健康だけが人生の目的ではない

日々患者さんと向き合っていると
からだの不調を訴え
その訴えに対して力を尽くすのが
医師の役割。
確かに、病気があれば
その病気を治す
特にこどもの病気はその通り。

でも
自分が病気をして
治らない病気があることを実感しました。
今若いときのように
100%の機能はありません。
だからそう考えると、今健康ではないと
言えます。
だからといって
仕事ができなくなったかと言えば
日々患者さんと向き合い
以前よりも病気を通して
新たな気づきを
お伝えできるようになりました。

これも
自分がある意味健康でなくなったから
できることなのです。

からだになに不自由なく生き
寿命を全うするだけが人生ではなく
たとえ病気を抱えていても
日々自分の人生を歩んでいくことが
大事なんです。

健康であることを
人生の目的にして生きていかない。
健康=しあわせでない
今あることをどう生きるかを
試されていると思うのです。

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ささやかなしあわせが健康の元

どんな時に健康だと感じますか?

頭痛、腹痛などの痛みがない時
熱、咳、下痢などの症状がない時
何も苦痛に感じない時ですか?

症状がなければ
健康だと思うかもしれません。
でも
症状がないからといって
健康だとは決していえません。

ひょっとしたら
その時、からだは
あなたに苦痛を感じさせないよう
病気に向かわないように
がんばっているのです。

病気に向かっているかどうかなんて
中々気づけないもの
今、健康かどうかって判断するのは
実はとても難しいのです

からだに問いかければ
健康かどうかチェックする
簡単な方法があります。

今日目が覚めたとき
「ああ、よく寝た」とすっきり目覚めましたか?
お腹が空きましたか?
そして
ごはんを食べておいしいと思えましたか?
よく寝て、よく食べて
一日を過ごせましたか?
そう感じれていれば
たとえ病気があったとしても
からだは健康に向かっているのです。

逆に
病気がなくても
眠れない、食事がおいしくない・・・・
と思えるときは
病気に向かっているので要注意です。

朝すっきり目覚めて
おいしいものを食べて過ごすって
とてもささやかだけど
しあわせな時間を過ごしていると
感じませんか?

ささやかなしあわせを
感じて生きること。
ささやかなしあわせを積み上げていけば
こころから健康だと思える
日々が過ごせます

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誰かがみていてくれるだけで、安心

人間は
生まれてから、ずっと
誰かに支えられながら生きてこれたのに
大きくなると
独りで生きていきたい
誰の力も借りずに生きていかないといけないと
思うようになり
粋がって生きようとしていこうと思います。

僕もそうでした。
いつまでも親や師などから
独立しないといけないと
頑張ってきました。

でも、今自分の人生を振り返ると
全く自分だけで生きることはできない。
ことは、身にしみてわかってきました。
そして
僕も次の世代を育てる役目をいただき
この子らの成長に力を貸そうと
思うのですが
彼らは、やはり僕がしたように
独りで生きようとしています。
その姿をみて
その気持ちを尊重しないといけないと思います。

彼らの姿を見ながら
我のことを振り返ると
ずっと僕を見守っている存在に気がついたのです。
両親から独立した今でも感じる
その方の見守りを感じます。
だから、僕は安心してこうして生きていけるんだと
確信しています。

人は
ある人が距離を保って
そっと温かく心配してくれてくれることを感じると
心が安らぐのです。
この安らぎがあるから
僕たちは、僕たちの人生を歩めるのでしょう。

あなたにとって
ずっと見守っている方は誰ですか?

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やると決めたらあとは進むだけ

人生には
選択を迫られる場面が、度々訪れます。
その選択が正しいかは
選択する時点ではわからないので
迷いが生じたり、不安な気持ちも
起こってしまうことでしょう。

そんな時
この言葉を心に留めて
進んでいけばいいのです。

やると決めたらやる。
自分に信念があれば
周りの人が最初は賛同してくれなくても
徐々に気を止めてくれて
あなたのその思いを応援してくれるように
なるから、安心して
進めばいいのです。

揺るぎない信念は
人を惹きつけ
自分の行動を後押しする力にもなってくれます。

自分自身に信念があることが大切なことなのです。

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無常

無常ということには、
色々な意味がありますが
「この世は常ならず」という
意味にもとれます。

最近思うことは
全てのことは流れていること。
「生々流転」という言葉が仏教にあるように
すべてのことは刻々と移り変わっていくのです。

ですから今どん底であっても
そのどん底はいつまでも続くわけではありません。
だから安心していいのです。
必ず夜は明けるのです。
でも、逆に
良いこともずっとは続かないことを知って
いい時も、次のステップの準備を
していきましょう。

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福田村事件から学ぶ

映画「福田村事件」を観た。
この映画は、関東大震災直後に
実際に起こった事件が題材になっていた。

その事件とは
関東大震災の直後
人々の間で広まった噂(デマ)によって
福田村の200人が
よってたかって
四国から来た行商人15名を
殺してしまうという実際の事件をもとに作られた映画。

関東大震災直後なので
人々は恐怖に怯え
よそ者が、井戸に毒を入れたりして
自分たちの生活をめちゃくちゃにしようとしている。
国からも
自分たちを守るために
自警団を組織して
防衛せよとお達しがでる。

怯える人々
今の生活を守ろうとする
人々の必死の気持ち。
噂を確認しようとする冷静さも失い
恐怖だけが人々の心を独占してしまう。
集団心理の怖さを描いていた。

戦争が起きたときには
情報を操作されるという。
現代であっても
流れる情報が正しいかどうかなんて
確かめる手段なんかない。

その情報が正しいかどうかは
自分の内在する良心でしか
判断するしかない。

その良心には
緊急時に到達できるものではなく
日頃から
こころの灯火の火を灯していないと
いざというときには灯そうと思っても
灯るものではない。

日頃から
灯火を灯し続ける生き方をしていこうと
この映画を観て強く思ったのです

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日にち薬

京都には「日にち薬」という言葉が
あるそうです。
つまり歳月が薬だということ。

時間が経てば
こころ、肉体のも痛みでさえも
よくなるということ。

昨年の今頃のことを
思い起こしてみて下さい。
どんな苦しみや痛みがありましたか?

僕も、気になる状態、症状などの
からだの異変を感じて
専門の医者に相談し、治療を受けました。
その甲斐あって
健康を維持できています。

今思い返すと、当時はこの症状が進行したら
どうなるのか・・・と不安ばかりでしたが
時が経ち
今はその不安は全て解消されたわけではありませんが
かなり軽減されています。

もちろん必要な治療、投薬もしましたが
日にちも薬だったと感じています。

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心の生態系を整えることが平和への道

世界ではあちこちこちで
人類は争い、平和な世界とはいえません。
そんな中
お金を持ってる実業家などは
火星移住計画を立てて
いずれくる?地球の滅亡に対して
地球を脱出しようと画策している人達がいます。

その時に備えて、かつて
アメリカが外界と全く隔離した
大きなドームテントの中に
環境も動植物も全く外界と同じ空間を作り
数名の科学者がその中で暮らせるかの
実験を行ったことがあります。
現在もおこなわれてるか?といえば
2年間で中止になったそうです。

ドーム内では原因不明の
酸素濃度低下、生物の死滅、虫が大量に発生して
環境破壊が生じてしまい
中止せざる負えなくなったのです。

地球は
全ての動植物が微妙なバランスの上に
成り立っていることがわかったのです。

それともう一つ
ドーム内で生活していた科学者達の
争いがたえなくなり、人間関係が破綻したのも
原因とも言われています。

これはドーム内の話ではなく
地球上でも
環境のバランスが崩れると共に
人々の心のバランスも崩れているので
戦争が止まないのではないでしょうか?

地球を脱出することを考えるよりも
この地球を大切にして
人々と心を合わせて
自然の生態系、こころの生態系を
整える社会になるように
ひとりひとり努力することが
人類が生き残る唯一の道のような気がするのです。

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病は気から

この言葉は、
みなさんもよく耳にする言葉でしょう。
実際僕も、診療中に限らず
よく口にする言葉です。

最近は、情報があふれ
病気を診断するのは医者ばかりではなく
ちょっと胃が痛くなれば
AI先生に尋ねる人もいるのではないでしょうか?
AI先生がみつけた中に
自分が安心できることをみつけ
一瞬安心して・・・でも
おなかが痛いのも、咳がでるのも
大丈夫だと考えて
ほっといてしまいがちです。

そして、大変なのは次に同じ症状が起きたとき。
あの時の判断は、正しかったのか?
この症状はがんなのか?
自分の命は大丈夫かと
自分で判断することができなくなって
病院に駆け込む方をよく目にします。

医者の立場だからいうわけではありませんが
からだの不調を感じたら
勝手に思い込まないで
きちんと医療機関を受診して
医者に診てもらって、正しい診断をしてもらって下さい。
病は気からなんです。
みなさんの不安を取り除くことができる
みなさんに寄り添える医者で
いつもありたいと考えています・

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やりきったこと

さて、今日考えて見たことは
今まで「やり切った(やり切っている)」ことの中で、
一番思い出深いことなんだろう?
ってこと

僕のやりきったことは、
今のクリニックを開院したこと。
今のクリニックを開院して2月で丸13年になります。

この病院を作るために、
知恵、体力、経験、そして運さえも・・・・
僕の持ってる全ての力を
注ぎこんでできたと思います。

クリニックを作ろうと思った時
自分と見つめ合う機会をいただきました。

自分と見つめ合った瞬間、
自分らしい医療、自分しかできない医療、
自分らしく生きること、自分しかできない生き方を
したいというエネルギーが
自分の中から沸々と湧いてくるのを感じました。

それを今考えてみると、
きっと自分の使命に目覚めた
瞬間なのかもしれません。
だから、
決意して立ち上がれたんだと思います。

縁もゆかりもない土地での再出発でした。
最初は妻以外に
僕の思いの理解者も応援してくれる人もいませんでした。
でも、僕は行動しました。
自分の思いを語る機会がありました。
心から溢れる思いを誰かに伝えたいと思いました。

そんな僕を
時の神様は見ていらしたんだと思います。
僕に”出会い”という
プレゼントを用意してくれていました。

めげそうな時も
僕を支えてくれたのは、
それまで縁もゆかりもないのが不思議に
思えるほどの良きご縁でした。

初対面の方なのに
全てを語れた気がします。
僕の医療を夢を理解してくれ、
身体を張ってサポートしていただいた方々に
次々に出会いました。

どんな困難なことが起こっても、
めげそうな時も温かく応援してくれた方々でした。
そして
いつも僕を信じてついてくれた家族がいました。
クリニックが形になるにしたがい、
みなさんの温かい心に
僕が包まれていく気がしました。

そして、クリニックが開院して
この2/14で丸13年になります。

今思うのは、
このクリニックで太陽のような医療を届けるのは、
ただの通過点でしかない。
僕には、
まだまだ使命感があるような気がしています。

僕の命を輝かせてくれた
皆さんの温かい心に感謝して、
今ここにいることに感謝して、
自分の命をみんなのために
精一杯光輝かせて生きていこうと
思っています。

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