような
感じではなく
優しく感じるのです。
そして、耳を澄ますと
虫の声が聞こえてきたのです。
その虫の声に耳を傾けていると
もう、次の季節に進んでいることを
自然が
母なる地球が伝えてくれている気がします。

自然を感じながら歩き続けると
神社には大きな木があります。
その大きな木に近づくと
木から体全体を包み込むように
柔らかい風を感じるのです。
とっても。とっても
肌に優しい風なんです。

朝は
自然からのそして地球からの
メッセージにあふれています。
地球に生まれ
自然に育まれて
生きていることを実感すると共に
感謝の時間なんです。

だから
僕は1日も休まずに
歩き続けれるのだと思います。

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記憶の中のしあわせ探し

からだは、家などの建造物と違って
からだの中身も構造も
時間が経つと変わっていることが
わかっています。

10年も経てば
細胞ひとつから
10年前の細胞と全く別の
細胞に置き換わっているのです。

そして毎日の生活においても
僕たちは
毎日食べ物を摂取し、排泄し
その繰り返しを日々くり返す内に
日々
からだの内容を変えているのです。
それなのに
肉体的変化を
感じながらも
統一した同じ自分、自己を
維持し
生涯ひとつの肉体、人生を形作って
生きていけるのは
不思議だと思いませんか?

自分が、自分としての生涯を生きていけるのは
そこには
自分のからだをまとめてくれている
主宰舎のような力が
働いているからではないだろうか?って
感じるのです。

この力があるから
60兆もある細胞
それも日々変化している細胞を
統一されて
昨日と同じ自分
1年前と同じ自分
死ぬまで同じ自分として
生きていけるのでは
ないでしょうか?

僕たちが
今ここにいられるのは
この僕たちのからだをまとめてる
監督のような力の
おかげなんでしょうね。

この自分自身をまとめている力は
自分がこうしようと思って
できるような力ではありません。

この力は
自分では意識できない
深いところにあり
今の科学では解明できないような
非常に複雑な力、働きであり
この力は
自分だけでなく
生きている人や動物、植物にも
存在し、それぞれに働いているのです。

それは
この地球上の生物だけでなく
地球そのものにも
太陽にも
宇宙全体にも働いている力が
存在してるから
僕たちは、今ここに存在できるのでしょう。

この宇宙全体を統一している力のことを
我々は昔から神と崇めている
存在なのかもしれません。

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見えない自分の背中

自分のからだなんだから
自分のからだのことが
一番わかっているのは自分。
わかってあげられるのも
自分しかないと思ってしまう。

でも、実際のところ
一番わからないのが
自分という存在では
ないだろうか?

自分のからだなのに
自分の背中を
自分の目で見ることはできない。
人に見せている
自分の顔だって
鏡を見ないと自分の顔すら見ることができない。
うれしい顔も
悲しい顔も
怒った顔も
普通にどんな顔もわからない。
鏡を使ってみても
左右逆の顔しか
知ることができない。

だから
自分については
自分以外の人に尋ねるしかない。

特に
からだが悪い時には
医者などの自分以外の人に
頼らざる負えない
僕自身も
他の人のからだを客観視できるけど
自分のからだは
混乱してしまうことも多い。
だから
相談した相手が
僕の何を見ているのかが
とても大事に思える。

僕のからだを
どんな思いでみてるか?
からだだけでなく
こころも魂も診てくれると
とてもありがたいと思う。

だから僕も
患者さんを診るときには
患者さんが見ている部分だけでなく
患者さんが見えない部分も
診て、伝えて
本当の健康を手にしていただきたいと
思うのです。

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たったひとりを喜ばすために生きる

史上最強のバイクとの
呼び声の高い「スーパーカブ」を作った
HONDAの創業者本田宗一郎は
愛する妻のためにこのバイクを作ったと
言われています。

本田宗一郎は
妻が自転車をこいで
遠くまで買い出しに行くのをみて
自転車にエンジンをつけたら
買い出しがずっと楽になると思いつき
自転車に補助エンジンをつけたのが
バイクの始まりだそうです。

「妻のために」という思いで
生まれたバイクだから
女性でも乗りやすいように
操作も簡単で、燃費もよくし
乗っても油がつかないように改良し
妻のために作ったバイクが
6千万台も売れたバイクになったというのです。

つまり
たったひとりでもいい
人に喜ばれ、しあわせにするものを作ることが
本田宗一郎の商売の原点なのです。

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肉体を監督する存在とは

からだは、家などの建造物と違って
からだの中身も構造も
時間が経つと変わっていることが
わかっています。

10年も経てば
細胞ひとつから
10年前の細胞と全く別の
細胞に置き換わっているのです。

そして毎日の生活においても
僕たちは
毎日食べ物を摂取し、排泄し
その繰り返しを日々くり返す内に
日々
からだの内容を変えているのです。
それなのに
肉体的変化を
感じながらも
統一した同じ自分、自己を
維持し
生涯ひとつの肉体、人生を形作って
生きていけるのは
不思議だと思いませんか?

自分が、自分としての生涯を生きていけるのは
そこには
自分のからだをまとめてくれている
主宰舎のような力が
働いているからではないだろうか?って
感じるのです。

この力があるから
60兆もある細胞
それも日々変化している細胞を
統一されて
昨日と同じ自分
1年前と同じ自分
死ぬまで同じ自分として
生きていけるのでは
ないでしょうか?

僕たちが
今ここにいられるのは
この僕たちのからだをまとめてる
監督のような力の
おかげなんでしょうね。

この自分自身をまとめている力は
自分がこうしようと思って
できるような力ではありません。

この力は
自分では意識できない
深いところにあり
今の科学では解明できないような
非常に複雑な力、働きであり
この力は
自分だけでなく
生きている人や動物、植物にも
存在し、それぞれに働いているのです。

それは
この地球上の生物だけでなく
地球そのものにも
太陽にも
宇宙全体にも働いている力が
存在してるから
僕たちは、今ここに存在できるのでしょう。

この宇宙全体を統一している力のことを
我々は昔から神と崇めている
存在なのかもしれません。

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