日別アーカイブ: 2025年12月17日
正しく畏れる
毎年寒くなると
インフルエンザなどの感染症のニュースが増えます。
感染対策を呼びかけるのはわかるけど
どこか、国民を恐怖に陥らさせて
どこかに向かわせてるような気もあるように
思える時があるのです。
そして連日の報道を見ながら
今の時代
正しく畏れることがだいじだなぁと。
思うのです。
畏れるとは
むやみやたらと
強迫観念に囚われることでなく
今起こっていることの意味を考え、受け入れ
自然に対して畏敬の念をもつ
姿勢が大事でhないかと思います。
人類はこれまで
過去において様々な感染症や自然災害の
試練をうけて来ましたが
その困難を乗り越え
生き延び、文明を発展させてきました。
人類がこれまでの経験した感染症
インフルエンザ、ペストなどと同様
新型コロナウイルスも
感染して、重症化するリスクはあるものの
人類は受け入れずにはおられない状況のなりつつ
そのリスクを受容しつつ、共に生き
大半は軽度の症状をもたらすと言う
これまでと同様の
ウイルス感染の経過を辿る可能性はあります。
ここでウイルスとはなんでしょう。
僕は、ウイルスだけでなく
我々人間も含めて
この地球に存在するものだけでなく
宇宙全体に存在するもの全ては
最初宇宙の大爆発(ビックバーン)によって
生まれ、散らばった
宇宙のかけらからできていると考えてます。
ウイルスの正体は
DNA,RNAとも言われています。
つまり
タンパク質や脂質と同じように
もともとからだの中に入ってしか
存在できない存在なんです。
ですから
人と共に生きていこうとしないと
ウイルス自体も存在しなくなります。
ですから
体内で初めは
ウイルス自体、己の主張し
最初はわがままいっぱい振る舞うことでしょう。
でも、そうすることが
自らのいのちを縮めることに気づき
人間との共存の道を歩み始めるのです。
ですから
我々は、宿主として
ウイルスに共に生きていこうという
メッセージを発して行かないといけないと思います。
そんな神のような心で
冷静にはいられないかもしれません。
でも
あなたのウイルスをも受け入れる
広い愛の心が
自らを、いえ人類をそして地球を救う
ことになるのだと思います
報道に惑わされることなく
心の眼で世の中を見て、感じてみませんか?
死を大事にするということ
死を大事にするとは
死にゆく時間を大事にすること。
脳死を人の死とするなら
脳死から心停止にいたる時間を
家族が死にゆく者と会話し、受容し
納得のいくかたちで
死を迎える時間が大切。
死は本人にとってだけでなく
家族など周りの人にとっても
受け入れるための
時間が必要なのです。
その時間を大事にすることが
死を大事にするということだと思うのです。
