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投稿者「santa」のアーカイブ
武士の考えた死とは
葉隠の中に
「武士道というのは
死ぬ事を見つけたり」と
書いてあった。
昔の人、特に武士は
いつ死ぬかもしれないという
常に死と隣り合わせで生きていて
死のことを
いつも頭に置いて覚悟をもって生きていたと思います。
実際、武士は
「人は死と向き合ってこそ
意味のある『生』を送ることができる」
「人はこの世に誕生した瞬間から
『死』というゴールに向かっている」
と考えて生きて来られたのでしょう。
人はみんな、栄光のゴールである
『死』を迎えたいはずなのに
現代は、いつしか『死』を
縁起の悪いもの、不幸なものとして
忌み嫌うようになってしまった。
これは
死に対する考え方は
現代人の生き方を端的に現していると思う
コロナ感染での対応でわかるように
いのちと経済を天秤にかけているところがある。
つまり
物質世界を守るのと
経済を回すことが生のゴールと
考えているのだろうか?
死んだら終わりだから
今の生を守ろうとする気持ちが強くなっている。
生を考えるものとして
医療はある意味科学の頂点であるが
死をゴールとして
終わりなのか、終わりでないのかで
人の人生は大きく変わってくる。
誰も死の世界を語ることはできないから
死で終わりと考えていいのか?
死を考えることで
生も輝いていくのだと思う。
僕は生を仕事とする医師として
死をもともしっかり向き合わないといけないと
日に日に強く思うのです。
ですから
縁起が悪いと思わないで
時々、僕の考える死について
耳を傾けていただけると
うれしく思います。
カテゴリー: 真実の医療
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「つまらないものですが」の本当の意味
日頃お世話になっている方に
日頃の感謝の気持ちを伝えるために
この時期お歳暮を贈ります。
贈り物を渡す時に
「つまらないものですが」と
言ってしまう日本人。
でも
「つまらないものだと言ってを渡すのは
失礼だと
言われる方がいらっしゃいます。
本当に
言わない方がいいのでしょうか?
実は
「つまらないものですが」というのは
日本人らしい奥ゆかしさから
出てくる言葉だと言うことを
最近知りました。
「つまらないものですが」の前には
言葉にはしていないけれど
あなたからしていただいたこと
あなたからいただいた恩に比べれば
つまらないものなんです。
・・・・と言う言葉が隠されているのです。
どんなに高価なものでも
どんなに貴重なものを贈ったとしても
人の恩に勝るものはない。
だから
品物を渡す時に
つまらないものと言ってしまう日本人
実は
「つまらないものですが」は
すばらしい日本人のこころを
感じさせてくれる
大切な言葉だったんですね。
カテゴリー: 今日の言葉
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注射の後揉む?揉まない?
この時期、インフルエンザワクチン接種のため
多くの方が病院を受診されています。
こども達も
おとなの方も
みんな頑張って注射を受けています。
注射って実は
おとなになっても好きにはなれませんよね。
おとなの方もほっとして
帰られる時に
よく聴かれる質問。
「お風呂に入っていいですか?」
「注射の後をよく揉んだ方がいいですか?」
とよく尋ねられます。
そこで今回は
注射であわてないために
注射の後は揉む?揉まない?です。
注射の後、揉むか揉まないかをきかれるのは
おじいちゃん、おばあちゃん世代を中心に
よく聞かれます。
注射を投与経路には
静脈注射、皮下注射、筋肉注射、皮内注射があります。
昭和30年代の
注射の主流は筋肉注射でした。
抗生剤や解熱剤をお尻や太ももに筋肉注射をしていました。
筋肉注射は1~2ccはあるので
量がとても多いので
注射の後がしこりにならないように
”よく揉んでください”と言われてたのです。
ですから
昔の筋肉注射を受けた方は
注射の後は揉んだ方がいいと指導されているのです。
変わって
現代の予防注射は皮下に打つ皮下注射です。
皮下注射は
注射した部位にしばらく液体がとどまって
そこから、ゆっくり全身に吸収されていきます。
注射の部位を強く揉むと
皮下組織がダメージを受けて
ワクチンが急速に拡散して
接種部位が赤くはれたり、熱くなったり、かゆくなったり
する局所反応が出現したり
アナフィラキシー反応が起こりやすくなります。
ですから
予防接種の後は揉まなくていいというのが
主流になっています。
余談ですが
インフルエンザの予防接種で赤くはれたりする方が
いらっしゃいます。
これは
注射の後揉まなかったからではなく
ワクチンの中に
免疫効果を高めるアシュバンドという
物質が配合されていて
それに反応して局所反応が起こると言われています。
赤くはれたり、かゆみが強いときは
冷やしたり、塗り薬を塗ったりします。
予防接種の時には
揉まずに様子をみてOKです。
ただ
予防接種以外では
揉んで吸収を速めて、効果を高めたい時は
揉むように言われるかもしれません。
注射の後
揉むか揉まないか不安に思われたら
是非医師に確認するのも大事ですね
カテゴリー: 真実の医療
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眼を高くつけろ
この言葉は
目標を持つなら、高い方がいい
という言葉です。
すぐ手に届く目標でなく
がんばらないと手が届かないぐらいの
目標を設定しないと
継続して努力もしないことでしょう。
夢をもって、努力を続ける裏には
一方で現実もあります。
夢ばかり追っても
現実をないがしろにしていては
目標どころか、生きていることも
困難になってしまいます。
目標を見据えながらも
毎日、毎日を
丁寧に生きていくことを
この言葉は
教えてくれているのだと思います。
カテゴリー: 今日の言葉
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成人になるということ
成人になるといえば
現在の日本憲法でいえば
18歳以上で成人に与えられる権利があり
20歳以上になると
正真正銘の成人になると
考えられています。
確かに
医者としてこどもたちの成長を見ていると
生物学的に成長して完成することを
成人というのだと思います。
でも
からだが成長したから成人になったと
なかなか言えないものです。
からだの成長にあわせて
精神がまだ未熟であるために
本人が苦しんでいるというケースは
よく見受けられます。
そして、からだ、精神だけでなく
こころの成長することも
人間には必要だと思っています。
こころが完成するのはいつだと思いますが
目に見えない部分だから
確認するのは難しいけれど
仏教の言葉に
成仏するという言葉がありますが
この言葉
実は、死んで仏様になることではなく
それぞれが生まれながらに備わっている
その人の生まれ持った機能が
完成されることだというのです。
完成したかどうかわかるのは
死ぬその瞬間だというのです。
そう考えると
生きている限り、こころ磨きをして
人間完成をめざして行くのです。
この言葉を聞いて
いくつになっても
生きる目標ができる気がします。
今日も元気にいきましょう。
カテゴリー: 今日の言葉
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保湿剤の塗り方
この時期のこども達の
皮膚ってカサカサに乾燥してる。
かゆがってるこども
湿疹ができてるこども
かゆみもないこども
自覚症状は様々だけど
スキンケアーをしないと
皮膚の状態は悪くなるばかり。
そこで
保湿剤を塗りましょう
と指導するけど、
実際にどのくらい、
どれくらい塗ったらいいのかって
わからないもの。
軟膏の目安に
FTU(Finger-tip Unit)があります。
1FTU とは
チューブに入った軟膏を
第2指(人差し指)の指先から第1関節まで
押し出した量(約0.5g)を言います。
1 FTU で
おとなの手のひらの面積に相当する
皮膚に塗る軟膏の量になります。
ローションタイプでは
1円玉が 1FTU の量と考えて下さい。
そして
保湿剤を
1㎎/㎠; と 3mg/ ㎠;を塗った場合
3㎎/㎠;塗った方が、保湿効果が高かったという
報告があります。
また保湿剤を
1日1回、1日に2回塗った場合
2回塗っていた時の方が
保湿効果が高かったという報告があります。
またお風呂からあがって
10分後、30分後に塗ったところ
10分後に塗った方が
保湿効果が高いことがわかっています。
ですから
保湿剤を塗る時は
塗る大きさによってFTUで量をきめて
少し多めに、そしてこまめに
そして
お風呂上りに
できるだけ早く塗るのが
効果的ですね。
何よりも大切なのは
皮膚の状態が良くなるまで
そして
良くなっても
保湿剤でのスキンケアーを
続けることが大切ですよ。
カテゴリー: 子育て
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宇宙はエネルギーにあふれている
以前東京滞在の最終日は
白鳥哲監督の映画「READING」と
神原康弥さんの講演会に参加したことがあります。
映画「READING」は
エドガーケイシの半生を映像化したもの。
前半アトピーや子宮筋腫、高血圧そして癌について
ケイシー療法を行って完治した方のこと
後半は
エドガーケイシーの伝えたかった
平和なこころのあり方が
こころに響いてきました。
そして
その後行われた
神原康弥さんの講演会。
神原康弥さんは
2歳半の時に突然脳症を発症し
動けないけど
しゃべれないけど
でも、妖精や精霊と話せるし
天の声も聞こえ、多くの詩を書いています。
神原康弥さんは
今は体も動かせません
しゃべれませんが
お母様に指談で意志を伝え
ケイシーのように
リーディングのような方法で
講演会が行われました。
講演内容は
こころとからだとむきあうことの大事さ
そして
肉体だけではなく
魂の存在を忘れてはいけないという
身体を通してではなく
こころ通して感じる魂について
お話をされました。
話を聞いてるうちに
こころから癒やされました。
エドガーケイシーは
きっと宇宙からのメッセージを
リーディングという形で伝え
神原康弥さんは
自分が感じた宇宙のエネルギーを
お母さんにリーディングという形で
僕達に伝えてくれました
エドガーケイシーも神原康弥さんの
お話の真偽確認する術はありませんが
とても感銘を受けました。
きっと、魂が喜んだお話だったから
感動したのだと思います。
宇宙からのエネルギーは確かにあり
そして
宇宙からのエネルギーに従い生きれば
きっと、しあわせになることができると感じました。
最後に、ちょっと長くなりますが
映画「リーディング」での詩を紹介します。
「こころが貧しいことは幸いです
豊かなこころがわかるから
こころの悲しみがわかるひとは幸いです
喜びのこころがわかるから
怒りに燃えるひとは幸いです
やさしさに気づけるから
憎しみのこころを持つひとは幸いです
深い愛に気づけるから
つらさに耐える人は幸いです
希望を見いだせるから
他者のために身を捧げる人は幸いです
満ち足りたこころがあふれるから
他者をゆるす人は幸いです
多くの人にゆるされるから
こころの清い人は幸いです
こころの中に神をみることができるから
平和を願う人は幸いです
こころの中に平和をみるから
地球のために捧げる人は幸いです
地球はあなたのそのもだから 」
みなさんが今日も
宇宙からの祝福を感じ
こころからしあわせだ思える一日に
なりますように。
カテゴリー: 真実の医療
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日に新たに、日々新たに
人生は山あり谷ありと
人生という道は、平坦でなく
様々なことが起こるでしょう。
でも、人生は
一日、一日の積み重ねですが
その一日を
変化がないなぁと刺激が少ないなぁと
退屈だなぁと感じている人も
多いのではないでしょうか?
刺激があったら
退屈しないのになぁと考えがちですが
退屈に思えるのは
実は刺激がないからではなく
自分の五感を充分に働かせていないことが
実は原因なんです。
僕たちは
毎日、毎日、新たな日を迎えています。
昨日と今日は同じ日ではないし
今日と明日も同じ日ではないのです。
日々新しい日になっていることを
感じないのは
あなたの五感が鈍っているからなのです。
昨日と違う風を肌で感じたり
昨日感じなかった陽の温かさを感じたり
五感を研ぎ澄ませたら
今まで気づかなかった変化が感じられるでしょう。
日に新たに、日々新たにして、また日に新たなり
なのです。
カテゴリー: 今日の言葉
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君子財を愛す
人が生きていくうえで
なくてはならないのがお金です。
食べていくことだけではなく
欲しい物を手に入れることも
裕福な生活をすることも
やりたいことをするにも
何かとお金が必要になります。
ですから
お金はあればあるだけ
安心できるものなのかもしれません。
でも
その裏で
お金には裏の顔が合って
お金欲しさの欲にとりつかれると
大きな人生の落とし穴に落ちてしまうことも有り
日本人は
何となく、お金にこだわるのは・・・
どうか?という考えもあります。
「君子財を愛す」という故事があります。
これは
徳の高い立派な人は
財産を愛するのだ
という意味です。
そうか
君子だって人間なんだと
ちょっとホッとする言葉ですが
実は、この言葉には
続きがあるのです。
「これを取るには道あり」と。
要するに、お金を得るには
おのずから道というものがあるという意味です。
つまり
道理を外れた方法で
お金を手に入れてはいけないということ。
その通りです。
世の中を見渡すと
闇バイト、トクリュウなど
道理の外れた方法でお金を手にしようという
人々のなんと多いことか・・・
犯罪に巻き込もうとする人に
狙われないように
お金を手にするには
道理があるということを
心得ときましょう。
カテゴリー: 今日の言葉
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医療の本分とは
医療は完璧を求められるけど
医者も100%全身全霊を込めても
力及ばないってことは
多々あります。
たとえ
この薬の効果が50%しかないと
わかっていても
この治療を選択せざる負えないことって
多々あります。
でも
50%の効果しかない薬でも
効果を高める方法があります。
医者がこの薬で
患者さんを救いたいという気持ちがあり
この気持ちを患者さんが受け取っていただいた時
患者さんの治りたいという気持ちが
一致すると
50%効果の薬であっても
大きな大きな力を発揮されるのです。
きっと、そこに
我々が気がついていない
医療の本質があるのかもしれない
カテゴリー: 真実の医療
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