「心の調べ」カテゴリーアーカイブ
うがいができない
診察中に
外から帰ってきたら、手洗い、うがいをしましょう
と言われても
まだ、うがいができないんです。
とか
赤ちゃんなのでうがいができないので
どうしたらいいでしょうか?
と質問されることがあります。
そこで、今日はうがいについてです。
鼻やのどからウイルスや細菌が侵入してきます。
そして
鼻やのどの粘膜に
ウイルスや細菌が長い時間くっついて
そこで増殖するので、風邪をひいてしまいます。
ですから
かぜをひかないため(予防する)ためには
のどや鼻についたウイルスや細菌を洗い流せばいいのです。
うがいは
のどや鼻を洗うことです。
洗うことで
細菌やウイルスそしてチリやほこりを洗い流してくれます。
また
のどを適度に刺激することで
粘液(唾液)の分泌や血行を良くしたり
のどの潤いを保って繊毛運動の衰えを防ぎ
抵抗力を整えることができます。
そして
最近うがいが風邪を予防することが可能だと
いう研究発表もされています。
余談になりますが
インフルうエンザにおける
うがいの効果は???なんです。
というのは
インフルエンザウイルスが
のどに侵入すると
20分以内に細胞内に侵入してしまうと言われます。
ですから
20分毎にうがいをしたら
予防できるかもしれませんが・・・・
現実的には難しいですよね。
でも
しないよりは、した方がいいのは
間違いないですよ。
こまめにうがいをする習慣は大切ですよ。
最近
インフルエンザに対して
紅茶のうがいがよいと世間では言われていますが
確かに、紅茶の成分であるカテキンが
ウイルスの粒子にくっついて、
ウイルスの細胞内への侵入を防ぐ・・・なんていわれていますが
まだ、その効果については
????です。
うがい、
すなわち”ガラガラ、ペー”ができるかどうかは
かなり個人差があります。
小学生になってできるこどももいるし
2歳でできるこどももいるし
かなり個人差があります。
ましては
赤ちゃんはできませんよね。
うがいができないからって
あわてないで大丈夫です。
外からかえったら
手を洗って、
お口の周りをきれいに拭いて
お茶やお水を飲ませてあげて下さい。
うがいは
お口の中を洗い流すことですから。
ウイルスはのどで増えますが
飲み込んで、胃の中に入ると死んでしまいますから。
風邪は予防が大事。
外から帰ったら
手洗い、うがいの習慣を
小さいときから、しっかり身につけて
風邪をひいて
あわてないようにしましょうね。
☆ 運動会も無事終わりました。
子供たちの頑張り、成長している姿に感動、感激。
写真を撮りながら、目が何度もウルウル。
これも、先生方のご指導のおかげです。
感謝の気持ちでいっぱいでした。
運動会後のお疲れ様会にい、お呼びいただき
感謝の気持ちを込めてご挨拶させて頂きました。
そして、恒例の写真撮影を
校長先生、教頭先生、長年ずっとこどもたちを見守り続けて
下さってるSさんと写真撮影。感謝の1日でした。
ありがとうございました。
教頭先生、手がかぶっててごめんなさい。
進化して得たもの失ったもの(9/22、9/24臨時休診です)
人は
単細胞の原始生物から
多細胞の生物へと進化しました。
単細胞だった生物が
多細胞となり、その後も進化を続け
どんどん生き物は大型し
人間は脳が発達し
非常に高度な存在になりました。
進化の過程で
得たものは数々ありますが
実は、失ったものもあります。
それは、不老不死です。
原始生物は
不老不死の世界を生きていたと
考えられています。
原始生物は
無酸素の状態で生きれる
解糖系と呼ばれるシステムを使って
エネルギーを得て、生きていました。
環境が劣悪になると、分裂活動を
一旦ストップ
環境がもどれば
また分裂を開始し
細胞自体が
食べられたり、焼かれたりしない限り
つまり
個体が消滅しない限りは、
分裂が続き
命は永遠に続くのです
人を始め全ての生物は
その肉体を維持するため
大きなエネルギーが必要となりました。
大きなエネルギーを得るために
無酸素の解糖系だけでなく
酸素を原料にエネルギーを生み出す
ミトコンドリアが発達しました。
ミトコンドリアおかげで
大きなエネルギーを得ることが
できたのですが
それと引き換えに
体に対して毒性を持つ
活性酸素が発生するようになりました。
活性酸素は
鉄が酸素にさらされると錆びるように
肉体を錆びさせ
病気にもなり、老化するようになったのです
つまり
全ての生物は
進化することを選び
それと引き換えに
不老不死を捨てたのです。
今更、不老不死の世界には戻れません。
そして、誰にも公平に死は訪れます。
あなたは、
原始生物のような不老不死の世界に
戻れたらいいと思いますか?
僕は不老不死の世界に
生きなくてもいいと思います。
それは命に限りがあるからこそ
生きている喜びが感じられるからです。
☆ 昨日の朝は、防府市倫理法人会のメンバーと
防府駅前の清掃をしました。
これでお盆で帰省された方を
気持ちよくお迎えすることができると思います。
終わった後は
コメダコーヒーでモーニング。
飲み物を注文すると、
トーストと卵が付いてくる大サービスにびっくりでした。
明日から16日までおやすみをいただきます。
みなさんもいいお盆をお過ごしくださいね。
ほめる育児
突然ですが、こんな話を聞きました。
「人はなぜ悪行ばかりを見つけるのだろう。
悪行は確かに良いことではないけど、悪行があるから善行がある。
ならば
悪行を少なくするために苦心するより、
善行を探し、見つけ、それを愛でた方が、人は善良になる。
たとえ過去に悪行を行った人がいても、
その後のその人の善行を褒め続ければ、二度と悪行しなくなるものである。
ゆえに人の道とは、
人の善行を探し、褒め、認めれば、善行の輪が大勢を支配するのである。」
これは、孔子が人の育て方を説いた時の言葉です。
人を育てる方法は、まさに子育ての方法。
4歳から11歳の間、ずっと怒られ続けたこどもは
おとなになって、褒めらた時、どんな風にリアクションしていいか
わからなくなるといいます。
そして、褒められたことのない人は
褒められても、「いえいえ、そんなことはない」と
否定して
褒められたことを素直に、そして謙虚に受けとれないそうです。
「ほめられたら伸びる」が子育ての極意。
そういえば、診察中でも、
アーンが上手にできたねとか
注射がんばったねと伝えると
うれしそうに帰って
次回からは自分一人で診察できるようになるこどもがいます。
こども達は、褒められたがっている。
褒めて育てると
「褒めは7割、叱り、注意は3割」を実践すると
伸び伸び、素直なこどもに育ち
大きくなった時も、あわてなくていいかも
☆ この絵は、年長さんの患者さんが、注射をする前に
「先生書いたよ」って渡してくれました。
こんなイケメン先生に映ってるのかな?
夢を壊さないように 頑張らないと。
明日から日曜日まで参禅会です。しっかり自分と対峙します
古代日本の真実の姿は
昔から
古代の日本の姿に興味があり
「古事記」を読むのが好きでした。
古事記を読むと
神々の活躍がとても神々しく
現代に生きている僕の心に
力をくれている気がして
何度も何度もくり返し読み
淡路島などの
古事記のはじまりの伝承が残る地を
訪れたりしてました。
楽しく、興味をもって
接していたのですが
どこか遠い神話の世界
そして
名前しか出てこない神様が出てきたり
神話であるから
少し遠い世界に感じて
真実の姿を知りたくて
ページをめくりながら
どこか悶々としたところもありました。
そんな時
ひょんなきっかけから知った
「ホツマツエ」という古文書
その内容の真偽に対しては
色々な意見があるようですが
どこか引きつけらてしまいました。
同じ古代日本の歴史で
古事記の内容と一致する部分はありますが
古事記とのちがいは
神話でなく、全て生きている人の記録として
描かれていること。
古事記との違いもあり
びっくりしたのは
アマテラスの大神様が男性であったり
その奥さん瀬織津姫様だと書かれていたり
読み進める内に
へー、ホーとそうだったのか
びっくりすることだらけ。
古事記での記載も
同じこともあり
より詳しく、具体的に
みなさんの功績がしっかり書かれていたり
僕の興味のある
ニニギノ命のこともしっかり書かれている
あっという間に
惹きつけられました。
神との対話
入院中リハビリ以外の時間は
安静の時間でした。
からだを休めるのが目的だけど
こころを休めるのも大事なことでした。
そこで
日頃読めなかった本を
例えば小説など
気持ちがゆっくりしないと
落ち着いて読めないような
小説など中心に読む
読書の時間がとれました。
また
買っていたのに
いまだ読んでいなかった
いわゆる積ん読のままだった
本を読むのには
いい時間だと感じ
外泊を許された日に
積ん読されたままの本の背表紙を見渡し
手を伸ばしたのは
Nウオルシュ著「神との対話」でした。
この本は、全く普通の主人公が
人生のどん底にあったある日、
突然始まったまった神様との対話を記録した
本だった。
その内容は
主人公に対しても衝撃だったけど
読んでる内に
神が主人公に話しかけている本の中の世界ではなく
僕自身に話しかけてくれているかのように
神が話しかけてくれいる気がしたのです。
神が話してくれた
自分について、人生について
魂について、人生について・・・
様々なことを
何もわからない僕にも
理解できるように
根気強く説明してくれるのでした。
ハッとさせられる
気づきの時間でした。
でも
本を閉じると
神はいなくなり
神はやっぱり
本の世界での話だと思ってしまいました。
そして
神と対話できる
主人公をとてもうらやましく思えました。
本を読む度に
神に出会えるので
僕にとって
読書は至福の時間でした。
本はいつかは終わります。
読み終わった時は
まだまだお話したい気持ちになりました。
また神に会いたいとおもってたからか
別の作者の
神様との会話を記録した本にも出会うことになるのです。
その本のご紹介はまた次の機会に
この時間は
神様とほんとに会ってたような
対話していたかもしれないなぁ
と今では思うような
不思議な時間でした。
しあわせ探し
道
死亡率は100%
人間には寿命があります。
どんなに健康に気をつかい、
最新の医療を受けたとしても
いつかは死んでしまいます。
これは
避けることのできない運命です。
今日本の平均寿命は80歳程度ですから、
現在の年齢で平均寿命を考慮して
自分はこれから何歳ぐらい
生きれるのか?生きたいのか?
が考えることができます。
そして
それを目標に
今から10年をどう生きるのか?
20年後はどうなっていたいのかという
ビジョンを立ててみると、
生きていく目標がはっきりしてくるでしょう。
100歳まで生きようとすれば
大変な努力が必要です。
でも50歳まで、60歳まで、70歳まで
健康に生きるためにはどうしたらいいかを
10年刻みで考えれば、
具体的なイメージもできやすいでしょう。
すると
意外と時間の流れの速さも感じるかもしれません。
すると、一日一日が貴重に思え、
大事に過ごせるでしょう。
そして
目標まで十分満足して生きることができれば、
その先は、これだけ頑張ったからと
後は自由に生きるという決断もできます。
残りの人生をいかに充実させるという、
クオリティ・オブ・ライフを考えていくという
人生の選択もできます。
そして誰でも最後の時を迎えます。
でも最後を自分ひとりで決めることはできません。
元気でぽっくり逝きたいと思っても、
現代医学では
死なせてもらえず、
寝たきりや長い長いリハビリ生活を
余儀なくされることもあります。
長生きをすれば認知症の問題もあります。
どう生きていくのか?を考えると同時に
どう死ぬのかも考えていく必要があります。
それには、年齢、性別、環境、性格、
そして
人生観や死生観といった要素が全て絡み合っています。
あなたと同じ人生を歩む人はひとりもありません。
あなたの生き方に悔いが残らないように、
どうやって生涯を終えたいのかを
考えて生きてくことも、
どう生きるのかと同じように大事だと思います。
しあわせになりたかったら
“しあわせになりたかったら”
しあわせになりたかったら
誰かをしあわせにしてあげたらいい
苦しんでる人
悲しんでる人
辛い思いで悩んでる人
慰め、励まし、勇気を
届けよう
人にたいしてだけじゃない
動物にも
小さい虫にでも
誰かが助けが必要としているなら
手助けする。
手を差しのべる。
そうすること
そうできること
それこそが
しあわせになることなのかも
運命を分けるのは①
毎日色んなことが起きます。
日々変わらないと思って
平凡な毎日を過ごしているように思えても
振り返ってみるちると
出会う人も違うし、やってることも違う
全く同じ日は一日としてないはずです。
その違いのある日々を
どう過ごすか、どう過ごしたかで
人生の結果は変わってきます。
日々のわずかと思える変化、出来事を
どうとらえるかどうかで
その後の人生はだんだん変わってくると思うのです。
そして、人生を分けるのは
「何がおこったか」ではなく
「起こったことをどう解釈するか」ということに
かかっていると思うのです。
