投稿者「santa」のアーカイブ
脳細胞はいつまでも増え続ける
診療中に、よく
「最近、ものを忘れることが多くなった」
「人の名前が思い出せなくなった」とか
記憶力が低下したとという声を
よく聞きます。
自分も最近
人の顔を思い出せても
名前が出てこないことを
経験することは増えきたように思います。
その時に
年を重ねてきた結果だから
仕方ないよね。
と諦めモードになってしまいます。
その原因は
10000億個以上もの神経細胞で
成り立つ人間の脳は
年をとると全く
新しくは生まれず、どんどん消滅し
一定年齢以上では
再生不能になると言われてたからです。
しかし、最近の研究では
人間は年齢にかかわらず、
一部の脳では、神経細胞を増やし続けている
ということがわかってきたのです。
一部の脳とはどこかというと
記憶の整理をすることが役目の
海馬が脳細胞が増えていることが
証明されたのです。
海馬とは
全ての情報を
頭のどこにしまうかを整理するとこなのです。
頭は確かに無限の能力があるわけではなく
全ての情報を
頭の中にとどめておくと
頭がパンクしてしまいます。
だからとどめておくのに必要ない
記憶は忘れてしまうことが
大事になってくるのです。
そして
大事なこと、忘れてはいけないことは
しっかり頭にとどめておくのが
海馬の役割。
その海馬はいつまでも
成長し続けるのです。
ですから
年取ったからと言って
諦めないで
いろんなことにチャレンジしていきましょう。
思いやりのこころ
人は日々戦っています。
武器を持たなくても
生存競争、受験戦争に
日々の生活の中で闘い続けています。
生きるためには
必要な戦いもあるけど
ただいのちのためにではなく
自分の欲を満たすために
自分以外の人を傷つけてしまう
戦争も起こしてしまうことも
あります。
人間はいつから
戦うことを覚えてしまったのでしょう。
人間は元々は
戦うことは望んでいなかったと思うのです。
なぜなら
生まれた時は
喜びいっぱいの気持ちに溢れて
この世にいたはず。
そして
こどもの時は誰でも、
困っている人を“助けたい”と、
優しい気持ちを
いっぱいもっていたずです。
それなのに
おとなになるにつれて
優しい気持ちが薄れてしまうのでしょうか?
でも
こども達と接すると、
どんなに戦闘モードに入ってた人でも
こどもの時に感じていた
優しい気持ちを思い出す場面があることでしょう。
でも
日々こどもと接すして働いていても
いつもこどもと同じ無垢な感覚を
持ち続けることはできないのが悲しいところです。
しかし
こころが洗われた瞬間があると
今までの生きる世界が変化を感じます。
看護師、保健師、学校の先生などのように
こどもと関わる方々だけでなく
子育て中のお父さんお母さん
子育て中でなくても
バスの中、町中で
無邪気な子供の姿に触れた時
こどもの時感じたことを思い出し
こどもの気持ちをもっとわかってあげられると思います。
子育ては大変だと思われている方
ご家族の介護でお疲れの方
ご家族のことが手いっぱいで
仕事、家事、全てのことを
完璧にできない時もあると思います。
僕も仕事で疲れ切った夜は、
いつも優しい父親でいることはできません。
でも、
こどもの顔を見ると、どんな時でも不思議
と「明日もまた、頑張ろう」と活力をもらいます。
家族は思いやりのこころという
絆でつながっていると思うのです。
だから、
こどもと過ごした時には
ご家族と過ごした時間は貴重な時間です。
生きていることに感謝し、
いつもこどもの頃持っていた
“思いやりの心”を思い出して
過ごすことができれば
きっと、戦争なんて起こらない世の中になると
思うのです。
こころが荒れたと思った時に
そっと目を閉じ
ご両親の温かさや
こどもの時の気持ちを思い出してみませんか?
こども達にまず伝えたいこと
おとなは
親や先生などに限らず
こども達に様々なことを
教えようと考えます。
でも、教えること
教えたいこと
伝えたいことなど
多くのことがあって
すべてを伝えることは無理でしょう。
逆に
子供達に
必ず伝えないといけないこともあります。
それは、こども達に
「この世は生きるに値するんだ
ということを伝えるのが
こども達よりも
先に生まれてきたおとなが
が伝えることではないだろうか」と
思うのです。
試練を乗り越えるために
春は旅立ちの季節
その旅立ちにむかっての
報告が耳に入ってきます。
希望の通り出発できる人だけでなく
進路変更を余儀なくされた人
次のステップのために
力をつけることを決意したり
悲喜こもごもあります。
今の状況で人生が決まるわけではないので
今示された道を
しっかり歩いてもらいたいなぁと思います。
そして
今がどんな状況であっても
これまで順調であっても
長い人生の中で試練は訪れるでしょう。
また
今試練の時が訪れていると思ってる人も
いるでしょう。
試練は
いつか誰にでも訪れます。
試練が訪れるのは
決してあなたを挫折させるためではないのです。
僕も
病気という挫折を
人生の中で何度か経験することが
ありました。
その時に試練を乗り越えたときに感じた思いは
全てに対する感謝の気持ちが
心の底からあふれてきました。
試練の時には
神なんっていない・・・なんて
全てのもの
神様にさえも当たってしまいます。
試練をもたらしたのは
もちろん神様ではありません。
実はあなた自身が
自分の成長するために
試練を与えているのです。
試練の時は
あなた自身が選んだ必要な時期なのです。
だから卑屈になり
自暴自棄になってはいけません。
自分自身で選んだ必要な試練なので
そこには必ず救いがあるのです。
ですから、試練の時こそ
冷静になって周りを見渡してみましょう。
そこに
あなたが歩むべき
銀色の道を感じませんか?
今、あなたがしないといけないこと
やらないといけないこことを
感じるはずです。
順調な時には感じなかった、意識しなかった
あなただけの光り輝く道が
目の前にあることに気がつくでしょう。
それが試練が
あなた自身が用意した
あなた自身が成長するために
必要なことなのです。
ですから
今が試練のときでも
喜んで試練の時を受け止めて
自信を持って進んでいきましょう。
こころを込める
人は
ひとりでは生きていけません。
でも自分を大事にするあまり
その事実を忘れてしまい
自分勝手な考えに占拠されて
自分と人との狭間で苦しむことがあります。
人のために
喜んでそして心をこめて生きることを
学べるのが育児だなのかな?と思うのです。
育児は毎日山あり谷あり。
お子さんの前で
お母さんもお父さんもはいつも笑顔でいたいはず。
だけど、
思わず大きな声で叱ってしまう出来事も起こります。
叱った後、
大泣きしているわが子を見て、
我に返ることもあるでしょう。
お子さんはその時どう思っているか
不安になることもあるでしょう。
我が子のためと思っても
自分のためになっていないでしょうか?
ある時、
亻(にんべん)の文字をジッとみていると、
「亻」が母の姿に思えてきました。
「優」の字を見て、
幼い頃、憂いの時いつもそばにいてくれた「
「優しい母」のことを思いました。
「信」という字を見た時
どんなことを言われても、
かたわらにはいつも母がいたことを思い出しました。
だから今、人を「信じる」ことができる。
母とケンカしとことも
今では忘れられない思い出になっています。
こどもと、本気で向き合う心は、
母がこどもを思う祈りです。
そして、
母の祈りは
こどもの心の中に永遠に生き続けます。
だから、この思いは必ず届くと信じ、
「この瞬間」そして「この場所」に心をこめましょう。
喜ぶ時も、悲しい時も怒っている時も
おこさんだけでなく相手のことを思い
心をこめましょう。
心をこめた思いは必ず通じますから。
働く目的
仕事をする目的は
生きていくために
お金を稼ぐためだけでない。
自分が生きていくために
お金を稼ぐことだけを
目的にしてはいけないと思う。
働く目的は
人のためになることをするのが目的。
人に喜んでもらえたことで
その対価としてお金をもらえるのです。
働く目的が
私利私欲のためだけではなく
奉仕、利他のこころを忘れてはいけないのです。
だから
人は最高の奉仕と最高の品を
提供してくれる店を好みます。
他者をしあわせにすることが
自分のしあわせにつながること。
自分以外の人がしあわせになるためには
奉仕の気持ちが欠かせないのです。
世の中には反映の法則があります。
自分の利益を追求する
利己主義の法則には従わないのです。
利己主義の追求は
今の世の中を見渡せば感じると思いますが
戦争のような
破滅の状況が待っているんです。
つまり
自分のために生きているのではなく
自分以外の人のために
生きていく存在なのです。
人という感じが示すように
お互い支え合って行くのが
人の道なんです。
だから、どんな仕事をしようが
どんな毎日を送っても
忘れてはいけないのは
誠心誠意、魂を込めて取り組み
決して今の環境に甘んじないことが
生きた仕事ができる環境が
整っていくのでしょう。
チャンスをつかむ
チャンスがない
運がないって
嘆いてないですか?
あきらめてないですか?
実は
チャンスは
誰にも平等に与えられているんです。
そして
チャンスは
自分のまわりに
たくさん転がっているのです。
”チャンスがない”
”運がない”って
嘆いてる人と
チャンスをつかんでいる人との
大きな違いは
自分の周りにある
チャンスに気がつくか
どうかなんです。
チャンスをつかむためには
どうしたらいいのでしょう?
あなたは
人から何か頼まれたときに
どんな風に対応してますか?
即答できますか?
後で、考えてお返事しますって
返事を先送りしていないですか?
実は
頼まれたときに
即答できるかどうかが
できるだけ早く返事をすることが
仕事だけでなく、
何事においても
福を呼ぶ、チャンスをつかむ
というこにつながっるような気がします。
即答する力を身につけるために
何をするべきなのか?
ぼくは、日ごろから
まわりの事をよく観察すること
つまり
まわりに今何が起きているのか
観察し、判断する、そして動く
力を磨くことが
必要なんだと思いいます。
まわりのことを
よく観察するためには
好奇心と人に対する思いやりの気持ち
が大切ではないかと思います。
人に喜んでもらおう
人の役に立ちたい
という気持ちをいつも持っていれば
今
自分にできることはないか?って
まわりに対する観察の目が広がることでしょう。
その力は
自分だけに使うものではない
そして
誰かが察するSOSのサインを
いち早くキャッチでき
いち早く手を差し伸べることが
できるようになります。
その行動を起こすことが
日頃からの
心がけ、即答することで
磨かれる気がします。
まわりの人の
役に立ちたい
喜ばせてあげたい
そんな気持ちで日々過ごすこと
そんな行動力が
自らにもチャンスを生み
そして
多くの人にも
しあわせをもたらすことに
なるんだと思います。
☆ 今日の山口は、曇ったり雨が降ったり
なんだか落ち着かない天気です。
天気のように、僕の毎日も
昨日は昼周南、夜は下関。今日午後は防府市で
あっちに行ったり、こっちに行ったり
忙しいけど、楽しんでる自分がいます。
動けば、動いた分だけ出会いと学びがあるから^ ^
全力で生に仕えよ
生まれてきたものには
必ず死が訪れる。
いつ死が訪れるかは
誰にもわからない。
どんなに偉い人でも、宗教家でも
わからない。
そして
いつ迎えられるかわからない
死について
どう生きればいいのか
多くの人が考えてきた。
例えば曹洞宗の開祖であられる
道元は禅師は生を全うすることを
正法眼蔵で次のように書いている。
「生の時はただ生。
死の時はただ死。それ以外には何もない。
だから、生の時は全力でただ生に仕えよ。
余計なことを考えて他を案じるな。
死の時は
ただ全力を持って死に仕えよ。
それが生きるということであり
死ぬということである。
生と死は
因果関係で結ばれたものではない」
これが生ききることだということ。
頭でわかっていても
実際には難しい
永遠の音色
映画「フジコヘミング永遠の音色」を観た。
この映画は12年間フジコヘミングを追った
ドキュメント映画で
最後のドキュメントということで
フジコの生涯を
彼女のコメントで
年代を追って構成されていました。
異母妹のインタビュー
父親の日本を離れた事実
母親がなぜ一人で二人のこどもを育てたか?
フジコの恋愛など
これまで明らかにされなかった事実も
明らかにされた。
数あるフジコのドキュメント映画で
格別の出来の映画だった。
演奏も
フジコの最盛期の時期の演奏なので
心に響く演奏だった。
心に響いたフジコのことばを紹介します。
「続けなさい。ずっと続けて準備しておきなさい。
いつか幸運の女神がほほえんでくれるでしょう」
「全ての記憶は黄金の輝きのみを残す」
フジコ ヘミング
種まき
必ずあたえられたものがあるはず
人にしてもらったら
手を合わせて
必ずありがとうと言おう。
ありがとうを言えたぼくも
ありがとうを言われた人も
きっと、喜んでくれる
ありがとうの一言で
喜びの輪が広がってくれる
感謝の気持ち
感謝の一言で
喜びの種
しあわせの種を
まくことができる
ぼくにも、あなたにも
必ずあたえられたものがあるはず
人にしてもらったら
手を合わせて
必ずありがとうと言おう。
ありがとうを言えたぼくも
ありがとうを言われた人も
きっと、喜んでくれる
ありがとうの一言で
喜びの輪が広がってくれる
感謝の気持ち
感謝の一言で
喜びの種
しあわせの種を
まくことができる
