ロシナンテスの方に、被災地を案内していただいた。
まずは、被害の大きかった名取市閖上地区
海から100mぐらいのところにある
6m程度の小高い丘・日和山
上まで昇ってみると
津波が頂上まで押し寄せ
祠も流され
人々は松の木に上って、難をのがれたようです
言葉はいらない
これが今年4/30の現状です
今日は、東日本大震災のブログを毎日書いてて
ちょっと胸がいっぱいになってきたので
ちょっと一休み
・・・・・
”あさむらいちご園”のお話。
ソフトクリームが美味しくて
汗ばむ日には行列ができる人気店。

このソフトクリーム美味しくて、美味しくて
寒くても、時間のある限り毎週のように通ってる。
もちろん
ソフトだけでなく、
お店のお姉さんとの楽しい会話も楽しみにしてる。
そして、アイスを食べた後
いつものように、コーヒーを注文すると
ちょっと待って・・・・・の一声の後出てきたのは
試作中だという”いちごジュース”
一口飲むと
口の中にジュースとは思えない
イチゴの酸味、エキスそのものが口の中に広がる。
ソフトクリームで甘みいっぱいの口の中を
さっぱり洗い流してくれた。
そして、
びっくりしたのは
丸ごとはいってるいちごがコチコチに凍ってる
氷代わりになって、いちごジュースを冷やしてる
食べても、冷たくて中がサクサク
天然いちご氷
これを作れたのは、秘密兵器を導入したからだと
・・・・・舞台の裏側をみせていただいた。
この冷蔵庫
いちごを一気に-30℃で冷凍することができる名器
だから、美味しいままに天然いちご氷ができるのだとか
そして、これまた美味しい
ブルーベリーソースに
いちごソース
コトコト、手間暇をかけて手作りのソース
いちごとブルーベリーのWのソフトクリーム
そして
その後のいちごジュース
この夏の定番になりそう・・・・な予感
はやく、商品化してくださいね、待ってま~~~す。
人の流れに乗って、
キャビンアテンダントの笑顔に送られ
仙台空港の地へ降り立った。
福岡に比べて
空気が冷やっとする
肌がキュッとひきしまるのを感じた。
これが今の東北の空気なんだ・・・・
そして空港のターミナルに入り
出発を待つ人、見送りにの人・・・・・
GWでもあり、人でごった返す様子を想像していたが
思ったより、混雑をしていない
どこか、さみしく、落ち着かないターミナル。
ここで、今回お世話になる
NPO法人ロシナンテスの方と待ち合わせ。
待ち合わせ時間がまだ少しあったので
空港内を散策してみた。
空港内に津波の痕跡は見当たらない
ただ、当時の状況がパネルになっていた。
現在のターミナルを3階から2階部分を撮影(4/29当日)
そして、3/11津波襲来時は・・・・
津波が1階部分の呑み込み、2階まで達しようとしていた
空港は水に囲まれ
駐車場も歩道もすべて水に埋もれ
2階部分でターミナルと連絡している鉄道も
津波の危険にさらされてた
3/15 水が引いた後の仙台空港
ガレキ化した車があちこちに。
自衛隊、米軍の撤去作業により
仙台空港は約一か月後の4/13に再開
ただし、東京便のみだったようだ
パネルの前で
今目の前にある風景
とあまりにもかけ離れた写真の風景
何度も、何度も見比べ、やっと理解ができ
そして、津波の巨大さに恐怖を覚えた
この仙台空港のどことない冷ややかな空気感
これも、震災の影響だろうか?
そうしてるうちに
ロシナンテスののメンバーが迎えに来てくれた。
津波の被害を直接うけた仙台空港のある閖上地区から
ロシナンテスはボランティア活動を始めた拠点のある
隣の名取市に向かった。
復興が比較的はやく進んだ仙台空港からの
どこかのどかにも思える一本道
その奥に何があるのか・・・・・
心震わせながら、飛行機に乗り込むと
ほぼ満席の機内
みんなどこか窮屈そうに座ってた。
そして、いよいよ離陸
離陸するときは、独特の緊張感がある。
しばらくすると
僕の緊張感を和らげてくれるかのように
キャビンアテンダントの方が
笑顔でおもてなしをしてくれる。
少し気持ちに余裕が出て、窓の外を覗くと
いきなり雪山が目に飛び込んできて
遠くに佐渡島がみえてきた。
どうも、新潟上空を飛んでるらしい。
そして、猪苗代湖を眼下に望み
・・・・・初めての光景に心躍らせてた。
そして1時間40分のフライト
着陸体制に入ったとのアナウンス
一面の荒野
一瞬で心が固まった
・・・・・・
穏やかに見える海原が、白波が
今も仙台を襲ってるように思える
テレビで見ていた
田、畑、家、そして人々の尊い命まで呑みこんだ
黒いうねりとなった津波の姿が
今の光景と重なり
思わず、目を覆いたくなった
一年前のことだろうか?
震災直後だろうか?
頭が混乱してるのがわかった。
着陸しても、胸の鼓動がおさまらない。
飛行機の扉が開くのが
空港に降りるのが
・・・・・
怖かった
あの東日本大震災から一年が経ち
時は確実に一日一日流れて行っている
そして
復興の姿は、少しずつ報道されては来ているけど・・・・
なにか、この一年で変わったのだろうか?
日本全体で、何が変わったのだろうか?
自分も何ができているのだろうか?
何もできていない、何も変わってない
そんなもどかしい思いが日に日に募る。
このままでいい?
自分のできることは何なのか?
自問自答する日々
何かしないといけないのでは?
もっと東北を、日本のことを理解しないといけないのでは?
もっと今の東北を、日本を感じたい。
いまだからこそ、感じないといけない
そんな気持ちが日に日に募る。
そんな折
NPO法人ロシナンテス理事の川原尚行氏
の講演を聴く機会を戴いた
http://www.santa-clinic.com/blog/2012/04/%e5%b7%9d%e5%8e%9f%e5%b0%9a%e8%a1%8c%e6%b0%8f%e3%81%ae%e8%ac%9b%e6%bc%94%e4%bc%9a/
その講演を聴き
高校の同級生ではあるけど
これまで、直接面識はなかった川原尚行君に
気がついたら
仙台の状況をこの目でみたい・・・・・とお願いしていた。
彼は、是非とも見てください・・・・・と快く承諾
そしてGWに
ロシナンテスのボランティアセンターのある
仙台市の隣の市”名取市閖上地区”に向かうことになった。
4/29 快晴の空のもと、ひとり福岡空港に立った
今回の旅の過酷さを象徴するかのように
飛行機の小ささに足が震えた
1泊2日の旅だけど
初めての地でどんな道中に、
そして何をかんじることになるのか
・・・・・・・
心が小刻みに震えるのを感じながら
飛行機のタラップを昇り、
仙台へと向かった
医者になって、気がつけば
九州大学医学部小児科が教室に入局して
20年以上がたった。
気がつくと、20年前一緒に医者の道を歩き出した
同期のみんなも、開業医として
第一線で活躍している。
みな、多忙を極めてるので
なかなか、全員そろうことはなかったけれど・・・・
全員開業したので、
この機会に集まろうということで
小倉で集合した。
ぱっと見て
みんな、医者としての貫録がついて
いい小児科医のオーラがあふれてる。
これも、みんな
苦楽を共にした、まさに寝食をともにした
ある意味厳しい研修医時代があったからこそ
・・・・・・
その後は
みんなで、研修医時代給料日に集まって
食事をしてた時のように
お互いの再会を喜び
お互いの苦楽をかみしめつつ
話はどこまでも続いた・・・・・・
防府南ロータリークラブの例会で
クラブ会員でもある島田教明県会議員
の話を聴いた。
今年になって視察された
中国の大連市そして沖縄について。
実際にみた中国の経済の発展は規模がちがうと
防府と同じぐらいの工場団地が続々作られている
そして
203高地の日本軍の跡地をちゃんと観光地として整備。
日本パッシングはしているが
金儲けになることには、ちゃんと利用しているとか
そして、沖縄地区
米軍基地問題で揺れているけど
表では米軍基地反対、でも実のところは・・・・
生活するには、米軍のお金が必要なことはわかってる。
そこにも、沖縄のしたたかさがあると。
島田議員は
中国や沖縄のしたたかに生きる姿勢にふれ
日本に対する危機感を募らせて帰ってこられた
中国に対抗するには、一致団結が必要
今こそ内需拡大だと
今回、実際見たことで
わかったこと、感じたことがたくさんあった
見ないとわからないことがたくさんあったと
マスコミ報道だけではわからないことがある
・・・・・
自分の目でみることの大切さな
を訴えられてたような気がした
防府市のコミュニティFM局”FMわっしょい”で
”DJ azuma のミュージックキャビン”
にゲスト出演させてもらった
この番組は、名前の通り
音楽を紹介する番組。
ほぼ趣味の話題だから、
引き受けた時気が楽かと思ったけど
・・・・・
実は、仕事以外の話って人前でしたことない
だから、いつも以上に緊張。
生放送の本番前に
DJ azumaさんとアシスタントのサリーさんと最終チェック
意外とこじんまりした放送局で
物珍しさと、緊張を紛らわすために・・・・・写真をとりまくり
そして、いよいよ本番
実は、クラシック特にピアノが大好きなので
音楽、ピアノとの出会い
そして、これまでの音楽人生!?を
DJ azumaの流れるような進行で話していった。
そして、合間に流した曲は
自らの選曲、ちょっとマニアックなものをチョイス
カプースチンの練習曲
ショパン/ゴドフスキー編曲の 超絶技巧の練習曲
ローゼンブラットの鉄腕アトムの主題によるファンタジー
シベリウス 樅の木
ショパン バラード4番
うーん、我ながら、マニアック
でも、この選曲を喜んでくれたDJ azumaさんもマニアック
防府の夜の1時間、ちょっと電波ジャックした気分になってた。
今回ラジオ出演させてもらい
自分の音楽のかかわりをふり返えさせてもらった気がする
自分がピアノが大好きなこと
今、自由に弾けることの幸せ
それは、こどもの時レッスンに通わせてくれた親のおかげ
・・・・・・を噛みしめつつ
これかも、自由に音楽を楽しんでいきたいと思った
そして
今楽器を習ってるこども達に
こどのときに、つらくても一生懸命練習してほしい。
そして、おとなになっても
音楽を愛する気持ちをもつとともに継続すれば
おとなになった時に、何か生まれることを
伝えていけたら・・・・・と思う
まさに
”継続は力なり”
さあ、久しぶりに新しい曲に取り掛かってみようかなぁ
学会に行くと
たくさん勉強ができて、
自分でも、頭の中が活性化されるのが手に取るようにわかる。
だから、学会に行くのは、とても楽しみ。
実は、学会の楽しみはそれだけではなくて
日頃多忙を極めるみんなだけど
懐かしい人に偶然バッタリ、
そして話の花が咲く・・・・・なんていう楽しみがある
そして
今回は、福岡での学会だったので
こども病院勤務医時代の同僚の先生方と
久しぶりに(10年ぶり?)集まることにした。
会った瞬間
みんな、変わらない?変わった?
”かんぱ~~~い”
酒の肴をつまみながら、酒を飲んでると
時計の針が・・・・
ぐる~~~~んと逆回転。
みんな、こども病院時代の顔に。
みんな、
今もいろんなことにチャレンジし、それなりの苦労もある
時間は、疑いもなく過ぎている
でも
時が過ぎても変わらない何か感じ
心地よい時間を過ごした
小児科学会で
北原白秋の”子どものお医者さん”
という詩を教えてもらった
わたしはお医者の博士です。
泣いてる子どもも療します。
こはれた人形や、きりぎりす、
碧いとんぼのトラホーム、
外科も内科も上手です。
わたしは親切なお医者です。
妹の薬局、バスケツト。
たたいた葉つぱや、薔薇の汁、
おいしいパンくづ、粉ぐすり、
ガーゼも万創膏も持つてます。
わたしは子どものお医者です。
わたしは御礼を受けません。
病気したポチ、弱い鳩、
いぢめられたり、怪我したり、
かはいそな誰でもたすけます。
さあさあ、皆さん、いらつしやい。
どうぞどうぞ、こちらへいらつしやい。
(北原 白秋)
こども達が描いてる
こんな医者になりたくて、小児科医になった
まだまだ、
もっともっと小児科医になりたい
いつまでも
どこまでも
白衣着て、聴診器を携え
みんなと笑顔で手を取り合って
レンゲ、しろつめ草の花咲く
ゐなか道をずっと歩き続けたい
・・・・・と思う